職場環境を整え社員のパフォーマンスを向上させる労働安全衛生法改正のポイント

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職場環境を整え社員のパフォーマンスを向上させる労働安全衛生法改正のポイント

  1. 労働安全衛生法改正のポイント
  2. 産業医が果たすべき役割と面接指導の進め方
  3. 職場の衛生管理と業務遂行能力低下への対策
  4. 社員のパフォーマンス向上に繋がる取り組み事例

 


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1.労働安全衛生法改正のポイント

働き方改革」によって、事業者は従業員の生活や健康を守りつつも、自社の生産性の向上や優秀な人材の確保という課題に対しても同時に取り組まなければなりません。
今回は、働き方改革関連法案の改正のうち、労働安全衛生法の改正のポイントについて整理し、事業者が職場環境および労働者を守るために果たすべき義務について要点をまとめました。

働き方改革における労働安全衛生法改正の要点

1.面接指導等の強化

(1) 面接指導の対象・要件

これまでも、長時間労働者への医師による面接指導制度が設けられていましたが、今回の改正では、面接指導の対象・要件として、下記の通り、従事する業務や勤務時間による条件が定められました。

面接指導義務に関する改正のポイント

(2) 事業者が講ずる措置

さらに、事業者は、面接指導の結果に基づく必要な措置についての医師の意見の聴取、また必要がある場合には、就業場所・職務内容の変更、有給休暇の付与、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置、健康管理時間が短縮されるための配慮等の措置を講じなければならないものとされています(労働安全衛生法第66条の8の2第2項・同法66条の8の4第2項による同法第66条の8第5項の準用)。

(3) 労働者の申し出による面接指導の対象拡大

今回の改正では、面接指導の要件となる法定労働時間を超過した時間数(時間外・休日労働時間数)について、1ヶ月当たり100時間超から、現行では努力義務である80時間超に引き下げられます(厚生労働省令の改正を予定)。

労働者の申し出による面接指導の対象拡大のポイント

(4) 労働時間の状況の把握

今回の改正では、労働安全衛生法の医師による面接指導制度を実施するため、事業者に対し、労働者の労働時間の状況を把握することを義務づけています(労働安全衛生法第66条の8の3)。
また、「今後の労働時間法制等の在り方について(建議)」(平27.2.13 労審発777)では、「管理監督者について、自らが要件に該当すると判断し申し出た場合に面接指導を実施することとしている現行の取り扱いを、客観的な方法その他適切な方法によって把握した在社時間等に基づいて要件の該当の有無を判断し、面接指導を行うものとすることを通達に記載することが適当」としています。

2.産業医・産業保健機能の強化

産業医の活動環境の整備としては、下記の4点が規定されます。

産業医の活動環境の整備

(1) 情報提供義務

今回の改正で、産業医を選任した事業者は、産業医に対し、労働者の労働時間に関する情報その他の産業医が労働者の健康管理を適切に行なうために必要な情報を提供しなければならないとされました(労働安全衛生法13条4項)。
提供する情報の内容については、厚生労働省で定められることとなっており、下記の項目が予定されています。

事業者が産業医に提供しなければならない情報
(2) 産業医からの勧告

今回の改正では、産業医から勧告を受けた場合は「厚生労働省令で定めるところにより、当該勧告の内容その他の厚生労働省令で定める事項を衛生委員会又は安全衛生委員会に報告しなければならない」こととされました。
一方、産業医勧告をしようとするときは、あらかじめその勧告の内容について、「事業者の意見を求めなければならない」旨が厚生労働省令で定められる予定です。

(3) 産業医の職務内容等の周知義務

産業医を選任した事業者は、その事業場における産業医の業務内容その他の産業医の業務に関する事項で、厚生労働省令で定めるものを常時各作業場の見やすい場所に掲示し、または備え付ける事その他の厚生労働省令で定める方法により、労働者に周知させなければならないとされました(労働安全衛生法101条2項)。

(4) 労働者の心身の状態に関する情報の取り扱い

事業者は、労働安全衛生法等の規定による措置の実施に関し、労働者の心身の状態に関する情報を取り扱う際は、本人の同意がある場合を除き、労働者の健康の確保に必要な範囲内でその情報を収集し、その収集の目的の範囲内で保管および使用しなければならないこととされました。
これらの情報収集・管理等について厚生労働省は、事業者が講ずべき措置の適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を公表し、必要があると認めるときは、事業者またはその団体に対し、当該指針に関し必要な指導等を行う事ができるとしています(労働安全衛生法第104条3項、4項)。

2.産業医が果たすべき役割と面接指導の進め方

本章では、職場環境を整えるうえで重要な、産業医が担うべき役割とその意義について解説します。
事業者にとっては、産業医と上手く連携してそのメリットを最大限に活用することが、生産性の向上にも繋がることになります。

1.医師による面接指導の意義

事業所での産業医面談には、主に3種類あります。
(1) 健康診断に基づく「保健指導」、(2) 従業員からの申し出による「健康相談」、(3) 「医師による面接指導」です。
このうち(3) 「医師による面接指導」は、労働安全衛生法の規定によるもので、2種類に分けられます。

医師による面接指導

上記(1) の対象である長時間労働者への医師による面接指導を行うために、まずは衛生委員会で規約作りなど下記に関する審議を行います(労働安全衛生規則第22条9号)。

面接指導のための体制整備の手順

法令では、時間外労働が月100時間を超える者について面接を行うよう規定されています。
また、面接指導の体制については、衛生委員会など事業所側の組織が主体となって整備し、産業医との連携を密にしながら進めていきます。

長時間労働者への対応のプロセス

2.職場巡視の目的と留意点

産業医にはその業務として、月に一度、職場巡視を実施することが法律で定められています(労働安全衛生規則第15条、但し、平成29年6月以降、条件によっては2ヶ月ごとの巡視でも可能)。
労働安全衛生規則には、月一度の職場巡視が決められていますが、事業所の業務形態、種類や規模に合わせて巡視内容は異なるため、その詳細については記載されておらず、各事業所の実態に合った巡視を、衛生管理者や安全管理者、現場の管理監督者と情報共有しながら行う必要があります。
職場巡視の目的は、従業員が安心して働ける職場環境を作ることです。
職場巡視の際には、産業衛生の3管理を念頭に置いて焦点を絞って実施します。

産業衛生の3管理

3.高ストレス者への面接指導

平成26年12月より労働安全衛生法が改正され、ストレスチェック制度が施行されました。
ストレスチェックの結果「高ストレス」と判定された人が産業医面談を希望した場合は、迅速な対応が求められます。
この面談は法定面談となりますので、事業者は医師からの面談内容の報告を受け、対処方法を検討しなければなりません。
面談の前後には、事業所側の人事労務担当者と産業医との間で綿密な打ち合わせをしておくことが重要です。

事業者が産業医に提供しなければならない情報(再掲)

4.身体疾患を持つ従業員への対応

事業者が産業医に求める仕事の一つとして、就業配慮というものがあります。
これは業務を継続することで疾患が増悪・発症する可能性のある従業員や、疾患のために業務に支障をきたしている従業員に対して、疾患と職場のマッチングを図ることをいいます。
就業配慮は産業医が単独で判断するのではなく、主治医と連携し情報を共有したうえで行ってもらいます。

就業配慮が必要な疾患

就業配慮または就業制限を行う場合は、必ず期限を設けて実施するようにします。
例えばデスクワークのみの作業期間を3週間とする、運転業務作業禁止期間は1ヶ月間とする、時短勤務期間は2週間とする、等というように進めます。
期限が近付いたら再度面談を行い、通常勤務に戻すか再度期限を設けて延長するか判断します。

3.職場の衛生管理と業務遂行能力低下への対策

1.職場環境とパフォーマンスの関係性

労働人口が減少し続けている日本の現状において、生産性の向上は非常に重要なテーマです。
「働き方改革」においても生産性の向上が前提となっており、この観点から職場における健康管理は必須の課題のひとつと言えるでしょう。
本章では、職場における健康管理が労働者のパフォーマンス、すなわち生産性に与える影響について考え、業務遂行能力の低下という損失を抑えるための考え方や取り組みについて述べていきます。

職場環境とパフォーマンスの関係性

2.職場における業務遂行能力の損失

(1)アブセンティーズムとは

生産性を「アウトプットをインプットで割ったもの」と考えると、生産性の向上のためには、設備や機器、システムや生産工程を良質なものに変える(モノに関する施策)他に、労働者一人ひとりの技能や労働意欲を高める(ヒトに関する施策)等の方策が考えられます。
不当な長期欠席や欠勤、特に労働争議等の計画的欠勤、さぼり癖などによる業務遂行能力の損失はアブセンティーズムと呼ばれます。
突発的な欠勤というよりも、ある程度継続的な、あるいはしばしば繰り返される欠勤を意味します。
日本の場合、業務上の災害による欠勤は厚生労働省の統計で明確にされていますが、病欠や長期欠勤によるアブセンティーズムは統計をとるのが難しいと言われています。
これは病気で欠勤する場合は病気休暇ではなく年休で振り替えることが一般的であるため、明確に把握しづらいという実情があります。
実態把握のためにも、病気による欠勤の場合は病気休暇を使用しやすい職場環境づくりも視野に入れなければならないでしょう。

(2)プレゼンティーズムとは

一方、欠勤ではなく出社している労働者の業務遂行能力の損失はプレゼンティーズムと呼ばれます。
この用語の元はマネジメントに関する造語ですが、産業保健関連の専門職が関わる概念として、Sickness Presenteeism(以下SP)という略称が用いられます。
SPとは疾病や体調不良に関係した労働者の業務遂行能力をいい、近年、労働者の健康と生産性との関係性について検討がなされるようになってきました。
最近では、SPの原因となっている心身の不調に対する予防的・治療的関わりや、SPの損失額の推計により企業経営上の影響額を検討する研究、業種によるSPの影響の研究など、様々な研究が行われています。

業務遂行能力の損失に繋がる各要因分析

(3)SPの評価方法

SPは、欠勤といった目に見える形での行動評価が行いにくく、基本的には労働者の自己評価あるいは主観的な評価にならざるを得ません。
SPの評価方法としては下表のようなものがあります。

代表的なSPの評価方法

3.業務遂行能力の損失に着目した産業保健活動のメリット

(1)メリット(1) ~職場要因をより理解できる

労働者の業務遂行能力の低下を職場ごとに分析すると、職場によってその程度にはばらつきがあることがわかります。
例えば、その職場で働く人の特性による差や作業の特性による差、職場全体の健康管理への意識やマネジメントの取り組みの差などが考えられます。
従業員の健康相談面談を実施した際に、その人の勤怠や職場のストレス状況だけでなく、職場の業務遂行能力低下の状況も把握して臨むことで、職場の特色が考慮された、より現実味や説得力がある面談を実施するよう、産業医にはたらきかけます。

(2)メリット(2) ~見過ごされる健康被害を感知できる

ストレスチェックの結果と、実際の職場のパフォーマンスの低下度合いには、必ずしも単純な相関があるわけではありません。
ストレスが低い職場でも業務遂行能力の損失によるパフォーマンスの損失が多い場合があります(下グラフ参照)。
ストレスチェックでは素通りされてしまうような場合でも、業務遂行能力の分析によって初めて健康問題の存在が明確になることもあります。

ストレスが低い職場でも業務遂行能力の損失によるパフォーマンスの損失が多い場合

(3)メリット(3) ~健康課題の優先順位を考えられる

体調不良の種類ごとに業務遂行能力の損失度合いを比較することで、症状ごとのパフォーマンスへの影響度合いを比較することができ、取り組むべき課題の優先順位を判断する際の材料とすることができます。

4.社員のパフォーマンス向上に繋がる取り組み事例

1.喫煙対策とその評価事例

職場環境の改善による労働者の疾患対策として代表的なものが、喫煙対策の推進です。
間接的に労働者の疾病予防やたばこ関連の疾患による休業の回避、医療費の削減などの経済的効果を得られることが期待できます。
A社では、産業医による面接指導の結果に基づき、職場の屋内全面禁煙を実施するなど、積極的に禁煙対策に取り組んだ結果、喫煙者の割合が減り、喫煙に起因する疾病が減少しました。
また、この取り組みによって間接的に生産性の向上に寄与したと評価できます。

事前アンケートにおける保険行動と生活習慣、本事例における取組内容、本事例における取組内容

2.業務遂行能力の分析を活用した面接指導の取組み事例

B社では産業医による面接指導の際に、並行して業務遂行能力の損失度合いを分析し、様々な切り口から従業員の業務遂行能力の損失要因を洗い出し、項目ごとに優先順位をつけて改善のための施策に取り組みました。
この事例において、面談やアンケートを実施する際に特に留意した点は、(1) 従業員の基本的な属性(性別、年齢、役職、職種など)ごとに特徴を集計したこと、(2) 健康診断やストレスチェックといった他のデータと突合して集計し分析を行った点です。
この手法により、分析のアプローチの窓口を増やし、多角的な分析から要因ごとの相関関係等の割り出しに役立ったことがわかりました。

属性別の業務遂行能力低下の割合

上記の分析によって、業務遂行能力低下の割合が大きい項目に該当する属性に対し、優先して重点的に対策を立て、改善の取り組みを実施しました。
仕事に対する満足度が低い背景には、職場の休暇制度等の不備に対する不満があることも個別面談等によって判明し、その対策としての人事制度の整備も取り組み内容に加えました。

本事例における取組内容

3.ヘルスプロモーションを取り入れた産業保健活動の事例

C社では健康課題の一つである男性社員の肥満とメタボリックシンドロームに対し、特定保健指導とともに、若年層の社員の肥満対策にも取り組みました。
具体的には毎年、年間のうち一定期間限定し取り組み期間として定め、健康チャレンジと題しスローガンを掲げて全社員で集中して取り組みました。
そして、取り組みの前後で従業員各個人の業務遂行能力を測定し、その指数を比較したところ、若干ですがパフォーマンスに改善の傾向がみられました。
また、この取り組みによる副次的な効果にとして「組織内のコミュニケーションが良好になった」「組織の一体感につながった」などの反応も確認できており、健康管理への取り組みが、間接的に職場全体のパフォーマンス向上に寄与した事例としてとらえることができます。

本事例における取組内容

これらの事例でも示されているように、職場環境は生産性に密接に関係しています。
労働安全衛生法の改正は働き方改革の一環ではありますが、この機会に職場環境の改善に積極的に取り組み、職場全体でパフォーマンスの向上を図ることをお勧めいたします。

 

■参考文献
 「労働衛生のしおり」中央労働災害防止協会
 「働き方改革法 労働基準法、労働安全衛生法、パート労働法、派遣法」 大村剛史、高 亮
 「嘱託産業医 スタートアップマニュアル」 勝木美佐子、奥田弘美
 「産業保健と看護 2018vol.10」 長谷川素美

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