離職を防ぎ、人が育つ診療所へ 「働きがい」を生み出す職場活性化策

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離職を防ぎ、人が育つ診療所へ 「働きがい」を生み出す職場活性化策

  1. 職員が辞めない職場環境とは
  2. 職場に「働きがい」を生み出すポイント
  3. 職員アンケートと満足度向上への取り組み事例


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1.職員が辞めない職場環境とは

看護職の離職率の状況と定着率を高める視点

(1)職員定着に向けて取り組むべき項目

医療機関における職員の多数を占める看護職員の採用確保や人材不足は、医療の質と安全な日常業務への影響が大きいことから、規模の大小に関わらず、医療機関運営に大きな影響を与える要素です。
また、看護師の離職率は過去5年間大きな変化はなく、2014年度の常勤看護職員の離職率は10.8%(前年度比0.2%減)、11.0%前後で推移している状況です(2015年病院看護事態調査:公益社団法人日本看護協会実施)。
一方で、人材を確保できる医療機関とそうでないところで実態が二極化している現状があります。
離職率が高い医療機関では、長時間労働や夜勤・時間外労働の増加につながり、慢性疲労やストレスにより、さらなる離職を招きやすいリスクが存在しています。

看護職員の離職率の状況~2015年病院看護実態調査結果:日本看護協会、看護職員の離職率推移(過去5年間)

また、看護職員が働き続けたい理由に関するデータとして、人間関係が上位に挙げられています(厚生労働省「2010年看護職員就業状況等実態調査」より)。
人材確保が困難な状況が続く現状では、こうした「働き続けたい医療機関」であるために必要な要素を満たし、職員定着を目指すことが重要です。

現在の施設で看護職員が働き続けたい理由:上位3項目(複数回答含む) ~厚生労働省「2010年看護職員就業状況等実態調査」より

(2)職員が成長する仕組みづくり

「職員が辞めない」診療所であるためには、職員個々が成長できる環境であることも重要です。
医療機関に従事する職員は、有資格者だけではなく向上心と高い意欲を持った人材です。
職員個々が持つ成長への意欲を、診療所全体の成長に結び付けられる仕組みづくりが求められます。
しかし、診療所という組織を束ねる存在として、自院の職員と協働し、成長させていくためには、「診療理念」を明確にしただけで職員の共感を得られるわけではありません。
特に「人を導く」ステップにおいて、医療機関としての特性も踏まえて、その理念を実現させる取り組みが必要です。

「働きがい」と「働きやすさ」を高めるポイント

職員は、医療有資格者だけでなく、それぞれが専門的な知識を持ったプロフェッショナルなのですから、患者に対して最善の医療提供サービスの形を考えていくことで、自院の医療の質を高めることにつながります。
患者本位の医療サービスを実践する自院のモラルを示し、患者本位の医療サービスを実践する院長としては、自院の医療サービス提供において、職員全員がチームとして共通の価値観の下で、各自の役割を最大限に果たしていけるようなマネジメントを実践することが必要です。

患者に誠実な医療サービスの提供

よくみられる診療理念の項目として、「患者さん本位の医療を行います」と掲げている医療機関がありますが、重要なのはどのようにして実践するのかということを、職員一人ひとりが理解できるルールが確立されていることです。
実際に患者から寄せられる苦情の中には、患者本位を掲げた診療理念と現実が違う点を指摘するものもあります。
組織のリーダーである院長自身がこれらを実践する姿勢を診療業務の中で示し、患者に対応することによって、職員も理解でき、自身がふるまうべき行動を実践することができるようになります。
その結果、診療所のルールとして確立され、職員は安心感を得て業務に取り組める環境となるのです。

尊敬される存在となるための人間的魅力を備える

質の高い医療を提供することだけに注力していると、診療中には職員に対する言動に配慮が欠けてしまうこともあるかもしれません。
院長自身が一緒に働くパートナーとして採用した職員ですから、それぞれに敬意をもって接することが求められます。
そうした姿を見て、職員は信頼を寄せ、尊敬の対象として日常の業務にも意欲的に取り組むことができるようになります。
そのための職場の雰囲気づくりや、職員個々の様子に気を配る細やかさも必要です。

院長がリーダーシップを発揮し、組織を活性化させる

(1)診療所を「働きがいを持てる組織」にする

医療機関の特性には、職員の多くが専門職によって構成されるという、企業にはみられない点が挙げられます。
そのため、部署として独立していない規模であっても、資格を必要とする業務を他の職種の職員に任せることができないのが通常です。
しかし、院長がリーダーとして、自院の職員全員が「協働」することを通じ、患者にとり最善の医療サービスを提供し、かつ安定した経営を維持できるようにするためには、診療所を組織として位置づけ、さらに、この「組織を回す力」が求められるようになります。
組織としての診療所を経営し、運営する院長としては、自院組織だけではなく、連携先を含めた関係をマネジメントする役割を担っています。

(2)職員個々とのコミュニケーションも重視する

一定以上の規模の組織になると、経営者が職員全員と密にコミュニケーションをとることは困難になります。
その点から、一般的な診療所の規模であれば、院長が経営者であり理念と目標を掲げるリーダーとして、職員からの声を直接受け取れる存在であり続けることができる組織であるといえるでしょう。
組織となった診療所の経営・運営においては、職員からの信頼が重要です。
この信頼関係が基盤となり、「人材をどう活かすか」「将来的にどう成長してもらいたいか」を考えるうえで、職員が抱える想いとして、日々の要望や不満を把握しておくことが必要になります。
そして、職員個々は院長との面談によって、院長の考え方を理解するようになり、自身が認められていると実感でき、院内意識の統一化も期待できるのです。
こうして活性化した組織となった診療所においては、職員が「働きがい」と「働きやすさ」を感じることができることから、職員の定着率向上に結びつくといえます。

院長と職員のコミュニケーション~相互に心情を交わす

2.職場に「働きがい」を生み出すポイント

診療所活性化を図る基盤は職員のモチベーション

診療所のトップである院長が、職員に働きがいを感じてもらえる組織づくりに取り組んでも、なかなか期待どおりの成果が見られないことがあります。
それは、職員個々のモチベーションに問題がある場合が多いのです。
そしてこうしたケースは、院内の人間関係に、何らかの障害が存在していることも少なくありません。
職員のモチベーションアップを図るのであれば、円満な人間関係の構築に心を配る必要があります。
そのうえで、職員が働きやすく、働きがいを得られる組織を目指し、職場環境を整える取り組みを推進します。

職員が仕事への意欲を増すための要素

(1)「働き続けたい」職場環境にするための取り組み

職員が意欲的に日々の業務や診療所の運営に取り組むためには、モチベーションアップが不可欠です。
しかし、これらのモチベーション向上を図る方策として、労働環境(待遇)の改善が必ずしも最善であるとはいえません。
職員が働きがいを感じるのは、仕事に誇りを持ち、意欲的に取り組める職場環境であることが重要です。
同時に、院長も含めて院内のコミュニケーションが円滑・活発で、職場のルールが確立しており、働きやすい職場であることも必要です。
職員定着率が高い診療所では、職員同士の仲の良さだけではなく、業務において確立したルールにより適度な緊張と安心感があるため、日常業務も円滑に進んでいるものです。

職場における不安解消と安心感を与える工夫

(2)安心は人間関係と環境整備が重要

自身が意欲的に業務に取り組め、かつ快適に働ける職場であれば、職員も長く働き続けたいと考えるのが通常です。
その「快適さ」を構成するのは、職場内の人間関係と労働条件等という2点です。
さらに、医療機関は女性職員が多い職場であるという背景からも、これらについては配慮が必要です。
職員数が少なく、小さい組織であるため、「実際に働き始めてからでも説明できるだろう」と考えがちですが、女性は待遇等に関しては入職前に明確に知っておきたいという傾向が強いといわれており、面接時あるいは入職時に書面で明示しておくことが望ましいでしょう。
こうした診療所であれば、働き続けるうえでも信頼できる組織として理解してもらえるはずです。
また、院内の人間関係についても、同性が多い職場でありがちな問題や小さなトラブルなどの発生には敏感であるような心配りが必要です。
院長自身が解決できない問題もありますから、少なくともそれぞれの職員とのコミュニケーションは円滑にし、職員一人ひとりが感じていることを把握できる環境づくりを心がけます。

「人を動かす」ために心掛けるべきポイント

診療所という組織のトップが、職員を動かし活用していくためには、組織を構成する人のマネジメントを実践しなければなりません。
自己啓発本として有名なデール・カーネギーの著書「人を動かす」(光文社:新装版1999年)では、人のマネジメントに有用ないくつかの原則が紹介されています。

人のマネジメントの基本とは

最初に紹介されている「人を動かす3原則」では、次のような項目が挙げられています。

人を動かす3原則

これらの原則に従えば、診療所のマネジメントを考える場合、組織を構成する職員には「自院の理念を実践するためには重要で必要な存在」ということを、院長が職員本人に伝えたり、言葉や態度で示すことが必要です。
それと併せて、職員の努力や優秀な成果を認めることで、職員のモチベーションアップにつながるのです。

(2)診療所運営で効果的なマネジメントのポイント

そのほかにも、診療所の組織運営に活用できるポイントがあります。

(1) 人に好かれる6原則~「原則4:聞き手にまわる」

「人に好かれる6原則」は、相手に「自分が重要な存在であることを実感してもらう」ために有効なスタンスを挙げています。
診療所のマネジメントに当てはめてみると、「聞き手にまわる」姿勢は重要だといえます。

人に好かれる6原則

診療所では、院長の判断と指示に従って職員が業務を行うため、日常的にトップダウンが定着しているといえます。
しかし、会議や面談の場でも、院長が一方的に話をしてしまって、職員からの意見を求めても、積極的に出されることが少ないかもしれません。
それは、考えや主張を持たないのではなく、それを述べる雰囲気ではない可能性があります。
まず職員の声を聴き、普段は口に出さない本音を知ることも、長期的視点に立った「人」のマネジメントには重要な要素です。

(2) 人を変える9原則~「原則7:期待をかける」

「人を変える9原則」では、相手に責任感を持たせ、意欲を向上させて業務に臨んでもらうために心がけるポイントが挙げられています。
このうち、「期待をかける」ことは、職員の自主的な努力を促し、特に課題の改善や成長が期待できるため、診療所のマネジメントに有効なものです。

人を変える9原則

 

 

人は、期待をかけられれば、それを裏切れないものです。院長が担う業務や役割は多種多様ですが、業務上医師のみが認められるものを除いて、診療所の運営に関する仕事の一部は職員に委ねてみるのも良い方法です。
任せられた職員は、院長の期待に応えようと努力します。
これまで自分が手掛けていた業務を任せることについて、最初のうちの不安は否めませんが、やがて職員は習得し、自分なりの改善を加えてくるようになるはずです。
そしてそれは職員の成長を促し、かつモチベーションを高めることにつながり、診療所の基盤となっていくことが期待できます。

3.職員アンケートと満足度向上への取り組み事例

職員のモチベーションアップで医療の質も向上する

(1)職員満足度と医療の質の関係性

近年では多くの医療機関で患者満足度に関する調査が実施されるようになり、ここで把握できた自院の経営課題に取り組んで、患者ニーズに合致した医療サービスの充実に成功しているケースが増えてきています。
しかし、患者満足度を高めることに一定の喜びや使命感を果たした満足感を得ることができる職員もある一方で、もしかすると自院に何らかの不満を持ちながら日々の業務に徹している職員がいるかもしれません。
医療機関であればこそ、医療専門職としてのプロフェッショナル意識と、職員個々の努力によって支えられているという現実があります。
こうした職員のモチベーションアップには、待遇面等の改善だけでは必ずしも効果が期待できません。
さらには、努力を続けていた職員が徐々に意欲を減退させていくことによって、自院の提供する医療や医療サービスの質の低下や、また退職者が相次ぎ、医療機関としての機能を維持できなくなる事態も懸念されます。
つまり、医療機関として安定した運営を継続するためには、職員が快適に働き、自ら考えて意欲的に業務に取り組む環境づくりが不可欠だといえます。

業務に取り組む環境づくり

(2)アンケートで職員の本音を把握する

患者満足度調査を毎年実施し、患者から高い評価を受けている医療機関であっても、職員満足度が高いとは限りません。
また、職種によっても、同じ医療機関内で満足の評価が大きく異なるケースもあります。
こうした職員の見えない不満や要望を的確に把握することができれば、効果的な職員満足度向上策を打ち出せます。
その効果的な方法として、職員アンケート調査が挙げられます。
職員の本音を知るために有効な調査結果を得るためには、患者満足度調査と同様に、調査項目の検討など調査方法設計を工夫する必要があります。
例えばフェイスシートでは、匿名性の確保が前提となるのはもちろん、属性や性別に関する質問は最小限にとどめるなど、回答者の特定につながる項目は排除することは重要なポイントの一つですが、実施前に院長から「人事評価には無関係」「どんな回答でも、個人を特定しない」というアナウンスが必要です。
こうした配慮が、アンケート回答の有効性を高め、職員の本心を的確に把握することにつながります。

職員アンケート調査項目検討のポイント~大分類の選択

上記のように項目を分類し、それらに対する職員の評価を問うスタイルも改善策を立案する際には利便性が高い一方で、職種や配置されている部署によって職員のモチベーションに差がみられるようなケースであれば、5段階の評価で回答するのではなく、設問に対するフリーアンサーを求める割合を増やすという選択肢もあります。
職員はそれぞれの価値観を持っており、満足・不満足を感じる部分が異なることは想定の範囲内ですが、その不満の要因が医療機関側の配慮によって解消できる場合には、院内で改善課題として取り上げ、職員全員での取り組みを促すことも必要です。
こうした活動を通じて、職員全体で診療所の理念と方針を再度認識し、価値観の共有化を図ることにもつながるからです。

職員満足度向上の取り組み事例

(1)快適に働ける院内環境の整備

女性職員が多いのは、医療機関の特徴でもあります。
長く働き続けたいという職員の要望を満たすためには、家庭を持つ職員でも働きやすい職場環境を整えることが必要です。
近年では、国と厚生労働省でも仕事と生活の両立支援を打ち出し、助成金などの施策が用意されていますが、優秀な人材を受け入れたい医療機関であれば、家庭との両立支援を経営上の取り組み課題としてとらえることが重要だといえます。
ある診療所では、出産・育児休業中の看護職員がおり、子供の保育園入園とともに復職することとなりました。
しかし、勤務開始後も育児で時間をとられることが多いため、これを機に院長は就業規則を改定し、有給休暇の取得単位を1時間単位としたほか、復職後6か月間に限り、週に2日の短時間勤務の曜日を設けた正職員として雇用契約を締結しました。
そのため、この職員は復職後も有給休暇と時間外業務の短縮や短時間勤務で余裕ができた時間を育児に充てることが可能となり、子育てと仕事の両立を図っています。
このような制度導入の際には、他の職員に不公平感が生じないように十分に説明を行い、同様の立場になった場合には誰でもこの制度を利用できることを理解してもらうことが前提であり、また、自院HPにもこうした制度の存在を公開し、アピールすることも有効です。
この診療所は「子育て中の職員が安心して働ける診療所」として地域でも定着し、職員の採用応募も増え、信頼度も向上しています。

女性が長く働き続けることができる職場とは~主要な2つのポイント

(2)職員の人事評価と処遇反映方法

診療所における受付事務職員の業務は多岐にわたることも多く、担当職員の評価は医事などの専門分野に関する知識・能力だけではなく、実際には患者との対応や相談、小さな問題発生時の解決方法など、対人スキルに関する部分が大きな割合を占めているはずです。
しかし、職員の側からすると、「自分は受付と医事業務だけを担当しているので、これらを問題なく遂行すればよい」と考えて、日々の患者応対には一定のレベルを満たしていれば、それほど配慮しなくてもよいと思い込んでいるかもしれません。
9名の職員(うち事務担当3名)を抱える診療所では、院長が掲げる患者本位の診療理念が職員に浸透していないという悩みを抱えていました。
そこで、新たに導入した人事評価項目の中で「患者対応・接遇」という項目を盛り込み、診療所が望む事務担当職員像を明示することとしました。
この結果、書類作成などの成果だけではなく、患者応対での気配りや看護職員との連携などの目に見えない働きが評価につながることを職員が理解でき、進んで「どうすれば患者が待合室で快適に過ごせるのか」「待ち時間を短くするにはどうしたらいいか」等のアイディアを出し合い、改善に向けた活動に積極的に取り組むようになりました。
併せて、患者対応などで貢献度が高かった職員には、人事評価のうえでプラスを与え、賞与へ反映させて、当該職員だけでなく他の職員にも意欲を持たせるように、配慮しています。

(3)育成と能力開発の仕組みの充実

スキルアップできる職場を求める割合が高い看護職員だけではなく、広く職種を問わずに医療に関連するテーマ以外を設定し、職員全員を対象とする勉強会を開催している診療所もあります。
職員自らが学びたいテーマを選んでいることで平均出席率も高く、学びを支援してくれる診療所として、高いモチベーションを維持しながら「ここで働き続けたい」と希望する職員が増え、退職率が大幅に低下しました。
医療機関だからといって、医療関連テーマばかりの研修を熱心に開催しても、「やらされ感」を持つようになり、職員個々の意欲や主体的な取り組みの機会を奪ってしまう可能性がある点にも留意が必要です。

「学びたい意欲」を「働くモチベーション」へ

規模や機能に関わらず、医療機関にとっては、どれほど最新で高度な設備・医療機器を備えたとしても、実際に医療を提供するのは「人」であることから、自院で働く職員が満足し、意欲的に仕事に取り組める環境づくりが重要であることは変わりません。
診療所の運営だけでなく、経営上も優先すべき課題として職員満足の重要性を認識し、取り組む必要があるのです。

 

■参考文献
日本看護協会:2015年病院看護実態調査結果
厚生労働省:「2010年看護職員就業状況等実態調査」より

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