1.社会保険制度の概要と増加する給付費
1.社会保険制度とは
「社会保険」という言葉を本や新聞で読んだり、テレビ等で見たりする機会が頻繁にある と思いますが、社会保険を定義すると以下のようになります。
社会保険は、年金、健康保険、介護保険のことをいいますが、社会保障のことも考え広くとらえると、労働者災害補償保険、雇用保険も含みます。
「保険」と名の付くものは色々ありますが、社会保険は日本の保険制度の根幹となっています。
経営には、リスクはつきものですが、この社会保険を上手く利用することが企業や従業員のリスクマネジメントにつながります。
また、社会保険料は、事業主負担もあり、企業の経営を圧迫する要素でもあります。
本レポートでは、社会保険料(社会保険料+労働保険料)に焦点を当て、違法ではなく、正しい運用に基づいた社会保険料の削減について考えます。
2.社会保険料の負担は労使折半
企業の事業主は、日々、事業の成長のため様々な取組をされていると思います。
しかし、売上をアップさせることは容易ではないのが現実です。
したがって、経費削減が共通の課題となっていますが、経費の中の社会保険料の「削減」となると、知識不足で具体的な対策を講じないまま、義務感のみで支払い続けている企業が多いのではないでしょうか。
企業の事業主ならば社会保険料の負担の重さは身に染みていると思います。
健康保険や厚生年金などの社会保険料が、中小企業の資金繰りに与える影響が大きくなっているのも 事実です。
保険料の算定の基礎となるには、次の通りです。
保険料の負担者は、一般的には被保険者になる労働者と事業主が折半して保険料を納めることになります。
ただし、保険制度の中には、折半以外に事業主のみが負担するものもあれば、事業主が若干多く負担するものもあります。
例えば、医療業の場合、保険料率は次のように定められています。
事業主負担と本人手取額の差(卸売業)
健康保険料10.00%(全国平均)、厚生年金保険料16.766%、介護保険料1.55%(40歳以上の労働者が対象)、労働者災害補償保険0.35%(事業主にのみ負担)、雇用保険1.35% (0.35%は事業主が助成金等の財源のために多めに納付する。)、上記のから労働者と事業主の負担する合計保険料率は、30.016%になります。
正規労働者を雇用すると1人に対して、15.008%の事業主負担が発生、10人雇用してい ると500万円以上の保険料が発生します。
このことからも、社会保険料の無駄な支出を抑え、適正な支払いを行っていくことが重要であると考えます。
3.負担増す社会保障給付費
(1)年々増加する社会保険料
我が国の手厚い社会保障制度を維持するためには、財源が必要となります。
ご承知の通り我が国は高齢化社会から超高齢化社会に突入しています。
平成22年に初めて社会保障給付費が、100兆円を突破して話題となったことは記憶に新しいと思いますが、国が負担する社会保障費は年々増加しています。
社会保障費財源は以下の通りとなります。
(1)の保険料は現在働いている現役世代が支払っている保険料で、(2)は税金となります。
現在給与から支払っている社会保険料は、自分の将来のために蓄積されるわけではなく、同じ時代を生きている高年齢者の社会保障費として使われます。
この仕組みを「世代間扶養」といいます。
超高齢化社会を背景として、社会保障費は年々増加します。
そのため財源となる保険料や国庫負担額も増加しなくてはなりません。
つまり、保険料は毎年上がり、消費税の増税政策が出てくることになります。
上記表を見てもわかる通り、平成25年は据え置きとなったものの、保険料は年々増加しています。
また、国民年金、厚生年金保険料も平成29年まで毎年引き上げられます。
ここからわかることは、社員の給料が上がらなくても、社会保険料は年々増加し、会社の負担は増え続けるということになります。
売上高が伸びなければ、労働分配率(人件費 ÷粗利)だけが増加することになります。
(2)社会保障給付費の将来推移
日本の手厚い保険制度を維持するためには、費用が掛かります。
社会保障制度の実施に要する費用のことを給付費といいます。
グラフを見てもわかる通り2011年度の108.1兆円から2025年度の151.0兆円へ増加が予想されています。
また、それぞれ年金、医療、介護、子育てを見てもいずれも給付費が増加しています。
国は財源の確保のために、前述した保険料の引き上げだけでなく、「社会保障と税の一体改革」により、消費税率5%引上げ、その増収分全額を社会保障の財源として確保、また、積立金の活用や限られた財源で年金の給付水準を自動調整する仕組みを導入する等対策を講じています。
2.社会保険料適正化のポイント
1.社員にかかる社会保険料を適正化
(1)社員の入退社時期を考える
社会保険料の徴収期間は、「被保険者資格を喪失した日の属している月の前月まで」と法律で規定されています。
そこで、入退社日を見直します。
(2)4 月から6 月の3 ヶ月の残業代を見直す
社会保険料は4月から6月の給料の平均を基に、その年の9月から決定される決まりとなっています。
社会保険料の適正化を考える時に、4月から6月の残業代を抑えることが 有効です。
残業代を減らす方法として3つご紹介します。
(3)給与改定を7 月にする
社会保険料の適正化という観点から見ると前述した通り、社会保険料は4月から6月の給料の平均を基に計算されるため、昇給した場合9月からの社会保険料も負担増となります。
改定月を4月から7月に変更するという方法があります。
これにより、12 ヶ月間の社会保険料の上昇を遅らせることが可能となります。
(4)賞与の支給方法を見直す
ここでは、社長や院長及び役員、管理職等の高額な賞与を貰う可能性のある方が対象となりますが、賞与の支払い方法を見直すことにより、社会保険料の削減につなげるという方法です。
健康保険540万円、厚生年金1 回150万円という上限額を利用します。
(5)賞与の一部を退職金へ回して節約する
賞与と退職金の大きな違いは所得税と社会保険料に関する取扱いです。
退職金の税金には、次の3つの優遇制度があります。
賞与に社会保険料は掛かりますが、退職金には掛かりません。
それを利用して、賞与を減額、廃止して支払う予定の金額を退職金の原資として積み立てます。
積み立てる方法は 2つです。
1つめは、社内に積み立てる、2つめは、社外積立として中小企業退職金共済機構等に預ける方法です。
(6)定年後の賃金を工夫して節約する
現在、法律で社員を65歳まで雇用することが義務化されています。
圧倒的に多いのは、60歳を定年として、その後、労働契約を結び直し再雇用する方法です。
60歳以降の社員の所得については次の3つとなります。
この3つを組み合わせて手取りが一番多くなる方法を考えます。
(2)と(3)は社会保険料が 掛からないため、国の制度を上手く活用し賃金を設定すれば、会社の社会保険料負担を減らし、社員の月々の手取りを増やすことができます。
(7)被保険者に該当しない人の活用
健康保険及び厚生年金保険の適用事業所に勤務している社員であっても、次の(1)から(5)の要件に該当すれば被保険者となりません。
健康保険及び厚生年金保険の被保険者になれない社員については以下の通りとなっています。
また、(6)の派遣社員については、派遣元で社会保険に加入するため社会保険料は掛りません。
2.各種制度見直しで社会保険料を適正化
(1)賃金制度を構築・見直す
給与の決め方は、会社によって様々ですが、近年は中小企業でも事業主の自己裁量ではなく、評価制度や賃金制度を明確に定め、社員にきちんと説明して運用している会社も増えています。
賃金制度の導入により、社員のモチベーションアップやその結果優秀な人材の定着、会社の業績アップにつながります。
ただし、制度構築には時間がかかり容易ではありません、会社の核となる賃金制度の構築を考えるなら、専門家に依頼することも1つ の方法です。
(2)請負契約を活用する
請負契約とは、アウトソーシングや外注等のことで「一定の成果に対して報酬を支払う契約」です。
請負契約を締結するメリットは次のようになります。
ただし、請負契約をした業務については、指揮命令権はありません。
また、外注に出すことにより社内で人材が育ちにくいというデメリットもあります。
(3)常勤役員を非常勤役員に変更する
非常勤役員に社会保険に加入義務はありません。
常勤、非常勤の判断は次の3つです。
(4)休職制度の内容を見直す
休職制度とは、会社の籍を置いたまま、一定期間働く義務を免除する恩恵的な制度ですが、決めておかなければならないルールは以下の通りとなっています。
休職期間中も社会保険料は発生するため、本人から社会保険料を徴収する必要があります。
徴収するルールを明確にしなければ、立替えた分だけ負担増となってしまいます。
(5)政府の少子化対策を活用する
政府の少子化対策の一つで、育児休業期間中だけでなく、平成26年4月1日から産前産後休業期間中も労使双方保険料が免除されることになりました。
3.労働保険の見直しで適正化
(1)自社の業種の見直しを行う
労働保険(労災保険+雇用保険)は、年1回まとめて計算して申請します。
労災保険料率については、製造業で考えると次のような労災保険料の見直しが考えられます。
(1)について、管理部門は工場の現場に比べて災害の発生率が低いため料率が低くなっています。
(2)については、主たる事業の割合は歳月を経て変化していることがあります。
同じような事業であっても事業の割合によって料率に違いがあります。
(2)労働保険に加入とならない人を活用する
次のような立場にいる人は労働保険には加入できません。
ただし、(4)については労災保険には加入となります。
(3)出向社員を活用する
出向社員の労働保険料については、次のように決められています。
出向社員を受け入れて労災保険料を負担することになっても、雇用保険料を出向元が負担すれば、十分に保険料の節約になります。
また、派遣社員を雇用する場合は、派遣元が労災保険料、雇用保険料を負担することになるので労働保険料の削減につながります。
3.適正化実務の留意点と事例紹介
1.不利益変更には同意が必要
第2章で、社会保険料の適正化ということでご紹介しましたが、これらの方法を実行するためには注意しなければならないことがあります。
(1)についは、ルールの変更が有利な条件であれば問題ありませんが、不利益変更を行う場合には、必ず役員・社員の同意が必要となります。
ただ就業規則を見直すだけというわけにはいきません。
このことは、労働契約法という法律の第9条に規定されています。
(2)については、例えば6月29日で退職して、7月1日から他社で働く社員がいた場合、 社会保険で退職日を月の途中に行うとその月は、被保険者ではなくなるため、6月は自分で国民年金に加入しなければ保険料納付済月数に影響します。
この説明がなければ、後になってトラブルになる可能性があります。
注意点をしっかり説明することが重要です。
(3)については、ルールの変更によって双方の目先の社会保険料負担が減ることになるが、将来の年金受給額が減額する可能性があるため、そのことを社員に説明することが重要であるということです。
強引な制度改定は後になって必ず会社経営の弊害となります。
2.手続きのアウトソーシングでリスク回避
社会保険制度では、次のような各種手続きが発生します。
これらの業務は、社員数が多ければ手続きの件数も増加します。
場合によっては、人事労務担当者が一人で対応に四苦八苦しているケースも見受けられます。
こんな時、業務を専門家である社会保険労務士にアウトソーシングすることも一つの方法です。
社会保険労務士に業務委託することにより、煩わしい手続業務に不備がなくなり、会社においても人や経費を生産性のある部門に配置、投資することができ、新しい戦略を考え ることができます。
3.社会保険料適正化事例
最後に実際の事例をご紹介します。
(1)社員の入退社時期を変更した事例
入退社日を考えることでどれだけの節約となるか、例を挙げて説明します。
つまり会社として採用する場合には、月初に入社してもらい、退職するならば月末の前日が有利であることになります。
ただし、社員に説明しなくてはならないのが、退職日を9月29日にした場合、社会保険料が8月分までかかることになり、10月1日から別会社で勤務する場合、10月から被保険者となるため、9月分は自分で国民年金に加入することになります。
後で、トラブルとならないためにもこの期間の説明は必要となります。
(2)給与改定を7月に変更した事例
仮に、月給が22万5千円の社員の給与を5,000円昇給させると等級が1等級アップするため、月の社会保険料(健康保険料+厚生年金保険料)が約5,000円アップします。
昇給月が4月の会社が7月に変更することにより、4月から6月の保険料算定時期に影響しないため社会保険料の上昇を1年間据え置くことができます。
これを利用して、昇給月を7月に変更した会社があります。
これには、次のようなメリット、デメリットがあります。
昇給月の変更は、就業規則の変更だけでなく、これらのメリット、デメリットを必ず説明して社員に納得してもらい、同意を得ることが重要です。
(3)賞与を12等分して月の給与に割り振った事例
厚生年金保険の等級の上限額(月額60万5千円)以上の高額な給与を受けている場合、これ以上保険料が上がることはありません。
そこで、年間の賞与を12等分して月給に割り振るという方法を取っている会社があります。
(4)高年齢者を活用した事例
現在の60 歳以上の高齢者は、活力がありまだまだ現役でやれる方もたくさんいます。
そこで求人の一部を、高齢者に切り替えた会社があります。
すでに企業の求める能力を持っ ており、即戦力となっています。
(5)休職制度を定めてトラブルを解消した事例
休職制度は、会社に在籍した状態で一定期間働く義務を免除される恩恵的な制度ですが、休職の期間や休職する理由、保険料を徴収するルールが明記されていないケースがあります。
休職期間中であっても休職前と同じ社会保険料(健康保険+厚生年金)が発生します。
就業規則のある会社において制度を見直し、労働契約書に休職制度を記載した会社があります。
規定が曖昧なためにトラブルにつながっていましたが、現在は解消されています。
(6)報酬月額の緩和要件を活用した事例
社会保険料は4月から6月の給料の平均を基に、その年の9月から決定される決まりとなっています。
仮に、3月まで総支給26万円の社員が4月から残業が増えて、4月から6 月までの平均が27万円となった場合、社会保険料の等級が上がることになります。
月あたり総額で約2,000円、会社負担が1,000円上がり、年間で12,000円の会社負担増となります。
この会社は、年度初めの3ヶ月間に業務が集中する傾向がありました。
そこで、平成24年度から社会保険料の基礎となる報酬月額の計算に緩和要件があることを知り、活用しています。
ただし、この方法を取るには、(1)と(2)との間を比較して2等級以上の差がある必要があります。
2等級以上の差とは、金額で3万円から4万円となります。
この緩和要件については、会社全体ではなく、部署ごとで問題ありませんが、社員の同意書が必要となります。
毎年4月から6月に業務が増え、年間トータルで見ると社会保険料を多く支払っている会社は、この緩和要件の導入がお勧めです。
■参考文献
『社会保険料適正化講座』保険毎日新聞社 假屋美香
『会社の社会保険料をリストラする方法』中央経済社 田中章二
戦略MG マネジメントゲーム セミナー開催記録 | |||
★2019年製造業版開催スケジュール: 6/15(土)、8/17(土)、10/5(土) | |||