災害・不測の事態に備える 事業継続計画(BCP)の 策定法

1.事業継続計画(BCP)の概要

はじめに

東日本大震災後、BCP(事業継続計画=Business Continuity Plan)が注目を浴びています。
しかし、東日本大震災を経験し、BCPの必要性を実感しているものの、実際には何から手を付けていいのか分からない、という企業も多いのが実態です。
2011年5月30日に実施された『企業内情報システム関与者に聞く、ITシステムに関するアンケート』によれば、BCP対策に「興味・関心がある」「必要性がある」と感じている企業は8割にも上り、さらには強い必要性を感じて「BCP対策の製品やサービスの導入を検討してい る」と答えた企業も5割近く存在します。
その一方で「(BCP対策の)情報はあるが、どう取り組めばよいか十分に理解できていない」と回答した企業は5割弱、「情報も少なく、どう取り組めばよいか十分に理解できていない」と回答した企業は3割を超えています。
つまり、実に8割以上の企業が、BCPに対する具体的な取り組みを描けていない状況にあります。
そこで今回は、BCP導入の基本的な考え方とそのポイント、中小企業でも策定可能な作業ステップを解説していきます。

不測の事態に対応した事業継続計画(BCP)

東日本大震災において下記のようなBCPの事例がありました。
いずれもリスクへの対処方針を経営戦略的に取り込んだ内容になります。

東日本大震災において下記のようなBCPの事例

以上のように、BCPを策定すると緊急事態に遭遇した際、被害を軽減し、いち早くビジネスを復旧できる企業体質を作り上げることができます。
事業継続計画(BCP)というと大企業向けと認識されがちですが、中小企業でも策定が可能です。

BCP策定プロセスのステップ

日常的な経営資源の使用、アクセス、供給のサイクルがストップしたとき、どのように判断または予測し、どのようなアクションを起こすのかは、次の2つの切り口に整理することができます。

日常的な経営資源の使用、アクセス、供給のサイクルがストップしたとき、どのように判断または予測
これらは、以下に述べるSTEP1~3の手順でBCPを策定していきます。

BCPを策定

次章よりステップごとのポイントについて解説していきます。

2.BCP策定のステップ

STEP1 潜在リスクの予測・把握

(1)自社が被災する可能性の高い自然災害を把握する

自社が意識しておかなければならないリスクを確認するための一つの手段として、インターネット上で国や自治体が公表している地震被害想定や、河川氾濫浸水マップ、土砂災害ハザードマップなどをチェックする方法があります。
会社所在地周辺で大規模地震が発生した場合の震度や液状化の危険性、また、近隣の河川が氾濫した場合の想定浸水区域などを日ごろから確認しておく必要があります。
企業が影響を受ける災害のうち、代表的な災害を想定して、中核事業の被害を評価します。

(2)自社の存続にかかわる重要な業務を挙げる

経営者が、主として次の観点を総合的に判断して定めます。

STEP1 潜在リスクの予測・把握

企業自体あるいは会社の事業を継続するに当たって、経営上最優先すべき事業のことを、 BCPでは特に「中核事業」といいます。
大規模地震などの緊急時には、経営に当たって必要となる人的資源・物的資源ともに平常時並みに確保することが難しくなります。
そこで一つの目安として、「普段利用している経営資源(ヒト・モノ・資金・情報)が、すべて3割程度しかない」と仮定して、その範囲で維続すべき中心となる事業の存続を考えてみます。
ここでも、経営者自身が経営戦略 として中核事業を決めることが重要です。

(3)中核事業を復旧させる目標時間を設定する

目標復旧時間の設定は、次の視点から考えてみます。

STEP1 潜在リスクの予測・把握

特定した中核事業について、緊急時に、いつまでにその事業の復旧を目指すか(目標復旧時間)をあらかじめ定めておきます。
中核事業が中断した場合、顧客や市場がいつまで待ってくれそうかを検討します。
まずは、経営者が日ごろの取引で培ったセンスで予測して構いません。
大企業では定量的に影響を予測する方法を採ることもありますが、中小企業の場合は顧客や市場を把握している経営者の判断が最も的確だと思われます。
次に、事業が中断した場合、どの程度の期間まで会社の資金繰りが耐えられそうかも検討します。
これら2通りの視点から、まずは目標復旧時間を定めます。
その後、目標復旧時間を適宜見直します。
有効なBCPとするには、目標復旧時間に関して顧客や取引先との合意を得ることが必要です。
特に「対企業」で事業活動を行っている会社であれば、意見交換や調整を行いながら設定することが重要です。

(4)復旧に時間がかかる必要資源を把握する

中核事業の継続に必要な経営資源(ヒト・モノ・資金・情報)を把握します。
その際、目標復旧時間内では修理、再調達、回復、再生などが困難な経営資源が抜け落ちないように把握することが肝心です。
復旧可能日数を正確に予測することは困難であるため、まずは、現場の従業員の方の意見も聴きながら、「その経営資源が、目標復旧時間内に復旧が可能か否か?」の二択で考えても構いません。
社会インフラの復旧予測は、自治体で実施している地震被害想定調査の結果や中小企業BCP策定運用指針が参考になります。

STEP2 対策を講じる

(1)緊急時の資金調達について考えておく

多くの中小企業は、財務基盤が大企業に比べて脆弱であり、企業存続に当たり、事故・ 災害時の資金繰り対策が極めて重要です。
災害等の緊急時の資金繰りは企業にとって死活問題です。
大地震などに遭遇して業務が停止すると、収入は減少しますが、継続的に発生する支出のため、いつかは資金が底を突いてしまいます。
政府系中小企業金融機関により、緊急時向けの融資制度が設けられていますので、金融機関に問い合わせるとよいでしょう。

(2)対策や代替手段を考える

緊急時は、従業員の安全確保と安否確認が最重要です。
他社による代替生産(OEMなど)を含め、ボトルネックとなる資源については、日ごろからできる限りの代替策を考えておくことが重要です。
「人」については、以下のような点に関する事前確認が重要となります。

対策や代替手段を考える
モノについては、生産設備、原材料、ライフライン、輸送方法、連絡手段などについて代替策を確保します。

対策や代替手段を考える

(3)従業員、取引先等と共通認識を持つ

BCPを策定する際には従業員はもちろんのこと、取引先、協力会社などとあらかじめ意見交換や調整を行っておくことが重要です。
緊急時の事業を継続するためには取引先や協力会社、組合等と連携できることが重要です。
BCPの策定に当たっては、次の点について意見交換や調整をしておきましょう。

従業員、取引先等と共通認識を持つ
取引先や協力会社、組合等と一緒にBCPを勉強したり、協力して策定したりすることは極めて有効です。

(4)安否確認と取引先との連絡手段を考える

特に大地震発生直後のために、従業員や取引先との連絡を迅速に取れるように手段を決め、お互いに合意しておくことが重要です。
安否確認の方法として、多くの会社では「緊急連絡網」を作成しています。
しかし、特に大地震の場合、1週間程度は、一般の電話がつながりにくい状態が続くといわれています。
そこで、以下のような安否確認方法を選択し、「従業員携行カード」を作成して、従業員に使い方などを周知しておくことが有効です。

安否確認と取引先との連絡手段を考える

STEP3 BCPの運用と改善

(1)今後、実施すべきことを整理し、計画的に進めていく

今後、実施すべきことを、様式にまとめて書き出します。
この中には、すぐに実施できる項目もあれば、設備投資のように、予算計画などを通して、向こう数年で実施していくものもあります。
そこで、実施事項を計画的に進め、適切に進捗管理をするために、様式に書き出しておくと便利です。

今後、実施すべきことを整理し、計画的に進めていく

(2)1年間の活動を総括して、BCPを見直す

訓練を行う際には、都道府県や市町が実施する訓練に参加したり、組合や工業団地等で共同訓練を行ったりすることも有効です。
また、BCPの見直しの際にはチェックリストなども活用して、自社の事業継続力を毎年、向上させていくことが望まれます。
また、事前対策が計画どおりに実施できたかどうか、中核事業や目標復旧時間に変更はないかなどを、1年に1度は見直していくことが望ましいといえます。

■比較的簡便にできる訓練の例

3.BCP策定の事例紹介

BCP策定(小売業)

小売業A社は、△△県××地域に、東店、南店、西店、北店の4店舗をもつ中堅スーパーです。
A社経営者は、近年頻発している大規模地震の折、「全国展開している大手小売店が地震直後も営業を続け、地元住民に感謝されている」といったニュースを聞くたびに、自社もBCPを作っておく必要があると感じるようになっていました。
地域貢献をモットーにしてきたA社にとって、災害時にも営業を続け、お客さまに商品を提供し続けることは、A社の信頼向上にもつながるはずだと考えました。
そこでA社経営者は、BCPを作ることにしました。

(1)STEP 1

【1】自社が遭遇する重大な自然災害などを確認する

A社経営者は、△△県のホームページで公開されている防災情報などを基に、4つの店舗が遭遇する自然災害を確認することから始めました。
その結果、次のことが把握できました。

自社が遭遇する重大な自然災害などを確認する
そこで、大地震で店舗が被災した場合のBCPから考えることにしました。
また、水害 については地震の検討を踏まえて、いずれ改めて考えることにしました。

【2】自社の存続にかかわる重要な業務を挙げてみる

A社経営者はインターネット上で公開されている「中小企業BCP策定運用指針」の基本コースを参考にしつつ、BCPを作り始めました。
まずは、「自社の存続にかかわる重要な業務」を考える必要があります。
これを特にBCPでは、「中核事業」、「重要業務」などと呼びます。
A社経営者は「当社のような業態の場合、売上額大小の問題ではなく、地震発生直後からも、食料品や生活必需品をお客様に提供し続けることを目指したい。
結果として、それが長期的な信頼を得ることにもつながるはずだ」と考えたため、食料品と生活必需品の販 売を中核事業として位置付けることにしました。

【3】中核事業を復旧させる目標時間を設定する

次に考えるべきは目標復旧時間になります。A社でいうと、地震発生後、食料品などの販売を再開するまでの時間ということになります。
そこで、以下のような状況を考慮して、販売再開までの目標時間を決めることにしました。

中核事業を復旧させる目標時間を設定する

【4】復旧に長時間を要する資源を特定する

ここでA社経営者は、「中小企業BCP策定運用指針」のページからダウンロードした様式を印刷し、中核事業と目標復旧時間の欄に記入しました。
また、自社の中核事業に必要となる主な経営資源も、同じ様式に書き出してみることにしました。
その際、重要な経営資源を見落とさないようにする必要があります。
そこで、4店舗の各店長にも集まってもらい、資源の洗い出し作業を一緒に行いました。
店長たちからは、「最悪、震度6強の地震が発生した場合でも、当日中には在庫分の販売は再開したい。」「遅くとも1か月程度では本格的な営業再開にこぎ着けたい。」などの意見が出ました。
そのためには、書き出した資源のうち、地震で1日以上供給が停止するもの、または、修復や再調達などに1ケ月以上かかる資源について、あらかじめ代替策などを考えておく必要があります。
その結果、特に早期操業復旧の支障(ボトルネック)となりそうな、以下のポイントが分かってきました。

復旧に長時間を要する資源を特定する

(2)STEP 2

【1】資金調達についても考えておく

日ごろ、お客様とは主に現金で取引する小売業にとって、長期間の営業縮小は資金繰りの悪化に直結します。
しかし、経営者としては、この間も従業員への給与は払い続けなければなりません。
また、棚から落下して売り物にならなくなった商品分の再調達や、地震により建屋や設備の損壊や故障が発生した場合には、追加費用もかかります。
いざというときのために、災害時対応貸付や共済などの制度をあらかじめ把握しておくとともに、地震保険の条件についても確認しておくことにしました。
申請が後手に回ると融資も遅れてしまうため、これらの融資制度を事前に確認しておく必要があります。

【2】対策や代替手段を考える

ようやく早期操業復旧のボトルネックを特定できました。
そこで、それぞれのボトルネックについて、対策や代替手段を考えました。

対策や代替手段を考える

【3】従業員等と共通認識を持つ

これまでの検討から、目標復旧時間と対策の方向性が見えてきました。
そこでA社経営者は、実際に現場との共通認識を持っておくため、東店、南店、西店、北店の4名の店長から意見を聞くことにしました。

従業員等と共通認識を持つ

店長たちとの議論は白熱しました。
今回の会議を終えて、各店長にBCPへの取り組みを前向きに受け取ってもらえたことに勇気づけられました。
店長たちにBCPの意義を理解してもらうことは、その店舗で働く従業員にBCPの意義を理解してもらうために重要です。
今後、各店長から得られた意見も反映して、対策を詰めていく必要があります。

【4】安否確認と取引先との連絡手段を考える

A社経営者は、地震発生直後の従業員の安否確認手段と併せて、各卸業者との緊急時の連絡手段を考えておくことにしました。

安否確認と取引先との連絡手段を考える

(3)STEP 3

【1】今後、実施すべきことを整理し、計画的に進めていく

これまでの検討から、「中小企業BCP策定運用指針」の基本コースで求められる様式集を記入するとともに、BCPの対策として今後実施すべきことを様式に書き出して整理しました。
A社経営者は、この実施項目リストを、部屋の目立つ場所に貼り付けました。
これらを計画的に進めていくことが、当店の事業継続力アップには欠かせません。
また、項目別に担当者を決めた上で、各担当者と今後の計画を具体的に検討することにしました。

【2】1年間の活動を総括して、BCPを見直す

A社ではこの1年間、BCP活動を進めてきました。そこで、以下の観点からBCPを見直すことにしました。

1年間の活動を総括して、BCPを見直す

後日、A社経営者は、従業員向けの挨拶にて、昨年1年間のBCP活動への従業員の理解に感謝するとともに、活動状況を報告しました。

4.リスク別のBCP策定ポイント

停電対策

停電は最も身近な災害であるにもかかわらず、そのリスクに対する備えは最も手薄になっているのが現状です。
この背景には「よくあることだ、待てばすぐに回復する」という 油断が潜んでいます。

(1)停電のリスク

私たちの生活は、プライベートでも仕事でも全てを電気に依存しています。
特に日々の 業務処理は電力集約型の活動といっても過言ではありません。
業務活動中の停電による主なリスクには、システムダウンによるデータの消失、ハードウェア障害、業務の停止、固定電話やFAX、コピー機、プリンタの使用不能などがあります。
私たちは小規模な停電に慣れています。
しかしBCPを前提とする限り、「少し待てば回復する」というこれまでの思いこみは捨てなければなりません。
停電のリスクに備えるには、次の3つを特定して おくことが大切です。

停電のリスク

(2)基本的な停電対策

一般的な停電対策としてIT装置などを対象としたUPS、発電機などがありますが、ごく身近なデスク回りの対策として採光の確保、手作業、定期的なバックアップなどが考えられます。

基本的な停電対策

建物と設備

災害によって必ずしもオフィスや店舗が崩壊したり、設備や備品がすべて焼失するわけではありませんが、建物の耐震補強や最悪の事態に備えて別の場所に事業拠点を設定しておくことは必要です。

(1)最大のダメージを想定する

BCPといえども災害に対して万能ではありません。
自然災害や火災などが発生すれば、建物や設備資産が重大なダメージを受けて、事業継続戦略の根幹を揺るがす事態となる可能性もあります。
建物や設備への重大なダメージでまず考えられるのは、死傷者を出すおそれがあること、処理途中の重要なデータが消失したり、貴重な文書資産が焼失や浸水などで使用できなくなること、そして何よりも顧客や取引先に対して約束していた納入品やサービスの供給が停止して多大な迷惑をかけること、ビジネスの良好な関係も途絶えてしまう(会社から離れてしまう)ことなどです。
業務資産の物理的なダメージに加え、こうした経営上のさまざまな損失も合わせると、その財務的損失は計り知れないものとなるでしょう。

(2)事業拠点・施設・備品の確保

地震や火災によるオフィスや店舗の崩壊や、設備や備品の焼失は、あまりに被害が深刻であるため、できることなら考えずに済ませたいと思うかも知れません。
しかし、ワーストケース(最悪の事態)を前提とするBCPでは、いくつかの防災上の対策とともにこのような事態に遭遇した場合の代替策を用意しなければなりません。

【1】施設・備品等の防災対策

以下の要件を検討し、実施してください。
また、火災の原因となる要素はさまざまです(コーヒーポットや灰皿、PCや周辺機器のコード、テーブルタップの過剰配線が集中する通気性の悪い場所、放置した段ボールの山など)。
必要に応じて消防署のアドバイスを受けましょう。

施設・備品等の防災対策

【2】代替施設の条件

以下の要件を検討し、実施してください。
これらの代替施設は、BCP発動時には代替対策本部として、復旧段階には事務処理などの後方支援業務の仮設オフィスとして使用します。

代替施設の条件

【3】代替施設の候補地

以下の要件を検討し、実施してください。
また、情報システムの復旧を中心とした代替候補地については、費用対効果を考慮の上、設備業者が提供するレンタルのIT施設などを検討することも選択肢の一つです。

代替施設の候補地

■参考文献
『新版 実践BCP策定マニュアル-事業継続マネジメントの基礎(オーム社)』 昆 正和 著
『事業継続管理の基本と仕組みがよ~くわかる本(秀和システム)』 勝俣 良介・落合正人 著
『BCP策定のためのヒント』中小企業庁
『日本経済新聞』

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