ヒヤリ・ハット事例検証 クリニックの医薬品安全対策ポイント

1.法令で義務化された医薬品安全対策

重大なアクシデントに直結する医薬品のリスク

医薬品に関する事故のリスクは医療行為の中でも高く、医師、薬剤師はもちろんのこと実際の投与に関わる看護師の責任は重大です。
そうしたリスクを低減させるためには、医師や看護師は薬に関する情報と患者の情報(疾患やアレルギー等)を把握し、処方ミスや 与薬ミスに十分対応しなければなりません。
薬剤師においても同様に処方監査や調剤鑑査体制を徹底し、調剤過誤を減らす努力を粘り強く継続する必要があります。

(1)医薬品に関するインシデント報告

厚生労働省の医薬品・医療機器等対策部会では、発生したインシデント事例について定期的に検討および調査を実施しており、直近では平成23年1月1日~6月30日の間に報告された事例の情報を公開しています。
調査対象となった全198の事例では、以下のとおり全体の81.8%が人に起因する結果となっています。

医薬品安全使用対策調査結果 ~厚生労働省:医薬品・医療機器等対策部会による

(2)事故およびヒヤリ・ハットの実態

ヒューマンエラーやヒューマンファクターに起因すると考えられる事例を整理すると、下記のような傾向に分類できます。

ヒューマンエラー・ヒューマンファクター起因のインシデント件数
インシデント発生の状況では、医師自らのエラー(誤入力、誤記載)、および看護師によるエラー(実施の誤り)、そして二者間の連携ミスに大別されますが、実施者である看護師のヒューマンエラーが大きな割合を占めていることがわかります。
しかし、処方を含め、医師の指示間違いは重篤なアクシデントに直結するリスクが高いため、慎重な対応が求められます。

◆医師の指示過誤によるアクシデントの状況
医療機関や調剤薬局では、ダブルチェック体制やシステムの強化、運用マニュアルの徹底などの取組みを行っていますが、それでもアクシデントは発生していることがわかります。

医療法に定められている医薬品安全基準

医療事故防止を目的とし、第5次医療法改正(平成19年)では医療機関における安全管理体制の整備が義務化されました。
その中には、保健所の立ち入り検査時の重点項目である「医薬品及び医療機器に係る安全管理体制」が含まれています。

(1)医薬品に係る安全管理体制

医薬品の安全管理について医療法では、「病院、診療所または助産所の管理者は医薬品の使用に際して次に掲げる体制を確保し、医薬品に関わる安全確保に努めなければならない」 と定めています。

医薬品の安全管理をめぐる整備項目
上記の整備項目に従って、各医療機関では医薬品安全管理責任者を選任し、具体的な取り組みを進めることが求められています。
しかし、スタッフの少ない無床診療所においては、院長あるいは看護師が管理責任者となっているケースが多く、日常業務のほかにマニュアルの整備や院内医薬品集の作成、職員研修会の企画立案など、実際には安全管理責任者としての役割が負担となっていると想定されます。

(2)医薬品管理責任者の業務

医薬品の安全管理を担う医薬品管理責任者の具体的な業務には、大きく以下の4点が定められています。

医薬品管理責任者が担う具体的業務
近年では、ジェネリック医薬品の使用推進による取扱品目の増加や、これに伴う一般名処方などの新たな情報管理の問題など、処方に関するリスクは増大傾向にあるといえます。
そのため医療法に定められた安全管理項目の遵守だけにとどまらず、積極的なリスク管理に取り組むことが求められています。

2.処方に関するヒヤリ・ハットの実態と安全対策

薬剤処方をめぐるヒヤリ・ハット

クリニックと調剤薬局との間で日常的に発生するものに、疑義照会があります。
これは、クリニックの薬剤処方ミスについて薬局が気付いた事例であり、未然に防止した点ではチ ェック機能が働いたケースであるともいえます。
しかし、クリニック側のミスが薬局でのチェックに漏れ、患者に処方されてしまった場合はアクシデントになります。
また、正しい処方せんが発行されていても、薬剤師が調剤ミスを犯すケースもあります。

(1)処方過誤が起因となるアクシデント

クリニックが発行した処方せんにミスがあったものの、薬局でも見逃され、そのまま処方薬が患者に渡ってしまったケースは、処方過誤によるアクシデントです。

処方過誤のパターン
特に(4) のような他院受診の情報は、お薬手帳の確認等を怠ると、直ちにアクシデントにつながるため、格段の注意を払うべき項目だといえます。

(2)調剤ミス等が起因となるアクシデント

クリニックから発行された処方せんに問題がなくても、薬局側でミスが発生するとアクシデントとなる可能性が高まります。

調剤等のミス

(3)薬局で処方過誤に気づいた事例 ~ヒヤリ・ハット

処方過誤は、薬局の監査によって、患者が処方薬を受け取る前に気付いた場合、インシデントに該当するというケースです。
これは、事前に把握できた良い事例であり、なぜアクシデントに至らなかったかが、以降の防止徹底に向けた重要なファクターになります。
その後処方医に確認し、正しい処方に変更してもらう仕組みが「疑義照会」であり、その意味で事務手続からみると、保険証の記号・番号間違いも疑義照会の対象となります。

疑義照会の流れ
インシデントは、アクシデントに至る前に気付くことができたため、チェック体制が機能している結果でもあります。
したがって、この機能の強化がアクシデント減少の重要なカギであり、併せてその発生の根源を改善する機会にもなります。

(4)処方に関するヒヤリ・ハットの実例

処方に関するヒヤリ・ハット数は、疑義照会件数に比例します。
下記は、あるクリニックにおける1か月の院外処方における外来の疑義照会の発生状況を調査し、内容別に分類して集計した詳細です。

1)発生状況

院外処方の疑義照会内容と件数(1か月分)
この事例では、1か月あたり89件、外来実日数では1日あたり3.7件ほど発生しています。
また、当月の発生件数が偶然多かったのではなく、毎月ほぼ同数の疑義照会が発生しており、そしてこうした状況はどのクリニックでも起こりうることを認識しておくべきです 。

2)照会内容

疑義照会は、事務手続きで発生する「保険確認」を除くと、すべて処方医によるミスが原因と推測されます。
そのうち、用法・用量の間違いや投与量の制限超え、薬品名間違いなどはアクシデントに直結する重要なインシデントであることから、こうした処方ミスが発生した要因を調査・分析し、疑義照会を減らす取組みに努めなければなりません。
しかし、実際にはその場限りの対応にとどまっており、以降の防止策の検討に結び付けられないクリニックが多いという現状です。

安全対策活動のポイント

(1)主な分析手法

安全対策活動における最初の取り組みは、院内で発生した事例を取り上げ、発生原因について分析したうえで、再発防止に向けた対応策を行うことであり、疑義照会における過誤についても同様です。
そして、このような根本的原因の分析手法としては、次に挙げる SHELLモデル、4M-4Eマトリクスなどがあります。

1)SHELLモデル

航空業界においてEdwards が1987年に基本モデルを提案し、KLMオランダ航空のHawkins が改良した要因分析手法であり、Software(ソフトウェア)、Hardware(ハードウ ェア)、Environment(環境)、Liveware(人間)の各境界面に存在する要因を見つけようと するものです。

SHELLモデル

2)4M-4Eマトリクス

NASA(米国航空宇宙局)で開発された分析手法で、下記の4つのMで要因分析を行い、4つのEで対策を立てることを目的としています。

4M-4Eマトリクス

3.薬局事例からみる連携強化による防止策

調剤薬局におけるヒヤリ・ハット

公益財団法人日本医療機能評価機構が実施する「薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業」の平成22年年報によると、12,904件(3,458施設)が報告されています。

(1)繁忙時間に集中するヒヤリ・ハット

ヒヤリ・ハット事例の発生状況をみると、月~木曜日では16%~18%程度、金曜日だけ20%を超えており、さらに、そのうちの36%が繁忙時間の2時間(午前10時から12時) に集中している状況です。

発生曜日と発生時間帯

(2)実施の有無・事例の概要

報告された12,904件のうち、実際に薬を患者に交付した「実施あり」の事例は2,002件 (15.5%)、うち後日患者が「軽微な治療」を要した事例が168件(1.3%)です。

実施の有無・治療の程度
事例の概要別の報告件数とその割合は、「調剤」では12,222件(94.7%)、医師への「疑義照会」事例は656件(5.1%)となっていますが、調剤過程において処方せん鑑査の問題で疑義照会を行わなかった事例は、「調剤」に集計されているため、実際の疑義照会はさらに多いと推測されます。

事例の概要

(3)疑義照会の概要

報告された疑義照会656件について46.0%(302件)が「患者に健康被害があったと推測される」ものであり、また残る54.0%(354件)についても「健康被害は生じなかったが、医師の意図した薬効が得られなかったと推測される」となっており、被害の大小はあるものの、疑義照会のすべてがアクシデントに直結する内容であることがわかります。
結果としては、照会後に薬局側で「薬剤変更」を伴ったケースが27.3%と最も多く、次に「分量変更」が15.9%となっています。

疑義照会に関する概要と疑義照会後の対応

具体的事例と連携強化による改善

(1)ヒヤリ・ハットの具体的事例

1)名称類似

名称類似を原因とするエラーは、処方、調剤とも発生件数が多いため、特に注意が求められます。
さらに、薬効が大きく違う場合には重篤なアクシデントに結びつくリスクが高くなることから、より慎重な対応が必要です。
医薬品には、下記のような名称類似例があります。

名称類似

2)ハイリスク薬

ハイリスク薬をめぐるヒヤリ・ハット事例は、全体に占める割合が11.3%と決して低くないことを十分に認識する必要があります。

ハイリスク薬

(2)アクシデント防止のための連携強化

ヒヤリ・ハットの発生件数をゼロにすることは不可能に近いものの、エラーをなくす取り組みを通じて、アクシデント件数を減らすことはできます。
そのためには、日常的に発生するエラー(処方・調剤ミス)を認識することから始めなければなりません。
そして処方医においては、疑義照会について場当たり的に対応するのではなく、内容を把握し、原因分析を通じて、改善と再発防止に向けて薬局と共同した取り組みを徹底しなければなりません。
具体的には、毎月の疑義照会について薬局にレポート作成を依頼し、これに基づき院内で安全対策委員会を開催することで職員と情報を共有化し、リスクの高い項目については発生原因を分析するとともに、改善行動に結びつけるサイクルを確立する活動を進めることが望ましいでしょう。

アクシデント防止のための連携強化

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