増加する精神疾患患者への対応 開業医に求められる精神科ケア

1.精神疾患患者の増加と適切なケアの必要性

「4大疾病」が精神疾患加え「5大疾病」に

平成24年7月、厚生労働省は、地域医療の基本方針となる医療計画に盛り込むべき疾病として指定してきたがん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病の4大疾病に、新たに精神疾患を加えて「5大疾病」とする方針を決めました。
精神疾患が職場でのうつ病や高齢化に伴う認知症の患者数が年々増加していることを背景に、国民に広く関わる疾患として重点的 な対策が必要と判断されています。

(1)急増する精神疾患患者

平成10年には、年間の自殺者数が3万人を超えました。
その前年(平成9年)に実施された精神障害者の現況調査によると、「激しく変化する現在社会では誰でも精神障害患者になる可能性がある」との質問に対し、半数以上が「そう思う」と回答しました。
まさに激しく変化する時代、リーマンショック以降、長引く不景気のあおりを受けた失業者や生活困窮者も増え、精神疾患患者数は増加しています。

誰でも精神障害患者になる可能性がある
外来及び在宅患者の動向では、平成11年からの6年間で最も患者数が増加したのが、躁うつ病を含む気分障害であり、その数は45万人にのぼり、平成17年における占有率は 33.3%となっています。
次いで高い増加傾向を示しているのがストレス関連障害の16万人 で、いずれもいわゆる現代病と言われる特異性を示しています。
また認知症関連疾患は、9万4千人から23万8千人へと増加、全疾患の9%を占めています。
認知症患者数は、その後飛躍的に増加しており、これまでの国の推計を1.3倍ほど上回る状況で急増していることが確認されています。
それによると、平成22年における認知症患者数は、全人口の2.1%に当たる268万人という驚くべき数値を示しています。
この傾向は今後さらに強まり、人口の減少も相まって 2050年には全人口比で3.6%の343万人、実に26人にひとりが認知症患者になると予測されています。

疾患別外来等精神患者数推移
このように、高齢化による認知症と職場におけるうつ病の増加などは、国民に広くかかわる疾患となっていることを十分に認識し、地域の精神科をはじめとする病院、診療所、訪問看護ステーションなどが、個々の機能に応じた連携を推進する必要性が高まっています。

精神疾患患者対応の重要性

(1)開業医に求められる適切なケア

東京の心療内科医が2002年にうつ病患者330人を対象に行った調査によると、64%の患者が初診時に一般内科を受診し、精神科専門医を受診した人は10%に満たなかったというデータがあります。
このデータは、ほとんどの患者は一般内科を受診し、内科的な診断のもとに治療を受けているケースが多く、精神科疾患であっても専門的な治療を受けていないことを示しています。
また、わが国における年間の自殺者数は高い水準で推移しており、この問題については、社会全体で取組む必要性が高く、平成18年に自殺対策基本法が施行され、その翌年には自殺総合対策大綱が示されました。
これにより自殺未遂者に対する支援が明文化され、自殺を図ったり、自傷に及んだりした患者らへのケアについて、精神科医療はもとより、一般医療においても適切なケアを展開することが極めて重要になってきています。

自殺者数の推移

(2)新設された診療報酬

精神科疾患患者に対し、適切な医療を適切なタイミングで展開するには、精神科医と専門性の高い看護師等多職種で連携する仕組みは重要なテーマであると考えられています。
その仕組みを促進するために、診療報酬上でも新たな加算が新設されました。
平成24年診療報酬改定で新設された「精神科リエゾンチーム加算」であり、精神科医、専門性の高い看護師、精神保健福祉士、作業療法士等が多職種で連携し、より質の高い精神科医療を提供した場合の評価です。
現在は入院患者を対象としていますが、精神科疾患患者の増加に伴って、今後外来等にも拡大が予想されます。

リエゾン、精神科リエゾンチーム加算の概要

2.開業医に必要なうつ病に関する知識

開業医に必要な基礎知識 ~10年で2.4倍となったうつ病

平成21年12月、厚生労働省が3年ごとに実施している患者調査で、抑うつなどの症状が続くうつ病の患者(躁うつ病を含む)が初めて100 万人を超えたことが報告されました。
こうした状況の下、うつ病は現代社会において、多くの患者がいる病気として認知されるとともに、休職制度や障害手当金や障害年金などの受給者数も大幅に増加しています。

うつ病患者数推移

(1)急増する新型うつ病の背景

従来、うつ病はその症状や病気になる過程によって「メランコリー型」と「双極性障害」に分類されていましたが、旧来のうつ病に「気分変調症」と「非定型うつ病」を加えた新型うつ病は、4つに分類されるようになりました。
その主な症状は以下のとおりです。

急増する新型うつ病の背景
特に「嫌な時だけ気分が悪くなる」「自分でなく他人の責任にする」といった傾向が顕著であり、20~30代前半の比較的若い世代に発症するため、逃避型や回避型とも呼ばれています。
うつ病患者が急増した背景には、従来の診断基準に加えて、気分変調症及び非定型うつ病の診断基準が加わったことによる基準の拡大が原因として挙げられます。
また、それに伴って労働困難者に対する障害年金受給者も増加し、平成20年には精神の障害による受給者数が85万人となり、障害年金の請求手続きの代理を目的として社会保険労務士を訪れる患者も増えています。

(2)メンタルヘルス不調職員も受給できる障害年金

障害年金には障害基礎年金(国民年金)と障害基礎年金、障害共済年金があり、どの障害年金を請求できるかは、障害の原因となる傷病の初診日においてどの年金制度に加入していたかで決まります。
精神障害の認定基準(国民年金・厚生年金保険障害認定基準)によると精神障害は、以下のように区分されます。

メンタルヘルス不調職員も受給できる障害年金
このようにうつ病(気分障害)といった精神障害があっても、障害者雇用促進法により障害者の雇用改善が進められ、就労中でも当該年金は受給が可能となっています。
そのため、メンタルヘルス不調で精神障害を発症した職員も障害年金を受給できる場合もあります。

(3)国のうつ病対策

増加し続ける自殺者やその背景となるうつ病患者に対し、厚生労働省では極めて重要な健康問題としてとらえ、こころの健康を保つためのこころの健康づくりから、早期発見、うつ病にかかったときの治療や社会的支援にわたる対策を進めています。
同省に「自殺・うつ病対策プロジェクトチーム」が設置され、平成22年5月には、以下のように具体的対策が打ち出されました。

今後の自殺防止のための厚生労働省の対策 ~5本柱~

このように国、市町村、行政サービスを中心とし、地域社会全体で対応していくことが打ち出されており、その中において精神科医療の充実だけに留まらず、慢性疾患の合併症などで日常的な関わりを持っているかかりつけ医等の一般医療機関との連携強化も求められています。
具体的な内容については、精神疾患に関する医療計画の中で明確にされてい ます。

3.一般医と精神科医の連携で精神科疾患に対応

リエゾン精神医学の強化

リエゾン精神医学(Liaison psychiatry または、Consultation Liaison Psychiatry)とは、一般の身体医療の中で起こる様々な精神医学問題に対して、医師を含む医療スタッフと精神科医が共同してあたる治療・診断やシステムです。
「コンサルテーション精神医学」と「リエゾン精神医学」を区別して用いる場合もありますが、コンサルテーション・リエゾン精神医学(CLP)を、リエゾン精神医学と短く呼称して用いるケースが一般的です。
うつ病や認知症などの精神疾患以外でもこの仕組みが取り上げられており、最近では、がん患者などにも広く適用されるようになってきました。

(1)地域包括的に対応する精神疾患医療計画

厚生労働省は、平成22年に公表した精神疾患に関する医療計画の中で、地域包括的に対応する重要性を説き、その目指すべき方向を明確に示しています。

精神疾患患者やその家族等に対して
これを受けて、平成23年12月に行われた精神疾患に関する医療計画の見直し等に関する検討会において、予防や治療に関する具体的な取り組み項目が明示されました。

■各医療機関との連携

都道府県は、各医療機能の内容(目標、医療機関に求められる事項等)について、地域の実情に応じて柔軟に設定する。

医療計画(予防・アクセス)~うつ病~
上記のとおり、初期段階でかかりつけ医が担う役割が割り当てられており、精神科医との連携はもとより、スクリーニングや初期治療などにも対応していかなければならず、このためうつ病に対する医療支援体制の強化(GP連携事業)及びかかりつけ医への心の健康対応力向上研修事業により、評価指標が設定されています。

医療計画(評価指標)~うつ病~

(2)一般医と精神科医の連携構築事例

この医療計画に基づき、うつ病の早期発見と治療推進のため、愛知県精神科病院協会(愛精協)などは平成22年11月1日から、地域のかかりつけ医と精神科医の連携を強化するシステム「あいちGPネット」の運用を始めています。
GPネットのGはGeneral Physician (一般医)、PはPsychiatrist(精神科医)の頭文字を示し、文字どおり一般のかかりつけ医と精神科医の橋渡しをスムーズに行うためのシステムです。
例えばうつ病は、その病気の性格上本人に自覚がなく、身体症状に現れることが多くみられ、「ご飯が食べられない」「だるい」「動悸がする」「微熱がある」などの主訴が大半を占めるため、患者の多くは、まず地域の内科など一般のかかりつけ医を受診している傾向があります。
この際にかかりつけ医がうつ病の可能性に気づき、精神科医に相談または紹介できればよいのですが、実際は精神科領域の知識が不十分なことと、普段から精神科医と気軽に相談できるような連携ができていない等の課題が存在していました。
そこで、もともとあった「こころのドクターナビ」というウェブサイトを改称、拡充して、新たに医療機関専用のGPネットページを設けました。
利用に際して、かかりつけ医がネットに登録すると、IDとパスワードが付与され、ログインすると、さまざまな症状に対応できる精神科専門病院が一覧から検索できる仕組みです。
精神科協会に加盟する40病院の救急当番表が表示されるため、いつどこの病院が緊急対応をしているかが瞬時に把握できるシステムとなっています。

一般医と精神科医の連携構築事例
このシステムを利用すると、例えば、かかりつけ医が「この患者は一刻を争う状態で緊急入院が必要」と判断した場合、一斉メールを送信して受け入れ可能な病院から即座に返事をもらうことができます。
まさに、心と心をつなぐシステムとして機能しています。

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