労務トラブルの実態に学ぶ雇用契約書作成の実務

1.厚労省・労基署資料にみる労務トラブルの実態

労務トラブルの実態については、厚生労働省が個別労働紛争解決制度の施行状況を公表していますし、労働基準監督署では、労働基準監督官が労働基準法の違反の有無を調査する目的で事業場等に立ち入る臨検監督の実施状況を公表しています。
労務トラブルの実態がどうなっているのか、これらの資料を基に解説します。

1.厚生労働省 個別労働紛争解決の実態

厚生労働省は、本年5月に「平成25年度個別労働紛争解決制度」の施行状況を公表しました。
「個別労働紛争解決制度」は、個々の労働者と事業主との間の労働条件や職場環境などをめぐるトラブルの未然防止や早期解決を支援するもので、「総合労働相談」、労働局長による「助言・指導」、紛争調整委員会による「あっせん」の3つの方法があります。
平成25年度は、前年度に比べて、総合労働相談、助言・指導、あっせんのいずれも件数が減少しました。
ただし、総合労働相談の件数は6年連続で100万件を超え、高止まりしています。

相談件数の推移

2.労働基準監督署による臨検監督の実態

「臨検監督」とは、労働基準監督官が労働基準法の違反の有無を調査する目的で事業場等に立ち入ることをいいます。
臨検監督には、労働基準監督官が事業場に赴くことなどによる定期監督等(毎月一定の計画に基づいて実施する監督)と申告監督(労働者等からの申告に基づいて実施する監督)があります。
平成24年中に全国の労働基準監督署による定期監督等実施事業場数は、134,295件にのぼります。
そのうち約68.4%に当たる91,796件において、労働基準法または労働安全衛生法等に関する法令違反が確認されています。
中でも、クリニックが関連する保健衛生業は、法令違反率の高い業種の第2位となっています。

平成24年全国定期監督業務実施状況
違反項目では、労働時間に関する項目が一番多く、割増賃金、就業規則に次いで、本レポートのテーマである労働条件の明示も第4位となっています。
違反件数が多いということは、臨検監督において重点的に調査される項目であるということです。

3.労働基準監督署のチェック項目

労働基準監督署は、労働者の健康保持のために長時間労働・サービス残業の取締り強化を行っています。
監督官から重点的に見られ、かつ違反を指摘されやすい事項であるため、クリニックとしては、次の6つの事項について注意する必要があります。

指摘を受けやすい項目
最近の労働基準監督署は、従来の監督業務に加えて集団指導、窓口相談等における啓蒙活動を活発化させています。
さらに、扱う対象も、解雇、賃金、労働時間等の労働基準法で定められている労働条件から、近年の問題となっている労働者のメンタルヘルス、職場の男女関係やいじめ問題に 拡大しています。

2.雇用契約書作成時の留意点と基本様式

雇用契約には、労働基準法施行規則で定められている明示しなければならない項目が定められています。
そのほかに、職員の働き方に応じて追加しなければならない項目があります。
パートタイマーや有期契約職員がそれに当たりますが、これらの職員については特に労務トラブルが多いため明示する項目が別途定められています。

1.雇用契約の際に明示しなければならない条件

雇用契約書を作成する際に必ず明示しなければならない内容について、労働基準法施行規則第5条第1 項では次のように定められています。

労働基準法施行規則第5条第1項
(1)から(5)については書面による明示が必要な項目、(6)から(14)が口頭でもよいとされている項目です。
しかし、(6)から(14)番の項目についても口頭での明示ではなく、書面で通知する労働条件通知書か雇用契約書により明示するほうが安全であると言えます。
なお就業規則の該当ページを渡すことにより労働条件の通知を行うことも可能です。

2.パートタイム職員の雇用契約書

パートタイム職員の場合には第1章で説明した雇用契約時に明示しなければならない条件に、追加で明示しなければならない項目があります。
パートタイム職員とは、厚生労働省では以下のように定義されています。

パートタイム職員
クリニックによっては呼び名がパート、アルバイト、契約職員などさまざまではありますが、所定労働時間が正職員と比較して短い職員についてはパートタイム職員として取り扱わなければならず、雇用契約時に明示事項を加えなければなりません。
パートタイム職員の雇用契約時の明示義務の違反については罰則規定があるため注意が必要です。
パートタイム職員の雇用契約時に明示しなければならない項目

3.有期契約職員の雇用契約書

有期契約の職員を雇用する場合は、パートタイム職員の場合と同様に、雇用契約書に追加で明示しなければならない項目があります。
有期契約職員とは雇用期間に定めのある雇用契約を結んだ職員ですが、無期契約をした職員に比べて職員としても身分が不安定な立場にあると言えます。
そのため、厚生労働省では、不安定な身分にある有期契約職員について雇用契約時にいくつかの項目を明示することを義務付けました。

有期契約職員の雇用契約時に明示しなければならない項目
パートタイマー、有期契約職員それぞれの雇用契約書の追加明示項目を整理すると、下記のとおりとなります。

雇用契約書

4.雇用契約書フォーマット

労働基準法では、労働契約締結時に、労働条件を明示した書面を交付することを義務付けており、この書面を一般的に「労働条件通知書」と呼んでいます。
一方、雇用契約書の作成については、法律上の明確な規定は存在しませんが、労働者および使用者の合意によって成立したとわかるよう、両者の署名や捺印をしておくと、後々のトラブルを予防できます。
正職員、パートタイマー職員、有期契約職員との雇用契約締結に使用できる労働契約書のフォーマットを次項に記載しました。
「労働条件通知書」と「雇用契約書」を合わせた様式となっていますので、参考にしてください。

労働条件通知書兼雇用契約書

3.クリニック 雇用トラブル事例と防止策

雇用契約は職員がクリニックで働く際の入り口に相当するものです。
その入り口をしっかりしておかなければ、労働契約期間中や退職時にトラブルが生じる原因になります。雇用契約書は法律を守って作成することはもちろんですが、作成した雇用契約書を職員と交わさなければトラブルは防止できません。
この章ではトラブル事例と防止策について説明します。

1.雇用契約書を作成せず口頭でやり取りした事例

もう一つのポイントは、(3) その事業が社会的存在として認識される程度の規模を有していること、つまり、特定医療法人、社会医療法人並みの要件を求めており、その要件は下記のとおりです。

Aクリニックの事例

2.雇用契約書と就業規則の内容に相違があった事例

Bクリニックの事例

3.期間満了の通知を10 日前に行った事例

Cクリニックの事例

4.契約書の整備でトラブルを防止

雇用契約書を交わすことの一番の理由は労働条件を明確にすることです。
職員とのトラブルの多くは労働条件の説明が不十分であるために起こっています。
そのために厚生労働省でもルールを強化し、労働条件の明示を行うように義務が進んできました。
現在法律では労働基準法の明示のルールを補うようにパートタイム職員の労働条件の明示、有期雇用契約時の更新の有無の明示などが定められているのはそのためです。
それだけ使用者と労働者の労働条件の明示が大切であるということを物語っています。
特に入職時、退職時及び契約更新時はトラブルが発生しやすいタイミングですので、雇用契約書を取り交わすだけではなく口頭での説明を十分に行うことも大切です。

■参考文献
「社労士が見つけた本当は怖い採用・労働契約の失敗事例55」 (辻・本郷税理士法人HR室著 東峰書房)
「小さな会社の労働契約と解雇のルール」(石井孝治著 日本実業出版社)

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