高齢社会に備える訪問歯科診療の取組みポイント

1.高齢社会と訪問歯科診療の役割

1.高齢社会と要支援者・要介護者数

日本の高齢者人口(平成23年9月15日現在推計)は2,980万人で、総人口に占める割合は23.3%となりました。
いわゆる高齢社会をむかえています。
(人口比率7%以上が高齢化社会、14%以上が高齢社会)前年(2,956万人、23.1%)との比較では、24万人、0.2ポイント増となり、人口、割合共に過去最高となりました。
65歳以上の人口は今後も増加傾向が続き、平成26年(2014年)には3199万人(総人口に占める割合25.3%)となると予測されています。

前回(平成22年度)診療報酬改定率
高齢化にともない、在宅で医療を受ける患者の増大も見込まれています。
当然、訪問歯科診療のニーズも高まっていくことは必至です。
また、「口腔機能を通じて健康な生活を守る」ことが歯科医療に携わる者が果たすべき役割です。
訪問歯科診療の根底には、咀嚼、嚥下・発音等を守ることを通して、在宅高齢者の生活を支えていくという歯科医院の使命 があるのではないでしょうか。

2.要介護者に対する歯科治療の実態

介護施設に入所した場合、歯磨きも介護の範囲内になります。
身体や精神的な能力が低下すると、口腔機能も落ちてきます。
そして、要介護のお年寄りには、摂食嚥下障害が多くみられます。
この状況を放置しておくと、誤嚥性肺炎を引き起こすことにもなりかねません。
これは、高齢者の死亡原因でも上位にあがる恐ろしい病気です。

要介護者とその介護者500 名に聞き取り調査
訪問歯科診療を利用したことがある人は7%で、約60%の人が存在さえ知らないという結果が出ています。
口の機能障害が原因で高齢者の普段の生活に制限が出ているのであれば、障害を治療し、はつらつとした生活を送れるようにしてあげることが大切です。
また、咀嚼障害を持っていたとしても、代わりになるような手法を提案し食生活の環境整備をしてあげることで、障害と共存し、満足する生活を送ってもらうことが可能です。
「口腔機能を通じて生活復帰や生活機能の維持・向上を目指す」ことが重要です。

3.訪問歯科診療:在宅療養支援歯科診療所の指定

(1)在宅療養支援歯科診療所の役割

(1)在宅療養支援歯科診療所とは

在宅療養支援歯科診療所とは、口腔機能の総合的な管理を行うことにより、後期高齢者の在宅療養を支える機能を有した歯科診療所を指します。

在宅療養支援歯科診療所の基本的な考え方(平成20年度 診療報酬改定要綱)

(2)在宅療養支援歯科診療所の認定要件と施設基準

在宅療養支援歯科診療所を標榜するための要件は、診療所に勤務する歯科医師は、歯科医師会や関連学会などが主催する「所定の研修」を受講しなければいけません。

所定の研修内容
研修を受講後、「在宅療養支援歯科診療所の施設基準にかかる届出書添付書類」に必要事項を記入の上、地方の厚生局に届け出ます。
書類には、受講した研修会、医学会を明記します。

在宅療養支援歯科診療所の施設基準
在宅での要介護者への療養は、多くの職種が関わるチーム医療、チームケアが必要です。
歯科医療も重要な役割を担っています。
相互に綿密な連絡を取り、情報を共有化し連携を 図りましょう。
そのためにも要介護者を取り巻く社会資源や関連職種をあらかじめ把握しておく必要があります。
他に、「在宅患者歯科治療総合管理料」「地域医療連携体制加算」等といった施設基準により、請求できる診療報酬もあります。

各地方厚生局への施設基準の届出状況(平成23年地方厚生局統計資料より抜粋)
実際に訪問診療や往診を行っている診療所は多数あります。
しかし、上記のとおり、施設基準を申請していないため、診療報酬請求を行っていない診療所も多数あると思われます。
高齢社会への移行と要支援者・要介護者の増加を考えると、歯科医療の向っていく将来像も想像できます。
患者さんにとっても、訪問歯科診療をお願いする先として、安心できる基準が整備された診療所を選択すると思われます。
上記の表から、訪問歯科診療を要望されている地域では、「歯援診」「在歯管」を申請している医院比率が高いです。

2.訪問歯科診療の取組みポイント

訪問歯科診療を行うためには、そのための準備が必要です。
具体的には、院内の体制づくりからツールの用意、診療に必要な書類、医療器具、スタッフ育成等の準備などをおこなうことが必要です。
訪問歯科診療で忘れがちなのが、患者さんの周りにいるご家族や友人知人、施設であれば、ケアマネージャーや介護福祉士等の存在です。
訪問先での治療や接遇の結果、評判が上がり口コミ効果などで患者さんが増加することもあります。
訪問歯科診療は、始める前の入念な準備をすることが重要なポイントです。

1.訪問歯科診療の心構え:介護の現場を知る

訪問歯科診療を行う前に、介護の必要な人の気持ち、介護をする人の苦労を知る、ということが必要です。
地域で行われている介護講習会に参加して、体験してみると良いで ょう。
ベッドに寝ているお年寄りを起こしてベッドに座らせる。車イスに移す。
模範例を見学し、疑似体験をし、介護者、要介護者の気持ちを知ることができます。
健常者であれば何でもない動作でも、要介護のお年寄りにとっては数倍の体力と時間を使うことがわかります。
介護が必要なお年寄りは、症状をうまく説明できないかもしれません。
もどかしい思いをしているかもしれません。
患者さんの立場に立ち、体験することが、よりよいコミュニケーションづくりの第一歩です。

コミュニケーションづくり

2.患者さんへの提供ツール

(1)訪問歯科診療の案内資料の作成

まずは、患者さんに訪問歯科診療を知って頂くことが必要です。
その為の案内資料を作成しましょう。
初めて訪問歯科診療を検討した患者さんは、次のように考えます。

患者さんの考え
このような疑問に答える為に、判り易く説明した案内資料を作成することが必要です。

案内資料のポイント

(2)歯科医院、歯科医師、歯科衛生士の紹介資料の作成

訪問歯科診療の患者さんは、少ない選択肢の中から歯科医院を選ばなければなりません。
そして、嫌であっても簡単に医院を変えることはできません。
訪問歯科診療の場合、本人ではなく、その家族が歯科医院を決定していることが多く、自分のこと以上に慎重に検討することとなります。
そこで、選択して頂く為に、もう一つ提供資料を作成しましょう。
それは、先生の歯科医師としての経歴や思いをつづった資料です。訪問歯科診療においては、医院の診療方針、治療にあたる歯科医師の考えが、より重要となります。
患者さんやご家族は、次のように考えています。

歯科医院、歯科医師、歯科衛生士の紹介資料の作成
少しでも不安を解消する為に、最後まで責任を持って治療を行うという内容を、自己紹介のような形で作成するとよいでしょう。

紹介資料のポイント

3.治療計画と医療器具

(1)関係書類

訪問歯科診療時には、在宅療養患者さん及び患家に関する情報の把握が必要です。
また、 他の医療機関との連携の為の書類、診療報酬請求の為の資料等、準備しましょう。

関係書類等や状況把握項目
特に、治療計画書の作成が重要となります。
介護をされているご家族や施設のスタッフは、忙しく、随時立ち会ってはいられません。
治療計画書により、誰でも現在の治療状況を理解できるようにすることが必要です。

治療計画書の内容

 

(2)訪問歯科診療時の医療器具

訪問歯科診療用の医療機器

4.医院の訪問診療体制つくり

(1)歯科衛生士の重要性

訪問歯科診療は、院内で行う通常の治療とは異なる環境で、治療を行うこととなります。
それだけに、先生と歯科衛生士の息が合わなければ、患者さんに危険を与えてしまうことも考えられます。
先生が治療を行っている間、歯科衛生士は治療の補助に加え、患者さんの状態に気を配り、いつも以上の注意を払う必要があります。
また訪問歯科診療において、歯科衛生士は、その専門性を大いに発揮することとなります。
口腔内の清掃や入れ歯の点検、また、かんだり飲み込んだりする機能を訓練するためのトレーニングを行います。
そして、高齢者や障害を持っている方、寝たきりの方のように、歯磨きを十分に行えない場合は、患者さん本人だけではなく、ご家族や介護者の方々に、口腔衛生指導を行うことになります。

訪問歯科衛生指導

(2)コミュニケーション能力のUPが重要ポイント

訪問歯科診療の患者さんは、高齢の方が多く、良好なコミュニケーションを取ることがなかなか難しくなります。
介護をうけている患者さんは、普段、人と接する機会も少なく、初対面の人と話す機会は、ほとんどありません。
高齢である事に加え、部屋にこもりがちであることを考えると、話すこと、聞くことが、上手にできなくなってしまいます。
例えば、先生が説明する治療計画がわかりづらい、また、若い歯科衛生士の説明に対して、「医者でもないのに……」などと言う事もあります。
治療計画の説明は、難しい言葉は使わずに、親切、丁寧に行うことを心掛け、歯科衛生士は、患者さんの気持ちをよく考え、かわいがってもらえるような関係構築を目標にするとよいでしょう。
患者さんが言う「医者でもないのに……」という言葉は、単純な言葉の意味だけではなく、「対応が気に入らない」「知識もないのに」「人の気持ちもわからずに」等の思いがあることを感じなければいけません。

コミュニケーション能力のUPが重要ポイント
コミュニケーションがうまくできているつもりでも、内容がきちんと伝わっていないことがあります。患者さんの耳が遠くて、聞こえづらい場合、そのようなことがおこります。
その場合、ご家族に説明を行う事を考えますが、介護の世界では、そのご家族も耳が遠いと言うことがあります。
患者さんが、90歳、その介護をしている娘さんが、70歳であれば、耳が遠くても不思議ではありません。
また、患者さんの耳が遠くて、ご家族に対して治療説明を行う場合においても、まずは、患者さんに説明を行わなければなりません。
家族だけに説明を行い、治療を始めてしまうと、「高齢だから、理解できない」「どうせ聞こえないのだから」と、患者さんは決めつけられたと思います。
そして、「粗末に扱われた」と感じ、「もう会いたくない」となってしまいます。この場合、患者さんにご家族が理由を聞くと「下手だから」と答えるでしょう。
そして、ご家族は「下手なら仕方がない」と考え、担当ケアワーカーや、介護を通じてできた友人に、その話をします。
悪評が広まっていくことにつながってしまいます。
訪問歯科診療の場合は特に、コミュニケーションが不足したせいで、多くの患者さんを減らしてしまうことがあるという事実を肝に銘じておきましょう。

5.服薬指導と薬剤管理

高齢者は、薬への理解力の低下、服薬への不安や嚥下障害、服薬能力の低下により、指示通りに薬物を服用することをしなくなる傾向があります。
患者さんへの薬剤管理や服薬指導をするために、事前に十分な知識を習得する必要があります。

服薬指導と薬剤管理

3.訪問歯科診療のマーケティング戦略

1.訪問歯科診療の認知活動

(1)既存患者さんへの認知活動

訪問歯科診療の患者さんは、一般の歯科のように、待っていても来ません。まずは、訪問歯科診療を始めたことを、知って頂くことが必要です。
院内にてお知らせを掲示し、通院している患者さんに知って頂くことから始まります。
ホームページでのお知らせ、お医者さんガイドのような雑誌への掲載が有効です。
まずは、既存の患者さんに知って頂き、徐々に認知度を高めていきます。

既存患者さんへの認知活動

(2)介護施設等への認知活動

攻めの体制のターゲットとなるのは、近隣にある介護施設等です。
介護施設にいるケアマネージャーから紹介を頂き、増患につながることが、成功のパターンですが、ケアマネージャー側にすれば、よく知らない相手に、簡単に患者さんを紹介するようなことは決してありませんので、粘り強く関係を強化していくことが重要です。既存の患者さんに、担当のケアマネージャーを紹介して頂き、アポイントを取り、紹介を依頼していく方法が、地道ですが、最も効率が良いでしょう。
ここで注意しなければならないのは、介護施設といっても、さまざまな施設があります。
例えば、サービスで分類すると、入所系、通所系、訪問系です。
それぞれの特徴を学び、 それにあった方法を構築していくことが必要です。
また、近隣の状況を知る方法の一つに、地域包括センターを利用する方法があります。
地域包括センターとは、2005年の介護保険法で定められた施設で、地域全体の保健衛生、 高齢者を中心とした介護、社会福祉全般をマネージメントしている施設です。
ここで、近隣事業所のリストを入手することが出来ます。

介護施設の種類

2.クレームの報告と対策

「クレームは、ラブコール。いち早く相手先を訪問し対応する。」
これは、どの業種であ っても基本となる考え方です。
しかし、訪問歯科診療の場合、クレームが直接担当医師には届きません。
そのため、多くの患者さんは、不安や不満を抱きながら、治療を続けることになります。
介護の世界では、要介護のお年寄りが、直接医師にクレームを言うことはほとんどありません。
うまく言えない、言いづらい、言ったらもう診てもらえない、など、いろいろな思いがあります。
歯科医院側が、クレームにいち早く対応するつもりでも、なかなか難しいのが現状です。 そこで、重要となるのが、クレームを積極的に拾う姿勢です。今までに、起きたクレームを医院内で共有し、それを資料として残していきます。
この資料を、日々読み返し、 に入れていきます。
そして、訪問時に、この患者さんなら、こんな不安や不満を抱くのでは、と常に考え、患者さんや、ご家族に接します。
そして、その日の治療が終わり、最後に、「不安や疑問はありませんか?」と訊ね、「次回までに、何かあれば、治療計画書の記入欄に書いてください」と言うことを、忘れずに行いましょう。

クレームの報告と対策
ここまでの対策をしっかり行っていても、知らない所で、クレームが発生していることがあります。
それは、担当しているケアマネージャーに、クレームが届いているケースです。
日頃から、要介護者やそのご家族の相談にのっている為、その話の中で、訪問歯科診療に関するクレームが出ることがあります。
お会いしてから日の浅い、訪問歯科診療の医師やスタッフより、長くお世話になっているケアマネージャーに話がいくことの方が多いのが実際です。
患者さんからのご紹介で、新規の患者さんを治療する場合は、患者さんに担当のケアマネージャーを紹介して頂き、アポイントを取り、一度ご挨拶に伺うとよいでしょう。
また、その際に、歯科治療の件で、クレームに近い話があれば、すぐにご連絡を頂けるよう、院長宛の封書と記入用紙、院長宛のFAX用紙等を手渡し、お願いします。

3.介護スタッフさんへの口腔ケア研修会

患者さんがある程度増えてきたら、複数の患者さんがいる介護施設のケアマネージャー向けに、研修会を行うことも有効です。
介護施設には、口腔ケアで苦労している介護スタッフが多くいます。
口腔内をきれいにしてあげたい、と言う思いがあっても、どのようにすればよいのかわからない、そんな意見が、多く聞かれます。
研修会の主な目的は、口腔ケアの重要性を知って頂き、状況別の正しい口腔ケアを覚えて頂くことです。
研修会の開催においては、最初に院内での勉強会を行います。
スタッフ全員の知識レベルを向上させ、訪問歯科診療に対する意欲を向上させる目的もあります。
介護スタッフさんの負担を軽減させることを考えて、口腔ケアの方法を考えていきます。
そして、口腔ケアのグッツを揃えて、その特徴や使い方を実践していきます。
歯間ブラシやデンタルフロスなど一般的なものから、舌ブラシや口腔粘膜ケアブラシ、スポンジブラシなどを揃えます。
そして、介護スタッフの方々ができるケアと、歯科医師、もしくは、歯科衛生士が必要となる状態を詳しく説明します。
介護スタッフの方々が、治療もしくは、専門家による口腔ケアが必要だと感じた時には、すぐに電話による相談を頂ける関係を構築していきます。
このようにして、口腔ケアのこつを指導し、介護スタッフの方々の負担を軽減することができれば、電話相談からのご紹介が増えていくこととなります。
同じ施設の患者さんが増えていけば、移動の為の時間も節約する事ができ、治療の合間に、他の方の簡単な相談を受けたりすることもできます。
近隣の施設との関係を強化していくことは、訪問歯科診療に欠かせない重要なポイントです。

4.WEBの活用

webの活用

■参考文献
『訪問歯科診療 こうすれば成功する(クインテッセンス出版)』前田 剛志 著
『在宅歯科診療実践マニュアル(厚有出版)』菊谷 武・贄川 勝吉 著

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