はじめに――誰もが「みんな苦しい」の謎
実際に、社会の分断を煽る言説は日本中に蔓延しています。
高齢者が悪い、若者が悪い、経営者が悪い、従業員が悪い、男性が悪い、女性が悪い、政治家が悪い、有権者が悪い・・・・・などなど。
こうした単純な想定の議論は表面的には分かりやすく、一見すると解決策も明確なので、人気を博します。
誰かが悪いのならば、私たちから特定の属性の人たちと分断し、攻撃し、排除すればよいからです。
でも、現実には「みんな苦しい」。
自分は苦しい、自分以外はきっと楽をしているはずだ、というのは現実を無視した議論でしかありません。
本書はあまりにも大きな問題を扱っています。
ですから、細かい粗は当然あります。
筆者はそれを分かった上で本書という挑戦をしています。
実践仲間としての読者のみなさまが細かい粗を1個ずつ埋め、実践し、個々人の気づきで補完していって、はじめて本書は完成すると言いたいのです。
第一章 私たちの苦しさの正体は何なのか?
日本には約370万社の企業が存在しています。
ということは、日本には少なくとも370万人以上の経営者がいるわけです。
取締役や執行役などの役職者は社長の数倍存在しています。
すると、ざっくり日本人の10人に一人くらいは世間でいうところの経営者なのです。
取締役や執行役などの役職者は社長の数倍存在しています。すると、ざっくり日本人の10人に一人くらいは世間でいうところの経営者なのです。
ここで「世間でいうところの」という留保がつく理由は、筆者は「誰もが人生の経営者であり、“自分株式会社”の社長だ」と思っているからです。
経営者が孤立するとどうなるでしょうか。
まず、「会社の経営を相談できる相手がいない」という状態に陥ります。
悩みを誰にも相談できず、相談しても理解してもらえず、悩みが解消できないままになるでしょう。
その状態において、会社が儲からないと、ストレスは極致まで高まります。
経営者であれば、誰しも一度は死を覚悟したり、「死んだら楽になれるのに」と思ったりしたことがあるでしょう。
実際に、こうしてストレスが溜まって死んでしまう経営者・経営者候補も多いのです。
大事なのは「従業員として働く人たちの多くは本当に必死で生きている」ということ、「年齢や性別に関係なく誰もが今は働いている」ということ、「それなのに給料が上がりづらい理由がある」ということの三つです。
過去の日本の人口減少の「乗り越え方」には現代日本の人口減少を考えるヒントがあります。
鬼頭名誉教授(上智大学)の研究からは、三度の人口減少を乗り越えた際には常に社会システムの変革があったと示唆されるのです。
筆者は、この三度の社会システムの変革の中身について、経営学の視点からの説明もできるのではないかと思っています。
それは、「価値あるものの奪い合いを脱して、価値あるものの創り合いができる方法を見つけた」ということです。
それこそが、三度の社会システムの裏側で起こっていたことなのではないか。四度の人口減少とそこからの脱出は価値有限から価値無限への転換としてある程度の説明ができるように思います。
第二章 奪い合いの世界から脱する方法はあるのか?
まず、経営者の孤立という問題。もしこの世にある価値あるものが有限ならば、豊かになるためには価値あるものを誰かから奪うしかありません。
少し難しくいえば「ゼロサムゲーム」と表現することもできます。
市場も産業もお金も有限なら誰かから上手く奪うことこそが経営だということになります。
たとえば従業員の成果を奪う。
あるいは搾取する。
株主の資金を奪う。
他社からシェアを奪う。取引先から利益を奪う。
このような具合です。
奪い合いが日常化している世界で創り合いをしようとしても、他者から上手く利用されるだけだったりもします。
ですから、単純に価値有限思考を捨てるのではなく、価値有限思考と価値無限思考を道具として使い分けられるようになればいいのです。
「資源は有限でも組み合わせ方は無限にある」「資源の組み合わせを変えると機能が得られる」「機能に対して私たちは価値を感じる」というわけです。
そして、組み合わせ方が無限ですから最終的な価値も無限でありえます。
価値創造が可能だという実例として、半導体集積回路を挙げることができます。
半導体はいまでは最重要資源と呼ばれ、国際政治における権力争いの道具にされているくらいです。
ですから、半導体を戦前の石油のような戦略物資と捉える論調も存在します。
この回路の作り込み作業は、ただの意思の組み合わせ方を変えることで機能を創り出して価値を創る活動そのものです。
石の組み合わせ方を考える人間の脳みそこそが半導体集積回路を生み出す(石油でいう)油田のようなものといえるでしょう。
ある種の訓練と教育によって、日常が価値創造の場に変わるのです。
筆者はこれを経営教育と呼んでいます。
経営といっても「会社におけるお金儲け」ではありません。
経営という言葉の語源からして、経営とは「他者と自分とを同時に幸せにする道を見つけ出す価値創造」を指します。
誰もが同じ目的を持っていると気が付けば、創り合いの世界に変えることができる。
「家庭でも、仕事でも、誰もが価値創造の場を持っている」ということと、「価値創造のための思考道具がある」という点をおさえておけば十分です。
①私たちが苦しんでいる原因は価有限思考から生じる奪い合いにあること。
②そこから脱するためには価値無限思考を取り入れる必要があること。
③誰もが価値無限思考の実践の場を持っていること。
④価値無限思考を現実にするには、思考道具を配る必要があること。
⑤価値有限思考と価値無限思考の使い分けを可能にするために、人生哲学が必要だということ。
第三章 他者と創り合える未来はひらけるか?
「価値創造(Value Creation、VC)三種の神器」を世の中に普及させていくことを提案しています。
VC三種の神器の一つめは「未来創造の円形」です。
これは未来についての価価創造の思考道具だといえます。
誰もが応援したくなる未来を提案するための手法です。
未来のビジョンは他者からみても望ましいものである必要がある。
一方で、自分の根源的な欲望とつながっていないビジョンはただの綺麗事で終わります。
綺麗事だけでは未来を実現しようという強烈な意欲がわかないのが人間というものです。
他者志向でないと永続的には実現できず、自己志向でないと実現までの困難を乗り越える意欲がわかない。
この矛盾を解決するのが未来創造の円形です。
未来創造の円形は「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よし経営を実現する方法でもあります。
繰り返しますが、未来創造の円形は、個々人の人生における欲望をビジョンに変えることも、組織や団体の業務上の欲望をビジョンに変えることもできるのです。
第四章 どうすれば対立は乗り越えられるのか?
対立は乗り越えられる(昇華できる)からこそ意味があるのです。
誰もが、対立を乗り越えるという努力を放棄してしまえば、対立は「分断」へと変化してしまいます。
対立を創造的な形で解消していき、誰もがあっと驚くような問題解決を導くための思考道具が存在します。
これを筆者は「問題解決の三形」と呼んでいます。
問題解決の三角形は「問題の三角形」を「解決の三角形」へと変換する思考道具です。
問題解決の三角形を使って何度も何度もしつこく考え続ければ、どんな対立も必ず解決の糸口が見つかります。
なぜ「必ず」なのか。それは誰もが同じ究極の目的を持っているからです。
一般的には、人間の集団において共通目的を持つことは非常に難しいと思われています。
しかし、実は私たちはすでに共通目的を持っているのです。
それは「幸せに生きる」という共通目的です。
幸せに生きていきたくない人はいません。
もちろん、他者をないがしろにして幸せになろうという考え方ではいけません。
むしろ、「誰もが幸せになりたいという同じ目的を持っている仲間なのだ」と気づくことが大事なのです。
第五章 私たちはどうやって進歩していけるのか?
未来を描き、現在の問題を解決する。
となれば、最後は過去への対処が必要です。具体的には「もう変えることはできない過去をいかにしてプラスに変えるか」というのが本章の関心となります。
未来を設定して、その未来を実現するために一所懸命に現在の問題に取り組んでいても、どうしようもない現実の前にうちひしがれることはあります。
出来事にも必ずプラスとマイナスがあります。ですから、自分にはどうしようもない出来事のマイナスには、自分でこれから引き起こす出来事のプラスをぶつけて相殺してあげればいいのです。
どうしようもない出来事に、自分でなんとかできる一手をぶつけるというイメージです。
このときに使えるのが「七転八起の四角形」です。
価値創造三種の神器は、未来から順に「○△□」。
実は、これは神僧・仙厓義梵の「○△□」の発想を援用したものです。
有名な禅画ですから、ご興味がある方はぜひ一度「○△□」で検索してみてください。
この四つの四角形をぐるっと一周回っているうちに、この出来事の「思いがけない効果」という五つめの四角が見えてくるはずです。
生きていればつらい出来事はたくさん起こります。
自分の無力さを嘆いたり、無情な世の中を恨んだりすることもあるでしょう。
でも、七転八起の四角形を使って次の一手を見つけてみたらどうでしょう。
また今日から立ち上がってみんなで豊かになる価値創造の道を歩めるようになります。
第六章 人と組織が変わる意味はあるのか?
AI時代において人間に残された仕事は価値創造の経営を担う部分だけでしょう。
さらには、AI時代においてこうした意識を持てない人は取り残されてしまうと思われます。
周囲はAIの力を借りながら高品質の仕事を短時間で終わられる。
でも自分はそうしたことができず、低品質の仕事を長時間おこなっている。
こうなったら個人はどんどん貧しくなっていきます。
価値創造の経営の知識は組織全体で共有することでより大きな力を発揮できるようになります。
そのことを証明したのが、高度経済成長期の日本企業でした。
価値創造の民主化には、
①顧客・従業員・株主・債権者・取引先・社会・経営者などの利害関係者みんなが仲間として一緒に価値創造に取り組む、
②価値創造に必要な知識が組織内で幅広く教育され共有される、といった特徴があります。
日本の資本主義の父・渋沢栄一も「一個人がいかに富んでいても、社会全体が貧乏であったら、その人の幸福は保証されない。
その事業が個人を利するだけでなく、多数社会を利してゆくのでなければ、決して正しい商売とはいえない(『渋沢栄一自伝 雨夜譚・青淵回顧録(抄)』〔角川ソフィア文庫〕)」と説いていました。
価値創造の民主化は「誰もが価値を生み出せる」という前提に立っています。
だからこそ、多人数に薄く広く経営教育をおこなっていきます。
そして、価値は好きなだけ生み出せばいいわけですから、報酬も比較的平等に配分していきます。
経営には大原則があります。
それは「希少資源を持つ会社は成功する」という原則です。
ですからインフレ下では希少資源であるヒトを集めて最大限活用する価値創造の民主化が成功したわけです。
第七章 これから社会と世界はどう変わっていくのか?
経営学の特徴は客観的な「上空からの視点」と主観的な「目線の高さの視点」を恐れずに往復するところにあります。
企業経営だけでなく非営利組織や政府の経営、家庭や人生の経営まで扱う経営学の特徴は、従来言われていたように研究対象で(会社の経営を扱う学問というように)決まっているわけではありません。
むしろ、この「視点の往復」こそが本質的な経営学の特徴だと筆者は考えます。
この往復運動には学問としてはかなりの不正確さと評判悪化のリスクがともないます。
実践に降りてくる段階で、どうしてもあいまいで根拠に乏しい点が出てくるからです。
経営学は、そのリスクを取れる数少ない学問分野だと思います。
経営学には「目の前の人の役に立ちたい」という使命感があります。
たとえボロボロに見えても、鮮やかでなくても、役に立つと言ってくれる人がいて、実際に一定の成果が出ていればそれでいいのです。
あとは実践のデータをもとに改良を続ければいいという発想が経営学にはあります。
日本には集団を大切にする和の心があります。だとすれば、日本では「自分だけが儲ければいい」という思想ではない形の経営教育が可能だといえないでしょうか。
すなわち、日本は東洋的な和の心を持った価値創造の民主化によって、「みんなで豊かになる」という理想を実現できる国になれると思うのです。
第八章 私たちが今日からできることは何か?
奪い合いを仕掛けてくる相手には奪い合いで返す、創り合いができる相手とは新たな価値を一緒に創造する。
そのために、私たちの思考を縛るパラダイムに振り回されないように、個々人が哲学を持つ必要があります。
個々人が価値奪い合いのパラダイム(価値奪取思考、価値有限思考)と価値創り合いのパラダイム(価値創造思考、価値無限思考)を使い分けるだけでも、「その個々人には」大きなメリットがあります。当り前ですが、仕事でも会社経営でも人生でも、価値奪取と価値創造の2種類の思考を使えますから、他者と較べて打ち手が2倍になります。
ただし、それだけでは社会全体を変えてしまうほどの大転換は不可能でしょう。
現代の自分につらなる人類の歴史を想像してみるのがT字のタテ線です。人類は、たとえ自分たちの時代では報われなくても、100年先、1000年先、1万年先の子孫の幸せのために価値創造を繰り返してきたわけです。
この中には社会制度も含まれます。
ほんの200年前には、政治的な発言には死の覚悟が必要でした。
暗殺も日常だったでしよう。
しかし、今は誰もがSNSで情報発できる時代になったわけです。
このT型思考を持てば、私たちがT字の結節点の小さな視野しかもたないことのもったいなさに気づけるでしょう。
他者の発見と人類史の二つの軸で思考の幅をひろげていくと、他者と一緒に価値を創り合う生き方が見えてきます。
自分の人生の歴史に根差した価値創造経験を積みながら、他者の経験に根差した知識も取り入れていくことで、より大きな視野での価値創造が可能になります。
こうして、人生の経営者/組織の経営者としてのプロフェッショナリズムが醸成されていくわけです。
誰もが人生経営のプロになる。その中から組織経営のプロが生まれてくる、というわけです。
誰にも奪われないものは自分自身だけです。
だからこそ、自分自身を油田のような財産に変えるべきだと本書は主張しています。
このように『世界は経営でできている』は価値有限思考・価値奪取思考の無意味さに気づくための1冊、あるいは気づいてもらうための1冊でした。
この本は心に余裕があれば誰でも笑いながら読めるものになっています。もしこの本を読んでムッとしたら、その時は「自分の中にも価値奪取思考・価値有限思考があるのだな」と思っていただくとよいでしょう。
経営知識と経営意識という無形資本はどれだけ共有しても減るどころか増えていきます。
土地や建物や機械や貨幣とは違うのです。
しかも、現代では経営知識と経営意識を持つ人が、有形資本を持つ人よりも豊かな生活をしています。
だとすれば、やるべきことは経営知識と経営意識をどんどん世の中に配っていくことでしょう。
今月はこの本を選んだのは、始道塾の塾長・恩田さんが推薦されていたからです。
多くの経営者さんが、それぞれの考えにあった団体で、経営について学ばれていると思いますが、具体的にどう経営に落とし込んでいくのか?
この一番大切な部分が、学べると思います。
このサマリーでは、VCの3種の神器の作り方は、説明を省略しましたが、本書では、詳細に記載されています。
このサマリーで興味わけば、ぜひご一読だけでなく、3種の神器を使いこなすことをお勧めします!
そして、本書の粗を埋めることで、社会に経営教育が拡がる仲間が増えると嬉しいです。
お勧め度:☆☆☆☆☆ 星5つ
(桐元 久佳)



