- 規制改革で在宅診療専門診療所が解禁へ
- ターミナルケアをめぐる施策の状況
- 厚生労働省によるガイドラインの概要
- これからの在宅医療への取り組み
1.規制改革で在宅診療専門診療所が解禁へ
地域包括ケア推進を支える高齢患者の受け皿として
厚生労働省は、平成28年4月をめどに、医師が高齢者らの自宅を定期的に訪れて診察する「在宅診療」の専門診療所を認める方針を示しました(平成26年6月24日閣議決定「規制改革実施計画」)。
これは、従来義務付けていた外来患者に対応する診察室や医療機器がなくても開設を認めるもので、政府が推進する「高齢者が病院ではなく自宅で治療する地域包括ケアシステム」に対応すべく、在宅診療に専念する医師を増やし、退院した患者の受け皿づくりを図ることを目的とするものです。
開設要件の明確化と併せて、本年8月以降、中央社会保険医療協議会で議論を重ね、来年4月に予定する次期診療報酬改定において、規制緩和の一環として訪問診療のみを行う診療所(在宅医療専門診療所)を認める方向で、準備が進められます。
(1)「在宅医療専門診療所」解禁の背景
健康保険法は、いわゆるフリーアクセスの原則を維持しており、厚生労働省は本法に基づいて、医療施設を訪れた患者を必ず診察するように義務付けてきました。
このため、外来患者に対応するために決まった時間に施設内で診察に応じる必要があるほか、一定の面積を持つ診察室や医療機器の設置義務も課されています。
その結果、在宅診療を中心とした医療提供を行う診療所であっても、診療時間の半分は外来対応にあて、そのほかX線の設備を置くよう求められている地域もあります。
現在、訪問診療の患者の8割以上は「要介護状態」と認定された高齢者であり、外来通院が難しい状況にある一方、訪問診療の拡大を目指す背景には入院病床の不足が挙げられています。
本年6月15日、政府の社会保障制度改革推進本部の下に設置された「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」は、2025年の医療機能別必要病床数の推計を含む第1次報告として、2025年の全国の医療機能別必要病床数を、高度急性期13.0万程度、急性期40.1万程度、回復期37.5万程度の合計90.6万床程度と推定し、慢性期については、療養病床の入院受療率目標値の違いに応じて24.2万~28.5万床程度と予測しました。
その結果、これら4医療機能の合計を114.9万~119.1万床と推計し、「団塊の世代」の全員が75歳以上となる2025年には、約17万床の入院病床が不足するとしています。
こうした背景から、症状が安定した高齢患者は、病院ではなく自宅や介護施設で治療を受けやすいような環境整備を行う方針を決定したものです。
また、入院した患者が自宅での訪問診療に移行すると、入院診療費が抑えられることから、医療費抑制につながるというメリットもあります。
政府の試算によると、訪問診療にかかる自己負担と保険給付を合わせた医療費の総額は1人あたり月額約32万円で、慢性期患者の入院(約53万円)より4割低いという結果が示されています。
(2)具体的な開設要件は今後明らかに
厚労省は、在宅医療専門診療所の開設にあたり、施設ごとに担当の地域を決め、住民から依頼があれば訪問することを義務付ける等の開設要件・構造基準を想定しています。
これは、重症の患者を避けて軽症の患者だけ選んで診察する状況を避けるねらいです。
また、患者や家族が訪問日程などを相談できるように、外来診療には対応せずとも、診療所に事務担当職員を置くことも求める方針です。
こうした規制緩和に加え、次期2016年4月の診療報酬改定において、訪問診療の評価についてどの程度のインセンティブを与えるかについては、今後注視が必要です。
在宅医療専門診療所が担うべき役割とは
機能強化型在宅療養支援診療所では看取り機能の実績が重視されたことからも、在宅医療を専門とする診療所に対しては、看取りを含むターミナルケアへの対応が期待されていると考えられます。
次期診療報酬改定における評価については未だ議論が続けられているところですが、今後の在宅医療提供には、介護サービスとの連携を含めたターミナルケア体制の強化が必須だといえます。
2.ターミナルケアをめぐる施策の状況
「人生の最終段階における医療」の充実への転換
高齢患者の在宅医療支援において、看取りを含めた医療提供が求められていることは言うまでもありません。
厚生労働省では、これまで「終末期医療」と呼んでいたものを「人生の最終段階における医療」と表記することとしました。
これは、最後まで人間の尊厳を重視する医療提供が重要であるという考え方によるものです。
ただし現状では、自宅での療養が家族にとって大きな負担を強いていることから、在宅医療と併せて介護サービスが大きな役割を占めている状況にあります。
在宅療養支援、また今後訪問診療専門を検討する診療所にあっては、介護サービスの現状を把握したうえで、これらサービスを提供する事業所との協働を強化する必要があります。
(1)主要な介護・介護予防サービスの動向
(2)実施主体による全体的傾向
介護保険制度における介護サービスの提供は、社会福祉法人や医療法人のほか、営利法人、地方公共団体など様々な組織や法人が実施しており、介護保険制度創設からの10年間で、これら実施主体も変化を見せています。
同時に、こうした変化の状況は、介護業界が形成されてきた過程でもあります。
実施主体別の各サービス提供構成比をみると、社会福祉協議会の占めるウェートが小さくなった代わりに、株式会社等の営利法人とNPO法人の割合が大きくなっています。
つまり、介護業界が産業として形成されてきたこの10年余りで、営利法人が実施主体の中心的役割を果たすようになったということを示しています。
介護サービスとの連携で推進する在宅医療
これまでの介護報酬改定動向をみると、第2回改定時である平成18年度には介護費用額及び利用件数ともに停滞したものの、その後は再び右肩上がりの基調であり、全体としては順調な成長を遂げている一方、サービス別の内訳では、施設系サービスに比べ、介護費用額・利用件数ともに訪問・通所系サービスの割合が増加しています。
制度創設の趣旨として掲げられた在宅介護の推進は、介護保険利用の実績からも効果があったと考えられ、さらに在宅医療推進政策と併せて、今後の介護マーケットの動向に対しても、訪問・通所系サービスが大きく影響するものと予測されています。
(1)訪問・通所系サービス
他の個別サービスと同様、平成18年度改定時に導入された介護予防の影響により、特に訪問介護と福祉用具において介護費用額・利用件数の両面でマイナスとなった経緯がありますが、要介護高齢者の自然増を考慮すると、今後もマーケットの拡大が予想されます。
しかし、高齢化の進展で利用者増を見込めるはずながら、現在のこれらサービスの利用者は、現状は「要介護1~3」で全体の8割以上を占めていますが(平成27年4月審査分)、
時間経過によって要介護度が上がり、通所そのものが困難になると推測されます。
平成37年(2025年)を迎える頃には、後期高齢者数は大きく膨れ上がりますが、在宅医療への移行が進むと考えられ、特に通所系サービスの利用件数は現状のままで推移するとみられます。
ターミナルケアや看取りにも取り組む診療所としては、患者の状態を見極めた訪問・通所サービス利用のアドバイスや、患者に関わる多職種間のネットワークを構築することで、人生の最終段階における最適な医療提供に向けた体制の強化が求められています。
(2)居住・施設系サービス
(1)居住系サービス
施設系サービスの参入障壁の高さから、居住系サービスを選択する民間企業は多い一方、平成18年度の地域密着型サービスの導入によって、制度創設以来上昇を続けていた介護費用額と利用件数は、特に「認知症対応型共同生活介護」の利用件数について、その伸び率が10%以下になっています。
(2)施設系サービス
介護マーケットに占める構成比は年々減少しているものの、施設系サービスは利用件数が順調に増加しており、また介護費用でも食費・居住費の自己負担化による影響がみられた平成17・18年度の停滞を除き、右肩上がりの状況を維持しています。
しかし、利用者単価は改定ごとに低下し、前回の介護報酬改定によって一部回復の傾向は示していますが、いまだに制度開始当初と比べると単価が低くなっているのが現状です。
一方では、施設を自宅同様にとらえて、人生の最終段階を入居する施設で迎えたいと考える利用者も増えつつあり、在宅医療に取り組む診療所としては、こうした利用者に対する医療提供を推進する必要があります。
「在宅診療専門診療所」の開設が認められるようになると、従来の在宅療養支援診療所では制限されていたサービス提供の枠組みが拡大されることも期待されています。
3.厚生労働省によるガイドラインの概要
在宅医療の最終段階をケアする医療のあり方の検討
(1)厚生労働省によるターミナルケアをめぐるガイドラインの趣旨
人生の最終段階における医療のあり方、特に治療の開始・不開始及び中止等の問題は、従来から医療現場で重要な課題としてとらえられています。
厚生労働省では、ターミナルケアのあり方について4回にわたって検討会を開催し、継続的に議論を重ねてきました。
その過程で実施した意識調査などにより、人生の最終段階における医療に関する国民の意識の変化や、患者個々の希望や取り巻く環境も様々であることが明らかになってくると、人生の最終段階における医療の内容に関して、国が一律の定めを示すことが望ましいか否かについて、慎重な態度を示していたところです。
しかし、人生の最終段階における医療のあり方について、患者・医療従事者ともに広くコンセンサスが得られる基本的な点に関しては、一定の方針を明らかとするガイドラインとして示すべきとし、厚生労働省において初めてターミナルケアに関するガイドラインとして、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」(以下、本ガイドライン)が策定されたものです。
在宅医療に取り組む診療所の場合、患者の状態が徐々に悪化するに従い、ターミナルケアについて家族と相談するケースも少なくないはずです。
状態悪化の場合は連携先病院への入院を取り計らう診療所も多くありますが、看取りを含めて対応する診療所であれば、患者にとって最善の医療に関する方針について、明確にしておくことがより重要になります。
本ガイドラインは、基本的な考え方としてこれらを確認したものだといえます。
(2)患者の意思を尊重した医療提供のあり方を示す
ターミナルケアにおいては患者の意思が重要ですが、既に患者との意思疎通が困難な状況になっていたり、また、それが医療従事者の立場からは、必ずしも妥当な方法とはいえない場合や、家族の意見と折り合わなかったりする場合もあります。
(1)患者の意思が明確でない場合
家族が十分な情報を得たうえで、患者が何を望むか、患者にとって何が最善かを、医療・ケアチームとの間で話し合う必要があります。
ターミナルケアを担う診療所の役割としては、患者の意向を最大限くみ取ったうえで、家族との意見交換を通じ、ターミナルケア方針を決定することが求められます。
(2)患者、家族、医療・ケアチームの間で合意に至らない場合
複数の専門家からなる検討の場を設けて、その助言によりケアのあり方を見直し、合意形成に努めることが求められます。
本ガイドラインでは直接触れられていませんが、必要に応じてこの検討には、訪問看護や介護サービスに携わるメンバーも含めるべきでしょう。
診療所の立場からは、こうした合意形成に向けた意見交換をコーディネートする役割を担うべきであり、そのためにも患者の医療・介護全般にわたるケアの状況を把握し、関連職種との連携を十分に図っておくことが必要です。
ターミナルケア方針決定の具体的方法
(1)患者の意思が確認できる場合のプロセス
患者の意思決定は、専門的な医学的検討を踏まえたうえでインフォームド・コンセントに基づくことを基本とし、多専門職種の医療従事者から構成される医療・ケアチームとして行うことになります。
治療方針の決定に際しては、患者と医療従事者とが十分に話し合ったうえで患者が意思決定を行い、その合意内容を文書にまとめておきます。
この場合は、時間の経過、病状の変化、医学的評価の変更に応じて、また患者の意思が変化するものであることに留意して、その都度説明し患者の意思の再確認を行うことが必要です。
また、患者が拒まない限り、決定内容を家族にも知らせることが望ましいとされます。
(2)患者の意思の確認ができない場合のプロセス
患者の意思確認ができない場合には、医療・ケアチームの中で慎重な判断を行う必要があります。
そのうち、家族が患者の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、患者にとっての最善の治療方針をとることを基本とする一方、家族が患者の意思を推定できない場合には、患者にとって何が最善であるかについて家族と十分に話し合い、患者にとっての最善の治療方針をとることが求められます。
また、家族がいない場合及び家族が判断を医療・ケアチームに委ねる場合には、患者にとっての最善の治療方針を、チームが担うことになります。
こうしたケースでは、医療・ケアチームが医療の妥当性・適切性を判断して、その患者にとって最善の医療を実施する必要があります。
なお家族が判断を委ねる場合にも、その決定内容を説明し十分に理解してもらうよう努める必要があります。
4.これからの在宅医療への取り組み
在宅医療の課題と対応策
(1)在宅医療に取り組むまでの流れ
回診療報酬改定で導入された「主治医機能」を満たすうえで、かかりつけ医として患者の診療に携わり、今後在宅医療に取り組むことを検討しているという声も聞かれます。
しかし、在宅医療を始めるにあたり、様々なハードルを実感しているケースは少なくありません。そしてその多くが、「どうすればいいのかがわからない」というものです。
患者の在宅医療移行に伴って訪問診療を開始する流れを例として、在宅医療への取り組みを始めるステップを確認します。
(2)在宅医療提供体制の課題
在宅医療を開始すると、24時間体制を維持することが必要です。
そのためには、次のような点に留意することが求められます。
ターミナルケアを意識した在宅医療を展開する
(1)在宅療養支援診療所の場合
前回の診療報酬改定において、機能強化型在宅療養支援診療所の実績要件が引き上げられたことからも、これからの在宅医療において、看取りを視野に入れたターミナルケアへの対応は必須だといえます。
また、現行の診療報酬上、機能強化型の要件である医師3名以上を確保できないながら、同様の実績を有する在宅療養支援診療所については評価を引き上げていることからも、緊急対応や看取りに関する対応体制が重視されていることがわかります。
前述のガイドラインでは、ターミナルケアにかかる患者の意思決定に関する考え方が示されていますが、地域医療機関との連携も想定しながら、在宅療養支援診療所のまま運営する場合には、今後適切なターミナルケア提供に向けた取り組みが求められます。
さらに、高齢患者は年々ADLが低下することを念頭に、必要に応じ、随時治療方針を修正する必要もあるため、これらへの対応準備も必要です。
(2)新たに在宅医療に取り組む診療所の場合
現在、外来診療にも時間を割いて医療を提供している診療所のなかにも、今後在宅医療に特化し、対応策を検討しているケースもあるはずです。
こうした診療所にとっては、規制緩和された「在宅医療専門診療所」の開設要件を満たすことで、新たに在宅医療に特化した診療所を目指す選択肢が示されたことになります。
しかし、これまでの在宅療養支援診療所とは異なり、外来機能を求められていないことから、在宅医療に特化した体制整備のための必要な人員確保や、訪問看護・訪問介護など他サービスとの協働など、開設だけでなく運営の継続を目的とする取り組みが必要です。
つまり、外来診療の負担がない一方で、在宅医療のみで診療所経営を行わなければならないことや、いわゆる「同一建物減算」との兼ね合いから、ターミナルケアを想定し、専門診療所の開設までに自院の在宅医療対応モデルを策定しておくことが賢明です。
■参考
厚生労働省保険局医療課「平成26年度診療報酬改定の概要」
最新医療経営フェイズ・スリー 2015年9月号(株式会社日本医療企画)