- 進むリタイアの実態と事業承継時の留意点
- 譲渡側が承継前に診療所価値を高める方法
- 承継側がスムーズな開業を迎えるポイント
- 歯科診療所の事業承継事例
1.進むリタイアの実態と事業承継時の留意点
歯科医師のリタイアが進み、歯科診療所の事業承継が増加しています。
今まで地域に貢献し、患者から継続を求められ、閉院ではなく事業承継という形で継続診療を望む院長と、投資を抑えて新規開設する院長や事業拡大のためにサテライト開業を考えている医療法人との要望の合致から、事業承継される歯科診療所も増加しています。
今回は、今後も増加する事業承継の留意ポイントを報告します。
1.歯科診療所で進む院長のリタイア
(1)歯科医師の平均年齢
厚生労働省の平成26年歯科医師調査の概況によれば、診療所に従事する歯科医師の平均年齢は52.2歳となっています。
一方で60歳以上の割合が25%を超え、60代から70代以上の院長がリタイアを検討、または実際にリタイアを始めています。
(2)歯科診療所の廃止が新規開設を逆転
厚生労働省の施設調査によると、2012年は開設・再開が廃止・休止を上回っていましたが、2014年の調査では廃止・休止が103件上回りました。
各年度を見ると、2012年は300件超、2013年は200件超で推移していましたが、2014年は103件のマイナスとなりました。
このデータからも、歯科医師のリタイアが進んでいることがわかります。
2.歯科医院を承継する際に留意すること
(1)何を引き継ぐのかを決める
事業承継とは、単に歯科診療所を引き継ぐだけではありません。
歯科診療所としての不動産(所有であれば土地建物、テナントであれば賃借権と内装工事)、医療機器等の動産といったハード部分と、患者のカルテやスタッフを含めた診療体制や前院長の診療技術と診療方針等のソフト部分の全てを引き継ぐことになります。
(1) 経営理念、診療方針の承継
患者のカルテを引き継いだとしても、全ての患者が継続して来院するとは限りません。
親族等の事業承継の場合、「経営者が変わった」と受け取られることが少なく、前院長の後継者として同じ診療が受けられる、同じ診療方針で診療所運営が行われる、という印象が強いため、来院を継続する患者が多いようです。
一方、新たな歯科診療所の経営者として、自分の望む「新たな診療方針」「経営理念」を策定しても、環境の変化や診療技術の進歩、前院長と勤務した診療所での経験値の違いにより、既存患者の望む形とのギャップが生じて来院患者数が減少するという事態が起きることがあります。
新院長の思いを時間を掛けて浸透するよう、継続して周知していくことです。
新院長が第三者であれば、患者は新たな院長がどのような診療を行うのか観察します。
その結果、経営者が変わった事実を受け入れられるようであればそのまま来院を継続し、そうでない場合は別の歯科診療所を探し、来院しなくなるのです。
(2) 患者カルテの引継ぎ
患者カルテを引き継ぐということは、患者が歯科診療所に持っている「信用」「信頼」を含めて承継するということです。前院長が長きにわたって築き上げた「信用」「信頼」をどう継いでいくかが最重要課題となります。
信用を築く、信頼を得るということは簡単なことではありません。
一度や二度の診療行為だけでなく、診療の結果(完治)や院長とスタッフの接遇、価格等、時間も含めて、様々な項目から出来上がっていくものです。
(2)承継者へのアドバイス
承継側が医療法人の分院でない限り、承継者はほとんどが初めての開業となります。
譲渡側としては、単に診療所という建物を引渡すのではなく、経営すべてを譲渡することを意識することが重要です。
院長及び歯科医師として、患者への診療説明や接遇、スタッフへの指導や育成、経営者として財務や税務といった過去の経験を伝えることが、承継者には良い助言となります。
2.譲渡側が承継前に診療所価値を高める方法
事業承継には、診療所経営がうまくいかなくなった、医療法人の分院だったが分院長が急遽退職することになったため売却する、院長の急病による閉院等の様々な理由がありますが、最も多いのは院長の高齢によるリタイアです。
高齢となってから事業承継を考えるのではなく、ライフプランを早期から組み立て、5年先、10年先を見据えた準備を行うことが有利な事業承継につながります。
患者対策、内外装や設備、医療機器のメンテナンス、診療体制やスタッフの質など、様々な対策を取っておくことが重要です。
また、この診療所の価値を高める方法は増患対策にも通じ、歯科医院経営の安定化をもたらします。
1.患者対策
(1)患者減少を抑える
リタイアを考える動機としては、全盛期ほどの患者の数を診ることができなくなった、診療に時間がかかるようになった、診療に自信が持てなくなったなど、様々な要因があります。
リタイアに合わせて事業承継するのであれば、承継する時期も重要です。
患者数が減少する前に、予約の取り方の工夫や、医療機器の入替え、非常勤でも歯科医師を雇用する等の対策を取りましょう。
これは歯科診療所の増患対策にも通用しますが、費用対効果を考え、リタイアする時期を想定して過度な投資にならないようにする必要があります。
(2)内装工事、医療機器のリニューアル
リタイアの検討を始めると、リニューアルや医療機器の入替え等に余計なお金を掛ける必要がないと判断する院長は多いと思います。
しかし、事業承継の選択肢を考えると、営業権利金や償却資産の価値を高めておくことで、追加投資以上の評価になることもあります。
また患者やスタッフは、閉院の直前まで少しでも良い環境で診療を受けたい、気持ちよく働きたいと思っています。
大規模な改修工事や入替ではなく、専門業者による大掃除や医療機器のオーバーホールなどのメンテナンスをするだけでも、事業承継を希望する歯科医師の印象は変わります。
診療に来院している患者は、平常時に比べて不快な臭いやイメージに敏感です。
患者の気持ちを和らげる内装や照明にも気を配りましょう。
(3)スタッフの質の向上
前院長の下で勤務していたスタッフは、既存患者や診療のことを理解している大事な歯科診療所の財産です。
譲渡する院長はスタッフの能力をさらに高め、承継後も新院長に雇用してもらえるようにスキルアップの取組みを行いましょう。
(4)広報活動の維持
閉院を考える時期にくると、広報活動への取組をやめてしまうことがあります。
患者数の維持は、事業承継先探索の最重要ポイントであるため、広報活動による新患獲得は常時行うべきです。
ただし、効果を検証するため、患者数維持と新患獲得の広報活動のために、現在行っている広告媒体を精査することは必要です。
(5)譲渡代金との関係
歯科診療所の事業承継のポイントである売買代金のうち、リニューアルによる改修工事、新たな設備投資の償却資産は根拠ある評価額になり、患者数(既存と新規)が維持もしくは増加していると、営業権利金にも大きなメリットとなります。
いかに事業承継前に価値を高める準備をするかで、事業承継時の結果が左右されます。
3.承継側がスムーズな開業を迎えるポイント
歯科診療所を承継するに際しては様々な手続きがありますが、最も重要なのは、患者に対してどうアピールし、スムーズに引継いで開業するかです。
患者への周知は当たり前ですが、より詳しく新院長のことを知ってもらうことがポイントであるため、患者への情報発信には十分配慮する必要があります。
また、事業継承を決定するのは大まかな条件(患者数やレセプト件数、営業権利金等の譲渡価格、賃貸条件等)と簡単な現地確認を経て決定することが多く、詳細な現状確認は後に行うことがほとんどです。
そのため、引き渡し時もしくは数日前に諸条件の行き違いが判明してトラブルになったり、承継側が仕方なく引き渡しを受ける、というケースも多々あります。
その他、承継側がスムーズに融資を受けるために譲渡側の経営資料があると、早く問題なく融資決定することも多く、融資確定への協力体制も必要です。
1.承継前に確認すること
(1)事業承継の条件確認
事業承継する条件は書面による提示がほとんどで、詳細な情報が記載されていることが少ないため、現地での確認が必要になります。
医療機器も明らかな故障を除けば、調子の良し悪しは使用者の感覚によって異なるため、常時使用している前院長は、不具合を明確に感じていないことで、問題なしと表現することがあります。
こうした点も考慮し、十分な時間を取って現地確認を行うことが必要です。
(2)承継側への融資対策協力
事業承継を合意しても、承継側の融資が通らなくては契約締結とはなりません。
融資の全額承認と早期確定のためにも、譲渡側からの協力が必要です。
金融機関との折衝は、通常1ヶ月から2ヶ月かかります。
上記書類と承継側が作成する事業計画書、承継者に関する書類があると金融機関審査の説得材料になります。
譲渡側の情報が知られてしまいますが、融資は重要な事業承継確定条件ですので、出来るだけ協力することがよりスムーズな承継につながります。
2.承継時の患者対策
新たに承継する院長を患者に知ってもらうために、いろいろなツールを活用しましょう。
具体的には、院内告知や手紙によるお知らせ、チラシ配布やHPの開設、生活情報誌等への開業広告等があります。
また、承継前に前院長の許可を得て、数週間から1ヶ月勤務することも効果的です。
リニューアルを行うのであれば、内覧会の開催も大きなアピールになります。
但し、地区歯科医師会により、内覧会は営業行為として禁止している地域もあるため、事前に確認が必要です。
3.承継時の諸手続き
承継後、開設までの手続きは、地域によって取り扱いが異なりますのが、主なものと提出書類は次の通りです。
4.歯科診療所の事業承継事例
事業承継にあたっては、承継計画の立案が必要です。
承継案件の多くが日程に余裕が無く、承継相手の探索、条件交渉、契約、定款変更認可、診療所としての開設諸手続きなど計画通りに進めなければ、承継に至らず閉院もしくは休止となる例もみられます。
本章では、実際に当社が関わった承継事例から、承継計画策定と承継手続きの留意ポイントを紹介します。
1.高齢により閉院 承継者探し開始
(1)譲渡条件の決定
院長の高齢により閉院を考えましたが、地域に歯科診療所も少なく、また、患者も多数いて継続を希望していたため、居ぬき歯科診療所として譲受してくれる歯科医師を探し、事業承継した事例です。
院長の体調不良もあり、早急に相手方探索が必要でした。
(2)歯科医師候補の探索
急を要するため、知人友人、歯科医師会、医療機器メーカー、医療機器卸、薬品卸、顧問税理士、顧問社労士等、多方面に依頼して相手方探索に努めました。
結果、医療機器メーカーより開業を検討する歯科医師を紹介され、諸条件交渉の上、事業承継することが決まりました。
2.譲渡条件交渉開始及び確定
譲渡する院長は、償却資産と営業権利金で譲渡金20,000千円を提示しました。
一方、承継する歯科医師からは、別に医療機器の新規導入と内外装や看板の改修も考えているので、12,000千円ではどうかとの打診がありました。
実際には、承継側としては償却資産の残代金、診療報酬からの判断で20,000千円は妥当と考えましたが、自己資金がほとんどない状況でほぼ全額融資を考えていたため、借入を抑えるために値引きを交渉するに至ったのです。
結果として、譲渡側院長も早期に決定したいという事情もあり、譲渡金額は15,000千円で決着しました。
3.承継スケジュールの立案
承継側が現在の勤務先の退職に3ヶ月間、融資付に1ヶ月以上必要とのことで、承継までのスケジュール管理が重要でした。
スケジュールの立案には、譲渡先探索と決定、その後の手続きを考えて、漏れのないように進めることに留意する必要があります。
4.金融機関交渉の実施
経営を引き継ぐ歯科医師の自己資金不足のため、融資が最大の課題でした。
また、融資が決定しないと、患者やスタッフへの通達ができないことから、早期決定が必要だという事情もあり、融資申込の添付書類は入念に準備し、十分収支の合う事業計画も策定して交渉に入りました。
その結果、自己資金無し、かつ低利で12,000千円の融資が決定し、実行されました。
これにより、引渡し時に承継側から譲渡側への支払も完了しました。
5.承継前の患者対策
新院長は承継1ヶ月前から譲渡する歯科診療所に勤務し、前院長からの引継ぎを兼ねて、患者への顔合わせと、診療体制やスタッフの能力把握を行いました。
また、広報活動を行い、既存患者の維持と新規患者の獲得へと働きかけました。
こうした活動の成果によって、承継前と患者数は変わらず、新患も増加してきました。
現在も順調に患者数は増加しています。
■参考文献
『歯科医院を簡単にタタんではいけない』
クインテッセンス出版株式会社発行 著者 角田祥子 嶋敬介
厚生労働省HP:平成26 年 歯科医師調査の概況/平成26 年 医療機関施設調査報告