- 外国人患者の現況と政府の施策等
- 感染症対策と自院の現状・課題の整理
- 自院の方針決定と受入れ体制の整備
- 外国人患者への具体的な対応策
1.外国人患者の現況と政府の施策等
1.外国人患者受入れ体制整備の重要性
昨今話題となっている外国人患者ですが、医療機関の受入れ体制整備の観点から「在留外国人患者」、「医療目的で日本の医療機関を受診する外国人患者(以下、渡航受診者)」、「日本滞在中に病気や怪我で治療が必要となった訪日外国人患者」の3つに分類することができます。
従来、日本で外国人患者と言えば、「在留外国人患者」がほとんどで、対応する医療機関も一部でした。
また、2010年代に入り、「渡航受診者」の受入れを行う医療機関が少しずつ増えてきましたが、受入れに積極的な医療機関だけの問題にとどまり、受入れに関心のない医療機関にとっては直接的に影響を受けませんでした。
しかし、近年訪日外国人旅行者が増加し、これまで外国人患者の受診がほとんどなかった地域でも外国人患者の受診が珍しくない状況となりました。
よって、医療機関が外国人患者の受入れ体制を整備することは今後の経営にとって重要となる可能性が考えられます。
2.外国人患者受入れの状況
救急告示病院と2015年度に「訪日外国人旅行者受入医療機関」として観光庁により選定された病院を対象とした「医療機関における外国人旅行者及び在留外国人受入れ体制等の実態調査」(2017年公表)では、回答のあった1,710医療機関のうち、外来においては79.7%、入院においては、58.5%の外国人患者の受入れ実績がありました。
また、外国人患者数を実数で把握している244の医療機関において、半数以上が年間20名以下の受入れであった一方、5.7%の医療機関は年間1,001名以上の受入れがありました。
3.外国人に関連する政府の施策等
本年4月に厚生労働省は、医療機関が外国人患者の受入れ体制を整備する際に参考として必要な知識や情報、体制整備のポイントをまとめた「外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル」(以下、マニュアル)を公表しました。
当マニュアルは、在留外国人患者や訪日外国人患者を対象として作成され、政府のこれまでの施策等についても紹介しています。
以下、マニュアルを基に政府の施策や医療機関の対応策等について紹介します。
政府は、観光先進国の実現に向けて「明日の日本を支える観光ビジョン」(2016年3月、明日の日本を支える観光ビジョン構想会議)において、2020年に4,000万人、2030年に6,000万人の訪日外国人観光者数達成の目標を掲げ、訪日外国人観光者の誘致、受入れ環境の整備に取り組んでいます。
国内の外国人数増大により医療機関等を受診する外国人も増加傾向にあり、言語、文化、支払い慣習の相違等に起因して多くの課題が生じ、医療通訳者や医療コーディネーターの配置、院内案内表示の多言語化等を通じ、外国人患者受入れ体制が整った医療機関の整備が進められてきました。
さらに、政府の健康・医療戦略推進本部のもと2018年に開催された「訪日外国人に対する適切な医療等の確保に関するワーキンググループ」において、「訪日外国人に対する適切な医療等の確保に向けた総合対策」がまとめられました。
これを受け、関係府省庁が連携して取り組みを進めています。
2.感染症対策と自院の現状・課題の整理
1.感染症対策
感染症が原因で日本の医療機関を受診する外国人の方がいます。
外国人が日本の医療機関を受診する場合、元々の居住国や海外旅行先で感染症に罹患してから来日していることもあり、日本の居住者とは違った鑑別診断を立てて対応する必要があります。
麻疹、風疹、および結核など感染力が強く社会への影響の大きい疾患に罹患している可能性があり、それらを念頭においた感染対策が必要となります。
感染性疾患の可能性が高い患者はそれぞれの症状ごとに必要となる感染対策に沿い、他の患者から隔離します。
患者動線については、他患者、医療従事者と接触しないような経路を事前に決めておきます。
また、診察の結果、感染症届け出疾患(麻疹、水痘、結核等)の可能性があれば、担当地区の保健所に連絡し対応を協議します。
2.自院における外国人患者の現状の把握と課題の抽出
外国人患者の受入れ体制を整備する際には、自院においてどのような受入れ体制を整備する必要があるのかを考え、その結果を踏まえながら適切な外国人患者の受入れ体制を整備することが必要となります。
自院に最適な外国人患者の受入れ体制を整備するためには、はじめに自院を受診する外国人患者の状況をできるだけ正確に把握することが必要となります。
外国人患者の受診状況を把握するため、診療申込書等を活用して診療申込書に「国籍」や「日本での滞在状況」を記入する欄を設けます。
そこに記載された内容を確認することで自院を受診する外国人患者の状況把握が容易になると考えられます。
最近では、訪日外国人旅行者に人気のある地方の観光地などをはじめとして急速に外国人患者の受診が増えている医療機関があります。
そのような医療機関では、現在の状況把握だけではなく将来の外国人患者の受診予測も必要となります。
外国人患者の受診状況を把握した後は、現在自院で行っている外国人患者の受入れ体制整備のための取組みをすべて洗い出すことが重要となります。
同時に、外国人患者の受入れに関して自院の課題や問題の把握が必要となります。
3.自院の方針決定と受入れ体制の整備
1.自院の方針決定と受入れ体制の整備
自院における外国人患者の現状の把握と課題・問題の整理を終えたら、その結果を基に、体制整備の方針を決定し、その方針に従った受入れ体制の整備を行います。
マニュアルで推奨する主な受入れ体制整備方針の項目は以下の11項目となります。
2.外国人患者への医療費の設定
外国人患者への医療費については、今後、医療機関の厚生労働科学研究「外国人患者の受入環境整備に関する研究(訪日外国人に対する適切な診療価格に関する研究)」が医療機関の参考となるよう、診療価格の算定方法や事例が記された報告書を作成し公開する予定となっています。
現在、訪日外国人旅行者に対する診療価格は自由診療であり、医療機関が任意に価格を設定してよいものとされています。
しかし、社会医療法人、特定医療法人、認定医療法人等(以下、社会医療法人等)においては、自費患者に対し請求する金額について社会保険診療報酬と同一の基準により計算されることが求められています。
こうした中、厚生労働省は「社会医療法人等における訪日外国人診療に際しての経費の請求について」を発出し、社会医療法人等は、必要とした経費を訪日外国人患者等に請求できることを改めて周知させました。
3.費用トラブル回避のための医療費概算の事前提示
外国人患者の中には、民間の医療保険にも加入しておらず、その医療費が全額自己負担となる人もいます。
そのため、外国人患者には医療費の支払いや治療内容に対するトラブルを防止するため、事前に医療費や内容について説明し同意を得ておくことが重要となります。
自院において、どのように概算医療費を算出し提示するか等について具体的に検討し実施することが求められます。
4.外国人患者への具体的な対応策
1.通訳手法の種類と特徴
通訳手法には、「対面通訳(院内雇用)」、「対面通訳(外部派遣)」、「電話通訳」・「映像通訳」、「翻訳デバイス」等、様々なものがあります。
医療通訳のスキルを持った職員を雇用できる医療機関は非常に限られ、医療通訳の派遣を行っている地域も限られているため、多くの医療機関にとって対面通訳者を確保することは容易ではありません。
また最近では在留外国人や訪日外国人旅行者の多国籍化に伴い、英語や中国語などだけではなくそれ以外の様々な言語にも対応しなければならない場合もあります。
そこで、医療機関は様々な通訳手法を上手に使い分け、自院にとって実現可能で最適な通訳体制を整備する必要があります。
2.医療紛争の事前防止対策
トラブルに発展する症例の多くは患者との間で充分なコミュニケーションがとられず、信頼関係が構築できていないことが原因とされます。
日本人との違いを念頭に信頼関係を構築し、事前に防止することが紛争対策として最も重要となります。
(1)受付応対から帰国までの対応を考慮した組織体制
外国人患者の受入については、通訳を手配することができる体制が必要となります。
特に外国人患者が少ない施設でも、必要な際は通訳を手配する方法を施設内で共有しておくことが大事です。
一方、外国人患者が多い施設では、受付から帰国まで外国人患者に対応できる院内体制整備および外部機関とのコーディネートができる体制整備が望まれます。
(2)各種書類の整備とインフォームド・コンセント
訪日外国旅行者患者の診療は自費診療であり、治療費が高額になる可能性があり支払いなどで紛争になることが考えられます。
また、検査から治療まで医療機関と患者間の契約にて成立することを考慮することが医療紛争を防ぐために必要となります。
そのため、同意書、問診票、インフォームド・コンセント等を整備し運用することが保険診療の場合よりも重要となります。
(3)医療費に関するトラブル対策
医療費に関するトラブルを防ぐためには、診療の流れと自院での可能な支払い方法等を説明する必要があります。
また、近隣で外貨両替所や外貨の引き出しが可能なATMの情報をあらかじめ把握しておき、必要な場合にはその情報を外国人患者に伝えることも想定しておきます。
診療の前には概算医療費を算出し、外国人患者に掲示することで事前にどれくらいの費用がかかるか等を示すことが重要です。
この際、概算医療費よりも請求時の金額が高くなるとトラブルの原因になります。
概算医療費を算出する際には、請求時の金額よりも低くならないよう注意が必要です。
概算医療費を提示した上で、診療開始に関する患者の意思を確認します。
そこで、医療費に関して外国人患者の要望等を確認し、要望があった場合にはその旨を診療録等に記載して、院内関係者間で共有できるようにしておきます。
医療費の支払い方法を確認して必要に応じてデポジット(前払い)等を請求します。
国の政策と、本年9月に開催されるラグビーワールドカップや2020年に行われるオリンピック・パラリンピック等のイベントにより訪日外国人は確実に増加していきます。
また、日本の人口は減少することが見込まれていますが、訪日外国人は今後も増える見通しとなっており、医療業界に限らず訪日外国人への対応が必要となってきます。
外国人患者の受け入れについては、今後の自院のあり方にとって影響を与える可能性がある一方、課題も多く未収金問題も現実としてあるのが実態です。
今後は、国の政策の動向を見守りつつ、自院の方向性について検討していく必要がありそうです。
■参考資料
厚生労働省 第1回 訪日外国人旅行者等に対する医療の提供に関する検討会
「医療機関における外国人旅行者及び在留外国人受入れ体制等の実態調査」の結果
外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル
社会医療法人等における訪日外国人診療に際しての経費の請求について
国土交通省官公庁 「明日の日本を支える観光ビジョン」 概要 新たな目標値について
首相官邸 訪日外国人に対する適切な医療等の確保に向けた総合対策
PHASE3 2018年11月号