カーボンニュートラルの概要と企業活動に与える影響

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カーボンニュートラルの概要と企業活動に与える影響

  1. カーボンニュートラルの概要と温室効果ガスの抑制
  2. 日本政府の取り組みと諸外国との比較
  3. カーボンニュートラルを実現するための具体的な対策
  4. 環境に配慮した企業の取り組み事例

 


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1.カーボンニュートラルの概要と温室効果ガスの抑制

菅総理が2020年10月の臨時国会で「2050年カーボンニュートラル宣言」を表明して以来、メディアなどで「カーボンニュートラル」という言葉を見聞きする機会が増えています。
また、例年6月下旬に集中する大手企業の株主総会では、カーボンニュートラルをはじめ、気候変動問題に対応する企業姿勢を求める株主提案が相次いだといった報道もなされています。
今回は、気候変動対応や脱炭素といったキーワードとともに「カーボンニュートラル」を取り巻く世界動向や、日本政府の対応を通じて、企業が今後直面するであろう課題や、企業に与える影響の考察、さらに、企業の取り組み事例を紹介します。

1.「カーボンニュートラル」とは何か

「カーボンニュートラル」とは何か

同宣言の中で、「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」とあり、ここで第一に着目すべきは、「温室効果ガス」というワードです。
つまり、日本が目指す「カーボンニュートラル」は、二酸化炭素だけに限らず、メタン、一酸化二窒素、フロンガスを含む「温室効果ガス」を対象にすると述べています。
次に着目すべきワードは、これらの温室効果ガスについて、「排出を全体としてゼロにする」と述べているところです。
「全体としてゼロに」とは、「排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにする」ことを意味します。
つまり、排出を完全にゼロに抑えることは現実的に難しいため、排出せざるを得なかった分について、同じ量を「吸収」または「除去」することで、差し引きゼロ、正味ゼロ(ネットゼロ)を目指す、ということです。
これが、「カーボンニュートラル」の「ニュートラル(中立)」が意味するところです。
そのためには、まずは、排出する温室効果ガスの総量を大幅に削減することが大前提となります。
しかし、排出量をゼロにすることが難しい分野も多くあります。
そこで、削減が難しい排出分を埋め合わせるために、「吸収」や「除去」をおこないます。
たとえば、植林を進めることにより、光合成に使われる大気中の二酸化炭素の吸収量を増やすことが考えられます。
あるいは、二酸化炭素を回収して貯留する「CCS」技術を利用し、「DACCS」や「BECCS」といった、大気中に存在する二酸化炭素を回収して貯留する「ネガティブエミッション技術」を活用することも考えられます。

日本のGHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)排出量、ネガティブエミッション技術の一例

2.いつまでに、カーボンニュートラル達成が必要か

2020年から運用開始した、気候変動問題に関する国際的な枠組み「パリ協定」では、「今世紀後半のカーボンニュートラルを実現」するために、排出削減に取り組むこととされています。

いつまでに、カーボンニュートラル達成が必要か

これに加えて、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の「IPCC1.5度特別報告書」によると、産業革命以降の温度上昇を1.5度以内に抑えるという努力目標(1.5度努力目標)を達成するためには、2050年近辺までのカーボンニュートラルが必要という報告がされています。
こうした背景に加えて、各国において、目標の引き上げなどの気運もますます高まっており、「2050年のカーボンニュートラル実現」を目指す動きが国際的に広まっています。

3.カーボンニュートラルを表明する国々

2021年1月20日時点では、日本を含む124か国と1地域が、2050年までのカーボンニュートラル実現を表明しています。
これらの国で世界全体の二酸化炭素排出量に占める割合は37.7%となります(エネルギー起源二酸化炭素のみ、2017年実績)。
2060年までのカーボンニュートラル実現を表明した中国も含めると、全世界の約3分の2を占めており、多くの国がカーボンニュートラルの旗を掲げていることがわかります。
また、この宣言は国だけではなく、企業においてもカーボンニュートラルを目指す動きが進んでいます。

2050年までのカーボンニュートラルを表明した国

2.日本政府の取り組みと諸外国との比較

1.日本政府が「カーボンニュートラル」を目指す理由

日本政府が目指す「カーボンニュートラル」とは、「温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」ことを意味しています。
地球温暖化への対応が喫緊の課題であることに加え、カーボンニュートラルへの挑戦が、次の日本経済成長の原動力につながるからです。
世界では、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げ、大胆な投資をする動きが相次ぐなど、気候変動問題への対応を“成長の機会”ととらえる国際的な潮流が加速しています。
世界中のビジネスや金融市場も、その潮流の中で大きく変化しています。
カーボンニュートラルへの挑戦は、社会経済を大きく変革し、投資をうながし、生産性を向上させ、産業構造の大転換と力強い成長を生み出すチャンスともいえます。

諸外国の削減目標と気候変動政策

2.日本の「ESG投資」市場とカーボンニュートラル

日本の「ESG投資」市場とカーボンニュートラル

昨今では、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)を考慮して投資をおこなう「ESG投資」が世界中で拡大していることもあり、環境への配慮は企業にとっても取り組むべき重要課題となっています。
先進国を中心に、企業も生き残りをかけて、カーボンニュートラルを目指す技術のイノベーションの開発に大規模な投資をおこなっています。
日本は、カーボンニュートラルの技術開発を目標とし、産・学・官連携のもと長期的な視野に立ち、その実現を目指しています。
菅総理の所信表明演説でも、「もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではありません。
積極的に温暖化対策をおこなうことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要です」と述べています。
カーボンニュートラルへの挑戦は、世界のグリーン産業を牽引し、日本が掲げる「経済と環境の好循環」を生み出すカギになると期待されています。

3.政府が推し進めている市場のグリーンイノベーション化

政府が推し進めている市場のグリーンイノベーション化

日本の経済界でもさまざまな異論があり、まとまった意見となっていませんでしたが、菅総理の所信表明後は2050年カーボンニュートラル一色になり、一斉にグリーンイノベーションに走り出した感があります。
そこには市場実勢としてESG投資やSDGsの浸透・拡大があり、投資家や消費者からの選別に直面する事態となっており、グリーン分野に融資するためのグリーン預金を創設する銀行も出てきています。
現在、環境省が中心となって日本政府がグリーンイノベーション推進のための取組を進めています。
環境分野においては規制が多く、民間によるイノベーションが起こりづらいため、規制を緩和することにより大規模投資を促し、環境技術開発に取り組む研究に資金を行き渡らせたりすることなどを、政府が主導して行う必要があるのです。

4.新しい雇用創出が期待されるグリーン成長戦略

2009年のリーマンショックで、日本の研究開発投資は、海外と比較して回復に長い期間を要してしまったという反省があります。
そのため、昨今のコロナ禍からの回復局面に向けては、リーマンショック時の反省も生かして、イノベーションを促す投資を促進し、産業競争力の強化、新産業への転換につなげていく必要があります。
リーマンショック後に起こったような経済停滞を繰り返さず、「2050年カーボンニュートラル」を旗印に、日本の持続可能な経済成長、新たな雇用創出につなげていくことが目指されています。
特に、2050年カーボンニュートラルに向けて、電力部門の脱炭素化は、大前提であり、現在の技術水準を踏まえるとすれば、すべての電力需要を 100%単一種類の電源で賄うことは一般的に困難であり、あらゆる選択肢を追求してくことになります。
例えば、再生可能エネルギーは、最大限導入するといった方針のもと、一方ではこのためのコストを低減し、地域と共生可能な方法を目指し、蓄電池なども活用して変動する出力の調整能力を拡大していくといったことも考えられています。
このような取り組みを通じて、洋上風力産業や蓄電池産業、次世代型太陽光産業、地熱産業などを、成長産業として育成していくといった、政府方針も示されています。

新しい雇用創出が期待されるグリーン成長戦略

3.カーボンニュートラルを実現するための具体的な対策

1.温室効果ガス削減の方法

(1)非電力部門の電化と省エネによる削減イメージ

これまで、カーボンニュートラルの世界の潮流、日本政府の取り組み目標などをみてきましたが、そもそも「カーボンニュートラル」は、どのように実現しようとしているのかを紐解くことで、今後、企業の関わり方、取り組み方が見えてきます。
実際のところ、「2050年までに達成」という目標は、大変困難な課題です。
「エネルギー起源二酸化炭素」削減に関する対策の大きな方向性について、以下の図をもとに解説していきます。

二酸化炭素排出削減のイメージ

「エネルギー起源二酸化炭素」の排出量を考える際の指標として、「エネルギー消費量」と「二酸化炭素排出原単位」があります。
「エネルギー消費量」はその名の通り、エネルギーをどれだけ使用するのかという意味ですが、エネルギーの使用には電力として消費するものもあれば、熱や燃料として利用する非電力でのエネルギー消費もあります。
「二酸化炭素排出原単位」とは、燃料を燃焼したり電気や熱を使用するなど、ある一定量のエネルギーを使用する際に、どのくらいの二酸化炭素が排出されるかを示すものです。
燃料を燃焼したり電気や熱を使用したりすることで排出される「エネルギー起源二酸化炭素」は、以下の式で表されます。

二酸化炭素排出削減のイメージ

先の図でいうと、縦軸の二酸化炭素の排出原単位と、横軸のエネルギー消費量をかけ合わせたもの(つまり、面積に該当するもの)が「エネルギー起源二酸化炭素の排出量」になります。
カーボンニュートラルを達成するためには、「二酸化炭素排出原単位」と「エネルギー消費量」を低減し、この面積をゼロにしていく必要があります。

(2)温室効果ガス抑制のための対策

開催が集中する6月末の株主総会では、今年度の傾向として、株主やファンドから、脱炭素化や地球温暖化に関する企業姿勢や対応といった将来展望の質問、提案が多かったといった報道がなされています。
経営者は、以下のような二酸化炭素をはじめとする温室効果ガス抑制のための課題や動向にアンテナを張り、新たな事業分野への進出や転換など、好機を逃さず、経営を進めていくことが必要となります。

温室効果ガス抑制のための対策

一方、非電力部門では、二酸化炭素排出原単位を低減することが必要です。
エネルギーを自動車など動力の燃料として利用したり、産業部門や家庭部門で熱として利用したりすることでも二酸化炭素は排出されてしまいます。
そこで、使用する燃料をより低炭素なものに転換したり、水素やバイオマス、合成燃料などに転換すれば、二酸化炭素排出原単位を低減することができます。
二酸化炭素排出原単位を下げれば、二酸化炭素の総排出量を削減することにつながります。

温室効果ガス抑制のための対策

上記のように、カーボンニュートラルを目指すためには、①省エネ、②電源の脱炭素化や非電力部門の二酸化炭素排出原単位の低減、③非電力部門の電化、④ネガティブエミッションを組み合わせ、トータルでのカーボンニュートラルを目指すことが重要です。

2.どの部分の温室効果ガスを減らすのか

どの部分の温室効果ガスを減らすのか

どのくらいの量の温室効果ガスを、どのように減らしていくことが求められているのかを、上の図で説明します。
先述のとおりカーボンニュートラルを実現するには、電力部門の脱炭素化が大前提になります。
一方、非電力部門については、電化や水素化など二酸化炭素を排出しないエネルギーへの転換を進めることが必要です。
このようにして、2018年には電力・非電力部門あわせて10.6億トン排出していたエネルギー起源二酸化
炭素を減らしていく必要があります。
2050年には、排出量と、植林やDACCSなどによる二酸化炭素の吸収を相殺することで、実質排出0トンにしていくことを目指しています。

4.環境に配慮した企業の取り組み事例

1.印刷業O社の環境印刷への取り組み

印刷業O社の環境印刷への取り組み

O社は、創業1881年、資本金2,000万、従業員40名程の明治時代から続く印刷会社です。
同社は、社会的課題を解決できる「ソーシャルプリンティングカンパニー」として、持続可能な社会の実現を目指して活動を続けています。
低炭素化社会構築と地域の環境活動支援を目ざした取り組みとして、自社の印刷事業で排出される年間の温室効果ガスを算定し、その全量をカーボンオフセットした「ゼロカーボンプリント」を実施しており、二酸化炭素の排出量は年間約175トンに抑えられています。
そのカーボンオフセットは、同社と「ゆかり」のある地域の森林育成と温室効果ガスの吸収で実施しています。

印刷業O社の環境印刷への取り組み

O社が使用する用紙は、大気汚染や化学物質過敏症の原因となる揮発性有機化合物を含まない、ノンVOCインキ(石油系有機溶剤0%)です。
加えて、環境負荷の少ない電気自動車等を使用した納品も行っています。

二酸化炭素排出100%カーボンオフセットの仕組み、O社が投資する、全国のカーボンオフセット事業

2.住宅メーカーE社のエコ住宅「ZEH」への取り組み

住宅メーカーE社のエコ住宅「ZEH」への取り組み

住宅メーカーE社のエコ住宅「ZEH」への取り組み

E社はH県にある住宅メーカーです。
主にエコ住宅の新築、性能向上リノベーションを行っています。
資本金は3,000万、従業員は約80名です。
日本は2020年度の標準的な新築戸建て住宅について、ZEH化することを目指しています。
ZEHとは「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス」の略です。外皮の断熱性能を大幅に向上させるとともに、高効率な設備システムの導入により、室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギーを実現したうえで、再エネを導入することにより、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとすることを目指した住宅のことです。
E社は業界の中でいち早くSDGsへの取り組みを宣言しました。E社の2018年度NEH率は94%で年間50戸以上を建設するビルダーとして日本トップクラスの実績を持ち、国の2020年度の目標である平均ZEH化をいち早く達成しています。
また、E社は、更なる取り組みとして、建築時から廃棄時までの二酸化炭素の総排出量をゼロ以下にする「LCCM(Life Cycle Carbon Minus)住宅」の普及を目指しています。
また、ZEHビルダー評価制度、LCCM住宅認定、BELS(建築物エネルギー性能表示制度)ともに最高レベルを取得し、省エネ分野において3冠を達成しており、2019年には、住宅とSDGsをテーマした広告制作を体験できる「SDGs体験型インターンシップ」を実施し、学生にも新しい環境価値の提供を目指しています。
カーボンニュートラルに対する企業活動や投資は、今や、世界の潮流となっています。日本の株主や投資家をはじめ、消費者においても、「乗り遅れは許されない」といった、様相を呈しています。
企業は、この変化や潮流をいち早く察知し、脱炭素化や環境課題に対する取り組みは、まさに、時勢を読む経営といえます。
変化に柔軟に対応できる経営から、新たなビジネスチャンスの可能性も広がります。

 

■参考資料
『「脱炭素化」はとまらない』(成山堂書店)
『超入門 カーボンニュートラル』(講談社)
『カーボンニュートラル経営戦略』(日本経済新聞出版)
『週刊ダイヤモンド 3,000兆円マネーが動く脱炭素完全バイブル 2021年2月20日号』
(ダイヤモンド社)
環境省ホームページ
経済産業省ホームページ

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