企業の生き残りをかけた 役員制度改革

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企業の生き残りをかけた 役員制度改革

  1. 変化が迫られている役員制度
  2. 取締役改革のカギとなるスキル・マトリクス
  3. 役員報酬の相場と報酬制度設計
  4. 役員制度運用のポイント

 


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1.変化が迫られている役員制度

ガバナンスが十分に機能しておらず、法律違反や不正行為隠蔽などの企業不祥事が続発しています。
不祥事は企業にとって大きなマイナスイメージとなり、業績の悪化や倒産に至る可能性もあります。
このような状況下で2021年6月11日にコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)が改訂され、内部統制システムの構築などによって不祥事を防ぐ体制を整備するというような守りのガバナンスだけではなく、企業価値を高めるための行動や意思決定を行う攻めのガバナンスが企業に求められるようになりました。
CGコードでは上場企業に対する取締役の選任・指名や報酬について言及されており、企業存続のためには、環境の変化に合わせて役員に関する仕組みを改定することが必須となります。
中堅・中小企業においても役員は経営の要であり、名ばかり役員を抱えているようではこれからの時代を生き残れません。役員のあり方を見直す機会になるよう、今回は役員制度改革をテーマに解説します。

1.役員と会社法

ここで役員とは何かを確認します。
役員と言えば社長や専務、常務などの役職を思い浮かべる人がいるかもしれませんが、会社法では「役員」を、取締役、会計参与、監査役と定められています。
また「役員等」には執行役と会計監査人が含まれます。

会社法で定める役員

社長や専務、常務は役職名であり会社法で定められている役員とは異なります。
一方で代表取締役社長や専務取締役というように、役員の中から社長や専務などの役職者が選任されることが一般的であるため、役職名がそのまま役員として捉えられるケースが多いと考えられます。
また、近年多く見られるようになったCEO(最高経営責任者)やCOO(最高執行責任者)等のC*Oは役職名であり「役員」とは異なります。
「取締役社長兼CEO」や「取締役副社長兼COO」など取締役と兼任するケースがあり、この場合は役員であり、役員の中からCEOやCOOが選任されていることになります。
役員と役職の違いについて解説しましたが、役員と社員の違いについても記載します。

役員と社員の違い

上表の定義に記載されているとおり役員は経営を担っており、企業の経営は役員によって決定づけられます。
多くの企業では、成果主義導入やジョブ型制度の導入による人件費のコントロールや、早期退職制度による人員整理など、社員を対象とした改革が実施されてきました。
今後も役員を聖域として除外しながら様々な改革を実施し続けていると、会社経営が立ち行かなくなるのは明らかです。
既に、役員の人数を削減する、業績と役員報酬を連動させる、役員会の実効性を評価するなどの取り組みを進めている企業が現れており、その数は増加しています。

2.CGコードの目的と改訂内容

金融庁と東京証券取引所が上場企業の行動原則であるCGコードを2015年6月に策定して適用が開始されました。
CG策定の目的は、CGコードが適切に実践され「それぞれの会社において持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応が図られることを通じて、会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与すること」と発表しています。
東京証券取引所では、具体的にCGやCGコードを次のように定義しています。

CGやCGコードの定義

CGコードでは、①株主の権利・平等性の確保、②株主以外のステークホルダーとの適切な協働、③適切な情報開示と透明性の確保、④取締役会等の責務、⑤株主との対話の5つの基本原則があり、それぞれに原則や補充原則が定められています。
CGコードは、2018年に1回目、2021年6月11日に2回目の改訂がなされました。2回目の改訂では、取締役会の実効性確保、中核人材における多様性(ダイバーシティ)の確保、サステイナビリティへの取組みなどに関する見直しが行われ、役員についてはスキルの特定や開示などが求められるようになりました。
今回の改訂によって2022年4月4日以降は市場区分が次のようになり、変化への対応が求められています。

市場区分の再編

2.取締役改革のカギとなるスキル・マトリクス

1.CGコードで求められるスキル・マトリクス

CGコード改訂の1つに「取締役会の実効性確保」が掲げられており、事業戦略に応じた取締役に求めるスキルをまとめ、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したスキル・マトリクスを作成して公開することが求められています。
また各取締役が保有しているスキル等の組み合わせを、取締役選任の方針とすることも定められています。

取締役会の実効性確保に関するCGコード改訂内容

スキル・マトリクスは、事業戦略にもとづいて必要なスキルを挙げ、現取締役が保有しているスキルに印をつけて一覧化します。

現取締役が保有しているスキル

スキル・マトリクスを作成することで、どの取締役が特定のスキルを保有しているのかが分かり、取締役会全体としてのスキルのバランスが取れているのかを確認することができます。
保有スキルに偏りがある場合は、取締役の補充や交代をすることで、取締役会の実効性を確保します。
企業によって抱える課題が異なるので、スキル・マトリクスに盛り込むスキルは企業ごとに異なります。
ビジョンや事業戦略などにもとづいてスキルを設定しますが、スキル・マトリクス作成の参考として、多くの企業で設定できそうな一般的なスキルを記載します。

スキル・マトリクスに設定するスキル例

同じようなスキルを保有している取締役が多くなったり、一方で特定のスキルを保有している役員がいないということもあります。
この場合、社外取締役を選任することが有効です。
外部の人材市場から専門性の高い人材を招聘することで、自社に不足しているスキルを短期間で補強することができます。
スキル・マトリクスの作成は、取締役のスキルを一覧化するという作業ではありません。
事業戦略をもとに自社が備えるべきスキル等を特定し、取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示します。
CGコード改訂によって、株主総会の招集通知にスキル・マトリクスを掲載している企業が増えています。日経225構成銘柄のうちスキル・マトリクスを開示している企業は、2018年は7社、2019年は22社、2020年は54社と増加し、2021年6月末現在では103となり、日経225構成銘柄の約45%が開示しています。
また株式時価総額トップ100でスキル・マトリクスを公開している企業は50社となっています。

株式時価総額トップ100のスキル・マトリクスの開示状況

スキル・マトリクスは単なる取締役のスキル一覧表ではなく、事業戦略などをもとに取締役会の実効性を確保するために、株主などに公開する資料であることを意識する必要があります。
そのためには、一定水準以上の高度なスキルを設定し、保有資格や具体的な成果などを定めて客観的に判断できる項目にすることが望ましいと言えます。

3.役員報酬の相場と報酬制度設計

1.役員報酬の相場

役員が求められる役割の重要性が高まり、CGコード改訂でスキルの公開が進んでいますが、それに見合う報酬とはどのように設定すれば良いのでしょうか。
参考データとして役員報酬の世間相場を掲載します。

役位別に見た報酬と賞与

2.報酬制度設計の手順

報酬制度設計の一般的な手順は次の通りです。

報酬制度設計の一般的な手順

①報酬制度の基本方針策定

CGコードでは報酬決定のプロセスに対する客観性や透明性が求められています。
また、役員ごとの報酬等については、取締役会で決定する旨が改正会社法施行規則で規定される予定となっています。
取締役会で議論しても社長の一任で報酬が決定している場合は報酬制度の見直しが必要となります。
自社を取り巻く市場環境や事業戦略を踏まえ、スキル・マトリクスなどをもとにあるべき役員像を検討し、何に対して報酬を支払うのかを定めます。

②報酬水準の設定

同業界他社の役員報酬をベンチマークにしたり、実施されている役員報酬サーベイなどを参考に報酬水準を設定します。
役員報酬サーベイについてはデロイト トーマツ コンサルティング合同会社が役員報酬データベース『DEX-i』で情報提供しています。

役員報酬データベース DEX-i

③報酬内容の設定

報酬項目ごとの構成比を検討します。会社法361条1項では、役員の報酬等(取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益)について、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定めるとされています。
報酬等については会社法第361条1項1号から6号の6つがあり、定款や株主総会で決定する事項も記載されています。

報酬項目

1号は固定報酬が該当し、取締役の合計報酬上限額を株主総会で決定し、取締役会で具体的な配分を決議することが一般的です。
2号は業績連動型報酬が該当し、賞与などの業績連動の計算式を決定します。
3号はいわゆる株式報酬です。
4号は会社があらかじめ定めた価格で株式を購入する権利で、会社の株価が上がれば、優遇された価格で株式を取得できて利益を得られます。
5号は3号や4号の払い込みに充てるための金銭報酬です。
6号は非金銭報酬のことで現物報酬などが該当します。
役員報酬ポリシーを公開しているJ.フロントリテイリング株式会社では、次のように報酬構成を定めています。

報酬構成

同社の役員報酬ポリシーには、役員報酬の基本方針、報酬水準の考え方なども掲載されています。
また、株式会社資生堂は「役員報酬」をホームページに掲載しています。
自社報酬制度設計の際に、他社事例を参考にしてはいかがでしょうか。

4.役員制度運用のポイント

1.サクセッションプランの導入

役員のスキルや報酬について解説してきましたが、それだけでは役員制度は機能しません。
役員制度を永続的に運用するためには後継者を育成するための仕組みが必須であり、そのためにはサクセッションプラン(後継者育成計画)の導入が重要となります。
また、CGコードの補充原則4-1(3) に、「取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な事業戦略を踏まえ、最高経営責任者等の後継者の計画(プランニング)について適切に監督を行うべきである。」と定められています。
サクセッションプランとは、将来組織を牽引する経営候補者に対する長期的な視点で策定する育成計画のことです。
通常の人材育成と異なり、特定分野での専門性を高めるのではなく、各部門を経験させるジョブローテーションに加え、経営方針や事業戦略などを踏まえた育成を行います。
また後継者の候補選定は、人事評価などの日々の成果をもとに選定するのではなく、経営に関するスキルや今後の成長に対する期待度などで選定します。
サクセッションプランを導入する手順は次のとおりです。

サクセッションプラン導入手順

①経営方針・事業戦略の明確化

後継者は経営理念やビジョンなどを引き継ぐことになります。
実際に経営を行うための経営方針や事業戦略などが曖昧であると伝承することができないため、明確化しておく必要があります。
また、改めるべき組織文化や習慣があれば見極めて断ち切ります。

②ポストやスキルの設定

経営理念、ビジョン、事業戦略、スキル・マトリクスなどをもとに自社の成長に必要なポストやスキルを検討します。
ポストやスキルによって人選基準やサクセッションプランが変化するため、慎重に検討することが必要です。

③人材要件定義

ポストやスキルを設定したら、後継者の候補者に求める要件を定義します。
具体的には下記のような項目が挙げられます。

候補者の要件定義項目例

④人材選出

サクセッションプランの対象者を選出します。その際に、今までの成果やキャリアではなく成長の可能性を測る必要があり、面接、論文、人望、外部アセスメントなどを組み合わせ、多面的な視点で選出します。

⑤サクセッションプラン実施

対象者に選ばれたことを本人に伝える企業もありますが、対象者から外れた場合の通知でショックを受けることがあるため、通常は伝えずに人材育成計画に組み入れて実施する企業が多いようです。
人材育成計画に組み入れて実施されるサクセッションプランには次のようなものがあります。

サクセッションプランの具体例

サクセッションプランをもとに長期にわたり行われる人材育成計画の策定・運用は、単に経営層の後継者選びにとどまりません。
自社の将来を担う人材をより多く育てることができるため、企業にとって重要な手法であると言えます。

2.取締役会実効性評価の実施

役員制度を適切に運用するためには、取締役会が期待される役割をきちんと果たせているのかを評価する必要があります。
実効性評価は、自社内で実施する方法と外部機関に委託する方法があります。
CGコードの観点からは自社内で実施することが望ましいと考えられますが、社内にノウハウが無ければ外部機関に委託しても良いでしょう。
実効性評価に向けた現状把握のための調査は、アンケートやインタビューなどで実施します。
調査における具体的な質問項目の例は次のとおりです。

取締役会実効性評価のための質問項目例

調査結果をまとめた結果を取締役会で共有し、改善が必要な項目などについて議論をして改善を行います。
今後、役員に関する情報開示がさらに進展することは明らかで、取締役会や役員に関する仕組みが形骸化している企業は生き残れません。
貴社役員制度改革の一助になれば幸いです。

 

■参考文献
『経営戦略としての取締役・執行役員改革』(柴田彰・酒井博史・諏訪亮一 共著)
『役員報酬・指名戦略』(中村靖・淺井優 共著)
『実務家のための役員報酬の手引き』(髙田剛 著)
『役員報酬・賞与・退職慰労金』(荻原勝 著)
『これが役員待遇の正しい決め方だ』(大﨑鋭侍 著)
『BizHint』ビジョナル・インキュベーション株式会社
『会社の役員って何?種類や各役職との違いを解説』SmartDocument
『コーポレートガバナンス・コードの改訂に伴う実務対応』株式会社東京証券取引所
『スキルマトリックスとは』株式会社アシロ
『ESG時代に機関投資家とどう向き合うべきか?Vol.3』株式会社QUICK
『スキルマトリックスはなぜ必要なのか』フロンティア・マネジメント株式会社
『株式時価総額トップ100のスキル・マトリクスの開示状況』Korn Ferry Foundation
『労政時報 第4027号』株式会社労務行政
『ガバナンス高度化のための実務対応』弁護士ドットコム株式会社
『役員報酬ポリシーの改定に関するお知らせ』J.フロントリテイリング株式会社

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