社員のキャリア開発を後押しするリカレント教育推進のポイント

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

社員のキャリア開発を後押しするリカレント教育推進のポイント

  1. リカレント教育の意義と課題
  2. 企業が描くべき社員のキャリア形成のポイント
  3. 社員の成長を促すキャリア形成プラン作成法
  4. リカレント教育の導入事例

 


この記事をPDFでダウンロードする。(企業経営情報)

1.リカレント教育の意義と課題

1.人生100年時代に合わせたキャリア戦略見直しの必要性

「人生100年時代」と言われるようになっていますが、この言葉は、ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏が、著書「LIFE SHIFT(ライフシフト)100年時代の人生戦略」で提唱した言葉です。
同著では、人の平均寿命が100年の時代になることから、これまで寿命を80年として考えてきた人生設計を抜本的に考え直す必要があると訴え、話題になりました。
これを受け厚生労働省は、人生100年時代を見据えた経済社会システムを創り上げるための政策のグランドデザインを検討する会議として、2018年9月より「人生100年時代構想会議」が開催されています。
この会議における中間報告では、以下のような記述があります。

人生100年時代に合わせたキャリア戦略見直しの必要性

ここで重要とされている「生涯にわたる学習」において、注目されているのが「リカレント教育」です。リカレントとは、「繰り返し、循環」と訳されます。
つまり、「リカレント教育」とは、学び直し、回帰教育、循環教育などと表現され、企業でも人材育成に関連して一般的に用いられるようになっています。
中小企業においても、生涯現役時代に対応するために自社のキャリア戦略を見直す必要があります。
今回は、人生100年、生涯現役の時代に求められるリカレント教育を進めていく上で押さえておくべきポイントについて解説します。

2.リカレント教育とは

リカレント教育の本来の意味は、義務教育の終了後、教育と就労を交互に繰り返す教育システムのことです。
文部科学省による、リカレント教育の定義は以下のとおりです。

リカレント教育とは

3.リカレント教育の意義

人生100年時代を見据え、年齢に関わりなくリカレント教育による学び直しを行い、能力を高めることには、以下のような意義があります。

リカレント教育の意義

昨今では、働くことに関する意識・価値観が多様化しており、少子高齢化や労働力人口の減少、定年延長の流れを考慮すると、働く意思のある高齢者に教育を受ける機会を提供していくことも企業にも求められることになります。
内閣府「高齢者の日常生活に関する意識調査」(2014年)によると、現在仕事をしている60歳以上の労働者の42.0%が「働けるうちはいつまでも働きたい」と回答しています。
これに70~80歳まで働きたいとの回答を合計すると全体の約8割に達し、高齢期でも高い就労意欲を持っていることがわかります。

60歳以上の労働者の就労希望

4.リカレント教育の重要性と課題

終身雇用の時代が終わり、長期勤続を前提としない企業が増えていく中で、不安定な雇用にさらされるものも出てくる恐れがあります。
さらに、昨今は技術進歩が速く、スキルが陳腐化しやすい環境下では、若年期に身につけたスキルだけで、その後の職業人生を全うするのは困難です。
こうした中で、生涯にわたってのリカレント教育の重要性が高まっていくと考えられます。
しかし、国の調査では「コスト」や「時間」がないことがネックとなり、学び直しに取り組むことができない、という回答が上位になっています。
低コストでチャレンジ可能な自己啓発(セミナー、講演、社内勉強会、読書会の参加等)は数多く存在します。
学び直しをしようという意思さえあれば、必ずしもコストが障害にはならないということです。
一方で、長時間労働のために学び直しの余裕がないという点は問題です。
働き方改革が進み、ワーク・ライフ・バランスを意識する企業は少しずつ増えているものの、現状こうした企業が大半とは言い難い状況です。
労働時間の短縮は、学習時間の増加につながることがデータからも示されており、ワーク・ライフ・バランスを促進することが重要です。
また、学び直しが適切に評価されていない企業も多いため、学び直しの成果を処遇に反映させることも重要です。
これからの時代には、企業も社員の生涯にわたる学び直しを踏まえた、キャリア形成を後押しする環境を整えていくことが求められ、このことが優秀な人材の育成または獲得にもつながります。

2.企業が描くべき社員のキャリア形成のポイント

1.企業に必要なキャリア形成の視点

グローバル化、IT化などの環境変化によって仕事の進め方が大きく変わるなか、キャリア形成の責任は徐々に組織から個人へシフトし、画一的な人事システムは機能しなくなりつつあります。
そこに少子高齢化やポスト不足といった構造的な問題が重なったことで、高年齢者も意欲をもって業務に取組み、組織貢献していくか、高い自立意識と学び直しによって継続的に活躍していけるかが、企業にとって重要になります。
この課題の本質は、高年齢の社員が増えていくこと自体にあるのではなく、組織的に活かす力が身についていないことです。

2.社員のキャリア形成支援における4つの要素

企業が社員に対してリカレント教育を施す場合、入社間もない25歳のときに最初のリカレント教育を行い、35歳、45歳、55歳と10年ごとに再度実施するケースが理想的ですが、ここで重要なのは、年代や役職に応じて教育内容を変えることです。
社員に必要なスキルを整理するうえで、以下の4つの要素をイメージすることがポイントになります。

社員のキャリア形成支援における4つの要素

あらゆる年代において必要なのは、「問題解決力」と「ソフトスキル」だと言われています。
目の前のタスクを解決する能力やコミュニケーション能力は不可欠であり、年齢や役職を問わず常に維持すべきスキルです。
まずは、新人の頃にきちんと問題解決力とソフトスキルを身につけておくことが大切です。

役職(年代)別の必要とされるスキルの割合

ハードスキルと構想力については、年代に応じて必要度が変わってきます。
若い一般社員は、ITや会計知識等のハードスキルを身につけておく必要があります。
構想力は、中間管理職から経営層に上がるにつれて高めていく必要があります。
ビジネスにはコンセプトやビジョンが不可欠であり、そこから戦略や事業計画を構築していく必要がありますが、根幹をなすのが構想です。
自分の頭の中を見える化し、システムの大枠を設計するためには、構想力が求められます。
構想はそのままだと、自分の中に描いた絵に過ぎないので、イラストなどを用いて視覚化する技術も求められます。
見えないものをイメージとして人に伝えることができれば、コンセプトやビジョンとして結実させ、事業へと発展させていくことができます。
マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が「すべての机と、すべての家庭にコンピューターを」という構想を掲げ、実現したのは有名な話です。
企業がリカレント教育を活用し、社員教育を進めていくうえで、構想力を育てることを念頭におかなければなりません。
これには、次章で解説する、キャリア形成プランの作成により、社員自らがキャリアを考える作業が重要になります。

3.ベテラン社員のキャリア形成支援のポイント

ベテラン社員が多数派を占める社会において、組織の発展に向け、企業は特にベテラン社員のキャリア形成に真剣に向き合う必要があります。
少子高齢化、人材不足の時代にベテラン層のパフォーマンスが低いままでは、組織全体にも影響がでるからです。
以下は、ベテラン社員が不活性化に陥るケースごとに、対応策としてベテラン社員の活躍へ向けたポイントをまとめたものです。
本テーマに関連し、「《1》スキルの変化に対応できないケース」を考察すると、ベテラン層の活躍のポイントに、「キャリア形成プランの明確化」や「時代に合ったスキルの習得」が活躍へ向けたポイントとして考えられます。
また、要因の1つに「新たなことを学んでも習得できないのではないか」という心理的抵抗が考えられます。
これらの点をふまえ、企業もベテラン社員とともに、キャリア形成の方向性を見出してくことが、これからの時代は必要になります。

ベテラン社員が不活性に陥るケースと活躍へ向けたポイント

3.社員の成長を促すキャリア形成プラン作成法

1.キャリア形成プランの作成

キャリア形成プランの作成を通じて、社員が自身のキャリア形成を考えることで、自発的に何を学ぶべきかが見える化し、学び直しを促す効果が期待できます。
真の自立というのは、他者を頼らないということであり、自分自身のキャリアを自己責任でいかに構築していくかという考え方が基本になります。
自分のキャリアは企業任せではなく、自分で考えていくことで、社員の自立化が進み、強い組織の基盤づくりへとつながります。

キャリア形成プランの作成ステップ

(1)キャリアの振り返り

第1ステップは、今までの自分のキャリアの振り返りを行います。
40~50代の社員は、社会人になってからこれまでにさまざまな経験をしてきたと思いますが、どのような仕事の経験を積んできたのか、具体的に経験してきた仕事内容を時系列に一度起こしていきます。
つまり、これまでのキャリアの棚卸しです。
実際に、このような過去の仕事を振り返るという作業は、意外に時間がかかります。
週末を3~4回使い、1回2~3時間かけて丹念に作成することが重要です。
回数を分けて時間をかけて作業する目的は、途中で思い出すことが出てくるため、それを確実にフォローすることにあります。

キャリアの振り返り(例)

(2)キャリアの抽出

第2ステップは、第1ステップで作成したキャリアの振り返りを見ながら、過去の仕事の中で自分として大変やりがいがあった仕事、あるいは楽しかった仕事、自分にとって思い出に残っている仕事などを、さらに細かく書き出して深掘りし、キャリアの抽出を行います。
第1ステップは事実を中心に箇条書きで挙げていくのに対して、第2ステップは自分自身の仕事に対する判断や評価を入れ込んでいく作業になります。

キャリア形成プランの例

この作業はやりがいを感じた仕事、得意分野、専門分野、自身の強みという視点から仕事を自分なりに抽出することが目的になります。
この作業を通じて、自分が好きである、得意である、あるいは専門にしてきた仕事等が見えてきて、そうした分野が学び直しにつながる基礎になっていきます。

(3)キャリア形成プランの作成

第3ステップは、生涯にわたるキャリア形成プランを作成します。
まずは、自分が好きで、かつ得意であり、専門性があると思える分野という視点から、自分が将来に向けて何を学びたいかを固めます。
第2ステップで書き出した仕事をベースにして、将来的に自分が目指す方向を絞り込んでいきます。
自分が今後のキャリアで何をメインにしたいかという視点から取り組む分野を絞り込みます。
この絞り込み作業により、自分の強みや開発すべき分野のイメージが徐々にできあがり、何を学ぶべきかが見えてきます。
これまでのシートは、過去のキャリアの振り返りと強みの抽出だったのに対して、キャリア形成プランはそれらをベースに生涯現役に向けた学び直しを実現するための指針となるものです。
より実践的に詳細を検討するため、仕事だけでなく、自分を取り巻く環境(人脈や趣味など)も併せトータルで考えます。

キャリアの抽出(例)

このキャリア形成プランの作成が、社員の生涯現役に向けたキャリア形成の柱になります。
このシートを作成する際には、誰もが将来は見通せないので、漠然としたものになりがちです。
しかしながら、漠然と企業任せの姿勢で生きるよりも、何らかの方向性を自らが明らかにしていくことが大切であり、それを完成させることで将来に向けた自分のイメージを持つことができます。
また、労働環境の劇的な変化を乗り越えるために、常に学ぶ自覚をもって知識をアップデートすることへの意識の醸成につながります。

2.学ぶべき分野の参考 STEM教育の観点

学ぶべき分野としてSTEM(ステム)教育の観点が参考になります。
STEMとは、S:Science、T:Technology、E:Engineering、M:Mathematicsのそれぞれの頭文字を取った言葉で、科学・技術・工学・数学の分野を総称した言葉です。
これら4つの学問は、IT社会とグローバル社会に適応した人材の育成に、国際的に必須だといわれている分野です。
STEM教育は、単に「科学技術」や「IT技術」に秀でた人材を生み出すことだけが目的ではありません。
STEM教育の根底には「自分で学び、自分で理解していく」ことにねらいがあります。
新たな時代に必要とされる自発性、創造性、判断力、問題解決力を養う、それがSTEM教育の本質的なねらいです。
社員が、自発的に学ぶ、自分で理解する、自分で発見していく力をつけておけば、やがて独自の創造性を発揮することにもつながります。

4.リカレント教育の導入事例

1.リカレント教育に取り組む国内企業

リカレント教育の推進には企業のサポートが重要です。
実際に、リカレント教育に取り組んでいる事例をご紹介します。

リカレント教育に取り組む国内企業

2.リカレント教育に関連するサービス

大学などの教育機関のみならず、民間企業もリカレント教育に関連したサービスを提供しています。
民間企業が提供しているサービスの事例をご紹介します。

リカレント教育に関連するサービス

3.リカレント教育発祥の地 スウェーデン

ここでは、リカレント教育先進国について紹介します。
企業にとってもリカレント先進国の事例に学ぶ意義は大きいと考えられます。
リカレント教育に最も力を入れている北欧諸国は、EU各国の中でも国際競争力が高く、経済にこの教育がいい影響を及ぼしていることは明らかです。
リカレント教育が世界に広まるきっかけをつくったのは、当時スウェーデンの文部大臣で後に首相になったオロフ・パルメ氏です。
もともと、スウェーデンには生涯にわたって教育を受ける文化が根づいていて、政府による労働市場への関与も積極的でした。
この思想が表れているのが、スウェーデンの「ライフパズル」という考え方です。
ライフパズルは、人生の枠組みに、仕事やキャリア、家族などをパズルのピースのようにあてはめ、さまざまな選択肢を個人の希望や状況によりアレンジしていくというものです。
スウェーデンでは、社会全体において男女を問わず子育てや介護に積極的で、学び直しで大学に戻ることが当然のように行われています。
男性も夜7時までに帰宅し、家族と過ごしたり勉強したりするのが日常的で、日本がワーク・ライフ・バランスと言い始める前から、こうしたライフスタイルが根づいていました。
スウェーデンは50%以上の税金を徴収する高負担国家であるとともに、社会保障制度が充実した高福祉国家です。
これも、同国でライフパズルが生まれた背景としてあります。
スウェーデンの人口は1,000万人程度と少ないので、高いレベルの福祉を実現するためには、就労と教育を繰り返し、生涯にわたって国民に働いてもらう仕組みが必要だったことが考えられます。
日本も、今後は少子高齢化に伴い就労人口が減少するだけではなく、社会保障費も増大していくのでスウェーデンのように、ライフパズルを描きながら人生を構築していく視点が求められます。

スウェーデンが生んだグローバル企業「H&M」

時代の変化にさらされるのは個人だけではなく企業も同様です。
経営環境やビジネスモデルの変化に伴い、従業員に求めるスキル・知識も変化するでしょう。
そうした変化に対応する人材を確保するために企業は、生涯学習・リカレント教育を推奨する立場といえます。
結果として、会社の文化や風土、歴史を踏まえた従業員が、スキル・知識をアップデートし続け、長期に渡って企業に貢献してくれる状態を保つことは企業経営にとっても重要です。

 

■参考文献
「厚生労働省」ホームページ
「文部科学省」ホームページ
「内閣府」ホームページ
 「生涯現役に向けたキャリア戦略」(佐藤文男著 労務行政社)
 「稼ぐ力をつけるリカレント教育」(大前研一著 ダイヤモンド社)
 「能力を磨く」(田坂広志著 日本実業出版社)
 「労政時報」(株式会社労務行政)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。