給与体系を抜本的に改革する好機 役割・能力型給与制度の構築ポイント

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給与体系を抜本的に改革する好機 役割・能力型給与制度の構築ポイント

  1. 人事制度の実態と今後の方向性
  2. 役割等級制度の設計
  3. 基本給表の作成手順
  4. 給与制度の導入事例紹介


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1.人事制度の実態と今後の方向性

1.診療所における職員の給与金額の実態

令和元年11月の中央社会保険医療協議会総会で公表された「第22回医療経済実態調査結果報告に関する分析」では、平成30年度における職員の平均年収額が記載されています。
職種別にみると、看護職員の平均年収は、病院で507万円、診療所では386万円で、看護補助についてみると、病院で302万円、診療所では239万円となっています。
看護職員や看護補助の病院と診療所の給与差については、夜勤の有無や諸手当の加算の有無等によるものと考えられます。医療技術員についてみると、病院で465万円、診療所では434万円となっており、病院と診療所で大きな差はありません。
また、事務職員については、病院で421万円、診療所では302万円となっており、病院の方が高い給与水準となっています。
この給与差は、求められるスキルの違いや諸手当の加算の有無等が影響しているものと考えられます。
総括すると、診療所の職員の平均年収は病院と比較して低い傾向にあり、職員に長く務めてもらうためには納得できる給与の決め方が必要になります。

職員給与の比較

2.診療所の人事制度の実態と今後の方向性

診療所は病院よりも中途採用で働く人が多い傾向にあります。
職員の給与の決め方は既存の職員との給与バランスをとって決定しているケースが多いのが現状です。
トラブルを防止するためにも、職員に対して給与は何に基づいて決定しているか明確化することが求められます。
先ずは、自院の人事制度を見直し、現在の人事制度がどのような類型であるかを確認します。
給与決定ルールがどの類型にあたるかを確認することにより、新たな人事制度の方向性を見出すことができます。

人事制度の類型

この中で、診療所で多く採用されている「裁量型人事制度」と、役割に応じて給与を決定する「役割+能力型人事制度」を紹介していきます。

(1)裁量型人事制度のメリット・デメリット

裁量型人事制度は、特にワンマン経営者が経営する診療所に多く見られる人事制度です。
また、創業後や承継後間もない診療所にも多く見られます。この人事制度は、少人数かつ小規模で運営している診療所に適している人事制度です。
しかしながら、職員数が増え、施設が複数になると経営者が職員個々人の行動を正しく把握すること自体難しくなってきます。
また、職員は自分がどのような基準で評価され、どうすれば自分の処遇が改善されるのかということについて、不満を持つようになります。
職員数が20名以上の医療機関は、人事制度の在り方を検討するべきです。
自院の将来像とそれを実現するための基本的な考え方を確認し、明確にする経営理念、自院の存在価値や経営信条・行動原理等を示すことが必要となります。

裁量型人事制度のメリット・デメリット

(2)役割+能力型人事制度のメリット・デメリット

これまで医療機関は、年功型の人事制度を中心としてきたために、本人の能力ややる気、適性にかかわらず管理職への登用が行われてきました。
従って、本来の管理職の役割と、そのポジションの役割遂行に必要な能力が不明確であり、あるべき管理職としての姿がなかったといっても過言ではありません。
このため、能力のある若手がしかるべき役割を与えられず、優秀な人材が流出する、モチベーションが低下し、組織は硬直し、パフォーマンスが低下するといった悪循環が発生しているケースは少なくありません。
この悪循環を断ち切るために、ビジョンと戦略に基づいたあるべき組織体系を明確にし、そのなかで管理職が果たすべき役割と、保有すべき能力を明示した人事制度こそ、今日の診療所に必要なシステムだといえます。

役割+能力型人事制度のメリット・デメリット

(3)説明ができるルールを具体的に決めておく

職員から給与決定について説明を求められても、明確に説明ができるような状態にしておくことが必要です。
例えば、看護師と事務職員を比べた時、看護師の給与水準が高い理由として、「看護師は資格手当が付くので事務職員より高い」というように説明ができるようにしておきます。
入職後の昇給については、基本給表に基づいて運用していくケースや、全職員一律昇給するなど、自院のルールを具体的に決めていくことが重要となります。

2.役割等級制度の設計

1.役割と連動した等級制度の策定ポイント

人事制度は、役割等級制度を中心に人事評価制度、賃金制度、退職金制度、教育制度で構成されます。
役割等級制度が、キャリアパスの位置付けとなり、職員に期待する基準を階層ごとに明確にするとともに、職員が自院に貢献した度合いを人事評価制度によって評価し、その結果を賃金制度、退職金制度に反映させます。
役割等級制度構築のポイントは、自院で必要な役割と役割を果たすために必要な能力の基準を等級ごとに定義し、職員の組織上の位置づけを明確にすることです。
役割・能力によって等級を定義したものを等級フレームといい、人事制度全体の設計図に該当します。
医局や看護といった部門で分けた組織構造や医師、看護師や薬剤師といった職種(保有ライセンス)を重視するのではなく、職階(役割と能力を基準とした資格等級)をベースとした横展開の運用を行います。

役割等級制度のイメージ

2.職員数と等級数の関係

次の段階は、自院においてどのような役割が必要で、どのように分担すれば、最も効率的かを十分議論することです。
この役割が固まれば、役割の重要度、困難度に応じて、段階別に区分をしていきます。
これを等級という形で必要な役割や発揮能力の高さを表現します。
この等級の数は、役職の数、職員の年齢構成、将来の事業規模の発展予想等に基づいて決定します。
一般的に、職員数と等級数の関係は概ね以下のようになります。

職員数と等級数の関係

ここで重要なことは、等級数は組織内における担当職務、役割に応じた職員の階層分けをするためのものであるということです。
したがって、各等級の違いを明確に示す必要があるということです。単に処遇の格差をつける目的で等級数を多くすることには意味がありません。
等級数は、明確に等級間の違いを文章化できる範囲で設定しなければ、過去の職能資格制度と同様、年功的な賃金制度になってしまうことになります。
制度構築において、留意する点は下記の内容となります。

(1)役割の明示で等級に変化をつける

役割は、役割区分や等級の中で、それぞれが組織の中でどの位置付けになるのかを定義として明示したもので、上下間の比較ができる程度の短文で書き表すと理解しやすくなります。
まず、診療所全体の横断的な定義を作成し、その後各部門・職種の定義へと具体化していくこととなります。職員としてのスタートは、すべて1等級とする場合と、職種でスタート等級を変えるパターンに分かれます。
また、等級の低い者は、業務を遂行するとともに、医療人としての心構えを理解し、自院のルールを遵守し、ビジネスマナーを身につけなければなりません。
年数を経ると、定型業務や補助業務に加え、日常業務全般について自立して遂行することが求められます。
このように役割区分が上がるにつれ、下位で求められる役割に追加する形で、責任を果たすべき「役割」や発揮すべき「能力」が高くなるように役割定義の設定をしていきます。

(2)モデル経験年数の設定

モデル経験年数とは、1等級から上位等級に上がるまでの経験年数、つまり該当する等級で求められる役割を担うために必要な期間を示すために表示します。
役職者については、成果を重視し、経験年数を一切考慮しない場合に表示しないケースもあります。

(3)対応役職の設定を行う

役割と役職との対応関係を示し、役割にふさわしい肩書きと責任、権限を与えます。
例えば、3等級以下を役職なし、4等級を主任、課長、5等級を部長、事務長に対応させます。
人事、労務管理の状況が職員の意識にどのような影響を与えているかを確認することは、今後の「経営管理」「人事制度」「教育」のあり方を見直す上で大きな意味を持ちます。

3.役割等級制度運用ルールの検討

構築した基準を基に、どのように職員を配置していくのかが運用ルールのポイントです。
自院で運用する際には、事前に下記の内容を決定しておかなければなりません。

(1)在職中の職員の格付け(移行)方法

現在の役職、仕事上での役割、能力を基に格付けしていきます。
その際、勤続年数や年齢は格付けの基準とはならないことに留意する必要があります。
年功的な要素は極力排除するのが運用を成功させるポイントです。

(2)新入職員、中途採用職員の格付けルールが明確になっていない場合の対応

新卒採用者が、何等級からスタートするかを決定します。
学歴を問わず、1等級から出発する方式や、職種によってスタート等級を設定するパターンがあります。
一方、中途採用者に関しては、過去の経験を踏まえた上で、どの役割を担当させるかを決める必要があります。
通常、試用期間中は1等級または各職種のスタート等級として仮に格付けし、試用期間中に評価を行って正式に格付けする方法で対応します。

(3)昇格・降格ルールの検討

昇格(等級が上がること)、降格(等級が下がること)のルールを検討します。過去の人事評価の結果を基準として決定します。

3.基本給表の作成手順

1.基本給設計のポイント

従来の基本給は、単一型で支給意義は生活保障と労働に対する対価が混同し曖昧でした。
このため、支給決定の基準として明確な年齢や勤続年数が採用され、職員の生活安定には寄与していましたが、自院の業績とは無関係に人件費を押し上げていました。
職員の経験で基本給が決まり、経験を増すごとに昇給がなされていたため、職員は毎年昇給して当然という意識が働いていました。
これからの給与制度は役割、発揮能力を主な基準として運用し、人件費の決定根拠を明確にするため、基本給を数階層の構成とします。
役割区分ごとに基本給の支給意義や昇給・降給の根拠を明確にすることにより、役割区分と処遇の関係を構築します。

基本給の類型

2.基本給表の作成手順

(1)基本給表の作成ポイント

基本給は、一般的に段階号俸表といわれる賃金表を作成することによって設計します。
在籍する職員の賃金分布、今後の労働分配率のあり方、業界の平均賃金などを総合的に勘案して、学歴別の初任給と1年当りの標準昇給金額(以下ピッチ)を決定し、賃金表を作成します。
通常はピッチを5分割して1号俸の金額を設定します。
標準昇給額を5分割する理由は、人事評価の結果に応じて、昇給に格差をつける際、きめ細かく対応できるようにするためです。

(2)基本給表の作成例

例を示して設計方法を解説します。現在の在籍者をもとに、18歳と40歳(管理職の手前)職員の基本給の差を計算します。
既存の昇給率を維持するのであれば、これでピッチが決定します。
ピッチを修正する場合は、⑤の金額を変更します。

基本給の昇給ピッチの決め方、学歴別の初任給

次に、等級別のピッチを決定します。
事例では、18歳と40歳の中間年齢に当る29歳の職員が在籍する3等級のピッチを4,000円として、上下に500円ずつ格差をつけたピッチとしました。
ピッチは上位等級が高くなるように設計します。
また、等級別に、標準的な昇格年数と昇給を停止する年数を決定します。(最高号俸は、標準5号俸評価が最長年数滞留した場合に達する号俸)

等級別のピッチ、等級別のピッチ、基本給表の例

4.給与制度の導入事例紹介

1.経営状況と連動した給与制度の事例

A診療所では、職員に自院の収入、経費及び人件費などの割合を具体的な経営指標として公表しています。
特徴として、収入に対して人件費は40%、材料費は20%、家賃5%、広告費3%などあらかじめ配分を設定しておき、収入が増えるほどその費用に充てる金額も増える仕組みとしています。
例えば、1億円の収入があれば、その内の4千万円が人件費に充てられ、賞与に反映させています。
目的は、職員に自院の経営状況や経営指標を示すことでお金の流れを知ってもらい納得性を高めるためです。

給与の仕組み、賞与の仕組み、業績手当の仕組み

2.基本給の内訳を明確にした給与制度の事例

B診療所では、事業規模の拡大に伴う職員数の増加と給与配分の公平性、納得性を高める目的として、「年齢給」「勤続給」「職能給」で基本給を構成する給与制度を採用しました。職員にこの制度の仕組みや各等級(金額)を全て公表しています。
中途採用が多いB診療所では、年齢給や勤続給の配分を落とし、職能給に一定のボリュームをもたせることで納得性の高い給与制度としています。
また、職能給には経営を圧迫しないかシミュレーションを通して昇給等を検討できる役割をもたせています。

給与制度見直しの背景、給与の構成、基本給構成要素

3.自院のビジョンの実現と職員の給与を適正に管理する事例

C診療所では、職員数の増加に伴い、人事評価制度を整備して賞与と昇給に反映させています。
人事評価を導入した主な目的は、自院が目指すビジョンを明確に示し、実現させることと、職員の給与を適切に管理することです。
賞与や昇給のほかに、職位など非金銭的なものも含めて貢献度に応じて評価することも目的の1つです。

賞与の仕組み、昇給の仕組み、評価項目の例

なお、人事評価を機能させるため4段階の評価プロセスを経て決定するようにしています。
評価の流れは、自己評価、上司評価、経営者評価そして本人へのフィードバックという順になります。
本人へのフィードバックでは、賞与・昇給の説明を行うだけではなく、次の目標設定や今後の方向性をすり合わせる目的があります。
ここまで3つの事例を紹介してきましたが、給与制度で大事なポイントは、職員が納得できるシステムの構築と自院に長く貢献してもらえるような制度作りであるといえます。

 

■参考資料
厚生労働省:中央社会保険医療協議会総会「第22回医療経済実態調査結果報告に関する分析」
MMPG:CLINIC BAMBOO 2020/7月号

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