- 労働力不足へ対応するための取組み課題
- 非正規社員に対する企業の対応方法
- 多様な働き方に対応する正社員制度の整備法
- 多様な人材の活用事例紹介
1.労働力不足へ対応するための取組み課題
企業収益が回復し、人材不足が顕在化した日本の労働市場
高度経済成長以降、経済成長率の停滞と共に正社員の新規採用や長期雇用に陰りが見え始め、非正規雇用労働者の割合が徐々に増加し、平成27年には役員を除く雇用者全体の37.5%が非正規雇用労働者で占められるほどになりました。
一方では、アベノミクスの成果として、企業の経常利益は、過去最高水準である19兆円を超えました。
賃上げ率も2年連続で前年を上回る伸びを示しています。
このような景気回復基調により、有効求人倍率は上昇しており、生産年齢人口の減少(ピーク時1995年の8,726万人と2014年の7,785万人の差▲941万人)の中で、人手不足が顕在化しています。
国はこのような人材不足の状況を改善するために、「一億総活躍社会」を掲げ、これから益々進むと思われる女性の社会進出や労働人口の減少に際し、女性や高齢者など育児や介護等の諸事情により働く地域や時間に制約を受ける人に対しても、その職業キャリアを継続・発展させ、その能力を発揮できる環境整備に注力しようとしています。
本レポートでは、人材不足の現状において、非正規雇用労働者の早期戦力化を図るための具体的な対応策をまとめています。
多様化している非正規雇用労働者の雇用形態
これまでの人事制度を始めとする組織と人材のマネジメントは、基本的に雇用期間に定めのない、正社員と区分される人を対象とすることを前提に設計されてきました。
したがって、多くの企業の新入社員の育成プログラムやキャリアプランなどは、将来的に組織に長期貢献することを前提として策定されています。
しかし、前述のとおり、人材不足の現状において、非正規雇用労働者の早期戦力化を図ることも企業としては重要なテーマとなっています。
そのためには、非正規雇用労働者にも目を向けた育成プログラム等の整備も必要となってきています。
非正規雇用労働者といっても、以下のとおり、様々な雇用形態がありますのでここで整理しておきます。
サービス業や流通業、福祉関連の事業などでは、パートタイマーやアルバイトでも店舗や現場のオペレーションの主要な部分を担当しているケースも増えています。
また、団塊の世代が大量退職し、若年労働者のスキルが不足している企業においては、熟練労働者を嘱託社員として継続雇用するケースも増えています。
さらには、雇用関係を直接持たない派遣労働者も増えています。
派遣労働者の受け入れによる最大のメリットは、コスト管理が容易になることです。
他に派遣労働者を活用するメリットとしては、高度な専門知識を柔軟に活用することができることです。
例えば、国際化の進んでいる企業においては、通訳や翻訳などの専門能力を必要に応じて入手できます。
このような非正規雇用労働者や派遣労働者をマネジメントすることが今後の企業にとって重要な課題となっています。
均衡・均等待遇を実現するための手法
非正規雇用労働者が増加し、すでに基幹的な役割を担う労働者が増加する一方で、その働き・貢献に見合った待遇が得られていない場合もあります。
非正規雇用労働者を早期に戦力化するためには、正規雇用労働者との均等・均衡待遇を推進し、公正な待遇を確保することも重要な課題となっています。
政府としては、同一労働同一賃金の推進を図ることを掲げていますが、これを実現するためには、単位当たりの職務(仕事)の大きさを客観的に比較できる基準を作成することが必要です。
厚生労働省では、非正規雇用労働者と正規雇用労働者の均等・均衡を図るために、仕事の大きさを正社員の比較する「職務(役割)評価」の活用を推奨しています。
具体的な手法として、以下の4つの手法を紹介します。
2.非正規社員に対する企業の対応方法
非正規社員をマネジメントするための課題
総額人件費の削減ならびに即戦力のスキル獲得という観点から、非正規社員は現代の経営においてなくてはならない存在でしょう。
特に労働集約型事業かつ企業競争の激しい、小売や外食、サービス業においては、パート・アルバイトの戦力化が喫緊の課題となっています。
パート・アルバイトには単純作業や定型作業を任せ、現場の運営管理や売り場の企画、新商品の開発などは正社員が担うという業務分担が一般的ですが、パート・アルバイトに新入社員への業務指導や、勤務シフトの作成、在庫管理や商品企画の一部を担わせることで人材活性化を図っている企業も多く見られるようになってきています。
一方で、長期間勤務していても補助的業務の範囲を越えられないような業務分担では下図に示すような、パート・アルバイトのニーズに答えられず、非正規社員の定着・活用からは程遠い状況といわざるを得ないでしょう。
このような環境下で、様々な就業志向や勤続期間が見られるパート・アルバイトをマネジメントしていくためには、以下3点の取り組みによりキャリアアップ・プランを明示することが必要です。
このキャリアアップ・プランの明示により、パート・アルバイト社員の就業意欲の向上と離職率の逓減、事業運営の安定化を図ります。
(1) 役割と職務の階層化
パート・アルバイトが担うべき役割を考えるためには、従来からパート・アルバイトが担っている業務範囲を難易度等からランク分けするだけではなく、パート・アルバイトが所属する事業や部署の業務を俯瞰し、現場マネジャーや正社員が担っている運営管理や企画・開発に関する業務もパート・アルバイトに移管できないかを検討し、下図のような3~4階層の等級フレームに示すと良いでしょう。
(2) 金制度の整備
建設や飲食、福祉関連事業をはじめ様々な業種で採用難が深刻化し、採用時の時給が高騰している現在こそ、採用後の賃金体系を整備し、一律的な昇給による総額人件費上昇を抑止する必要があるでしょう。
そのためには、上記の等級フレームに応じた基本給(時給)テーブルが有効です。
また一方では、事業への貢献度に応じた人件費分配の仕組みを作ることで、非正規社員の更なる活用が図れます。
(3) 定期的な評価の実施
様々な勤務形態のパート・アルバイトへの一律的な評価は現実的ではないと思われることから、まずは評価対象となる水準の検討から始めましょう。
その上で評価視点を等級ごとに設け、年1回程度評価を行う方法が望ましいでしょう。
3.多様な働き方に対応する正社員制度の整備法
多様な働き方に対応する正社員区分の細分化
一般的に「正社員」とは、期間の定めなく雇用され、勤務地が限定されず、職務内容が明確に限定されることなく、時間外労働や休日労働を行うことを前提としたフルタイム勤務の労働者を指します。
しかし近年では、人材不足を補うために異動に制限を設けた勤務地限定社員や、子育て中の女性社員の積極活用などを図るための勤務時間限定正社員など、「多様な正社員」の雇用形態を設けている企業も増えてきています。
「多様な正社員」とは、「正社員」と同様に法令を根拠とした定義はないものの、「多様な正社員の普及・拡大のための有識者懇親会」により取りまとめられた報告書では、それぞれの区分と適用されるケースについて、以下のように説明されています。
多様な正社員の活用メリットと課題
企業人材の確保が困難となってきている昨今、多様な正社員の雇用体制を整えることで人材の確保や定着が望めます。
厚生労働省「『多様な形態による正社員』に関する研究会報告書」(平成24年3月29日公表)ならびに、同省による「多様な正社員」の普及・拡大のための有識者懇談会企業ヒアリング結果から、多様な正社員の雇用と活用には、次のようなメリットがある事が分かります。
一方では、複数の雇用区分間の棲み分けが困難になることや、社員の区分転換の希望と企業人員計画とのミスマッチ、一定水準以上のステップアップを望まない社員が特定の職階に固定化し、組織が硬直化するなどのデメリットも考えられます。
そのため、企業が多様な正社員を活用する際には、以下のような課題への対応も必要となります。
多様な正社員を雇用管理するための留意点
厚生労働省労働基準局長は、平成26年7月30日の通達である、「多様な正社員に係る『雇用管理上の留意事項等』について」を通じて、「多様な正社員」を雇用する際の留意点として、以下の項目を挙げています。
(1) 労働者に対する限定の内容の明示
「多様な正社員」の勤務地や職務、労働時間の限定の内容については、出来る限り書面で明示することが重要です。
「多様な正社員」の雇用時や、「多様な正社員」への転換時は、労働条件通知書や雇用契約書において、限定された内容を明示することが望まれます。
(2) 均衡処遇の実施
「多様な正社員」と「正社員」との間の処遇の均衡を図ることが重要です。
「多様な正社員」と「正社員」の賃金水準に格差を設ける場合には、客観的で合理的な根拠が求められます。
一般的には「多様な正社員」の賃金水準は、「正社員」の8~9割としている企業が多いようです。
また、「多様な正社員」の処遇については、労働組合や労使委員会または従業員代表等と十分に事前協議し、労使双方で納得性のあるものとすることが望まれます。
(3) 転勤制度の明確化
子育てが必要になった女性社員の「正社員」から「勤務時間限定正社員」への転換や、子育て期間が終了し、「勤務時間限定正社員」から「正社員」へ復帰するなどのケースにおいては、転換制度を就業規則等に定め、社内制度として明確にしておく必要があります。
また、「正社員」から「多様な正社員」への転換制度を設ける際、「正社員」への再転換制度を合わせて設けることが望ましいでしょう。
その際には、「多様な正社員」のキャリアパス等について整理をした上で、転換制度を整備することが望まれます。
(4) 職務や勤務地廃止等の場合の対応
先述の『雇用管理上の留意事項』においては、勤務地や職務が限定されているといった理由で整理解雇が直ちに有効となるわけではなく、整理解雇法理(4要件、4要素)を否定する裁判例はないことが示されています。
また、解雇の有効性は、人事権の行使の実態や労働者の期待に応じて判断される傾向があることを示しています。
同様に、能力不足を理由に直ちに解雇することが認められているわけではなく、高度な専門性を伴わない職務限定社員については、改善の機会の付与(事前の警告)に加え、教育訓練、配置転換、降格等が必要とされる傾向にあることが示されていますので、「多様な正社員の解雇」に際しても、慎重な対応を行うことが望まれます。
4.多様な人材の活用事例紹介
事例 (1) ユニクロによる地域正社員の登用と活用
衣料品製造小売業であるユニクロでは、国内の店舗で働くパート・アルバイトをはじめ、社外からの募集もあわせた地域限定の正社員登用を進める人事施策に取り組んでおり、その数は現在10,000人を超えるまでになりました。
優秀な人材の確保による店舗運営の安定化ならびに販売力の強化が狙いと言われています。
(1)ユニクロにおけるキャリアパス
同社では、社員一人ひとりの志向に合わせた役割を選ぶことのできるキャリアパスが用意されています。
キャリアは大きく2つに分けられ、グローバルリーダーと呼ばれる総合職として、日本全国と海外のユニクロで、店長やスーパーバイザー(エリアマネージャー)、あるいは本部でマーチャンダイザーやマーケティング、人事、経営企画など、さまざまな役割からユニクロをつくり上げていくものと、前述の地域限定社員として、店舗運営を担っていくものとがあります。
なお同社では、キャリアチャレンジプログラムという自己申告制度が設けられており、半期に1回実施されるこの制度を通じて、海外やグループ企業だけではなく、店舗から本部、本部から店舗へと多様なチャレンジが可能となっています。
(2)地域正社員への処遇
ユニクロでは、長く安心して働ける環境づくりのために、次のような地域正社員制度を設けています。
なお、給与面では地域限定社員の新卒初任給の下限177,500円に対し、グローバル社員は210,000円とキャリアによる格差が設けられています。
事例 (2) 吉野家に見る労働集約型産業での非正社員活用事例
飲食業や学習塾、美容室、福祉サービスを始めとする、労働者一人当たりの設備などの固定資産額が小さい労働集約型産業では、一般的に労働生産性が低く賃金が上がりにくいため、多くの企業で人材確保と人材品質の向上に苦慮しています。
その中でもパート・アルバイトの重用により成果をあげている、株式会社吉野家(牛丼チェーン)の取り組みを取り上げて行きます。
(1)人材品質向上への取り組み
(1) パート・アルバイトの位置づけ
前社長と現社長がともに同店舗のアルバイト出身者である吉野家では、アルバイト・パート社員を「キャスト」と呼んで重用しています。
この「キャスト」という言葉には、舞台監督である店長のもと、吉野家という舞台で輝くキャストであってほしいという会社の想いが込められています。
(2) ランクアップ制度の導入
同社では、パート・アルバイトを対象としたランクアップ制度を導入しています。
この制度では、パート・アルバイトが担う店舗オペレーションを細分化し、これに段階を設け処遇にも反映させています。
なお同社では本制度以外にも、一部の地域では「スターキャスト制度」や「接客コンクール」といったパート・アルバイトのレベルアップをテーマとしたイベントも行われるなど、人材品質向上への様々な取り組みが見られます。
(2)人材を確保する処遇の充実
同社では、パート・アルバイトに対しても次のような処遇を行うことで、人材の確保と定着を図っています。
まとめ
日本の社会構造の変化により、男性、女性共に価値観や働き方が変わっています。
従来の全員一律の単線型の雇用制度にこだわり続けると、有能な人材を活かすことができなくなります。
自社の実態に合わせて、できる範囲で雇用形態の多様化に取り組んでいくことが重要です。
■参考文献
厚生労働省 「多様な形態による正社員」に関する研究会報告書
厚生労働省 「地域などを限定した『多様な正社員』の円滑な導入・運用のために」リーフレット
株式会社ファーストリテイリング ホームページ
株式会社吉野家 ホームページ
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