- 歯科診療所におけるコンプライアンス
- 治療提供等に係る法令遵守項目
- 労務関連における法令遵守項目
- 歯科医院で発生した事例に学ぶ予防策
1.歯科診療所におけるコンプライアンス
近年、食品材料の偽装表示や廃棄物の使い回し、耐震ゴムデータや杭打ちデータの改ざん、大手企業の不正な会計処理、自動車燃費データ偽装、排ガス試験違法ソフト使用、個人情報の漏えい等から、事業者のコンプライアンス(「法令遵守」「モラルを守る」)が問われています。
これらの事案は、初めから大きな法令違反が発生したのではなく、小さな違反を見逃す組織風土やモラル違反の積み重ねが、結果として大きな事件に発展したといえます。
歯科診療所においても「これ位ならよいのでは」ということはないでしょうか。
患者サービスの軽視や基準行動違反等、スタッフの小さな基準違反が大きな法令違反に発展する可能性は十分にあります。
よって、院長にはどんな事態においてもコンプライアンスを守るという姿勢や意識が重要です。
今回は、歯科診療所のコンプライアンスについて解説します。
1.コンプライアンスの意味
(1)コンプライアンスとは
コンプライアンスとは、企業や事業者が法律や社内規則等の基本的な規則に従って事業活動を行う「法令遵守」、併せてそうした経営理念や概念、倫理・道徳等の「モラルを守る」をあらわす意味合いで使われることが多いのが実情です。
病院や診療所等の医療機関が遵守すべき事項としてコンプライアンスを定めていますが、医療従事者や患者だけでなく、地域や取引先の他病院との連携など、多岐にわたります。
(2)コンプライアンスの重要性
近年、企業の不祥事が発覚しています。
不祥事発生時の企業責任は非常に大きく、法的責任の他、社会的責任や道義的責任まで徹底して追及され、引責辞任はもとより、風評被害といった社会的制裁を受け、企業の存続さえも脅かしかねない事例もありました。
但し、不祥事発覚後、被害者及び社会・消費者に対して誠実な謝罪と適切な対応を行った姿勢が評価された事例もあります。
(3)医療機関コンプライアンスの推進
厚生労働省や独立行政法人国立病院機構、日本看護協会等では、医療機関のコンプライアンス策定の推進をうたっています。
これに併せて、各病院や診療所のHPや医療機関案内・パンフレット等で、コンプライアンス推進規程を明示している医療機関も増加しています。
2.歯科医院において軽視されがちな違反行動
大きな法令違反が発覚した歯科医院には、小さな違反の積み重ねが多くあったと想像できます。
例えば、あいさつや報告・連絡・相談等基準行動の不備や、患者に不信感を与える対応の放置、院内清掃の手抜き等、スタッフの心や行動の乱れが顕在化していたケースです。
また、院長の知らないところで、これらの行動が潜在化していたかもしれません。
重要な点は、これらの行動を、スタッフ自らが気づいて改めるだろうと放置しないことです。
小さな違反を見逃さず厳格な対応をとることが、コンプライアンス遵守の基礎です。
3.歯科診療所特融の法令遵守事項
歯科診療所では、レセプト請求や診療行為、診療記録等において注意しなければいけない点が多々あります。
個々の法律や規則等を守る姿勢の積み重ねが、患者から歯科診療所としてのコンプライアンスを遵守している、という評価を受ける事につながります。
4.歯科医院運営で遵守が求められる法令
診療所運営に関しては、様々な法律があり、歯科医師としてだけではなく、事業主としての知識習得が必須です。
診療所の場所や診療所建物の建築、テナントの内装工事、確定申告や医療法人の決算、職員雇用、患者への説明責任や接遇応対、SNSやHP等による広報活動、地方公共団体の条例や施行令、補助金・助成金等の申請などについては、様々な遵守すべき法律があります。
また、医療従事者として遵守しなければならない医療関連特有の法令には、下記に記載した法律等があります。
歯科医院は、様々な法律を遵守しながら経営を行うという前提を十分に理解する必要があります。
2.治療提供等に係る法令遵守項目
1.歯科診療所の運営に係る法律関連
歯科診療所として患者に治療を提供するにあたり、歯科医師法、医療法、健康保険法、薬事法等の医療関連の法律の他、経営面では税法、労働基準法等様々な法律に沿って行う必要があります。
特に近年、法令違反の指摘を受ける代表例として、X線装置の使用と廃棄物処理があげられますので、以下に解説します。
(1)X線装置使用に係る留意点
歯科診療所では、X線装置使用に当たり、遵守しなければいけない法律「労働安全衛生法」「電離放射線障害防止規則」等があります。
特に、放射線障害が発生するおそれのある場所の測定(定期測定)については注意が必要で、「診療所の管理者は、放射線障害が発生するおそれのある場所について、診療を開始する前に1回及び診療を開始した後にあっては1月を超えない期間ごとに1回)放射線の量を測定し、その結果に関する記録を5年間保存しなければならない」と定められています。
なお、X線装置の使用は、放射線技師、歯科医師等資格者が行わなければなりません。
(2)感染性廃棄物の廃棄における留意点
歯科診療所では、医療廃棄物、特に感染性廃棄物の廃棄に対して、法律のもと処理の基準が定められています。
感染性廃棄物に関する正しい知識を持つと同時に、スタッフにも徹底することが重要です。
医療廃棄物の処理を自ら行わず他人に委託する場合は、適法な許可を有する処理業者に処理を委託しなければならないと定められています(廃棄物処理法第12条第5項、同第12条の2第6項)。
委託に関しては、書面により直接委託契約を結ばなければならない(廃棄物処理法施行令第6条の2第4号、同第6条の6)ともされていますので、注意が必要です。
2.医療機関のコンプライアンスへの取組み報告
厚生労働省では医療施設経営安定化推進事業の一環として、医療機関から経営管理指標調査の中でコンプライアンスへの取り組みに対し、報告を求めています。
また、個人情報保護法の遵守の一環として、医療情報システムの安全管理に関するガイドラインを定めています。
対象は、医療機関のレセコン、電子カルテ、オーダリングシステムといった診療を支援するシステムの他、患者の情報を保有するPC、遠隔で患者の情報を閲覧・取得するようなPCや携帯端末、患者情報が通信される院内・院外ネットワーク等になっています。
また、公益財団法人日本医療機能評価機構も、病院機能評価認定において、医療機関から医療事故を含めた法令違反等の情報を収集しています。
その中で、コンプライアンス体制確保のために、どのような取り組みをしているかを報告しています。
各医療機関では、マニュアルの作成、患者への周知徹底、スタッフ研修、専門部署の設置など、さまざまな取り組みがなされています。
歯科医院においては、専門部署の設置など人員の関係ですべての取り組みを行うことは極めて困難ですが、マニュアルの整備や患者への周知徹底、院内研修の実施など、できることから始めてみましょう。
まず院長がコンプライアンスに対する危機感をもち、取り組みを開始する姿勢を示すことが重要です。
3.労務関連における法令遵守項目
歯科診療所では、患者の他にスタッフに対してもコンプライアンスが求められます。
事業主である院長は、「労働基準法」を理解し、院内の勤務体制や給与基準を法令等に基づいたものにしなければいけません。
また、就業規則を策定し、スタッフに対して周知するなど、コンプライアンス遵守の姿勢を示すことが必要です。
1.歯科医院で発生している労務トラブル
歯科診療所における労務問題は多々あります。
歯科医院経営においては、人員体制や有資格者の不足、労務条件、人間関係等、様々なことでトラブルが発生する可能性があります。
また、従業員10名未満の事業所は、就業規則の策定の義務が無いため、ほとんどの歯科診療所では就業規則が未整備です。
そのため、診療時間長期化による労働時間の超過と時間外割増賃金の不払い、職場内の人間関係トラブル(いじめ、セクハラ、パワハラ等)、出産、結婚時の退職勧奨、人員不足による雇用条件外の労働などの労務トラブル発生もみられます。
2.法定労働時間と所定労働時間の違い
労働基準法は、使用者は原則として「労働者に休憩時間を除き1日につき8時間、1週間につき40時間を超えて労働させてはならない」と上限を定めています。
この「週40時間、1日8時間」の原則を「法定労働時間」といいます。
使用者は始業時間や終業時間、休憩時間を定めることができますが、この労働契約上の労働時間を「所定労働時間」といい、法定労働時間の範囲内であれば、使用者が任意で決めることができます。
変形労働時間制とは、一定の要件を満たす場合に法定労働時間を超えても法律に違反しないとする制度です。
忙しい時期には法定労働時間より長く労働してもらう代わりに、そうでない時期に法定労働時間より短く働いてもらって、結果的に一定期間の1週あたり平均40時間以内に収まれば、1日の労働時間が8時間を超える日があっても違法にはならず、割増賃金を払う必要もありません。
3.労働時間管理のポイント
就業規則の策定の他、労働時間の管理、有給休暇等の管理、36協定、変形労働時間制の協定等の整備は、人事労務と勤怠管理の基本です。
4.パート職員の有給休暇
パート職員の有給休暇についての理解はあまり広がっていません。
労働基準法では、週の勤務日数や月の勤務時間によって、パート職員にも有給休暇の権利を与えていますので、有給休暇の請求に対しては適切に対応しなければなりません。
5.有給休暇の計画付与
労働基準法では、年次有給休暇の計画付与制度が認められています。
従業員の自由に取得できる5日間を除き、事業主側で有給休暇取得を指定し、取らせることができる制度です。
この制度を理解していれば、業務に支障をきたすことなく、文字通り計画的な有休を付与することができます。
本制度を導入する場合は、就業規則に条文を記載するなど、下記の手続きを行う必要があります。
有給休暇の計画付与制度の内、事業所全体の休業による一斉付与の場合、従業員に5日以上の有休が無いスタッフに対しては、特別休暇を設けて付与日数を増加する、または休業手当として平均賃金の60%を支払うという措置を取る必要があるので注意が必要です。
4.歯科医院で発生した事例に学ぶ予防策
本章では、過去に歯科医院で発生した法令遵守違反事例等から今後の予防策を学んでいきます。
1.X線撮影に関する事例
2.雇用(時間外割増賃金)に関する事例
3.個人情報漏えいに関する事例
以上、どの事例も法令を理解し、日ごろから「医療法違反」「労働基準法違反」「個人情報保護法違反」等に発展する可能性を意識していれば防止できるケースが多く、院長自身の知識充実と併せて、スタッフの研修及び周知徹底を図ることがポイントです。
■参考・引用文献
国立保健医療科学院HP…「医師・歯科医師に対する継続的医学教育のための資料集」
北海道大学大学院教授 前沢政次氏 編集
株式会社リガクHP サポート情報…「X線装置に関する一般的な基礎知識」
環境省HP…「廃棄物処理法に基づく感染性廃棄物処理マニュアル」
厚生労働省HP…「平成25年度病院経営管理指導調書」
「節電に向けた労働時間の見直しなどに関するQ&A」