後継者問題を解決する手法 中小企業におけるM&Aの進め方

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後継者問題を解決する手法 中小企業におけるM&Aの進め方

  1. 中小企業が抱える事業承継問題
  2. 事業承継の選択肢 M&Aの進め方
  3. 経営改善により企業価値を高める「磨き上げ」
  4. 事業承継型M&A事例

 


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1.中小企業が抱える事業承継問題

我が国の中小企業にとって、後継者問題は喫緊の課題です。
少子高齢化により経営者の平均年齢は上がる一方で、若い世代の後継者候補がなかなか見つからず、後継者不在の状況に頭を悩ませている経営者が増えてきています。
今回は、中小企業の事業承継に対する解決策の一つとしてのM&Aの進め方や留意すべきポイントについて解説します。

1.中小企業における後継者不足という問題

少子高齢化の進む日本において、中小企業の経営者の年齢分布も例外なく上昇しています。
下のグラフの通り、1995年から2015年までの20年間で、中小企業の経営者の年齢のピークは20歳近く上昇し、66歳となっています。
これは同時に後継者不足を意味しており、今後20年間で日本の中小企業の3割程度が、事業承継できずに廃業に追い込まれるとされています。
それはすなわち、多くの雇用が失われ、大きな社会問題になる可能性があります。
中小企業庁の試算では、2025年までの累計で、約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる可能性があるとされています。

年代別に見た中小企業の経営者の年齢分布

また、後継者が確保できている経営者の割合は、経営者の年齢層が高くなるほど少なくなるという調査結果もあり、60歳以上の経営者のうち約半数が後継者不在の問題を抱えていると言われています。

2.事業承継の形態別メリット・デメリット

このような状況にある中小企業にとって、事業を承継するために後継者を誰にするかという問題は、喫緊の課題です。
事業承継の形態は、後継者によって下記のように3つに分類することがきます。
それぞれの形態別のメリット・デメリットをまとめると、次の表のようになります。

後継者別の事業承継の形態、事業承継の形態別メリット・デメリット

このように、親族や企業内に条件に見合う後継者候補がいない場合は、第三の選択肢として、社外への事業承継、すなわちM&Aが有効な解決策となり得ます。

3.事業承継型M&Aの推移

近年、日本のM&Aの件数は増加傾向にあり、株式会社レコフデータの調査によると、2018年に年間3,850件と過去最高となっており、事業承継型のM&Aについても増加しています。
しかし、後継者不在の事業者の母数に対してはまだまだ件数としては少なく、売り手側には一層の掘り起こしが必要と言われています。
一方で買い手側においても、従前よりも案件を厳しく調査・分析することが多くなっているとの声もあり、売り手側における事前の事業の改善、いわゆる「磨き上げ」が必要になってきています。
こうした課題解決にあたっては、M&Aの当事者である中小企業、およびM&Aの支援を行う専門的な各支援機関の双方に向けた働きかけが必要と考えられます。

M&A年間件数の推移

一方で、中小企業においてM&Aの促進を阻害している要因として、経営者のM&Aに対するイメージの転換が進んでいないこと、共感を得られていないことが挙げられます。
これに対しては、中小企業の経営者向けのM&Aの手引きの整備や、具体的事例の公表・情報共有などを進めることにより、M&Aに対するポジティブなイメージの醸成が必要と考えられます。

2.事業承継の選択肢 M&Aの進め方

1.中小企業庁による「中小M&Aガイドライン」の全面改訂

①中小企業の経営者に向けて

前述したような課題解決に向けて、2015年3月、中小企業向け事業引継ぎ検討会による「事業引継ぎガイドライン(以下「旧ガイドライン」)」が策定されました。
その後5年が経過し、中小企業の事業承継型M&Aの件数も増加してきており、M&Aが中小企業にとって事業承継の手法の一つであるとの認識が広がり始めています。
しかし、M&Aにより社外の第三者が事業を引き継ぐことに抵抗感がある経営者はまだ多く、また、実際に進めようと思っても、M&Aに対する知見や経験もない場合も多いことから、結果としてM&Aについて十分に検討できず、廃業に至るケースも多いようです。

②各種支援機関に向けて

また、近年、事業引継ぎ支援センター等の公的機関の充実や、中小企業を対象としたM&Aの仲介等を務める民間のM&A専門業者の増加により、中小企業のM&Aに関する環境整備も図られつつあります。
今後更なる増加が見込まれる中でM&Aが円滑に促進されるためには、より一層、公的機関や民間のM&A専門業者、金融機関、商工団体、士業等専門家等の関係者による適切な対応が重要です。
このような経緯で、2020年3月、中小企業庁による旧ガイドラインの全面的な改定が行われました。以下にその骨子を示します。

中小企業庁「中小 M&A ガイドライン」の骨子

※1:M&Aプラットフォーム…インターネット上のシステムを活用し、オンラインで譲り渡し側と譲り受け側のマッチングの場を提供するウェブサイト。
また、これを運営する支援機関はM&Aプラットフォーマーと呼ばれる。
※2:事業引継ぎ支援センター…経済産業省の委託を受けた機関(都道府県商工会議所等)が実施する事業であり、中小M&Aのマッチングや事業承継に関連した幅広い相談対応を行っている。

2.事業承継型M&Aのフロー

下記は、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」に掲載されているM&Aのフロー図です。
いくつかの重要なプロセスにおいて、留意すべきポイントや、どのような支援機関との連携が必要かについて解説します。

中小企業のM&Aフロー図

①身近な支援機関への相談/仲介業者・FA(フィナンシャル・アドバイザー)の選定

売り手側の経営者が単独で検討を行っても、日々の業務が優先されたり、専門的な知見が不十分なためになかなか進まない場合が多くあります。
売り手側がまず行うべきことは、商工団体や金融機関などの身近な支援機関への相談です。
意思決定がなされていない段階でこそ、まずは現状をつまびらかに相談することが望まれます。
次章でより詳述しますが、相談にあたっては、自社の事業について把握するうえでも、各種資料を予め整理し、「見える化」しておくことが重要です。
また、専門的な知見からのアドバイスを得るためにも、仲介業者やFA(フィナンシャル・アドバイザー)を選定し契約することも検討します。
選定時のポイントは、業務形態や業務範囲、報酬体系、M&Aの取引実績等と比較して検討すると良いでしょう。

②マッチングと交渉

仲介業者やFAといった専門家にバリュエーション(企業価値の評価)を行ってもらったら、買い手側の選定、いわゆる「マッチング」の工程に進みます。
まずは売り手側の社名を非公表の状態で情報を開示し、関心を示した候補先に絞り込み、秘密保持契約を締結した上で検討を行います。
もし希望する条件に適う相手がすぐに見つからない場合でも、経営資源の引き継ぎ等の検討はしておくことが望ましいでしょう。
交渉の段階においては、経営者トップ同士の面談で双方の条件を明確化し、可能な限り優先順位付けをして、譲歩できない点などはあらかじめ固めておきます。
また、仲介業者やFAとの緊密なコミュニケーションをとり、アドバイスを受けることが重要です。

③デュー・ディリジェンス(DD)

交渉が前向きに進み、基本合意を締結できたら、本格的な査定(デュー・ディリジェンス)に進みます。
この工程では、主に買い手側が売り手企業の法務・財務・ビジネス(事業)の観点から、その実態について専門家を活用して調査を行います。
譲渡対価の金額の精査や、判明した実態を踏まえて更に事業の改善を行うこと等の目的で行われます。

④最終契約の締結とクロージング

デュー・ディリジェンスで判明した点や基本合意の段階で留保していた事項等について再度交渉を行い、最終的な合意が得られれば契約締結となります。
もしも契約前に納得できない点や不安な点が残っている場合は、他の支援機関にセカンドオピニオンを求めることも有効です。
最後に、クロージングとして株式等の譲渡や譲渡対価の支払いを行い、M&Aの手続きは完了します。

3.経営改善により企業価値を高める「磨き上げ」

1.売り手側企業の事前準備としての「磨き上げ」

事業承継を円滑に進めるために、事前準備のプロセスを「磨き上げ」と呼びます。特に社外の第三者に承継するM&Aにおいては、親族や従業員に承継する場合よりも注意深く事前準備をする必要があります。
なぜなら、買い手側も厳しい目線で売り手の調査・分析・評価を行い、事業承継の可否・条件(株式譲渡対価の金額など)についてより客観的・合理的に判断するため、それらに対応するしっかりとした事前準備が重要になるからです。
磨き上げを行う目的としては、大きく次の3つが挙げられます。

「磨き上げ」を行う目的

①M&Aの阻害要因の除去

まず、主たる目的の一つ目は、買い手側が「そもそも買収できない」と判断されるような状況を回避することにあります。
具体的には、売り手の株式の権利関係などの確認と整理、自社事業の中核をなす重要な契約や主要な取引関係の安定性の確保、決算書などの財務資料の適正化、コンプライアンス事項の充足などがその対象となります。

②自社の強みの顕在化(見える化)

主たる目的の二つ目としては、買い手側からより良い買収条件を引き出すことです。
具体的には、業務フローや販売・仕入条件の見直しによる損益の改善、遊休資産の売却などの財務内容の改善、財務諸表に表れない売り手の財産(大手企業との取引口座や顧客名簿など)・強みの顕在化など、売り手企業の価値の向上につながるような項目がその対象となります。

③調査・分析資料の充実

磨き上げを行うことによる副次的な効果として、財務資料の充実や事業計画の作成、組織図の作成、契約書リストの作成・整備などによって、実施のM&Aのプロセスにおける買い手側の調査・分析を容易にすることができ、結果的により良い買収条件を獲得する可能性が高まることになります。
また、磨き上げを行う際の手順は、下記の通りです。
大まかに分けると、「自社の現状把握」と「改善策の検討と実行」の2段階に分けて考えることができます。

「磨き上げ」を行う際の手順

2.磨き上げの対象項目とそのポイント

磨き上げの対象項目としては、下記のように大きく3つに分けて考えます。
これらの項目は、買い手側が売り手について調査・分析を行う「デュー・ディリジェンス(DD)」の対象となるものであり、売り手側もこれらの項目を意識して自社の分析と改善を行うことが望ましいと言えます。

「磨き上げ」の対象項目とその分類

①法務…組織・経営、人事・労務、コンプライアンス

主に「株式と株主」、「会社の規程・規則」など、M&Aの取引自体が実行可能かどうかの検証が中心になります。
書類の未作成や不備があれば、修正や情報の更新を行います。

法務関連のチェック項目

②会計・税務…財務、税務

決算書が正しく作成されているか、税の申告は正しく行われているか、といった項目です。
M&Aにおいては、その会社がいくらで売れるかに直結します。

会計・税務関連のチェック項目

③ビジネス…事業・取引関連

自社の事業をどれだけ魅力的に見せることができるか、また将来のビジョンを明確に描くことができるか等、M&Aの成否に大きく関わる重要な項目です。

ビジネス関連のチェック項目

4.事業承継型M&A事例

中小企業庁による「中小M&Aガイドライン」が改訂され、後継者不足に悩む中小企業のみならず、それらの企業を支援する各支援機関に対しても、基本姿勢や指針が示されています。ここでは、ガイドラインに示された中小企業のM&A成功事例をご紹介します。

1.A社:赤字企業でありながらM&Aが成立した事例

A社は、業歴も長く、業界でも相応な知名度のある企業でしたが、競合他社の台頭により経営状況が悪化した中で、後継者不足の問題を抱えていました。
支援機関としては顧問税理士からの紹介でM&A専門業者を活用し、A社の企業価値を高く評価してくれた企業との間でM&Aが成立しました。

赤字企業でありながらM&Aが成立した事例

本件のポイントは、従前からのA社の丁寧なサービスや教育体制が高く評価された点にあります。
直近の経営状況が悪くても、人材の質が高ければ事業として価値が認められることを示す事例と言えます。

2.B社:親族内承継が頓挫した後、M&Aにて事業承継が成立した事例

B社は、創業2代目の企業ですが、親族内承継がうまく進まず、事業引継ぎ支援センターの力を借りてM&Aによる事業承継に成功しました。
ガイドラインにも示されている通り、同センターによる支援は、中小企業のM&Aにおいて着実に実績を積み上げています。

親族内承継が頓挫した後、M&Aにて事業承継が成立した事例

本件は当該企業の経営不振がきっかけで親族内承継がうまく進まず、企業内承継の見通しも立っていない状態でした。
しかし、事業引継ぎ支援センターの支援もあり、従業員の技術力を高く評価し、また人材不足の問題を抱えていた企業とのマッチングが実現したことで、両者にとってWin-Winな成功事例となりました。

3.C社:M&Aプラットフォームを活用し、事業承継に成功した事例

C社は、熟練の職人を抱えていたものの、親族内・企業内承継ともに後継者不在により困難な状況でしたが、M&Aプラットフォームを活用することで広く候補者を募ることができ、シナジー(相乗効果)を見出した他業種の企業とのマッチングが実現しました。

C社:M&Aプラットフォームを活用し、事業承継に成功した事例

本件は、M&Aプラットフォームを活用することで、インターネット上で広く候補者を募ることができ、これが他業種とのマッチングに実現した事例です。
他業種であっても、シナジー(相乗効果)が得られると判断されれば、事業承継となる可能性は高まります。

これらの事例が示すように、中小企業の事業承継としてのM&Aを成功させるためのポイントは、①専門的な知見を持つ支援機関と連携すること、②事前準備の段階で経営課題の改善に取り組む(磨き上げる)ことで事業価値を高めること、この2点が非常に重要と言えるでしょう。

 

■参考文献
中小企業庁「中小 M&A ガイドライン」
『事業承継支援マニュアル』玄場 公規 他著(税務経理協会)
『事業承継M&A「磨き上げ」のポイント』金井 厚 他著 (経済法令研究会)
『事業承継がうまくいく中小企業のM&Aマニュアル』渡部 潔著 (中央経済社)

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