地域医療継続の要望に応える 事業継承時の留意点

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地域医療継続の要望に応える 事業継承時の留意点

  1. 進むリタイアの実態と事業承継時の留意点
  2. 譲渡側は診療所の価値を正しく把握
  3. 譲渡価格の設定方法と諸条件の整備
  4. 事業継承前の確認事項と継承後の諸手続き

 


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1.進むリタイアの実態と事業継承時の留意点

歯科医師の高齢化によるリタイアの影響から、歯科診療所の事業継承が増加しています。
その中には、地域に根付いた診療を提供してきた結果、患者から存続を求められたため、閉院ではなく事業継承という形で継続診療を望む院長と、投資を抑えて新規開業したい院長や、事業拡大のためにサテライト開業を考えている医療法人との要望のマッチングにより、継承される歯科診療所も多くみられます。
第三者への事業継承の場合、営業権や不動産、償却資産の価格、患者引継ぎへの対処、在職中スタッフの引継ぎや新規スタッフの募集、諸手続き等、譲渡の条件も含めて様々な問題に対応しなければなりません。
今回は、第三者への事業継承の留意点を解説します。

1.進む歯科医師の高齢化

厚生労働省の調査によると、平成28年における歯科医院に勤務している歯科医師の年齢は、40歳代が22.8%、50歳代が27.0%、60歳代が22.5%、70歳以上が8.7%となっており、50歳以上が全体の58.2%を占め、平均年齢も52.9歳となっており、平成18年から高齢化していることがわかります。
開業している歯科医師に定年はありませんが、診療の継続は歯科医師本人の意向に委ねられており、リタイアを検討する場合には、閉院もしくは後継者への継承が選択肢として挙げられます。

診療所に勤務する歯科医師の平均年齢(厚生労働省 医師・歯科医師調査 各年)

2.歯科医院の開設数と廃止数の推移

厚生労働省の医療施設調査によると、毎年約1,300~1,500件程度の廃止、または休止する歯科医院があります。
2014年には開設・再開よりも廃止・休止の歯科医院が大幅に上回り、歯科医院の減少に至っています。

歯科医院の開設・廃止等の実情(厚生労働省 医療施設調査)、各厚生局による開設の形態比較(厚生労働省 医療施設調査)

3.事業継承の形態

歯科医院の事業継承には、高齢の院長から次の世代(多くが自身の子女)に継承を考えるパターンと、医院経営が思わしくなく譲渡を考えるケース、またサテライトの管理者である分院長の歯科医師が退職したものの次の歯科医師が見つからず、やむを得ず譲渡する場合があります。

事業継承の形態

4.事業継承時の留意点

(1)患者の「信頼」と「信用」を継承させる

歯科医院の事業継承では、医院の建物や内装工事、医療機器を引き継ぐだけでなく、患者とカルテ、そして働いているスタッフを引き継ぐということにもなります。
継承した患者は、前院長に抱いていた「信用」「信頼」を新院長がどう継続できるかが重要です。
これらは、同じ診療を行ってもすぐに獲得できるものではありません。
親子間や師弟関係であれば、今までの院長の経営理念や診療方針まで踏襲することが必要です。

《1》経営理念、診療方針の継承

患者のカルテを引き継いだとしても、全ての患者が継続して来院するとは限りません。
新院長が第三者であれば、患者は新たな院長がどのような診療を行うのかを観察します。
「経営者が変わった」と受け取られることがないよう、前院長の後継者として同じ診療が受けられる、同じ診療方針で診療所運営が行われるという印象を与えることが必要です。

《2》カルテの引継ぎ

カルテを引き継ぐということは、患者が同院に持っている「信用」「信頼」を含めて継承するということです。
前院長が長きにわたって築き上げた「信用」と「信頼」をどう継いでいくかが最重要課題です。

継承患者の信用・信頼の獲得

(2)スムーズな継承を実施するポイント

事業継承をする場合、告知だけでなく数か月前から院長の下で勤務し、患者に覚えてもらうことで、安心して診療の継続ができるようにする歯科医師もいます。
患者だけでなく、スタッフの能力や性格も把握することができ、新院長の行っていこうとする診療に何があって何が足りないかの対策を練ることにもつながります。

継承者へのアドバイス

2.譲渡側は診療所の価値を正しく把握

歯科医院の事業継承では、「何を」継承するのかを新院長は認識する必要があります。
単に歯科医院を譲り受けて新たな院長として就任する、というものではありません。
歯科診療所や歯科用医療機器といったハードな部分のほか、患者やスタッフ及び診療体制というようなソフトの部分を継承することになります。
特にカルテの引継ぎは、診療データを引き継ぐだけでなく、カルテの先にいる患者を引き継ぐことになります。

1.事業継承する項目

(1)資産関連のハード部分

戸建て診療所であれば土地建物、テナントであれば内装工事である固定資産と医療機器や事務機、家具である償却資産、備品消耗品や診療材料、賃貸であれば敷金等の預り金、等、その他様々なものがあります。
診療所だけでなく、医療法人格の継承であれば、出資金や拠出金、負の資産ですが、借り入れやリース等の債務もあります。

資産関係のハード部分

(2)スタッフやカルテ等のソフト部分

カルテの継承は患者を引き継ぐことになります。カルテというデータだけではなく、感情や心がある患者を引き継ぐのは相当な気配りが必要です。
スタッフをそのまま雇用することも多く、歯科医療事務や歯科助手、歯科衛生士という職種と給与だけに関心を持っていると大変なことになります。
現在の歯科診療はチーム医療であり、院長や勤務歯科医師、スタッフ全員での取り組みや診療体制の構築によって患者を増やし、経営を安定させています。
また、スタッフを引き継ぐということは、そのスタッフの生活を院長は背負うことになります。
給与や待遇面を確認し、気持ちよく働いてもらえるように雇用条件を整えます。
その他、取引業者や各顧問事務所、警備会社等の協力業者についても、そのまま関係を継続するのか、あるいは見直すのかの判断が必要です。

カルテ等のソフト面

2.継承時の患者対策

患者引継ぎには注意が必要です。無条件でカルテを引き継げるわけではなく、患者の同意が求められます。
院長の交代によりカルテを引き継ぐことは、患者に告知する必要があります。
院内へ継承する旨を記載した文章の掲示や手紙によるお知らせ、チラシ配布やホームページの開設、生活情報誌等への継承を告げた開業広告等があります。
また、継承前に前院長の許可を得て、数週間から1ヶ月間程度勤務することができるなら、患者の信頼獲得、不安払しょくへ大きな影響があります。
リニューアルを行うのであれば、内覧会の開催も効き目のある告知だといえます(但し、地区の歯科医師会により、内覧会は営業行為として禁止している所もあります)。

継承前の患者対策

3.医療法人における継承の注意点

歯科医院の継承には、当事者が医療法人の場合があります。
売り側が医療法人の場合は、歯科医院を個人で継承するのか医療法人ごと継承するのかを判断しなければいけません。
また、買い側が医療法人の場合も、歯科医院だけ医療法人に組み込むのか、合併という手段をとって医療法人自体を取得するのかを選択する必要があります。

(1)医療法人の継承:社員と役員(理事)

医療法人を継承する場合、社員・役員が全員交代するのが一般的です。
継承時期を決め、社員・役員が辞任・就任すること、その上で理事長が誰になるのかを決定します。
出資持分のある医療法人では、出資持分をどうするのか、各役員の役員報酬をどうするのか等について検討する必要があります。

社員・役員の変更

(2)出資金・継承関連資金の用意

医療法人の継承では、出資持分ありの法人の場合はその出資金(時価評価)と継承時の譲渡資金、継承後の運転資金(診療報酬が入るまでの3ヶ月間相当分)、改修工事や医療機器入替、追加等があればその資金を用意する必要があります。
綿密な事業計画を立案し、必要な資金調達が求められます。
全額自己資金であれば問題ありませんが、融資を受ける場合は医療法人を債務者とする借入になります。
この場合、申込人は継承前であるため、売り側の理事長となってしまいます。
また、定款変更等が必要な場合、認可が降りるのに1カ月以上の日数がかかります(広域医療法人であれば2ヶ月以上の可能性あり)。
投資計画以上にスケジュールを立案し、日程のずれがないよう管理しなければいけません。

3.譲渡価格の設定方法と諸条件の整備

売主側としては、不動産価格や償却資産の価格だけで譲渡することはほとんどありません。
カルテという営業権を価格に換算し、譲渡するのが一般的です。
ただし、大幅な黒字が出ている歯科医院なら譲渡価格を高く設定することも可能ですが、平均的な医業収益の場合、営業権譲渡金を高く設定すると、新規で不動産を購入したり、新たなテナントで新設の工事を行ったりする場合、医療機器を新規導入しても同額程度で開業できるとなると、買主側が継承を断念するという事態も考えられます。
適正な価格を設定し、営業権譲渡金以外の諸条件も精査する必要があります。

1.譲渡代金と営業権譲渡金

(1)譲渡代金と営業権譲渡金

第三者への事業継承で、営業権譲渡金が一番のポイントとなります。
譲渡代金には、譲渡する償却資産(動産・不動産等)、備品消耗品等の棚卸資産、敷金・保証金等の預り金、医療法人であれば出資金、引継ぐ債務(金融機関からの借入・リース)、そして金額が明確化されていない営業権譲渡金があります。

●簿価と時価

償却資産に関しては、帳簿上の価格(簿価)があります。
しかし、医療機器であれば中古市場での価格、不動産であれば現在の売買査定額といった時価額があります。
その双方の価格を比較検討し、譲渡金額を決めなければいけません。

償却資産価格

(2)出資金の時価評価(営業権の価格評価)

出資金のある医療法人の場合、出資金を贈与・相続資産代金や売却譲渡代金と考えてはいけません。
平成19年4月1日以前に設立された医療法人の場合、出資金を一般法人と同様に税法の規定による評価で算定し、評価額が決まります。
高額利益のある医療法人や、所有資産が設立時より多額もしくは上昇している場合、出資金の評価額が高額になる可能性があります。

一般法人の営業権の価格(相続時の取扱い)を参考、平均利益金額区分と標準企業者報酬額

(3)実際の営業権利金

医療法人では、時価である出資金やカルテ代といわれる営業権譲渡金に関して、上記のような査定方法はあるものの、税法上の査定のため一般には理解しにくいと思われます。
売り側は高く、買い側は安く手に入れたいという思いのなかで金額交渉が行われます。

営業権譲渡金の査定項目

4.事業継承前の確認事項と継承後の諸手続き

営業権譲渡金を決定すると、買い手を探すことになります。
ただし、経営が安定するから継承する診療所を探しているという方、投資を低く抑えることが出来るということで探している方が多いのが実情です。

1.営業権譲渡金の考え方

個人開設の場合は、歯科医師の技術等を重視しているため、事業主の交代により消滅する(相続の場合は営業権を考慮しない)という考え方があります。
しかし、実務上は患者のカルテを引継ぐことのほか、患者も院長交代で全く来院しないということは少ないため、継続した歯科医院経営を期待できます。

営業権の考え方

2.継承後のリスク回避~デューデリジェンス

継承後のリスク発生の可能性については、充分に確認しておくことが重要です。
不動産や償却資産に瑕疵がないか、隠れた債務がないかを譲渡条件策定時から確認し、事前に対応しておくことがスムーズな継承のポイントです。
スタッフの問題では、未払残業代がないか、雇用継続とみなして退職金が増加する可能性や、継承後も給与等待遇面が前医院と同一だと思っていた、といったことが考えられます。
また、患者からも今までの診療に対するクレームから、当時の診療費の返却を請求されたり、今後の診療費を請求できなかったり、継続している自由診療において診療費がすでに全額支払い済みである可能性も想定されます。

リスク回避項目

事業継承の条件が確定すると、継承譲渡契約の前に現地において実情を確認する必要があります。
継承後に確認したら機器が故障していた、スタッフから全く異なる雇用条件の要求があった、シフトの確認をしたら満たしていない状況であり、急遽人員募集を行うことになった、また、修繕が必要なため余計な資金がかかり追加融資を受けるケースなどもあるため、事前の確認が必要です。
また、継承後の諸手続きの失念や遅滞による開業や雇用への影響を排除するため、事前に手配や準備を行い、継承後すぐに手続きを行います。
継承のスケジュールと諸手続きに必要な書類の整備、各官庁への事前相談をして、準備を滞りなく済ませておくことが重要です。

3.事業継承条件と現地での確認

事業継承条件は書面による提示が多く、実際の内容と微妙な誤差が生じます。
また、詳細な情報が記載されていることが少なく、現地での確認が必要になります。
また、現地でも診療中であれば細かく確認できません。
医療機器についても、故障のケースを除き、調子の良し悪しは使用者の感覚によって違ってきます。
特に、常時使用している前院長は、新品時と不具合の違いが判断できずに問題なしとすることがあります。
十分な時間を取り、現地確認を行うことが必要です。

事業継承条件の現地確認

4.継承契約後の諸手続き

継承契約、法人の継承もしくは合併契約後に各官庁へ様々な諸手続きが発生します。
特に保健所や厚生局への手続きの遅滞や失念は、診療所開業の遅れや、施設基準等の診療報酬の請求ができなくなる可能性があります。
また、スタッフの雇用手続きを遅らせると健康保険証の交付も遅くなり、例えば病気により医療機関を受診した場合に、自由診療扱いで全額支払いを要求されることになる可能性があります。
また、保険加入後の医療費診療報酬分の返金手続きが発生する事態を招く懸念もあります(社会保険事務所への請求手続きが必要)。

事業継承時の留意ポイント

医療法人がサテライト診療所を開設するケースや、別の医療法人に組み込む際には、定款変更が必要です。
定款変更には手続上1か月から1か月半の期間が見込まれるため、スケジュール管理を行い、診療所としての開設にずれのないように手続きを行う必要があります。

定款変更認可申請の必要書類

 

■参考資料
 「歯科医院を簡単にタタんではいけない」
(クインテッセンス出版株式会社 著者 角田 祥子 嶋 敬介)
 「100年続く歯科医院 医療承継のロードマップ」
              (株式会社デンタルダイヤモンド社 執筆 橋本 守 米山 浩三)
 厚生労働省ホームページ:医療施設調査、医師・歯科医師調査
 関東・信越厚生局、近畿厚生局、東海北陸厚生局ホームページ:医療機関新規指定状況報告

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