- 地域連携に不可欠となる医療ICT
- クラウドを活用した医療ICTの行方
- クラウド型電子カルテ活用事例
1.地域連携に不可欠となる医療ICT
1.進展する医療ICTの実情
医療機関におけるICTの進展については、レセプトの電算化(データの電子媒体収録及びオンライン提出)から始まり、オーダリング、電子カルテといった診療ベースに展開されてきました。
また、それらツールから抽出された患者データや疾病及び医療費データなどを扱う統計データ管理ツール、さらに院内の多職種間の情報共有ツール(サイボウズ等)なども医療ICTに分類されます。
(1)電子カルテと医用画像管理システム
調査会社のシードプランニングによると、電子カルテに関連する市場について、2018年(平成30年)には2,500億円を超す規模に達すると予測しています。
現在、病院における医用画像管理システム(PACS)は、480億円規模で横ばい傾向である一方、診療所向けのPACSは、オールインワン型や電子カルテ用アプリを備えた比較的安価なクラウドサービスなどにより、70億円規模にまで達する勢いとなっています。
この背景には、新規開業する診療所の70~80%(都市部では、ほぼ100%)が、電子カルテを導入している現状があります。
また、病院においても、『日本再興戦略』において「400床以上の病院への電子カルテ普及率を現状の70%~90%以上に」という具体的な目標値が示されたことで、今後普及が進むと思われます。
(2)医療ICT推進の追い風となる地域医療連携
診療所向けの電子カルテシステムの導入については、地域医療連携や地域包括ケア、在宅診療などにおける、患者視線に立った効率的な診療の実現(患者情報共有化)に向けて必須アイテムであるとの判断も、電子カルテ普及の追い風となっています。
2014年(平成26年)における電子カルテの普及率は、病院が41.4%であるのに対し、無床診療所は36.8%と決して高い数字ではありません。
しかし、新規に開業する診療所の多くは電子カルテを導入しており、普及率の向上が地域医療連携推進のカギになるといえます。
2.医療ICT化の効果と拡大の可能性
(1)医療分野におけるICT化の効果
医療分野におけるICT化の効果については、総務省がアンケートを実施しています。
積極的にICT化に取り組んでいる医療機関と導入が進展していない医療機関において、その効果にどのような違いがあるのかについて、因果関係を分析した結果は次の通りです。
その結果、積極的にICT化に取り組んでいる医療機関ほど、情報共有、事務処理向上や労働時間短縮等の効果を得ており、ICT利活用の進展は医療機関に便益をもたらすことがわかりました。
(2)医療ICTと診療報酬の関係
医療ICTのうち、すでに導入が進んでおり、さらに拡大が進むと考えられているものに遠隔診療があります。
インターネットを活用した遠隔医療は、へき地や離島における医療にとどまらず、在宅と医療機関の直接的な診療の場面や、患者情報の共有や情報提供といった医療機関同士の連携に欠かせないものとして大きく期待されています。
しかし、診療報酬上、初診及び急性期の疾患に対しては、原則として直接の対面診療を基本としているため、現時点では限定的な活用に留まっています。
このように、医療ICTの活用は、現状ではこれらの慢性疾患患者に限定されていますが、電子カルテの普及やクラウド環境の整備により、さらに対象疾患が拡大すると予想されています。
2.クラウドを活用した医療ICTの行方
1.クラウド型医療ICTの現状
(1)進展するクラウドサービス
日本国内のクラウドサービス市場規模は、2010年から2016年までの6年間で約8倍(0.36兆円から2.81兆円)に拡大すると予測されています。
また、直近の調査では全産業の約40%でクラウドサービスを利用しており、健康・医療・介護分野においても、機微な情報を含む個人の健康・医療・介護に関する情報を安全に管理できるクラウドサービスの積極的な利用が期待されています。
(2)国が描く今後の情報収集のあり方
総務省及び厚生労働省では、こうしたクラウド等ICT技術の活用が本格化する時代において、健康・医療・介護情報を個人が効率的に収集・活用する仕組みのあり方や、モバイル・8K(ハイビジョン画質の16倍、4K画質の4倍の超高精細映像)などの最新技術の活用のあり方等について、広く関係者の意見を聞き、今後の政策の検討の礎としていくことを目的として、2015年6月「クラウド時代の医療ICTの在り方に関する懇談会」を設置しました。
政府の方針との整合を図るべく、政府の健康・医療戦略推進本部においては、次世代医療ICT基盤協議会を設置し(2015年1月)、医療・介護・健康分野のデータの収集と利活用を円滑に行う仕組みの構築を推進しています。
2.医療個人記録の管理体制の構築と医療ICT化
(1)クラウド時代のPHR
PHR(Personal Health Record)は、国民一人ひとりが、自らの生涯にわたる健康・医療・介護情報を時系列で管理し、その情報を自ら活用することにより、自己の健康状態に合致した良質なサービスの提供を受けることを目指すシステムです。
これまでも「母子健康手帳」や「お薬手帳」など、健康・医療・介護分野ではアナログな手帳が一定程度普及しており、これらを医療機関や薬局等に提示することで、妊産婦や乳幼児の健康状態に応じたアドバイスや服薬指導等に活用するしくみがありました。
今後、健康・医療・介護サービスにかかる情報連携推進の観点から、病院・診療所・個人をつなぐ局面がPHRのユースケース(システムの機能的要求を把握する技法)として捉えられています。
《1》生活習慣病の疾病管理手帳の電子化
糖尿病や高血圧等の生活習慣病については、デジタル化でHbA1c(糖尿病の診断基準検査)等の指標データの「見える化」を容易に行うことができ、また患者本人はこれらのデータを活用して、自らの状態に適した疾病管理サービスを受けるといった利用シーンが考えられています。
また、HbA1c等の検査データのみならず、医療機関の診療データや検査データ、調剤薬局の調剤データ(お薬手帳に記載される情報に相当)等と一元的に管理することで、疾病管理サービスの質がより一層向上することが期待されます。
《2》病診連携、医療・介護連携における活用
診療所と大学病院などの地域の中核となる病院との連携や、医療・介護分野における多職種の連携についても活用が可能です。
例えば、転居などにより地域を超えて本人の医療・介護情報を活用する必要がある場合や、病院の診療情報を眼科、歯科など複数診療科のかかりつけ医が活用するケース、都市部などで在宅医療・介護分野の多職種がる複数のチームを形成している場合には、本人が自らの医療・介護情報を管理し持ち運ぶことを可能とすることにより、効率的な医療・介護情報連携ネットワークとしての活用が期待されます。
(2)国が描く今後の最新技術活用の将来像
スマートフォン、タブレット等のモバイル端末やインターネットを活用した医師同士や医療・介護従事者間での安価なクラウド型コミュニケーションサービスが登場しつつあり、低廉かつ簡便な医療・介護情報連携ネットワークとしての可能性が期待されています。
例えば、脳卒中の救急患者が運び込まれた医療機関において、脳外科の専門医が当直していなかった場合などには、1対複・多数を実現したコミュニケーションツールの活用によって、脳外科の専門チームで迅速かつ的確な対処が可能になるなど、患者の救命率や回復率の向上に貢献する利用法が期待されています。
一方で、大量の医療個人データを扱うために、セキュリティへの対応は重要な課題として挙げられています。
3.クラウド型電子カルテの活用事例
1.クラウドサービスの現状と電子カルテ
(1)クラウドサービス活用がトレンドの電子カルテ
医療現場、特に電子カルテの分野においては、クラウドサービス利用がトレンドとなっており、「電子カルテシステムの導入から脱却して、クラウド型サービス利用にシフト」とする流れが加速しています。
セキュリティ強化の問題はありますが、導入や運用負担の大幅な軽減などのメリットの期待から、クリニックでの活用が増えることが想定されます。
(2)最新のクラウドサービス活用型電子カルテ
札幌市に本社を構える株式会社シーエスアイ(CSI CO.Ltd)は、2015年8月より主力商品である電子カルテシステム『MI・RA・Isシリーズ』のクラウド対応を完了し、2016年5月よりデータセンターを利用したクラウドサービスをスタートしました。
その主な特徴は、以下のとおりです。
今後は、クラウドを活用した電子カルテによる地域ネットワーク構築により、患者医療情報が迅速かつ確実に共有化され、緊急時の対応のほか、薬剤使用の適切な管理徹底、介護や在宅医療との間の、よりシームレスな対応が可能となることが期待されています。
2.クリニックにおける医療ICTの活用
(1)クラウド型電子カルテの導入事例
《1》導入の経緯と目的
人工透析を中心に医療を展開しているA医院では、透析医療の安全性の担保や職員の業務効率化を図るため、既に無線LAN活用による院内情報管理システム導入により、一定の成果を上げていましたが、さらなる効率化を目指し、クラウド型電子カルテを導入しました。
電子カルテ導入によるICT化基盤の強化の目的は、以下の点が挙げられます。
《2》導入による効果と今後の展開
経営的に最も大きい効果としては、職員の定着率向上が挙げられます。事務作業に係る負担解消が、医療専門スタッフにストレス軽減につながることを期待して情報管理システムを導入しました。
これによる職員の業務効率化推進を機に離職率が低下し、さらに電子カルテ導入以降は年30%から3%にまで低減することに成功しました。
職員の業務効率化は、時間外労働の短縮などもあって、人件費率5%削減という経営的な効果も生み出しました。
管理者である院長は、今までと同じ業務を短時間でできるようになり、空いた時間を患者サービスや外部との連携などの新しい業務に向けるゆとりが生まれたことが最大の効果であると述べています。
今後は、スマートフォンやタブレット端末を使った患者教育などのシステム開発により、患者・家族はもとより、自院の職員や連携先との情報共有ツールとして、透析医療に特化したPHRを構築したいと考えています。
(2)在宅医療における電子カルテ活用事例
《1》事務作業の軽減に向けた事務支援システム
在宅療養支援診療所であるB医院では、連携強化による在宅医療の展開を目指し、地域のかかりつけ医などで行うグループ診療のための事務支援システムを共同開発しました。
現在、クラウド上での情報共有環境が整備され、それぞれの診療に活用されています。
在宅診療で発生するドキュメントは、カルテ(患者基本票)や処方せん以外に訪問看護指示書など相当量のボリュームがあるという特性があり、患者を多く抱える同院では毎月100名ほどの関連書類の作成があり、大きな業務量となっていましたが、このシステムにより事務的負担が大幅に軽減されています。
また、こうした書類以外に必要となる患者診療サマリーなど、毎月更新される情報を付加した書類を自動作成する機能を持っており、かかりつけ医とのあいだで必要となる詳細な情報の共有化を実現しています。
《2》在宅診療における医療デバイス活用例
在宅医療で、電子カルテの情報を活用する際の重要なポイントには、電子カルテと通信可能なデバイスの活用があります。具体的には、ノートパソコンのほか、タブレット端末、スマートフォンなどが挙げられます。
現在、在宅診療の現場では医師の多くがノートパソコンを基本デバイスとし、状況に応じてタブレット端末などを使い分ける状況ですが、B医院ではさらにスキャナーとファックスを組み合わせたシステムにより、効率化を実現しています。
例えば、訪問時に患家においてスマートフォンなどで撮影した画像や処方せんなどの書類を一旦スキャナーに取り込み、PDFやJPEG形式ファイルに変換します。それらのファイルを電子カルテ経由で薬剤師などに処方依頼のメールを送信したり、処方せんの原本をインターネット・ファックスで送ったりすることが可能となりました。
これにより、その場で処方内容が薬剤師のもとに届き、疑義照会なども速やかに行われるため、安全かつ適切な処方が実現されています。
また調剤された薬については、かかりつけ薬剤師が直接患家に配達し、副作用の出現などの確認を含めて服薬指導を実施するとともに、残薬のチェックなども行いながら、処方の効果を最適化できる医療機関との連携強化が実現されています。
■参考文献
日経デジタルヘルス 平成28年3月号
厚生労働省 平成26年医療施設調査
総務省情報通信白書 平成24年版
総務省「クラウド時代の医療ICTのあり方に関する懇談会」平成27年11月