社員の健康管理は企業の責任 社員を守るメンタルヘルスへの対応策

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社員の健康管理は企業の責任 社員を守るメンタルヘルスへの対応策

  1. 企業が見過ごせないメンタルヘルスケア
  2. 一次予防を強化するストレスチェック制度の概要
  3. メンタルヘルスケアを支援する行政の対応策
  4. 社員へのメンタルヘルスケアの取り組み事例

 


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1.企業が見過ごせないメンタルヘルスケア

「自分の健康は自分で管理する」、これはごく当たり前のことです。企業の経営者や管理職から、「社員個人の領域まで面倒を見きれない」という声も聞かれますが、実はここに職場のメンタルヘルスを考える際の落とし穴があります。
つまり、メンタルヘルスを個人の問題にさせてしまうと、企業は不調に陥った社員を「本人のせい」として不適切な対応を取ってしまう恐れがあります。
不適切な対応によって、当該社員を不幸な結果に招くことにもつながり、その結果、本人や家族にとってだけでなく、自社にとっても大きな損失を招くことになります。
今回は、自社の損失につながりかねない社員をメンタル不全から守るためのポイントについて解説しています

1.企業の生産性に直結するメンタルヘルスケア

独立行政法人経済産業研究所が行った企業における「社員のメンタルヘルスの状況と企業業績の関係」を追った研究結果では、メンタルヘルスの社員と売上高利益率の関係が明らかになっています。
社員のメンタルヘルスの状況と企業業績の関係を示したグラフでは、2004年(平成16年)から2007年(平成19年)にかけてメンタルヘルス休職者比率が上昇した企業と、それ以外の企業に分け、売上高利益率の変化を比較しています。

社員のメンタルヘルスの状況と企業業績の関係

その結果、売上高利益率の減少率は、メンタルヘルス休職者比率が上昇した企業ほど大きいことが明らかになりました。
また、年を追うごとに、その差が顕著となっています。
このことから、社員のメンタルヘルス不調は、企業の利益率を押し下げる影響を持っていると言えます。

2.厚生労働省が求めている4つのメンタルヘルスケア

厚生労働省の「社員の心の健康の保持推進のための指針」では、メンタルヘルスケアを行うにあたり、企業には、「セルフケア」、「ラインによるケア」、「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」、「事業場外資源によるケア」の4項目を実施することを要求しています。
まず、企業は、自らの事業場におけるメンタルヘルスケアを積極的に推進することを表明し、メンタルヘルスケアに関する自社の現状や問題点を明確にし、その問題点を解決する具体的な実施事項等についての基本的な計画を策定し、これを実施しなければなりません。
計画の実施に当たっては、上記4項目のメンタルヘルスケアを継続的かつ計画的に行い、職場環境等の改善、メンタルヘルス不調への対応、職場復帰のための支援等を円滑に行う必要があります。このうち、中核となるのは、「セルフケア」「ラインによるケア」です。

4つのメンタルヘルスケア

3.メンタルヘルスにおける管理監督者の役割

メンタルヘルス推進の柱として掲げられている「4つのケア」のうち、「ラインによるケア」は、管理監督者が行う領域です。
管理監督者は、部下の業務量や業務負荷内容を掌握し、日常的に状態を把握できるため、社員のメンタルヘルス不調への早期発見が最も可能な立場にあります。
よって、日ごろから部下を良く観察し、積極的にコミュニケーションをとりながら、部下のメンタルヘルス不調に早期に気づき、適切な対応が求められています。
また、個別の対応だけでなく、働きやすい健康的な職場環境を保持するために、職場全体の状況を把握し、改善を図るという視点も忘れてはなりません。
「ラインによるケア」の狙いを整理すると、次の2つに集約されます。

職場環境の把握と整理、部下の状態の把握と適切な助言や指導による支援

4.社員のメンタルヘルスケアにおけるストレスチェック制度の位置づけ

社員のメンタルヘルス対策は、その取り組みの段階ごとに、「一次予防」、「二次予防」、「三次予防」の3段階に分けられています。

メンタルヘルス不調を予防する3段階

一次予防とは、精神疾患や精神的不調といった状態が、起きないようにするための取り組みです。
ストレスチェック制度は、特に対策が手薄となっていた一次予防を強化することを目的に創設されたものです。
一次予防としてのストレスチェック制度を単に社員から調査表を提出させて終わりという形式的なことで済ませるのではなく、その結果をもとに専門家との連携を図るなどの活用が必要です。
さらに、従来から行われてきた安全衛生に関する法律や指針等に基づいた二次予防・三次予防への取り組みも強化し、総合的な社員のメンタルヘルスケアを推進していくことを企業には求められています。

2.一次予防を強化するストレスチェック制度の概要

1.ストレスチェック制度の概要

平成27年12月から、常時50人以上の社員を使用する事業場に対してストレスチェック制度の実施が義務づけられるなど、企業には、メンタルヘルスへの取り組み強化が求められています。
ストレスチェック制度は、常時50人以上の社員を使用する事業場において、年に1度、社員のストレスや心身の状態についての検査を行うという仕組みです(労働安全衛生法66条の10、労働安全衛生規則52条の9)。
ストレスチェックを実施する者を「実施者」と呼びます。実施者は、医師、保健師、厚生労働大臣の定める研修を受けた看護師・精神保健福祉士の中から選ぶ必要があり、外部委託も可能です。
その他、実施者を補助するための実施事務従事者などについても、役割を決めておかなければなりません。

ストレスチェックと面接指導の実施に係る流れ

2.ストレスチェックの実施方法

一般的に、ストレスチェックには「職業性ストレス簡易調査票」という自記式の質問票が用いられています。
社員は、ストレスの原因に関する項目や、ストレスによる心身の自覚症状に関する項目、 周囲のサポートに関する項目に回答します。紙の調査用紙に記入する方法のほか、ITシステムを用いてオンラインで回答する方法も用いられています(詳細は、「『厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム』ダウンロードサイト」を参照)。
ストレスチェックは、医師等の実施者が、調査票を用いて検査を行います。

職業性ストレス簡易調査票

実際の調査票の決定にあたっては、上記にある「職業性ストレス簡易調査票」を用いることが望ましいと国の指針の中でも明記されています。
しかし、以下(1) ~(3) の領域に関する項目が含まれている調査票で、かつ一定の科学的な根拠を有するものであれば、衛生委員会等での審議を踏まえ、最終的に企業の判断で決定し、使用することも可能です。

具体的なストレスチェックの項目

回答の結果は点数化され、この点数が一定の基準を超えた場合は「ストレスが高い状態」、すなわち高ストレス者として判定されます。
ストレスチェックの実施者は、高ストレス者のうち、さらに医師の面接指導が必要な者を選びます。
ストレスチェックの集計結果や高ストレス者に該当するかどうかの判定結果、医師の面接指導の要否などは、実施者から社員本人に通知されます。

3.ストレスチェック実施後の留意点

(1)社員のプライバシーへの配慮・不利益な取り扱いの禁止

ストレスチェックの内容は、機微な個人情報として厳重な取り扱いが要求されます。
また、社員にストレスチェックを受けるよう義務づけたり、ストレスチェックを受けないことなどを理由に不利益な取り扱いをしたりしてはなりません。
ストレスチェックの結果は、社員本人にのみ通知され、企業側には開示されませんが、実施後に行う医師の面接に申し出た社員については、その時点で、ストレスチェックの結果や面接指導の結果を企業に開示することに同意したとみなしても構いません。

(2)ストレスチェック実施後に行う医師の面接指導

ストレスチェックの結果、面接指導が必要とされた社員から面接の申し出があった場合、企業は医師の面接指導を行わなければなりません。
面接指導は、当該事業所の産業医、または事業所の産業保健活動に従事している医師が行うことが推奨されていますが、外部委託してもよいことになっています。
面接指導の結果、「通常の勤務でよい」「勤務に制限を加える必要がある」「勤務を休む必要がある」など、就業に関する医師の意見を入手し、さらに社員本人の意見や現場の状況なども加味して、必要に応じて就業上の措置を講じなければなりません。

ストレスチェックの実施体制

3.メンタルヘルスケアを支援する行政の対応策

1.労働災害の絶滅を目指している中災防

中央労働災害防止協会(中災防)は、事業主の自主的な労働災害防止活動の促進を通じて、安全衛生の向上を図り、労働災害の絶滅を目指すことを目的として昭和39年(1964年)に設立されました。
以来、その公益的使命を達成すべく、安全で健康・快適な職場づくりを支援するため、各種の事業を積極的に展開しています。
この中災防では、職場環境の現状を的確に把握し、その上で問題点を発見し、具体的な職場全体の取り組みに役立てるための調査票「快適職場調査票(ソフト面)」を公表しており、自社の職場環境改善に役立てることができます。

中災防による職場調査シート

2.自治体によるメンタルヘルスケアへの支援策

メンタルヘルス対策は、国の施策だけでなく、都道府県単位でも独自の対策を行っています。
東京都では、ホームページ『TOKYOはたらくネット』を設け、「働く人の心の健康づくり講座」「職場のメンタルヘルス対策推進事業」「働くあなたのメンタルヘルス」等、メンタルヘルスケアを啓蒙しています。
特に職場のメンタルヘルス対策推進事業では、毎年メンタルヘルスに関する専門家によるシンポジウムや研修の案内をしています。
研修は経営層や従業員などで対象が分かれていることもあり、メンタルヘルスケアについて幅広く学習することが可能となっています。

TOKYOはたらくネット

3.メンタルヘルスケア対策に活用できる助成金

厚生労働省では、ストレスチェックの導入・推進だけではなく、メンタルヘルスに関するポータルサイトや専用ダイヤルでの情報発信を行うほか、産業保健総合支援センターによる相談窓口や産業保健関係助成金の拡大を通じた対策を行っています。
特に、平成29年6月1日より産業保健関係助成金が拡充され、従来の施策より手厚い内容になっています。

メンタルヘルスケア対策に活用できる助成金

(1) 小規模事業場産業医活動助成金(社員数50人未満の事業場が対象)

小規模事業場が産業医の要件を備えた医師と職場巡視、健康診断異常所見者に関する意見聴取、保健指導等、産業医活動の全部または一部を実施する契約をした場合に実費を支給します。(6ヶ月当たり10万円を上限×2回限り)

(2) ストレスチェック助成金(社員数50人未満の事業場が対象)

小規模事業場が産業医の要件を備えた医師と契約し、ストレスチェック等を実施した場合に、以下の費用を助成します。

イ)ストレスチェックの実施に対する助成
従業員1人につき500円を上限として、その実費額を支給します。
ロ)ストレスチェック実施後の医師による面接指導・意見陳述に対する助成
医師による活動1回につき21,500円を上限として、その実費額を支給します。
(一事業場につき年3回が限度)

(3) 職場環境改善計画助成金(社員数の制限なし)

ストレスチェック実施後の分析を踏まえ、以下のコースを選択した場合に支給します。

職場環境改善計画助成金

(4) 心の健康づくり計画助税金(社員数の制限なし)

メンタルヘルス対策促進員の助言・支援(訪問3回まで)を受け、心の健康づくり計画(ストレスチェック実施計画を含む。)を作成し、計画に基づきメンタルヘルス対策を実施した場合に支給します。(一律10万円)

4.社員へのメンタルヘルスケアの取り組み事例

1.メンタルヘルスケアに関する全社員への教育体系を整備したA社

各種産業用セラミック製造業のA社の事業場では、4つのメンタルヘルスケア(セルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフによるケア、事業場外資源によるケア)を柱に活動しています。
具体的には、メンタルへルスの「セルフケア」や「ラインによるケア」に関する教育を充実するとともに、病気やケガをした従業員の就業制限を徹底し、心とからだの健康の維持・増進を図っています。
同社の安全衛生スタッフへメンタルヘルス相談に来るときに、7割近くの割合で上司が部下を連れてくる(本人同意のもと)ため、ラインによるケアという面では、メンタルヘルス教育の程度の効果が出ています。
同社では、メンタルヘルス専門の産業医の指導のもと、社内でメンタルヘルスを解説した小冊子(セルフケアハンドブック)を作成して全従業員へ配布し、セルフケアも推奨しています。
この冊子には、ストレスチェックの項目もあるため、自分のストレス状態を知ることもできます。
当事業場のメンタルヘルスでは、例えば、入社1年目の社員には「うつ病はだれでもかかる病気だが、適正な治療で回復し、職場に復帰できる」ことを理解してもらい、変調に対する気づきのヒントや病気にかかりにくい生活のアイデアを教え込み、セルフケアを学ばせています。
職長レベルの社員へは、部下の相談への対応方法(むやみに激励してはいけない、本人の同意のもと事業所内の診療所へ連れて来ること、など)を学ぶプログラムで、ラインによるケアの充実を図っています。

A社のメンタルヘルス教育体系

また同社には、昭和48年からすでに「健康要保護者管理」という仕組みがあります。
これは不幸にしてケガを負ったり、病気になった従業員に対し、その程度に応じて就業の制限をする制度で、状況に応じて保護措置を行いながら就業させるシステムです。
実施前には、本人・上司・人事労務部門と十分な面談のうえ、本人の同意を得て行っています。
「準備就労」が1日4時間までの勤務、「要注意B」が時間外労働なしの勤務、「要注意A」が時間外労働2時間までの勤務というように段階的に復帰していく仕組みです。

健康要保護者取扱要領

2.管理職への研修により休業者を減少させたB社

情報通信機械器具製造業のB社では、全社安全衛生目標として「3つのゼロ」を掲げ、経営トップの方針のもと、安心・安全・健康に働ける職場環境づくりを推進しています。
メンタルヘルス対策の取り組みは、コミュニケーションの良い風土作りをベースに、メンタルヘルス不調予防段階別に社員及び上司に対する施策を実施しています。

全社安全衛生目標~3つのゼロ、予防段階別メンタルヘルス対策

メンタルヘルスに関する研修では、「部下の不調に気づいたとき、実際にどのように対処し問題解決するか」という管理職への支援という視点で行ない、支援専門家によって「解決」に焦点を当てた内容で実施。
その結果、管理職自身が責められるのではなく、気持ちを楽にして職場での課題に取り組むよう切り替えができ、所期の研修目的の達成のみならず「管理職に対するメンタルヘルスケア効果」も得ることができました。
この研修実施を含めたメンタルヘルス対策の全社的な取り組みの結果、年々増加傾向にあったメンタルヘルス疾患による休業者数は減少に転じました。
メンタルヘルスへの取り組みは、社員を守るだけでなく、自社の活性化や生産性向上にも直結するものです。
社員の健康管理を促すためのストレスチェック制度はすでに施行されていますが、この制度は、社員のメンタルヘルス不調を未然に防止すること(一次予防)を主な目的としたものであり、企業にはさらに踏み込んだ職場改善活動を推し進めていくことが期待されます。

 

■参考文献
厚生労働省「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル」
社員のメンタルヘルスを整えるストレスチェック制度の実践  松本桂樹著
産業精神医学&経営学の視点からみたストレスチェック活用法 梅田忠敬著
東京都 TOKYOはたらくネット
東京都労働相談情報センター 働くあなたのメンタルヘルス
独立行政法人社員健康安全機構 産業保健関係助成金

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