スタッフのモチベーションを高める能力に応じた賃金制度の構築法

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スタッフのモチベーションを高める能力に応じた賃金制度の構築法

  1. 歯科医院における給与制度構築の必要性
  2. 職務遂行能力に基づいた処遇制度
  3. スタッフの能力に応じた賃金制度の策定法
  4. 業績と連動した賞与制度の構築ポイント

 


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1.歯科医院における給与制度構築の必要性

歯科医院スタッフの給与は、過去の支給実績や他の歯科医院の求人データを参考にして決定されていたりすることが多く、賃金制度を構築し、スタッフの能力等によって給与を支給している歯科医院は少ないのが現状です。
また、厚生労働省は、「働き方改革」の実現に向けて、柔軟な働き方ができる環境づくりや賃金引き上げと労働生産性向上を掲げ、法改正に対応した労務管理の徹底を進めています。
歯科医院のスタッフのモチベーションアップには、支給される給与が重要な要素です。地域医療への貢献や医療従事者としてのやりがいだけではなく、生活の基盤となる給与の適正化・明確化は医院活性化の方法のひとつです。
今回は、スタッフのモチベーションを高める賃金制度構築について解説します。

1.給与制度構築の必要性

(1)深刻化する歯科衛生士不足

一般社団法人全国歯科衛生士教育協議会の歯科衛生士教育に関する現状調査によると、歯科衛生士の求人倍率は20.2倍(平成30年度)となっており、平成23年と比較すると、6.6倍の増加で、深刻な歯科衛生士不足となっています。

歯科衛生士の就職者数・求人数・倍率

歯科衛生士不足は、2016年診療報酬改定で「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所(か強診)」の施設基準に歯科衛生士の採用が定められた影響もあり、今後も続くと予想されます。
また、優秀な受付助手も、若年労働者の減少と景気回復によって企業との奪い合いになり、採用困難になっています。
よって、やる気をもって、長く働いてもらえる仕組みづくりが重要になります。

(2)医院経営にはマーケティング対策が不可欠

歯科医院はすでに飽和状態になっており、激戦区が増加しています。
激戦区の中で生き残るためには、他の医院を差別化するマーケティング対策が不可欠です。

マーケティング対策

これらの対策を実施するためには、スタッフの気転、気配り、接遇の高度化、衛生管理や清掃の徹底、ポスターや説明ツールの制作などの業務が必要となり、結果としてスタッフの業務負担が増加します。注意しなければならないのが、スタッフの不満増大や拒否反応が高まる懸念です。
そこで、スタッフを動機付けられる人事施策を整備することが重要で、マーケティング対策は、人事施策を伴って、初めて実効性を確保することができます。

2.スタッフ採用・定着のポイント

(1)スタッフ満足が患者満足の前提

アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した二要因理論によると、人間には「動物として痛みを回避したいという欲求」と「人間として精神的に成長したいという欲求」があります。
そして、満足をもたらす要因を動機づけ要因、不満足をもたらす要因を衛生要因とよび、それぞれの効果には質的な差異があるという考え方を示しました。
この衛生要因への対処と、動機づけ要因の喚起により、スタッフの満足度向上を図る必要があります。

具体的改善項目

2.職務遂行能力に基づいた処遇制度

一般企業では、成果主義の広がりとともに、仕事主義型人事制度が脚光を浴びるようになりました。
成果主義そのものは、軌道修正や見直しを図る企業も出ていますが、賃金や昇格昇進の基準を仕事とする方向性は、産業界でも医療界でも変わっていません。
仕事主義型人事制度のひとつが職能資格制度です。開発されてからすでに20年以上が経過し、様々な改良が施されてきました。
近年では歯科医院においても、職能資格制度を従来の年功序列制度と組み合わせて運用しているケースがあります。

1.人事処遇の核となる職能資格制度

職能資格制度とは、「仕事の困難度・責任度などをベースとした職能資格区分を設け、各職能資格区分にごとに必要な職務遂行能力やレベルを明示した職能資格基準にもとづいて人事処遇を行う制度」と定義されています。
役職位と資格とは切り離されるので、能力の有無を問わず、勤続年数だけで役職位が与えられるものではなく、能力による資格(国家資格、民間資格とは異なる)が与えられるシステムです。

職能資格制度

2.職能資格制度の考え方

(1)職務や責任の程度に応じた給与体系

給与は、本人給(等級連動)、職能給(号俸)、職務給(業務に対する手当)、諸手当(調整手当、家族手当、扶養手当、住宅手当等)、役職手当に分かれます。
等級と号俸を反映させた「本人給・職能給」と、仕事と業務内容を反映させた「職務給」を採用し、職務や責任の程度に応じた給与の支給を可能にします。
医療機関特性を考慮することで、勤務医、歯科衛生士、歯科助手、技工士、受付などの職種を設定し、それぞれの職能要件を明確にし、適正な評価が可能になります。
なお、職能等級が上がることを「昇格」、本人給が上がることを「昇給」、役職位が上がることを「昇進」と定義します。

職能資格制度のイメージ

(2)業績連動型賞与制度

医院の経営成績と連動させることで、賞与を変動費化します。
医業収益の一定割合で「総人件費枠」を設定し、給与として支給する額の残りを賞与枠とします。
支給額の査定は、本人の成績と連動させます。
査定には、目標管理制度を導入し、目標の設定と目標達成への行動や研修への取り組み等も含めて評価します。
当面は、業績連動部分と従来の配分方法を混合して運用し、優れた成績を上げた個人への配分を厚くします。

給与・賞与の配分方法

3.職能資格制度の運用方法

(1)職能資格制度の設計

職能資格制度の設計には、能力を評価できる評価項目と、上位等級に昇格すると上がる賃金の幅、昇格しない場合に昇給させる仕組みの検討が必要です。
また、中途退職を防ぐため、節目となる年齢や経験年数の賃金水準を地域の平均的な水準と合わせておくと、転職を防止する効果があります。

(2)スタッフの職務分析の必要性

職務等級制度・職務給を導入する場合、まず実施しなくてはならないのが「職務分析」です。
職務分析とは、日ごろのスタッフの個々の職務内容、特徴、必要な資格要件等を分析して、経験年数やその職務についての役職などに必要な能力を明確にするための作業です。

職務分析結果の活用法

(3)職務分析の実施方法

職務分析では1年間、1カ月、1日でやるべき業務を抽出します。
特に主任衛生士など役職者は、日常業務と管理業務のほかに、自分の担当している仕事内容を目的別に整理することが必要です。
このとき、大項目から中項目の業務レベルまでの記述として、あまりに細かな作業レベルでの記述は不要です。
具体的には次のような内容です。

職務分析の実施方法

3.スタッフの能力に応じた賃金制度の策定法

近年、歯科衛生士の給与が高騰しています。
また、最低賃金の上昇により、受付や歯科医療事務、歯科助手の賃金も徐々に上がってきています。
そのため、一旦、賃金制度を構築しても、相場観を持って改定を行う必要があります。
新たに賃金制度を策定する場合も現状に合わせて策定するのは当然ながら、将来において変更できるよう、調整を可能にしておくことが求められます。

1.職能等級の設定

はじめに職能等級を設定します。
歯科医院では、職能等級をシンプルなものに設定することがポイントです。
初級、中級、上級など、各等級の能力要件を概念的に設定し、それぞれに具体的な要件を当てはめます。
ただし、あまり細かく規定すると運用が難しくなるため、各等級のレベルが明確になる程度にとどめておきます。

歯科医院の職能等級の設定

2.昇格の考え方と給与水準の設計

(1)昇格の考え方

職能資格制度による昇格は、1等級(初級)から2等級(中級)は基礎能力によるものであるため、勤務年数2~3年で昇格させます。
3年目の賃金を高めに設定し勤務継続につながるようにします。
2等級(中級)以上の昇格には、各人の能力や意欲、研修への取り組み等から判断し、特に3等級(上級)には優秀者だけを昇格させます。

昇格の考え方

(2)給与水準の設計

給与水準は転職を防止する観点から、転職が多い経験年数と年齢で世間相場以上になるように、給与を高めに設定する、役職をつけて手当を支給するなどの配慮をします。

歯科衛生士モデル賃金表例、賃金表サンプル(2等級:給与ランク2のケース)

4.昇給額の設定と運用

職能資格制度は、基本的に能力給制度であり、能力の向上により職能等級が上がる、いわゆる「昇格」の場合は、一律1万円程度増額させることが一般的です。
また、等級の昇格が無くても同じ仕事を継続することで能力は向上していくので、これは本人給を上げる「昇給」となります。
この昇給は評価を行い、その結果で差をつけることになります。

昇格、昇給の際の注意点

4.業績と連動した賞与制度の構築ポイント

賞与は、職務遂行の動機付けの手段として最大の効果を発揮します。
頑張った人、努力した人に報いる意味は大きいものです。
ただし、スタッフ間では金額や評価・査定をお互いに確認することが多いので、職能資格制度に基づく賞与基準による支給だということをスタッフに理解してもらい、慎重に運用する必要があります。

1.スタッフのモチベーションを上げる賞与制度

歯科医院では、求人の際に賞与の支給基準を明記して募集していることがあります。
そして、人事評価は行なわずに固定月数で支給している医院が多いのが現状です。
しかし、これではスタッフの動機付けは困難であり、固定費として経営を圧迫する要因となってしまいます。
賞与は、歯科医院の業績と人事評価結果に連動する方法で支給する工夫が必要です。

(1)業績に連動させる際の留意点

職能資格制度による賞与は、経営業績に連動させるのが一つの特長であり、経営業績が上がれば全体の支給額を増やし、悪化すれば全体支給額を減らすため、人件費を変動費化することができます。
しかし、業績が悪いからといって賞与支給をゼロにすると、優秀なスタッフから退職してしまう可能性があり、「業績に連動する配分割合」と「最低保証の配分割合」を設定する必要があります。
また、「経営業績に貢献した人に報いる」という考え方に基づき、経営業績が下がると配分原資が減少しますが、そのなかで頑張った人に厚く報いることで戦力の温存を図ります。

(2)賞与支給額の計算方法

年間賞与予算の設定は、収入に対する人件費率を算定しておき、総人件費枠から給料の支払い額を控除して設定しておきます。
各人の最低保証賞与は、基本給に一定月数を乗じた金額で設定します。
年間賞与予算から最低保証賞与を控除した金額が、職能資格制度による賞与総額となります。

賞与支給額の計算方法

(3)賞与原資の計算方法

賞与原資は、夏季賞与と冬季賞与に分けて期末を予測し、計算します。
夏季賞与は5月時点までの実績から期末を予測して、冬季賞与は10月時点までの実績から期末を予測して計算します。

賞与原資の計算方法

2.簡易な成績配分方法

雇い入れ時に年間賞与を労働契約書などで交わしている場合や、スタッフ全員に一律で決めた月数を乗じる予定だった場合、次のような方法で実施します。
医業収入人件費比率とは整合しませんが、スタッフのやる気と納得性を確保できる簡便法です。

賞与の簡易な成績配分方法

3.賞与額の計算事例

人事評価の結果で、賞与の加算額を算定します。加算だけでなく、減算する評価があっても構いません。
また、全員がB評価とならないように、評価をできるだけ細分化して、メリハリをつけることがポイントです。

賞与加算額の算定、賞与計算例

 

■参考資料
厚生労働省ホームページ:平成30年 賃金構造基本統計調査資料 より
医業セミナー「歯科医院の賃金・賞与制度の作り方」より
講師)株式会社M&D医業経営研究所 代表取締役 木村 泰久氏

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