医療機関の対応が急務 10月施行医療事故調査制度の概要

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医療機関の対応が急務 10月施行医療事故調査制度の概要

  1. 医療事故調査制度の仕組みと創設経緯
  2. 本制度をめぐる基本的な考え方 ~医療事故の定義等
  3. 医療事故に係る院内調査の方法と内容

 


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1.医療事故調査制度の仕組みと創設経緯

1.新たな医療事故調査制度の運用が開始

医療介護をめぐる19の改正法の一括法である医療介護総合確保推進法による医療法改正に基づき、医療機関の診療行為に関連する死亡・死産の報告制度が2015年10月1日より施行されます。
報告義務を負う当事者としては、高度医療を担う特定機能病院から中小規模病院、診療所や助産所までその範囲が拡大されることとなりました。

(1)医療事故調査制度創設までの経緯

本制度が創設された経緯を次のように整理しました。

医療事故調査制度創設までの経緯

(2)「医療事故調査制度」をめぐる議論の流れ

(1) 中立的な第三者機関による調査制度を求める動きへ

本制度創設に向けた議論が活発化した契機となったのは、1999年に発生した横浜市立大学病院事件および都立広尾病院事件です。
これらの事件により、医療に対する国民の信頼は揺らぎ、報道機関による医療事故をめぐる各種報道も過熱して、医療事故に係る民事訴訟提起件数が急増する結果となりました。
それと同時に、医療機関側からも、警察へ異常死届出件数も増加し、警察による医療現場への介入が増大したことで、医療界、患者支援団体、法曹界からも中立な第三者による医療事故調査制度を求める声が上がりました。
厚生労働省は、医療事故に対する社会的関心、真相究明を求める要望に対応する形で、「診療行為に関連した死亡の調査分析事業(2005年~)」を補助事業としてスタートさせるなど、具体的なモデル事業に着手することをはじめ、調査制度の創設に向けた準備を進めることとなりました。

(2) 医師逮捕・起訴による議論の本格化と医療界の反発

医療事故をめぐる民事訴訟は、2004年をピーク(1110件)に減少に移行しましたが、2006年に発生した福島県立大野病院事件では、帝王切開手術を受けた妊婦が術中に死亡したことにより、担当した産科医が逮捕され、起訴されたことから、再度注目を集めました。
医療事故に対する警察介入は医療現場に混乱を招く結果となり、厚生労働省は2007年に「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等のあり方に関する検討会」を立ち上げ、2008年6月には「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」を公表しています。
しかし、大綱案では第三者機関から警察への通報が可能(重大な過失や故意が疑われる場合)とされた点が医療界からの反発を招き、政権交代時期とも重なったことから、大綱案に関する議論が棚上げとなりました。

(3)医療事故調査制度の法制化へ

大綱案以降、政策議論は一時停滞していましたが、2011年4月閣議決定された「規制・制度改革に係る方針」を受けて、厚生労働省は「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会(2011年8月)」、「医療事故に係る調査の仕組み等に関する検討会(2012年2月)」を設置しました。
後者では、医療事故の原因究明と再発防止を主たる目的とすべきとし、本制度の柱である「医療事故」の定義に関する議論を重ねて、医師法第21条に関する法制上の措置を経たうえで、医療介護総合確保推進法において、本制度の創設が医療法改正により盛り込まれることが決定しました。

2.医療事故調査制度の概要

医療事故調査制度は、医療機関による院内事故調査に加えて、中立的な第三者機関である医療事故調査・支援センターが行う調査を通じ、医療の安全と質向上を図ることを目的とする制度です。
あくまで院内調査を主体とする制度であり、具体的な制度運用については、今後厚生労働省よりガイドラインが公表される予定となっています。
本制度における調査の流れは、次のようなものです。

医療事故に係る調査の仕組み

3.医療機関における対応とは

医療事故調査制度は、基本的に医療機関自身が当事者となって推進することが求められていますが、実際には人材・施設の両面で、小さい組織である診療所が担うことに対する問題や不安があるはずです。
特に、遺族に対する説明が義務付けられていることから、制度運用に関する事項については、正確に理解しておく必要があります。
本制度では、医療事故の(1)再発防止、(2)医療の質向上、という2点を目的としており、訴訟等の紛争解決は目的としていません。
しかし、特に民事訴訟において使用する証拠に制限はないことから、調査資料がそのまま証拠資料として使用される可能性があります。
第三者機関である医療事故調査・支援センターは、紛争解決機関ではないため、個別事案の公表は規定されていませんが、訴訟等の紛争を回避するためには、患者(遺族)との間で院内事故調査結果を訴訟に使用しないという「証拠制限契約」を締結するなどの選択肢を検討する必要も想定されます。
本稿では、制度の概要と考え方を解説するとともに、診療所が当事者となった場合に想定される準備事項を含め、医療機関に求められる取り組みを紹介します。

2.本制度をめぐる基本的な考え方~医療事故の定義等

医療介護総合確保推進法により成立した改正医療法のうち、医療事故調査制度に関する改正部分は、10月1日に施行されます。
実際の運用にあたっては、条文上の「医療事故」に該当するか否かを、その事案が発生した医療機関の管理者が判断するプロセスからスタートすることになりますが、制度趣旨を踏まえて、「医療事故」や「予期しなかったもの」の定義を正確に理解し、適切に調査を進めていくことが求められます。

1.医療事故をめぐる基本的な考え方

(1)対象となる医療事故の定義

医療法上、本制度の対象となる医療事故は、前述のように2つの条件を満たすものが該当するとされ、次のように整理できます。

制度の対象事案

この分類については、過誤の有無は問わないとされ、対象事案となるかどうかに関しては、医療機関または医療従事者側の過失があるかどうかは、対象事案の要件ではありません。
これは、再発防止を目的としていることから、過失の存在と紛争への展開を懸念して、医療機関の管理者が報告をためらう状況を回避するためです。
また、「医療事故」に該当するかどうかの判断と最初の報告は、医療機関の管理者が行うことと定められており、遺族が「医療事故」として医療事故調査・支援センターに報告する仕組みではありません。

(2)提供した「医療」に関する定義

医療事故として、医療機関の管理者が判断すべき要件の中には、「医療従事者が提供した医療に起因し、または起因すると疑われる死亡または死産」と示されていますが、ここでいう医療とは、次のような項目が挙げられます。

「医療に起因する(疑いを含む)」死亡または死産の考え方

上記のうち、医療の項目にはすべての医療従事者が提供する医療が含まれるものとされ、基本的には、(1)欄に挙げた項目が医療法上の「医療に起因する(疑いを含む)死亡または死産」に該当します。

2.「予期していなかったもの」と認める基準

医療事故として管理者が判断するプロセスとして、前述のような「医療に起因し、または起因すると疑われる」ケースであることに加えて、当該医療の提供前に、患者等に対して説明や診療録等文書に記録していることが要件として示されています。
当該医療に管理者自身が関わっている場合を除き、死亡や死産が予期されているかどうかを事前に判断していたかどうかは、文書による記録が重要となりますが、医療安全管理委員会からの意見聴取など、様々な情報を収集して判断することが求められます。

「予期しなかったもの」と判断できるケース~医療法第6条10の2

(1)医療提供までの説明と記録

今回の改正医療法・医療法施行規則に定める患者またはその家族への説明や記録については、当該患者の臨床経過を踏まえて、当該患者に関して死亡または死産が予期されることを説明している必要があります。
したがって、個人の病状等を踏まえず、「高齢のため何が起こるかわかりません」「一定の確率で死産は発生します」等の一般的な死亡可能性について説明・記録しただけでは、ここでいう説明や記録には該当しないと判断されます。

患者または家族への説明・記録の留意点

(2)医療提供前の説明が困難な場合等

医療法施行規則第1条の10の2には、当該医療を提供した医療従事者や医療安全管理委員会からの事情聴取・意見徴収を求めたうえで、管理者が判断すべきと定められています。
この規定は、次のような状況を想定しています。

医療法施行規則第1条の10の2第1項第3号の想定ケース

医療の緊急性を優先したり、必要性等に関して患者およびその家族等から了承を得ていたりした場合であっても、医師の責務として、医療を提供するにあたっては適切な説明を行い、医療行為を行う前に当該患者の死亡の可能性が予期されていたものについては、事前に説明に努めることや診療録等へ記録することが求められます。

3.医療事故発生時の説明対象

実際に医療事故が発生した場合には、医療事故調査・支援センターへの報告をする前に、予め医療事故に係る死亡した者の遺族または医療事故に係る死産した胎児の父母その他厚生労働省で定める者に説明することが求められています。
具体的には個々の事案によりますが、「診療情報の提供等に関する指針」では、「患者の配偶者、子、父母およびこれに準ずる者(これらの者に法定代理人がいる場合の法定代理人を含む)」とされています。
医療法および医療法施行規則上では、次のように定義されています。

遺族の範囲

3.医療事故に係る院内調査の方法と報告

1.医療機関からセンター・遺族への報告

医療機関の管理者は、前述のような医療事故が発生した場合には、厚生労働省で定めるところにより、遅滞なく、当該医療事故の日時、場所および状況を厚生労働省令で定める事項を医療事故調査・支援センターに報告する義務が定められました。
具体的には次のような事項が規定されています。

(1)センターへの報告方法および内容

医療機関が行う医療事故調査・支援センターへの報告は、次のいずれかのうち、適切な方法を選択して行うものとされています。

医療事故調査・支援センターへの報告方法

尚、(2)については、現在までに詳細が示されていないものの、制度施行となる10月をめどに、厚生労働省よりガイドラインで公開される予定です。

医療事故調査・支援センターへの報告事項

また、個別の事案や事情等により、医療事故の判断に要する時間が異なることから具体的な期限は設定されていませんが、「遅滞なく」報告することが求められています。

(2)遺族に説明すべき事項

医療事故が発生した場合、管理者はセンターへの報告を行うにあたり、予め医療事故に関わる遺族に対し、厚生労働省令で定める事項を説明しなければならないと定められています。
遺族に説明すべき事項は、次のとおりです。

遺族に対する説明事項

上記のとおり、医療機関としては、医療事故が発生した場合における管理者が医療事故調査・支援センターおよび遺族に報告すべき事態に備えて、各報告事項について正確な情報を適正に収集・整理できる体制を整える必要があります。

(*)死亡時画像診断:Ai(Autopsy imaging

「Autopsy(検死)」、「imaging=(画像診断)」という造語で、画像診断によって死因を検証する診断方法。 CT(Computed tomography)やMRI(Magnetic resonance imaging)などによって撮影された死後画像(Postmortem Imaging = PMI)により、遺体にどのような器質的病変を生じているのかを診断する(狭義のAi)ことによって、死亡時の病態把握、死因の究明などを行うシステム。

2.医療事故調査の方法と内容

(1)医療機関が行う医療事故調査の方法等

医療機関の管理者は、「医療事故が発生した場合には、厚生労働省令で定めるところにより、速やかにその原因を明らかにするために必要な調査を行わなければならない」と定められています。
医療機関が行う院内事故調査の具体的手法については、下記のとおり省令に規定されており、必要な範囲で情報の収集・整理を行うことになります。

院内事故調査の具体的手法

また、上記調査の過程においては、可能な限り匿名性の確保に配慮することが求められる一方、調査の結果、必ずしも原因が明らかになるとは限らないことに留意しなければなりません。
よって、遺族に対する説明に際しても、調査の目的が再発防止にあることを明確に伝え、死因の診断が必ず付くものではない旨の理解を得ることが必要になります。

(2)解剖・死亡時画像診断(Ai)への対応

医療事故調査制度では、全ての症例に対して、必ずしも解剖あるいは死亡時画像診断を実施しなければならないわけではなく、管理者が選択する事項になっています。
さらに、解剖は遺族の同意を要するため、自院や地域の解剖体制を勘案したうえで、選択することが必要です。
死亡時画像診断にあっては、遺族の同意は求められないものの、十分な説明と地域の体制を考慮し、必要性について判断することが求められます。

3.小規模医療機関における問題への対応

(1)院内事故調査実施が困難なケース

本制度では、全ての病院、診療所および助産所に対し、医療事故が発生した場合の院内調査が義務付けられたため、診療所や助産所といった小規模の医療機関であっても、院内事故調査を行わなければなりません。
しかし、調査方法として示された具体的項目をみると、解剖や死亡時画像診断が選択肢に挙げられており、事案によってはこれらを実施する必要性があると判断される場合があります。
こうしたケースでは、診療所では解剖等を行う施設・設備を有しておらず、単独で実施することが困難な事態が想定されます。
そこで、院内事故調査に際しては、専門家の派遣等を行う「医療事故調査等支援団体(*)」の支援を求めることができます。
(*)都道府県医師会、大学病院、各分野学会等の複数の医療関係団体で構成することを想定

医療事故調査等支援団体による支援内容

(2)転院・搬送した患者が死亡したケース

診療所では、かかりつけ医として通院または入院していた患者の急性増悪などで、連携先である、より高度な医療を提供する病院等に転院させる場合も少なくありません。
こうした患者が予期せず死亡したケースについては、次のように取り扱います。
対象となる医療事故の要件として、患者が死亡した場所は含まれません。
しかし、センターへの報告と院内調査を実施するにあたっては、(1) 患者が死亡した医療機関から、搬送元の医療機関に対して死亡の事実と状況を情報提供、(2) 双方が連携し、医療事故に該当するかどうかを判断、(3) 原則として死亡の要因となった医療を提供した医療機関から報告、という手順を踏むことになります。
したがって、診療所の管理者である院長は、転院した患者が搬送先でなくなった場合には、先方医療機関からの情報提供を受けて、医療事故該当性の判断を行いますので、日常から連携先医療機関との間で、十分かつ円滑な情報ネットワークを構築しておくことが求められます。

■参考文献
厚生労働省「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する検討会」「これまでの議論の整理(平成19年8月)」
厚生労働省第10回死因究明等検討会参考資料2(平成19年12月27日)「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する試案~第二次試案~」

厚生労働省 医療事故調査制度の施行に係る検討会「医療事故調査制度の施行に係る検討について(平成27年3月20日)」
厚生労働省「医療事故調査制度に関するQ&A」(平成27年5月25日更新)

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