1.歯科医院におけるマネジメントとは
1. 成功のための5つの質問
マネジメントの父と称され経営学の第一人者であるピーター・ファーディナンド・ドラッカー(以下:ドラッカー)は、その著書の中で、最も重要な5つの質問に答えられなければ、経営は成功しないと述べています。
ここでは、これを歯科医院経営に置き換えるとどうなるのかなど、事例を交え、ドラッカーの「マネジメント(エッセンシャル版)」と比較しながら解説します。
2.マネジメントの役割
(1)3つの役割
ドラッカーは、組織が存在するのは、自らの機能を果たすことで、社会・コミュニティ・個人のニーズを満たすためであるとしており、このことは歯科医院にもあてはまります。
そして、この組織は歯科医療サービスを提供し、院長やスタッフの生活を支え、地域の生活者の口腔内の健康状態を増進させるための手段です。
分院を多数展開する医院では、本部や事務部門がマネジメントを担当しますが、院長一人で開設している場合は、院長自らが果たすべき重要な機能の一つです。
(2)短期的対策と中長期的対策
ドラッカーは、マネジメントは現在と未来、短期と長期をみていく必要があるといっています。
つまり、医院経営にあたっては現時点の問題対策も重要ですが、10年ビジョンや中期計画を策定し、将来に向けた戦略方向を明確にする必要があるのです。
また、問題対策にあたっては、「短期的対策」と「中長期的対策=恒久対策」にわけて対策を考慮する必要があります。
3.歯科医院におけるマーケティング
ドラッカーは、顧客=患者を創造するためには、マーケティングとイノベーションを考慮する必要があるといっています。
そして真のマーケティングは、「当社は何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」を問うことだといっています。
つまり、「当院にでき る歯科医療サービスはこれです」ではなく、「患者が価値を認め、必要とし、求めている満足がこれです」という姿勢が大切なのです。
そのために、患者のニーズを常に把握する必要があり、「患者はどんな歯科医療の効用を求めているのか」を問い、「患者が価値を認め、必要とし、求めている満足とは何か」を把握することが重要となります。
4.イノベーション
ドラッカーは、企業の第二の機能はイノベーションであるといっており、それは、よりよく経済的な財とサービスを提供すること、より大きくなる必要はないが、より良くなることを目指すことだとしています。
歯科医院でも、より良い医療サービスを提供すること、より大きくなる必要はないが、より良くなることを目指す必要があります。
2.組織づくりのための目標管理とコミュニケーション
1.自己管理による目標管理
ドラッカーは、組織には人間を間違った方向へ導く要素として「技能の分化」「組織の階級化」「階層の分離」「報酬の意味づけ」の4つがあるとしています。
(1)技能の分化
旅人が歩いていると3人の石切工がいました。
何をしているかを聞かれて、最初の1人は「石を切って暮らしをたてている」、2人目は「最高の石切の仕事をしている」、3人目は「教会を建てている」と答えました。
この3人の中で第三の男こそマネージャーであるとしています。
そして、問題は第二の男だというのです。専門家は自分が大きなことをし ていると錯覚することがあるからです。
歯科医師にも、歯科衛生士にも言えます。
優れた技能は大切ですが、組織全体のバランスを考えることも重要となります。
(2)組織の階級化
歯科医院では、院長や主任の言動や些細な言葉尻をとらえて、特別な意味があると曲解しがちです。
これを防ぐには、全員の目を、院長や主任にではなく、仕事の必要性に目を 向けさせる必要があります。
(3)階層の分離
医師やスタッフなど、階層ごとにものの見方が異なって当然です。
しかし、完全に分離してしまうと、コミュニケーションの改善でも解決できないギャップを生むので、歯科医院では、受付と歯科衛生士、歯科衛生士と歯科助手、歯科医師と他のスタッフなどで起きがちです。
これを防ぐためには、朝礼や全体会議などで課題や情報を共有するシステムが必要になります。
(4)報酬の意味づけ
報酬は金銭的な意味だけでなく、その人自身の評価として受け止められてしまいがちですので、院長の価値観を教え、間違った行動をほめ、間違った成果を強調することがないように、常に適正に評価制度を運用する必要があります。
そのために、評価委員会などを設置して、公正公平に運用するシステムづくりが重要となってきます。
2.目標管理の利点
自己管理による目標管理は、人間が責任、貢献、成果を欲する存在であるためとドラッカーは前提しています。
目標管理の最大の利点は、一人ひとりが自分の仕事をマネジメントできるようになることです。
そのためには、自分の目標を知っているだけではなく、目標に対しての自分の成果を評価できるようにしておく必要があります。
そのために、達成状況の情報をできるだけ早く与える必要があり、目標管理は経営業績の改善に大きな威力を発揮します。
3.組織の精神
ドラッカーは、組織の目的は凡人をして非凡なことを行わせることにあり、異なる強みを持つ人を組み合わせることで、一人ひとりの弱みを無意味にすることができるとしています。
そして、その中で、真摯さのない者をマネージャーに選んではならないとしています。
4.マネジメントにおけるコミュニケーションとは
歯科医院経営でも、コミュニケーションは最重要です。
医師とスタッフ間、医師やスタッフと患者の間でもコミュニケーションギャップが生じがちですが、ドラッカーは、コミュニケーションについて次のように述べています。
(1)コミュニケーションは知覚である
コミュニケーションを行うには、「受け手の知覚能力の範囲内か、受け手は受け止めることができるか」を考える必要がある。
実際、高齢の女性患者に「あなたの6番大臼歯が…」と、歯科用語で説明してもまず理解してもらえないので、患者が理解できる言葉で説明する必要があります。
また、歯科医院勤務が初めての歯科助手に対しても同じです。彼女が理解できる言葉で話しかけ説明する必要があります。
(2)コミュニケーションは期待である
われわれは期待しているものだけを知覚するのであって、期待していないものは受け付けられることさえありません。
受け手が期待しているものを知らなければ、正しいコミュニケーションは成立しません。
その意味で、初診カウンセリングや自費のカウンセリングは重要ということができます。
(3)コミュニケーションは要求である
コミュニケーションは受け手に何かを要求し、受け手が何かになること、または何かをすること、何かを信じることを要求します。
コミュニケーションは、それが受け手の価値観、欲求、目的に合致するとき強力になり、逆に、それらに合致しないときは全く受け付けられないか抵抗されます。
抜歯の必要性の説明や自費治療への誘導の際など、価値観や欲求がずれているときなどがこれにあたります。
(4)コミュニケーションは情報ではない
コミュニケーションと情報とは、依存関係にありますが別物です。
情報はコミュニケーションを前提としますが、コミュニケーションは必ずしも情報を必要としません。
そして、経験を共有することが完全なコミュニケーションをもたらすとしています。
5.経験の共有とコミュニケーション
目標管理による経験の共有こそ、コミュニケーションの前提となります。
スタッフは院長に「医院に対して、いかなる貢献を行うべきと考えているか」を明らかにする必要がありますが、院長の期待どおりであることはまれです。
実は、こうして同じ事実を違ったように見ていることを互いに知ること自体がコミュニケーションと言えます。
コミュニケーションが成立するには経験の共有が不可欠であって、組織において、コミュニケーションは単なる手段ではなく、それは組織のあり方です。
これこそ我々が失敗から学んできたことであり、最も基本とすべき結論であります。
つまり、コミュニケーションには、経験の共有が前提となるのです。
3.歯科医院経営におけるマネジメント戦略
1.組織における管理手段
ドラッカーは、組織における管理手段には3つの特性と満たさなければならない7つの要件があるとしています。
管理とは、目標を設定し、計画を立て(PLAN)、実施し(DO)、結果を見て(CHECK)、対策をとる(ACTION)という、一連の「管理のサイクル」を回すことです。
特に実施結果のチェックで、目標と現実とのギャップ=問題、を把握することが重要です。
管理のサイクルを回すうえで、効率的な方法、その結果の活かし方、測定の仕方、頻度、できるだけシンプルな方法、そして実際の活動に焦点を合わせたチェック方法を工夫する必要があります。
2.歯科医院で管理すべき数値
(1)平均保険点数
歯科医院の売上と患者数は季節要因により増減します。
例えば6月はむし歯予防デーなどの国民的なイベントがあるため患者数が増加します。
春休み、夏休みも子供の患者が増えます。
また、11月になると知覚過敏が起きるため来院患者が増えます。
(2)レセプト1枚あたり点数
レセプト分析も重要です。
レセプト1枚当たりの平均単価、件数等を管理します。
(3)チェア1 台あたり点数の目安
チェア1台当たりの患者数、点数等を管理します。
給与規定は、スタッフと雇用関係の中で、相互理解を得ることが出来るか出来ないかによって、プラス要因にもマイナス要因にも働きます。
3.お金に色をつけて管理
お金に色をつけ、確保する費用と節約する費用を分けて管理することも重要なポイントです。
4.院内組織作りに活用する
(1)管理スパンを考える
ドラッカーのコミュニケーションと組織論を踏まえて、歯科医院の院内組織をつくることができます。
一般に企業では、15人以上になると1人の管理職では十分に業務を管理できないといわれており、歯科医院では、院長は自分の診療に集中しており、ほとんどマネジメントに割く時間がなく、4人程度が管理スパンの限界です。
このため、日常的に意思疎通ができる人数は、いつも診療をともにする3人程度です(例えば、受付1名、歯科衛生士1名、歯科助手1名)。
この人数なら、院長の指示や考え方はスタッフにすぐに伝わり、ほとんど問 題なく診療を継続できます。
しかし、5人を超えると、とたんに院長にもスタッフにも不満がでてきます。
院長との接触頻度が少なくなるスタッフがでてくるからです。
その原因は、院長の好き嫌いだったり、技術レベルだったりします。
そして8人を超えると、院長自身が「どうにもならないスタッフが何人かいる」という状態になってしまいます。
(2)人事対策を考えて改善する
当然ながら、医院の規模によって人事対策は異なってきます。
基本的には、院内コミュニケーションの円滑化、院内組織作り、就業規則の策定、人事評価制度の策定などを計画的に実施します。
このとき、労働基準法や医療法などの違反状態があれば、売り上げ増大対策を同時に進め、経済的に遵守できるよう誘導していきます。
5.マネジメントのあり方
ドラッカーは、経営=マネジメントのありかたについて、繰り返し次のように述べていることがわかります。
歯科医院経営においても、患者の欲求を満足させ、職員の意欲を喚起し、中・長期視点で地域ニーズを把握し、マーケティングとイノベーションを展開することは非常に重要なテーマです。