プロローグ
JAL再建を目指す3つの大義。
第1は、日本経済への影響である。
JALの凋落は日本経済がバブル崩壊から衰退していく象徴のようでもあった。
かつて世界一の航空会社だったJALが二次破綻でもすれば、日本はもうだめだと世界中から見られてしまう。
それはなんとしても防がなくてはならない。
第2は、社員の雇用を守らなくてはならないということである。
第3は、健全な競争がないと資本主義経済は機能しないということである。
JALが二次破綻すれば、日本の大手航空会社は1社になってしまう。
そうなれば、競争はなくなり、運賃は下がらず、サービスも劣化するかもしれない。それは国民や利用者のためにもよくない。
第1章 縁に導かれて
西田小学校の校長室には西郷隆盛の「敬天愛人」の書が掛かっていた。校訓は「強く、正しく、美しく(うるわ)」というものであり、先生方は「負けるな」「嘘をいうな」「弱い者いじめをするな」と繰り返し教えていた。
何より、実践することが尊ばれ、「泣こかい 飛ぼかい 泣こよか ひっ飛べ」と、勇気をもって前に進むように教えられていた。
鹿児島は「生長の家」の活動も盛んな地域であった。
稲盛さん自身も子供の頃にその影響を受けられたとのことだが、信者ではなかったが私の家にも「生長の家」の本や雑誌があったので、例えば「心の在り方で人生は変わる」とか「現実に表れる事象は心の反映だ」というような考え方もいつの間にか身についていた。
入社当時の京セラでは、どの職場でも先輩が面倒を見るのは最初の数ヶ月間だけで、あとは「自分で学べ」「経験しろ」「問題があれば直ぐに相談しなさい」というのが普通であった。
ただ忙しくても、責任ある仕事が任されていたために、やらされ感はなかった。
みんなが無我夢中で仕事に打ち込んでおり、そのことに不平不満を言う人は少なく、職場全体が燃える集団になっていた。
稲盛さんの「京セラはファインセラミックの技術があったから成長したのではなく、心の在り方を大切にして、心をベースに高い目標を目指して全員で頑張ってきたからこそ成長できたのだ」というメッセージは強烈なインパクトがあった。
入社当時の経営スローガンは「潜在意識にまで透徹する程の強い持続した願望、熱意によって、自分の立てた目標を達成しよう」というものだった。
また、稲盛さんの講演などをまとめた「京セラフィロソフィ」という冊子が年に何回か社員に配布されていた。
その中で、稲盛さんは、仕事を進めるうえで、また人生を生きていくうえで、なぜ考え方が大切になるのか」とか、「どのような心構えで仕事を進めていくべきか」などを、ご自身の経験を交えながら説明されていた。
その稲盛さんの話を直接聞き、衝撃を受けたのは、入社5、6年目の出来事である。
この年京セラは業績があまりよくなかった。
忘年会が開かれたのだが、挨拶に立った営業担当の役員は機嫌が悪く、冒頭から実績が悪いのはここにいる営業の責任だと厳しい話が続いた。
そこに少し遅れて当時社長であった稲盛さんがやってきた。
文句ばかり言っている役員を見て、「君はもういい」と言った。
それから我々に向かってこう話したのである。
「確かに今年は実績が悪い。しかしそれは全部社長である私の責任だ。君たちは一生懸命頑張ってくれたのに、私の経営がへたくそなばっかりにこういう悪い実績になってしまった。大変申し訳ない。今日は楽しい忘年会にしてほしい。そして来年はさらに頑張っていい実績を出そう」と。
「俺を騙すのは簡単かもしれない。しかし、騙されても、騙されても俺は社員を信じるしかないんだ。」
「信じ合える仲間をつくる」と言うのは簡単だが、それを実現するのは容易ではない。
常日頃一生懸命に仕事をしている社員から前向きな提案があっても「お前にできるはずはない」と疑い始めたら、事業は成り立たない。
だから、結果として騙されることになっても、社員のやる気、善意を信じ、任せることにしたのではないだろうか。
第2章 稲盛経営哲学 成功方程式とは何か
日本航空の奇跡的な再建は、日本航空の全社員の力によってなされた。
それを可能としたのは、稲盛さんの経営哲学、人生哲学が全社員に浸透し、彼らの考え方、心、行動を変えたからである。
成功方程式 「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」 「能力」は多分に先天的なものであり、両親から、あるいは点から授かった知能や運動神経、あるいは健康などがこれにあたり、長丁場の人生を生きるにあたって大きな資産となる。
この「能力」を点数で表せば、0点から百点まである。
この「能力」に、「熱意」という要素が掛かってくる。
この「熱意」は、「努力」と言い換えてもいいものだが、やる気や覇気の全くない無気力な人間から、仕事や人生に対して燃えるような情熱を抱き、懸命に努力する人間まで、やはり0点から百点まである。
さらに、これに「考え方」が掛かってくる。
「能力」や「熱意」と違って、この「考え方」には、マイナス百点からプラス百点までの大きな幅がある。
だから、人生・仕事の結果をよくしようと思えば、「考え方」をプラスにしなくてはならない。
商才に恵まれ、燃えるような情熱をもち、事業を成功させた人が、いつの間にか傲慢になり、結局は失敗してしまったという例も多い。
それは決して他人事ではなく、自分の仕事や人生にも当てはまる。
自己本位という間違った「考え方」で仕事を進めると、いくら努力しても、思ったような成果が出ないということは、誰でも経験しているのではないだろうか。
では、どのような「考え方」がプラス百点なのだろうか。
稲盛さんは、「人間として正しい考え方」だと表現されている。
「自分によって」正しいことでも、「相手にとって」正しいことでもなく、「誰から見ても」正しいことであり、公平、公正、正義、勇気、誠実、忍耐、努力、親切、思いやり、謙虚、博愛という言葉で表せるもの。
人間には本能というものがあり、生きていくために必要だからである。
生命を維持し、種族を残すために必要な食欲などの欲望、他者から自分を守るための怒りなどは、自分が生き延びていくために不可欠なものであり、それは本能として生まれてきた時から備え付けられている。
だから、正しい「考え方」をもち続けることは難しい。
特に私たち凡人の「考え方」のレベルは簡単にプラスからマイナスに変わってしまう。
ただ稲盛さんが違うのは、常にあるべき姿を目指すべきだと言われ、今でも、自分の哲学をより確固たるものにしようと哲学書や宗教書を読み、思索を深める努力を怠らず、また、その哲学に照らして、自分の言動、立ち居振る舞いにおかしいところはなかったのか、自問自答を繰り返し毎日の反省を欠かさないということである。
「考え方」は大事なのだが、いくら人間として正しい「考え方」をもっていたとしても、実践が伴わなければ価値がない、そのために必要なのが、「熱意」である。
この「熱意」とは、思い、願望、情熱、意志とも呼べるものであり、本物の「熱意」とは、志と言い換えてもいいものであり、どんな環境の変化があろうと、決して変わるべきものではないと思う。
稲盛さんはそれを「潜在意識にまで透徹する強い持続した願望」と表現し、そうなるためには四六時中、そのことを考えていなければならないと教えている。
「仕事において新しいことを成し遂げられる人は、自分の可能性を信じることのできる人です。
現在の能力をもって『できる、できない』を判断してしまっては、新しいことや困難なことなどできるはずはありません。
人間の能力は、努力し続けることによって無限に拡がるのです。
何かをしようとするとき、まず『人間の能力は無限である』ということを信じ、『何としても成し遂げたい』という強い願望で努力を続けることです。
ゼロからスタートした京セラが世界のトップメーカーになったのは、まさにこのことの証明です。
常に自分自身のもつ無限の可能性を信じ、勇気をもって挑戦するという姿勢が大切です」(『京セラフィロソフィ』サンマーク出版より引用)。
稲盛さんの「自分は特別な人間ではない」という謙虚さ、「人間はみな等しく才能をもっており、努力さえすれば誰でも成功できる」という人間愛を強く感じた。
創業3年目に、その年に入社した高卒11名が「将来の生活を保障してほしい」と反乱を起こす。
稲盛さんは、「生まれたばかりの零細企業に、そんなことができるはずはない。
しかし、そうできるように必死に努力する」と約束し、その反乱を収める。
その時に、「赤の他人ではあるけれど、社員は自分の人生をかけて、入社してきたのだから、経営の目的には経営者の私利私欲が少しでも入ったものであってはならず、全社員の物心両面の幸せを願うものでなくてはならない」と気が付き、京セラの経営理念を「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類社会の進歩発展に貢献すること」と定めた。
つまり、「考え方」を高めたのである。
経営トップは社員の「熱意」を高めることもできなければならない。
そのためには、全社員が心から納得できるような事業の夢や意義・目的を明確に示し、その背景も含め自分の言葉で語り、理解してもらう必要がある。
それを自らの強烈な潜在意識に透徹するほどの願望として、社員が「かわいそう」と思えるほどひたむきな努力を重ね、「私たちも頑張ろう」と思ってもらうことも不可欠となる。
トップが社員より少しでも楽をしていたり、醒めていては、社員の「熱意」が高まるはずはないからだ。
経営トップは、必ず成功できるという戦略を立て、それを実践して見せることも重要だ。
その実績が社員からの信頼を得、社員の「熱意」を高める。
企業の成功方程式とは「社員の考え方」×「社員の熱意」×「社員の能力+社員の能力をフルに発揮させる経営システム」という数式で表されると考えている。
経営において本当に重要なのは、目に見えない社風や文化であり、経営者を含めた社員の「考え方」や「熱意」なのである。
すばらしい経営戦略を立案することは重要なことではあるが、それを実行するのは人であり、突き詰めれば、その心、つまり「考え方」や「熱意」なのである。
第3章 なぜJALは経営破綻したのか
1983年から5年間世界第一位となるなど、日本を代表する国際企業として、国内外で高い評価を得ていた。
1985年には、当時の中曽根首相より国営企業や特殊法人の民営化推進政策が打ち出され、日本航空も1987年11月に完全民営化された。
その後、日本航空は、ホテル事業、教育事業、IT事業、レストラン事業、出版事業などの子会社を次々設立するなど、無謀とも言える多角化を進めたが、民営化後も経営トップに官僚出身者が残り、半官半民時代から根付いた官僚的体質は変わることはなかった。
2月1日にJALに着任し、幹部を前に行った最初の挨拶で、稲盛さんは中村天風氏の「新しき計画の成就はただ不撓不屈の一心にあり。さらばひたむきにただ想え、気高く、強く、一筋に」という言葉を引用し、新しい計画、つまり再建計画を成就しようと思えば、不撓不屈の強い思いをもつことが不可欠であり、全員がそのような強烈な願望をもつと同時に、自分の経営哲学に基づく意識改革とアメーバ経営を実践すれば必ず再建はできると話した。
JALで最初に開いたコンパの席上だった。十名くらいのJAL幹部が参加していたと思う。
その時、稲盛さんは自分の考えを伝えたが、相手は頑として受け入れない。
それに対して稲盛さんは「社員を信用できないのなら、幹部の価値はない」と厳しく諭した。組合員であっても社員なのだから、当然信じる。
そして、彼らの物心両面の幸福が実現できるように経営幹部は誰にも負けない努力をする。
そうすれば社員も同じように会社を良くしていこうと思い、頑張ってくれるようになる。
それが経営なんだというのが稲盛さんの信念なのである。
「経営者は社員の幸せを願って一生懸命、死に物狂いで努力する。社員も経営者と同じ気持ちで会社を良くしようと思って頑張る。
そのような働く仲間の心を信じて社員全員が『この会社で働いて本当によかった』と思えるような会社にしたい。
人間の心は移ろいやすいものだが、一度固い絆で結ばれるとそれほど強いものはない。
それが心をベースとして経営することであり、そんな心と心の絆が強い会社をつくり、全員参加で経営すれば、必ず成功できる。」と稲盛さんはよく言われている。
幹部たちには明らかなエリート意識があって、一般社員に対して優越感を抱き、現場の苦労を知らないのに、現場を見下すことがあった。
逆に社員のほうは「本社の幹部がいい加減な経営をするから倒産した」と批判していた。
一体感どころか、相互に根深い不信感があったのである。
社員を単なる労働力と考えていたからだろう。
極端に言えば、社員を自分たち管理職と立場が全く違う労働力、つまりコストとしか見ていなかった。
JALグループ全体で一致団結し、再建を目指そう、そのためには、現場を支えている非正規雇用社員を含め、JALに集う全社員との一体感を高めようという発想はなかった。
幹部は同僚や社員を信用しない、社員は上司を信用しないという風土は変わらず、それが更なる業績の悪化を招くという悪循環を生み、ついには倒産してしまったのである。
「我々は公共交通機関だから利益が出ないのが当たり前で、むしろ利益を目指さないほうがいい」との考え方が染みついていたことがある。
JALなりの理屈では、黒字になって利益が出るようになれば国土交通省は「運賃を下げろ」と言ってくる。
組合は「賃金を上げろ」と要求してくる。
政治家は採算を度外視して「新しい路線を開設しろ」と求めてくる。
だから、できるだけ利益を出さないのがよい――これがJALの理屈だった。
だから、倒産してしまうかもしれないという時期でも、予算を使い切るために必要のないものまでも買っていた。
そのくらい予算獲得競争は熾烈なものだった。
だから、少しでも多くの予算を得るためには、本来は協力しなくてはならないほかの部門を批判することも厭わなかった。
これで幹部間や部門間に信頼感や一体感が生まれるはずはない。
予算制度を前提としていた企業文化は無駄を生み、部門間の壁を作るという大きな弊害を生んでいたのだ。
悪いのはJALのそれまでの文化や社風であり、幹部の方を含めて、JALの社員ではないことに気が付いた。
彼らは純粋でいい人たちばかりだったのだ。
要するに彼らは、「人間としてどうあるべきか」「民間企業としてどうあるべきか」など、自分で考えたことはなく、それまでのJALの文化に染まり、先輩たちがしてきたことを踏襲しているだけだったのだ。
第4章 意識改革
再建を成功させるためには、再建計画を確実に実行できるリーダーの育成が急務であることは明確だった。
まず、大西社長以下の幹部全員にリーダー教育を実施し、リーダーの育成に取り組もうと考えた。
JALの宝物のような社員たちではあったが、それまではマニュアルを守ることに汲々(きゅうきゅう)しており、自分たちで判断することは許されていなかった。
また、他部門のことは知らず、互いに助け合うようなこともなかった。
そのため、現場は活気も一体感もなかったのである。
現場の社員をマニュアル至上主義から解放すると同時に、JAL全体で互いに助け合えるような一体感を醸成する必要があった。
そのために必要なのが、全社員共通の価値観となるJALフィロソフィである。
そこで、まずはJALフィロソフィを作り、それを教材として全社員を対象としたフィロソフィ教育を始めようと考えた。
第5章 リーダーから変える
企業経営をする上で最も大事なことは、経営幹部に立派な人間性をもつすばらしいリーダーを据えることである。
どんな困難に直面しても逃げずに真正面から取り組む勇気があって、また部下や仲間を大切にする優しさをもっている。
さらに常に謙虚で努力を怠らない。JALに必要なのは部下をまとめて同じ目標に向けて引っ張っていけるリーダーを育てることなんだ。
優秀なマネージャーであれば、困難に遭遇すればその迂回策を考えるだろう。
うまくいかなかったら、その言い訳を探して、責任逃れをするだろう。
そんなマネージャーばかりだから倒産したんだ。
再建を成功させるには、どんな困難にぶち当たってもあきらめずにやり遂げようとする、一つの目標に向かって部下を鼓舞してなんとかまとめていこうと考える、そんなリーダーが必要なんだ。
以前は、「上だけで決めると下が混乱するからトップ同士では決めないでくれ」というのが暗黙のルールになっていたようだ。
しかし、毎日のように、リーダー教育に出席し、顔を合わせ、話をしているのである。
自然に連絡を取り合い、協力することができるようになっていった。
そうすると、部下の人たちも同じように他部門の社員と積極的に交流するようになる。
こうして、幹部同士が親しくなることにより、部下の意識も変わり、部門間のコミュニケーションは少しずつ良くなっていった。
◆稲盛経営12か条◆
事業の目的、意義を明確にする
公明正大で大義名分のある高い目的を立てる。
具体的な目標を立てる 立てた目標は常に社員と共有する。
強烈な願望を心に抱く
潜在意識に透徹するほどの強く持続した願望を持つこと。
誰にも負けない努力をする
地味な仕事を一歩一歩堅実に、弛まぬ努力を続ける。
売上を最大限に伸ばし、経費を最小限に抑える
入るを量って、出ずるを制する。
利益を追うのではない。
利益は後からついてくる。
値決めは経営
値決めはトップの仕事。
お客様も喜び、自分も儲かるポイントは一点である。
経営は強い意志で決まる
経営には岩をもうがつ強い意志が必要。
燃える闘魂
経営にはいかなる格闘技にもまさる激しい闘争心が必要。
勇気をもって事に当たる
卑怯な振る舞いがあってはならない。
常に創造的な仕事をする
今日よりは明日、明日よりは明後日と、常に改良改善を絶え間なく続ける。
創意工夫を重ねる。
思いやりの心で誠実に
商いには相手がある。
相手を含めて、ハッピーであること。
皆が喜ぶこと。
常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて素直な心で
◆会計7原則◆
一対一対応の原則
ダブルチェックの原則
完璧主義の原則
筋肉質経営の原則
採算向上の原則
キャッシュベース経営の原則
ガラス張り経営の原則
◆6つの精進◆
誰にも負けない努力をする
謙虚にして驕らず
反省のある毎日を送る
生きていることに感謝する
善行、利他行を積む
感性的な悩みをしない
リーダー教育を受けた幹部は大きく成長した。
ただし、人間の心は弱い。
古いJAL文化の中にいるとすぐに元に戻るかもしれない。
そこで、初回のリーダー教育を受講した幹部を中心にして、それ以降も月1回のリーダー教育を続けるようにした。
リーダー教育は、一見乱暴とも思えるリーダー育成法であり、当初は反対ばかりであったが、数週間後には、全員が真剣にまた喜んで受講してくれるようになった。
それは、「本来JALとは全く関係もない稲盛さんが、何の対価も求めず多くの自己犠牲を払ってまで再建を成功させようと、また、そのために我々を立派なリーダーに育てようと必死になっている」と参加者が感じたからだと思う。
稲盛さんの真剣さ、大きな愛、心からの善意、利他の心が、JALの幹部の人たちの心を揺さぶったのは間違いない。
第6章 全社員の意識を高め、一体感を醸成する
一般的にフィロソフィと言えば「哲学」のことを指す。
しかし、稲盛さんが使っている「フィロソフィ」という言葉は、独自の意味、価値観がある。
もともと、稲盛さんが若いころ、研究に明け暮れている中で、心のありようで、研究結果が変わることに気づき、そのことをノートの端などにメモをしていた。
それがオリジナルのフィロソフィになったと聞いている。
フィロソフィは魔法の言葉です。
◆JALフィロソフィ◆
第1部 すばらしい人生を送るために
第1章 成功方程式(人生・仕事の方程式)
人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力
第2章 正しい考え方をもつ
人間として何が正しいかで判断する
美しい心をもつ
常に謙虚に素直な心で
常に明るく前向きに
小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり
土俵の真ん中で相撲をとる
ものごとをシンプルにとらえる
対極をあわせもつ
第3章 熱意をもって地味な努力を続ける
真面目に一生懸命仕事に打ち込む
地味な努力を積み重ねる
有意注意で仕事にあたる 自ら燃える
パーフェクトを目指す
第4章 能力は必ず進歩する
能力は必ず進歩する
第2部 すばらしいJALとなるために
第1章 一人ひとりがJAL
一人ひとりがJAL
本音でぶつかれ
率先垂範する
渦の中心になれ
尊い命をお預かりする仕事
感謝の気持ちをもつ
お客さま視点を貫く
第2章 採算意識を高める
売上を最大に、経費を最小に
採算意識を高める
公明正大に利益を追求する
正しい数字をもとに経営を行う
第3章 心をひとつにする
最高のバトンタッチ ベクトルを合わせる
現場主義に徹する 実力主義に徹する
第4章 燃える集団になる
強い持続した願望をもつ
成功するまであきらめない
有言実行でことにあたる 真の勇気をもつ
第5章 常に創造する
昨日よりは今日、今日よりは明日
楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する
見えてくるまで考え抜く
スピード感をもって決断し行動する
果敢に挑戦する
高い目標をもつ (JALホームページより)
全体を二部構成にし、第1部は「すばらしい人生を送るために」、第2部は「すばらしいJALとなるために」とした。
フィロソフィを学ぶのは決して会社の業績を上げるためではなく、社員にすばらしい人生を送ってほしいからである。
すばらしい社員が増えれば、自然にすばらしい会社になる。
だから、第1部をすばらしい人生を送るために」としたのである。
同じ目的で同じ職場にいるのであれば、同じ教育を受け、一緒に学ぶのは当たり前だと思っていた。
雇用形態がどうであれ、JALグループで働いている全員が一緒にフィロソフィ教育を受講できるようにしたいと考えていた。
新入社員や役員などの肩書に関係なく、同じ教室で同じフィロソフィ教育を受講できるようにもした。
階層別教育が効率的だと一般的に言われるが、それは既に一体感がある会社のことである。
何もしなければ、階層間には壁ができやすく、それが会社をバラバラにしてしまうことはよくある。
こうして、2011年4月より、「JALフィロソフィ教育」が始まった。
最初に受講した人は驚いたようだ。
教室に行くと、初めて会う人ばかりである。
職種も職場も肩書も全く違う。
だから、同じテーブルのメンバーとは話す話題もないのではないかと心配もしていた。
部署や雇用形態、肩書が違っても、共通の言葉が見つかった。
それがJALフィロソフィだ。
勉強会ごとにテーマは違うがJALフィロソフィという共通用語があるので、話が弾むようになったのである。
ここで初めて、役職者と話をしたという社員も多かった。
近寄りがたい、偉そうにしていると思っていた役職者が、同じように悩み、人間としてのあるべき姿を一緒に学ぶなかで、親近感をもった社員も多かったようだ。
それまでのJALでは、部門間にも、職制間にも、越えることができないような厚い壁があった。
それが、組合問題を生み出す伏線にもなっていたのだろう。
しかし年4回ではあるが、同じテーブルで、部署や肩書が違う参加者たちが、人間としてのあるべき姿、JALとしての目指すべき姿を考え、議論する中で、「自然と仲間意識や一体感が生まれてきた」と聞いた。
第7章 フィロソフィと正しい数字で全員参加経営を実現する
稲盛さんは、アメーバ経営をできるだけ早く導入したかったが、JALのような規模になると、そのための情報システム構築などにかなりの時間がかかることがわかった。
そこで、できるだけ多くの幹部に経営者意識をもってもらい、全員参加経営を少しでも進めることを目的に、各本部、関連会社の月次の損益計算書をベースに、それぞれの業績結果と予定を発表する業績報告会を毎月開催することにした。
まずは、部門別採算制度だけでも始めようと考えたのだ。
すべてに意味がなければならない――全員参加経営のためのフォーマット作り。業績報告会で使う採算表のフォーマットは、完成するまでに1年近くかかった。
「この順番だったら社員のモチベーションはあがらないぞ。この科目名だと社員には判りにくいのじゃないか。」と言われる。
「採算表というのは、経営者が見てわかりやすいものであればいいというわけではない。社員がそれを見て頑張ろうと思えるようなものでなくてはいけない。」、「その名称に、その順番に、どのような意味があり、それを現場の社員が見て、どう思うのか」が大事だというのである。
いくら経営数字をオープンにしても、現場の社員が関心をもたなければ、宝のもち腐れであり、意味もない。だから、現場で一生懸命働いている社員の心の機微まで見通さなければ、現場の社員が強い関心をもって見てくれるような生きた採算表は作れない。
また、共通経費をみて「細かい経費がまとめてあります」と答えると、「それでは無駄の削減はできない。共通経費はできるだけ分解しならい」と指示をだした。
固定費も同じように、「固定費なので削減できません」で終わってしまうが、考え方によっては固定費も変動費の塊なのだというのが稲盛さんの発想である。
第8章 JALで生まれた社員の変化
稲盛さんは、着任早々より「どんな企業であろうと営業利益率は最低でも10%を目指すべきだ」「経営というのはそれほど難しいものではなく、全員で売上最大、経費最小を目指して、必死に努力すれば、結果として高収益になれる」と話をしていた。
そして、「JALでは路線を大幅に縮小するのだから、売り上げを増やすことは難しい。
そうであれば経費を徹底して削減するしかない。
ただ、航空産業は巨大な装置産業だと思われるが、実際は究極のサービス業である。
だから、お客様サービスの費用は安易に減らしてはならない」とも指示をされた。そして、コスト削減の方法は、上からの一方的な指示ではなく、現場社員の知恵が不可欠であり、そのためにも「全員参加の経営を推し進めたい」と話された。
カウンター業務を担当している若い女性が、いろいろな工夫をして月々2千円程度の経費削減を実現したと発表した。
稲盛さんは「あなたのような現場の社員が会社のためを思って経費を少しでも削減しようと一生懸命頑張る。
それがJALにとって一番尊いことだ。
そのような社員が増えることでJALはさらに良くなっていく」と褒められた。
一方、売り上げについては、路線を大幅に縮小したため大きく増やすことはできなかった。
それでも現場では、採算を向上させながら売り上げを増やす工夫も行われていた。
まずは、機材の変更や臨時便の運航についてである。
以前なら需給が大きく変動しても、機材の変更や臨時便の運航は簡単にはできなかった。半年前には、どの便がどの機材で飛ばすのかの運航計画が決まり、その変更は簡単にはできないと誰もが思っていたからである。
しかし、破綻後は、現場でどうすれば、お客様のニーズに応えられるか、その場合採算はどうなるかが考えられるようになった。
また、部門間の連携も以前とは比較にならないほどスムーズにできるようになった。
もう一つの例として、機内販売がある。
稲盛さんは、「機内販売は、飛行機に搭乗しているお客様を対象とする販売業として十分利益が出るはずなので、一つの事業として独立採算とすべきだ」と指示した。
また、お客様のニーズが一番よくわかっているCAが、販売する品物を決め、その値決めもするようにした。
そして便ごとの採算も出るように指示をした。
自分たちで選び、値決めした商品なので、CAの方々はお客様にその商品の良さを一生懸命に説明し、販売しようとする。
その結果、経営者意識の高いCAが育っていくとともに、機内販売の売り上げは大幅に増え、高収益事業となったのである。
フィロソフィ教育が始まると、そこには「美しい心をもつ」「感謝の気持ちをもつ」「お客さま視点を貫く」といった項目があった。
CAの方々は、マニュアル以前に「御客様にどうすれば喜んでもらえるか」という視点で。
自分で考え、判断し、サービスをしてもいいことに気が付き、実際に心のこもったサービスができるようになっていった。
第9章 愛情と真剣さ――稲盛さんのリーダーシップ
稲盛さんは、何より現場が大事だと考えていた。
そのため、着任翌日の2月2日には、羽田空港にある職場を訪問した。
そして、机の間をくまなく回り、一人ひとりの社員に「ご苦労様です、会長になった稲盛です。大変だと思いますが、私も頑張りますので、皆さんも頑張ってください」と声をかけて回った。
社員が驚いて、他って挨拶をしようとするとそれを制して「仕事の邪魔をして申し訳ない。仕事を続けてください」と話された。
稲盛さんはさっさと職場に入って社員に温かい声をかけて回る。
同行した幹部は「あれには参った。あれで現場の社員は稲盛さんのファンにすぐになった」と話をしていた。
アライアンスをワンワールドからスカイチームに変えたいと思っている幹部に対して「損得でいえば変えたほうがいいだろうけれど、アメリカン航空の盟友として何年もやってきて、これまでお世話になっている。他社がより多くのお金を出して支援してくれるからといってアライアンスを変えるというのは、あまりにも短絡的なのではないか。ここでアライアンスを変えれば、JALにはメリットがあるかもしれないが、アメリカン航空には大打撃になる。それは人間として正しい判断なのか」と稲盛さんは言われた。
損得ではなく、人間として何が正しいかで決めるできだというのである。
最終的には、ワンワールドへの残留を決めたことによって、アメリカン航空の方たちは大変喜んだ。
信頼関係がより強くなり、全面的に協力し合えるような人間関係が生まれた。
コンサルティングファームの提案は、赤字部門をすべて売却し、黒字部門だけを残すといったリストラがメインであり、さらに多くの社員に辞めてもらうことになる。
それは、社員を大切にするという自分の経営哲学と全く合わないと思われたのだろう。
稲盛さんは、「フィロソフィとアメーバ経営だけで再建する」という当初の想いを貫きたいと言われ、すべてのコンサルタント会社の売り込みをお断りすることにした。
稲盛さんはJAL会長に就任以来、とにかく、心を込めてお客様に接することの必要性を話されていた。
だから、自身が飛行機に乗った際に隣のお客様の荷物を取って差し上げるのは当たり前じゃないかと言われたのである。
マスコミが二次破綻必至と報道していたJALは、想像を超えるスピードで再生され、高収益企業となった。
それに一番驚いたのは、競合他社であろう。
その競合他社は、JALに負けまい、競争に勝とうと、いろいろな対策を取ってくる。
なかには、これはおかしいと思われることもあった。
そのため、JALの幹部が稲盛さんに競合他社への恨みつらみを口にした。
それ対して、稲盛さんは「相手が不正をしているのなら正々堂々と戦えばいいが、相手は相手で生き残りのために一生懸命努力している。
競争相手だからといって悪口を言ってはだめだ。
自分たちは自分たちで一生懸命にやればいい」と言って、その幹部を厳しく諭した。
これは「常に善きことを思わなければいけない」という稲盛さんの生き方に基づいた発言である。
稲盛さんは「どんなことがあろうと常に善きことを思い、まずは自分が一生懸命努力しなければだめなんだ」と言うのである。
稲盛さんは就任直後から、政府から派遣されたトップとしてではなく、同じ厳しい環境におかれた同志として、JALの方々に接していた。
社員たちは、高齢である稲盛さんが、何の見返りも求めず、自分の人生をかけて、JALの再建に懸命に取り組んでいることをしっていた。
空港現場などを訪れる稲盛さんの謙虚な姿を見たり、人間としての在り方を一生懸命に話す様子を着たりする中で、稲盛さんの厳しさだけでなく、温かさ、優しさ、言い換えれば愛情を感じていた。
それが社員の心に火をつけ、組合問題などを乗り越えて全社員が再建に向かって一致団結し、全力を尽くすようになったのだ。
第10章 甦った心
「JALはハードウェアもソフトウェアも古くて二流かもしれません。しかし私たちは今、最強のヒューマンウェアをもっています。だから強くなれたのです。フィロソフィを教えてもらって心から感謝します」とある幹部がフィロソフィ教育の冒頭に言った。
目に見える機材や設備などのハードウェアは時間が経つと必ず劣化する。
ソフトウェア、つまり人間の心は、いくら時間が経っても磨けば必ず高まる。
稲盛さんは、人間の本質は真善美に満ちたもの、つまり、正しいもの、善きもの、美しいものであり、人間の心の奥にある魂のレベルでは、人間は愛と誠と調和を追い求めていると言っている。
「愛」とは他人の喜びを自分の喜びとする心、「誠」とは世のため、人のためになることを思う心、「調和」とは自分だけでなく、周りの人々みんなが常に幸せに生きることを願う心であると言う。
善き思いには、よく大善、小善があると言われている。
「大善は非情に似たり、小善は大悪に似たり」というように、大善をなすということは、例えば子供や部下の成長を願い、時に非情に徹するほど厳しく育てることである。
一方、子供や部下を甘やかし、結果として本人の成長を阻害してしまうような優しさは小善でしかない。
小善には、子供や部下からよく見られていたいという私心が入っているので、純粋な善き思いではない。
だから、善き結果を招かないのである。
もう一つ、独善というものもある。組織の中では、本人は善きことをなしていると勝手に思っていても、私心が入り、独善になっていることもある。
それでは周囲の理解を得ることも、組織をまとめることも、成果を上げることもできない。
私たちの日常の生活でも「善きこと」はいつでもできる。
稲盛さんは、「和顔愛語」、つまり笑顔で他人と接し、思いやりのある言葉を発することも大切な善きことだという。
みんなが明るく笑顔があふれるような職場であれば働きやすく、活気にあふれ、仕事もはかどるであろう。
お客様もそのようなところとの取引を増やしたいと思うはずだ。
さらに、日々の生活の中で感謝することも大切な「善きこと」だと話されている。
ただ、その場合、感謝の見返りを期待してはならないとも言う。
何をしてもらわなくても、とにかく、まず、自分から「ありがとう」という言葉を発する。
そうする中で、「ありがとう」の連鎖、感謝の循環が始まり、生き生きとした明るい職場になるというのである。
私たちは、一度何かに染まった心は簡単に元には戻らないと思いがちだが、それは間違っている。
JAL再建で示されたように、人の心は甦ることができる。
そうなりたいと思い、努力を重ねるなら、本来の美しい姿に戻るころは可能なのである。
現在のJALは、新たな危機を迎えているのかもしれない。
それは成功である。
成功ほど、人の心を惑わし、狂わすものはない。
それが、大成功であればなおさらである。成功に対する賛美、そして誘惑、成功によってもたらされた心の歪みは痛みもなく気がつきにくい。
しかし、いつの間にか心をむしばみ、社風を変えていく。
少しでも驕りが生まれ、幹部や社員の心の様相が変われば、全員参加経営も少しずつ形骸化してしまう。
倒産という厳しい試練をようやく乗り越えたにもかかわらず、成功という甘い試練に翻弄され、元に戻ってしまうかもしれない。
稲盛さんは、だからこそ「謙虚にして驕らず、さらに努力を」というメッセージを再上場時に贈ったのである。
2018年12月に盛和塾大阪にてJALの藤田副社長に講演して頂き、財務分析と質疑を担当させて頂くために改めてJALの業績回復について書かれたいろいろな書物を読ませて頂きました。
その中で一番、経営者・リーダーの方々に伝わりやすく、汎用性の高い内容が書かれていたのが本書ですので、今回のサマリーに採用させて頂きました。
著者の大田さんは、大学卒業後から京セラで働かれ、稲盛塾長の側で仕事されていたご経験、JAL再建を一緒にされたエピソードなど豊富な事例も書かれています。
とても読みやすく、京セラフィロソフィを理解する上でも一緒に読んだ方がよいと思えます。
お勧め度:★★★★★星5つ
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(桐元 久佳)