クリニックの診療理念を具体化する院長が取り組むスタッフ育成手法

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クリニックの診療理念を具体化する院長が取り組むスタッフ育成手法

  1. スタッフが患者に与える影響と教育の重要性
  2. 自院の診療理念の周知と育成方法
  3. スタッフ視点から考える理想のリーダー像
  4. 組織の活性化と実現に向けた取組み


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目次

1.スタッフが患者に与える影響と教育の重要性

1.スタッフが患者に与える影響

(1)スタッフがクリニックの印象を左右する

新しいスタッフが入職する時期でもありますが、クリニックの組織風土や理念について理解し、行動するためには、これらを個々に周知し、浸透させることが必要です。
クリニックにおけるスタッフ教育の重要性が説かれる理由のひとつとして、スタッフの力量によって患者に与える印象が変わることが挙げられます。

クリニックを支えるスタッフが患者に与える影響は大きく分けて2点あり、第一に直接的に患者と対応した場合に与える影響が大きいとされます。
来院する患者は、スタッフとのやりとりの中でクリニックに対する印象を決定するからです。
その対応策としては、スタッフの各専門分野での技術レベルの向上により、患者に信頼感と安心感をもってもらい、またスタッフの接遇や挨拶など、患者対応能力の向上を徹底し、患者に好印象を与える言動を常に徹底することが重要です。
もうひとつは、間接的に患者に与える影響です。
待ち時間の長さや、受ける医療に対する不安は、自院に対するマイナスの印象を与えることにつながります。
これらを防ぐためには、患者の待ち時間等を削減したり、またやむを得ず診療・会計時の待ち時間を不満に感じさせたりしないことや、患者にとってわかりやすい医療の提供を心がけることが必要です。

(2)データからみる患者満足度

2017年7月に日本医師会総合政策研究機構が発表した「第6回日本の医療に関する意識調査」では、患者がこれまでに受けた医療の満足度についての結果が示されています。
この結果では、受けた医療の満足度について、総合的に92.3%が満足と回答する一方、個別項目をみると、最も満足度が低い項目は「待ち時間」で66.7%でした。
また、受けた医療に満足していない理由の推移(満足していない人のみ対象)では、不満に思った理由の第1位に医師の説明が挙がっています。
このような結果から、患者視点としては、待ち時間の削減と疾患・治療についての十分な説明が求められていることがうかがえます。

受けた医療の満足度、受けた医療に満足していない理由の推移(満足していない人のみ対象)

2.患者が期待する医療機関となるためには

(1)患者が期待する医療機関のあり方

クリニック経営において、スタッフの力は必要不可欠です。
院長が目指す医療の提供は一人で実現することは困難であり、スタッフはクリニックを支える重要な要素です。
また、院長とスタッフにおける信頼関係は、クリニックを運営する上での基盤となるものであり、自院の診療理念に従い、自主的に動けるスタッフを育成していく必要があります。
さらに、育成を進めていくうえでは、自院が提供する医療サービスの実現を目指しながら、患者視点から考えていくことが重要となります。
患者が医療機関に対して抱く期待は、次のような点が挙げられます。

患者が医療機関に期待すること

(2)院長によるスタッフへの期待

自院の診療理念を理解し、これに基づいて自主的に行動できるスタッフが働いていることは、自院にとって大きなプラス要因となります。
また、クリニックは一般企業と比べて小さな組織であるため、スタッフ一人ひとりの力量によって経営状態が大きく左右される可能性があります。
スタッフを育成していくうえでどのように成長してほしいのか、またどのような役割を期待しているのかを把握し、これらを実践できる姿に育成することが重要です。

院長がスタッフに期待すること

2.自院の診療理念の周知と育成方法

1.診療理念の周知と浸透

(1)診療理念の周知、浸透が必要とされる理由

診療理念は自院の考えや信念、理想等を掲げたものであり、スタッフにとっては行動指針となります。
また、診療理念はスタッフが組織として動くために、最も重要であると考えられています。
スタッフが自分自身の考えや判断だけで物事を進めると組織としてまとまらず、患者に対しても対応にバラつきが生じ、不信感を与えてしまうおそれがあります。
診療理念の周知と浸透は、スタッフが同じ方向に向かい、組織の一体感を高める効果のほか、患者に対しては統一的な関わりをもつことで安心して通院してもらえる医院となります。

診療理念とスタッフの概念

(2)自院の診療理念浸透に向けて

自院の診療理念が高く、患者視点に沿ったものだったとしても、それがスタッフに浸透していなければ最大限の効果は期待できません。
自院の診療理念を浸透させるためには、院長がスタッフとコミュニケーションをとり、機会がある度に伝えていく必要があります。
例えば、診療理念は入職時に説明しただけで理解されるものではないととらえ、次のような形で積極的に伝えていくことが求められるのです。

自院の診療理念を浸透させるポイント

2.スタッフの育成方法

(1)診療理念を踏まえたスタッフの育成

スタッフの育成においては、柱となる診療理念を浸透させ、育てていくことが重要です。
そのため、理想のスタッフ像を明確化したうえで育成計画を策定し、さらに院長自らも関与しながら、他スタッフと協力して育成していく必要があります。

スタッフの育成段階

(2)スタッフの長所と短所を見分ける

育成の途中で、思ったような働きが出来なかったとしても、そのスタッフの特性を見抜き、活躍できる場を考えることが必要です。
自院の診療理念を理解して行動してくれるようなスタッフは重要な存在ととらえて、育成を続けることで自院のプラスにつながります。
診療理念を実現してくれるスタッフであれば、配置転換や仕事内容を変えて、長所を生かせるような場で活躍してもらうことで、組織としての成果につなげることができるからです。

(3)具体的な教育・研修方法

スタッフ教育は、自院の診療理念に基づいた教育・研修を重ねることによって、全員が理念を共有することができるようになります。
また、育成計画と照らし合わせて、適切なフィードバックをすることも大切です。

具体的な教育方法の例

3.スタッフ視点から考える理想のリーダー像

1.クリニックにおけるリーダーシップ

(1)院長に求められるリーダーシップ

院長は、経営者としてリーダーシップを発揮することが求められます。
そして、自院の診療理念(目的)を達成するには、スタッフからの信頼を得ることが重要です。
経営学者P.F.ドラッカーは、自身の著書の中で、「リーダーシップの定義」について次のように述べています。

リーダーシップの定義 ~ P.F.ドラッカー著「プロフェッショナルの条件」「未来企業」より

これらをクリニックの院長が実践する場合には、次のように具体的に展開することが考えられます。

クリニックにおける院長のリーダーシップの要素

(2)スタッフの成熟度に応じたリーダーシップのスタイル

リーダーシップのスタイルは、スタッフの成熟度や状況によって異なるという考え方があります。
1977年にハーシィ(P.Hersey)とブランチャード(K.H.Blanchard)が提唱した、リーダーシップ条件適応理論のひとつであるSL(Situational Leadership)理論は、部下の成熟度によって有効なリーダーシップスタイルが異なるという前提に立って、その状況を説明するものです。
SL理論では、縦軸を人間関係志向、横軸を仕事志向の強さとして4象限に分け、それぞれの状況でリーダーシップの有効性(指示決定の指導の強弱、説得・参加型など)を高めていくにはどうすれば良いかを示しています。

4つの基本的なリーダーシップのスタイル~SL理論

クリニックにおける具体例としては、スタッフの成長に伴って、院長が発揮するリーダーシップの実践方法も変化させていくというものです。

リーダーシップの実践方法

こうした関わり方を継続し、その結果スタッフ個々が成長することによって、院長は自院の運営に専念することができるようになります。

2.スタッフからみる理想のリーダー像

(1)スタッフが一緒に働きたいと思う医師とは

スタッフの意見に耳を傾けることは、クリニック経営においても重要です。
新しく入職したスタッフがすぐに辞めてしまうケースも少なくありません。
退職の理由はスタッフそれぞれですが、経営者である院長としては、自院のスタッフと十分なコミュニケーションをとり、意見を聞く機会を持って、問題があれば改善していく努力が必要となります。
スタッフに信頼される医師と、信頼されない医師の特徴には、次のようなものが挙げられます。

スタッフに信頼される医師の特徴、スタッフの信頼を得られない医師の特徴

(2)スタッフが働きたいと思う環境作りで強固な経営基盤を作る

スタッフが働き続けたいと思う職場環境を整備することは、スタッフのスキルや経験が蓄積し、自院の経営に良い影響を与えます。
また、通院している患者にとっても、同じスタッフが長く勤めていることで安心感を得ることができます。
経営者たる院長としては、自院の診療理念を理解したスタッフを適切に評価し、待遇にも反映させ、モチベーションを下げない取り組みが求められますが、スタッフの家庭や生活面を考慮した、ワークライフバランスへの取り組みも優秀なスタッフを確保する手段のひとつだといえるでしょう。

4.組織の活性化と実現に向けた取組み

1.院長が組織を活性化させ、人を育てるリーダーになる

(1)クリニックを「組織」にする

医療機関の特性のひとつに、スタッフの多くが専門職によって構成されるという、企業にはみられない点が挙げられます。
そのため、部署として独立していない規模であっても、資格を必要とする業務を他の職種のスタッフに任せることができないのが通常です。
しかし、院長がリーダーとして、自院のスタッフ全員が「協働」することを通じ、患者にとって最善の医療サービスを提供し、かつ安定した経営を維持できるようにするためには、クリニックを組織として位置づけ、さらに、この「組織を回す力」が求められます。
組織としてクリニックを経営し、運営する院長としては、自院だけではなく、連携先を含めた関係をマネジメントする役割を担っています。

(2)スタッフ個々とのコミュニケーションも重視する

一定以上の規模の組織になると、経営者がスタッフ全員と密にコミュニケーションをとることは困難になります。
しかし一般的には、クリニックであれば、院長が経営者であり、また理念と目標を掲げるリーダーとして、スタッフからの声を直接受け取れる組織だといえるでしょう。
組織として機能するクリニックの経営・運営においては、スタッフからの信頼が重要です。
この信頼関係が基盤となり、「人材をどう活かすか」「将来的にどう成長してもらいたいか」を考えるうえで、スタッフが抱える想いや、日々の要望や不満を把握しておくことが必要です。
そして、スタッフ個々は院長との面談によって、院長の考え方を理解するようになり、価値観の共有に結び付くことも期待できます。
ベクトルを共有する組織は、目標に向かう高いモチベーションを維持でき、成長への意欲も強いものになります。

院長とスタッフのコミュニケーションのあり方~双方向で情報共有・意見交換

2.成長し、働き続けたいと思うクリニックの取り組み事例

(1)快適に働ける院内環境の整備

女性スタッフが多いのは、医療機関の特徴であり、長く働き続けたいというスタッフの要望を満たすためには、家庭を持つスタッフでも働きやすい職場環境を整えることが必要です。
近年では、施策的にもワークライフバランスの実現が推進されていますが、優秀な人材を受け入れたい医療機関であれば、家庭との両立支援を経営上の取り組み課題としてとらえることが重要だといえます。
あるクリニックでは、出産・育児休業中の看護スタッフが、子供の保育園入園とともに復職することとなりました。
しかし、勤務開始後も育児に時間をとられることが多いため、この機会に院長は就業規則を改定し、有給休暇の取得単位を1時間単位としたほか、復職後6か月間に限り、週に2日の短時間勤務の曜日を設けた正スタッフとして雇用契約を締結しました。
そのため、このスタッフは復職後も有給休暇と時間外業務の短縮や短時間勤務で余裕ができた時間を育児に充てることが可能となり、子育てと仕事の両立を図っています。
このような制度導入の際には、他のスタッフに不公平感が生じないように十分に説明を行い、同様の立場になった場合には誰でもこの制度を利用できることを理解してもらうことが前提であり、また、自院ホームページにもこうした制度の存在を公開し、アピールすることも有効です。
このクリニックは「子育て中のスタッフが安心して働けるクリニック」として地域でも定着し、スタッフの採用応募も増え、信頼度も向上しています。

女性が長く働き続けやすい職場とは~主要な2つのポイント

(2)スタッフの人事評価と処遇反映方法

クリニックにおける受付事務スタッフの業務は多岐にわたることも多く、担当スタッフの評価は医事などの専門分野に関する知識・能力だけではなく、実際には患者との対応や相談、小さな問題発生時の解決方法など、対人スキルに関する部分が大きな割合を占めています。
しかしスタッフの側からすると、「自分は受付と医事業務だけを担当しているので、これらを問題なく遂行すればよい」と考えて、日々の患者応対については一定のレベルを満たしていれば、それほど配慮しなくてもよいと思い込んでいるかもしれません。
事務担当スタッフ3名を抱えるクリニックでは、院長が掲げる患者本位の診療理念がスタッフに浸透していないという悩みを抱えていました。
そこで、新たに導入した人事評価項目の中で「患者対応・接遇」という項目を盛り込み、クリニックが望む事務担当スタッフ像を明示することとしました。
この結果、書類作成などの成果だけではなく、患者応対での気配りや看護スタッフとの連携などの目に見えない働きが評価につながることをスタッフが理解し、「どうすれば患者が待合室で快適に過ごせるのか」「待ち時間を短くするにはどうしたらいいか」等のアイディアを出し合い、改善に向けた活動に積極的に取り組むようになりました。
併せて、患者対応などで貢献度が高かったスタッフには、人事評価のうえでプラスを与え、賞与へ反映させて、当該スタッフだけでなく他スタッフにも意欲を持たせるように配慮しています。

(3)育成と能力開発の仕組みの充実

スキルアップできる職場を求める傾向が強い看護スタッフだけではなく、広く職種を問わずに医療に関連するテーマ以外を設定し、スタッフ全員を対象とする勉強会を開催しているクリニックもあります。
スタッフ自らが学びたいテーマを選んでいることで平均出席率も高く、学びを支援してくれるクリニックとして、高いモチベーションを維持しながら「ここで働き続けたい」と希望するスタッフが増え、退職率が大幅に低下しました。
医療機関だからといって、医療関連テーマばかりの研修を熱心に開催しても、「やらされ感」を持つようになり、スタッフ個々の意欲や主体的な取り組みの機会を奪ってしまう可能性がある点にも留意が必要です。

「学びたい意欲」を「働くモチベーション」へ

規模や機能に関わらず、医療機関にとっては、どれほど最新で高度な設備・医療機器を備えたとしても、実際に医療を提供するのは「人」であることから、自院で働くスタッフが満足し、意欲的に仕事に取り組める環境づくりが重要であることは変わりません。
院長はクリニックの運営だけでなく、経営上も優先すべき課題として、スタッフの育成の重要性を認識し、取り組む必要があるのです。

 

■参考文献
「グレートクリニックを創ろう!~ドラッカー理論を経営に活用する本」内藤 孝司・梅岡 比俊 著(中外医学社)
「40の困った!をスッキリ解決 診療所経営助っ人ツール」船井総研 著・日経ヘルスケア編(日経BP社)
<ホームページより>
FP医師開業/ジャパンプラティクス/静岡県わくわく働くナビ/外科医の視点/医院開業支援のクリニック開業.COM/EPILOGI/クリニックステーションポータル/幻冬舎GOLD ONLINE/クリニック開業.COM/「リーダーシップの身につけ方」オンライン・ジャーナル

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