1.多様化する患者クレームとその発生要因
多様化する患者クレームの実態
日経メディカルが医師1,015人(開業医140人、勤務医846人、その他29人)を対象に行った調査において、77.2%の医師が、2008年以降、患者やその家族からのクレームや迷惑行為を「経験した」と回答しています。
その調査の中で、多くの医師が患者トラブルを経験している実態が明らかになったとともに、クレームや迷惑行為を起こす患者像が多様化していることが浮き彫りになっています。
悪質な迷惑患者に加え、悪意はないものの無理な要求をしたり、医師の指示に従わなかったりする自己中心的な患者も出現しています。
調査結果では、以下のような事例が紹介されています。
このような困った患者が起こすクレームは、消費者(=患者)欲求が要因となっています。
患者のクレームの要因を整理すると、次のようになります。
患者クレームが発生する要因
(1)4つに分類される消費者(=患者)欲求
現代のように、安定した生活環境で生活する人々が多くなった日本の消費者は、「自己実現の欲求」が強まっているといえます。
医療機関が提供する医療サービスにおいて、消費者に該当するのは患者です。
近年は、患者の権利意識と情報入手の容易さが向上したため、患者が医療機関に対して求めるニー ズはより高いものに、また個別化しています。
よって、患者の消費者欲求に応える医療サービスの提供が重要になっています。
消費者欲求は、次の4つに分類することができます。
機能や品質に対する欲求と支出する対価など経済的な欲求について、患者は当然満たされるべき欲求であると認識しています。
医療サービスを受ける患者も、自身が欲求を満たせるかどうかを判断しやすく、比較的単純な苦情やクレームに結び付きやすいといわれま す。
特に、経済的欲求に対しては、新規の検査や治療を行う際は、事前にある程度の費用を伝えておくなどの気配りも必要になってきます。
愛情や尊厳に対する欲求は、患者が心理的補償を求めているために、どの程度のサービスを提供すればよいのかが医療機関側からは見えにくいという点が挙げられ、これら欲求を満たすための取り組みは、医療機関によって差が生じているのが現実です。
心理的補償を求めるニーズに対しては、「自分の気持ちが理解された」と感じることができれば、苦情やクレームを生じないばかりか、患者の満足度は一気に向上します。
愛情・尊厳欲求を満たすサービスは、患者満足度の向上に重要な要素になっています。
上記4つの要求のうち、いずれかが満たされなければ苦情やクレームが発生するといわれますが、(1)と(2)、そして(3)と(4)の性格が異なる欲求を満たすためには、患者が受療する一連の医療サービスの中で達成されることが必要なのです。
(2)医療サービスの特性と提供レベルの関係性
医療サービスに特徴的な問題としては、大きく次のような3点が挙げられます。
そして、これらの背景には、医療サービスは人の手を通じて提供されるものであるという特性があります。
企業などが提供する他のサービスの中には、消費者自身が機器を操作するなど、単独で完結できる消費活動もあります。
しかし医療サービスの場合は、このような特徴から、人すなわち職員が大きな要素になっているといえるのです。
こうした背景によって、患者の不満やクレームは人に対して生まれやすいともいえます。 言い換えれば、人が関わるサービスであればこそ、人(=職員)と患者の関わり方が良いものであると患者の満足度は高くなるともいえます。
加えて、クレームが発生しにくい関係づくりが最も重要ではあるものの、仮に苦情やクレームを受けた場合に適切な対応をとることで、患者の愛情欲求と尊厳欲求が満たされ、満足度向上につながることになります。
クレームが発生しやすくなる環境とは
どのような環境にあると、患者からのクレームが発生しやすくなるのでしょうか。
医療サービスを提供する環境の中では、職員や医療機関において、一定の要素の存在がクレームや医療過誤などの発生に影響を及ぼしていることが指摘されています。
これらは、欠如していると可能性が高くなるものと、過剰にあることでマイナス要因となってしまうものに分けられます。
医療機関としては、上記の要素を踏まえて、職場環境整備や職員の教育を実施していく必要があります。
2.医療機関で発生するクレームの特徴と留意点
医療機関で発生するクレームの特徴
消費者欲求に基づく患者の期待やニーズは様々であり、医療サービスにおける苦情やクレームがゼロになることはありません。
しかし、前述のとおり、これらクレーム等に対して適切に対応した場合には、患者満足度も著しく向上させることが期待できます。
そして、クレームに対して適切に対応するためには、まず患者の言葉と想いを「よく聴く」ことが重要なのです。
(1)クレームの対象
医療機関で発生するクレームは、その対象別に次のように分類できます。
クレームを対象によって分類すると、上記の4つに整理できますが、このうち3つは医療機関で働く職員に対するものです。
施設・設備や待遇に対しては、受診時において満足を得られない場合、苦情につながるケースは比較的多くなりますが、これは患者の消費者欲求のうち、機能的欲求と経済的欲求に関わる部分であり、クレームを言い出しやすいということによります。
一方、その他の医療機関職員に対するクレームは、患者はなかなか言い出せずに不満を蓄積してしまうことも多く、その発端の多くは、職員とのコミュニケーションの行き違いによるものだといわれています。
(2)クレームの種類
医療機関で発生するクレームは、その性質によって、次のように大きく3つに分類できます。
これまで一般的に患者から申し出がある苦情やクレームは、合理的な理由による正当な要求やクレームが大部分でした。
しかし、クレームの中には、いわゆる言いがかりのように不当で根拠がないものや、通常想定される範囲を超える要求を持ち出すクレームなどもあり、しかもこれらは近年増加しつつあることが報告されています。
このようなクレームに対しては、職員への大きなダメージや診療に支障を及ぼす等の影響があるため、通常のクレームとは別個の対応が必要となり、一定のスキルを備えた専任の職員に委ねる等の方法が適切です。
クレームとして指摘された課題は、改善に結び付けることが重要です。
その意味でも、合理的な理由による正当な要求・クレームは、きちんと耳を傾けるべき苦情や不満であるといえます。
では、クレームを受ける側の職員の姿勢としては、どのようなものが求められるのでしょうか。
医療機関で発生するクレームに対しては、患者の心情を受け止める姿勢が最も重要です。
またその際には、苦情や不満を訴えた気持ちに寄り添い、そして自分がその思いを理解していることを、クレームを申し出た相手(患者)に伝える段階を経て、「この状況を解決(苦情や不満を解消)するための方法の提案」を行う手順を身に付けておくことが求められます。
まず相手に「共感」そして……しっかりと「聴く」
患者からの苦情やクレームを真摯に受け止め、改善に役立てようと考えていても、職員側に話の概要を聞いただけで謝罪して終わらせよう、という姿勢が見えると、患者は自分の心情が伝わったと感じることはありません。
クレームを「聴く」際には、基本的に次のような姿勢で臨むとよいでしょう。
(1)初期対応では先入観を持たない
患者が苦情やクレームを申し出る際には、強い思いが背景にあるのが通常です。
そのため、話の内容が整理されていなかったり、要領を得なかったりするケースも見られますが、患者の訴えは、先入観を持たずに対応することが必要です。
例えば、「そんな対応をするような職員が自院にいるだろうか?」「この患者さんの単なる思い過ごしではないだろうか?」などと思いながら話を聴いていても、患者は自分のいうことを聞いてくれていないと感じるものです。
それでは、患者の不満を解消することはできません。
クレームの初期対応で重視しなければならないのは、患者が不満や不快を感じたという事実を受け入れることです。
(2)途中で言葉をはさまずに最後まで話を聴く
患者が自分の不満や苦情を話している間は、それを聴く職員の心情としても、早くこの時間が終わればいいのに、と感じることがあるかもしれませんが、そうした職員の気持ちも患者に伝わるものです。
そして、このよく話を聴く「傾聴」のステップがクレーム対応では最も重要であり、患者の不満を解消するとともに、一転して満足度向上につながる可能性もあります。
患者の訴えは、言葉を途中ではさむことなく、黙って一通りの話を最後まで聴きましょう。
(3)患者が感じた事実と心情を確認する
初期対応における先入観とも関連しますが、事実を確認する際にはクレームを受けた職員の主観は排除しなければなりません。
あくまで、苦情やクレームを述べた患者が感じた事実を確認することが重要です。事実を確認し理解していることを伝える
(4)回答できることはすぐ伝える
クレームを受けた際の解決方法の提案は必須ではありませんが、患者の不満を解消することは必要です。 実は、苦情や不満の訴えを聴くだけで、解決する場合も多いのです。
不快に感じた患者の立場に共感し、その心情をよく聴いてくれたと感じた時、患者が抱いていた不満は軽減 されることがわかっています。
3.一般的事例にみる具体的対応ポイント
よくあるクレームの種類別対応法
患者が苦情やクレームを訴えるケースは様々ですが、頻出するのは、次のような4つの場面です。対応する職員がどの部署に所属しているのかによって、その受け止め方は若干異なるのが一般的ですが、基本的に応対する職員が留意すべき点は同じです。
患者側の主張を聴く際には、医療機関や職員の都合を言い訳にせず、患者がどのような状態であるかを十分に把握したうえで、不快な思いをさせたことを謝罪し、患者が求めている「不満の解消」に対して、誠意をもった言動で示すことが重要です。
(1)待ち時間に対するクレーム
(2)職員の対応に対するクレーム
(3)会計・支払内容に対するクレーム
(4)薬の処方に関するクレーム
スキルにこだわらず背景にある気持ちを理解する
患者から寄せられる苦情やクレームは、決して怒りだけではありません。
来院した患者は心身に不安を抱えているのですから、安心と安全を得られることを期待していることを念頭に置いて、患者の言葉に耳を傾ける必要があります。
スキルにこだわると、背景にある患者の気持ちを見落としてしまいがちです。
患者の気持ちに応える姿勢を示し、患者が真に求めている欲求がどこにあるかをくみ取ることが重要なのです。
■参考文献
『プロに学ぶ患者接遇(医学通信社)』友安直子 編・著
『患者応対トラブル予防・解決ガイド(日総研出版)』高橋啓子 著
『臨機応変 クレーム対応完璧マニュアル(大和出版)』関根健夫 著
『顧客ロイヤルティの経営(日経新聞社)』佐藤知恭 著