労務トラブルを防止する!歯科医院の労務管理ポイント

1.労務管理の課題と労務トラブルの現状

1.歯科医院の労務管理の課題

.5現在、さまざまな業種でサービス残業や過重労働の増加が問題となっています。
歯科医院においても同様の問題が想定されますが、労務に関する情報と知識が少ないことが影響して、脅威の可能性を認識できていないケースも多く見られます。
実際に、退職した職員からの「申告」によって労働基準監督官の臨検を受けたり、事業所に対して、労働基準監督署へ出頭するよう命令されたりする事例が増加しています。
歯科医院は、他の業種の企業等と比べ、患者サービスの強化や医療の質の向上などに力を入れる一方、労働環境の整備が後手に回っている先も多く、表面化していない労務トラブルを抱えている可能性があります。
歯科医院が抱える労務問題は、サービス残業だけではなく、職員の心の問題や、少子高齢化を背景とした人材不足など多岐に亘ります。

歯科医院が抱える労務管理課題
歯科医院は職員個々の能力を集結させて運営される組織であり、職員の力がなければ日常業務を行うことが不可能です。
そのため、労務問題は歯科医院にとって最大の経営課題なのだと認識しなければなりません。

2.労務トラブル発生の要因

日本歯科衛生士学会による2010年の「歯科衛生士の勤務実態調査」では、職務上の悩みとして「上司との人間関係」に悩んでいる人が約40%、「同僚との人間関係」に悩んでいる人が約35%との結果が出ています。
多くの歯科医院では、勤務する職員に対し誠意を持って対応されていますので、トラブルはほとんど発生しませんが、雇用条件や管理体制に問題がある場合は労務トラブルが潜在化している可能性があります。

トラブルの原因 = 医院側にある場合、職員側にある場合、労務問題対策の前提、就業規則の整備 規律ある職場づくり

3.規律ある職場づくり

(1)職場規律が乱れる要因

職場規律に乱れが生じるのはなぜでしょうか。スタッフ側、あるいは医院や院長、リーダー側の要因等がありますが、いずれかひとつが職場規律の乱れを引き起こすのではなく、複数の要因が複合的に重なり合って、職場の規律を乱しているととらえるべきです。
職場規律の乱れは、基本的にはスタッフ側の問題ですが、同時に医院や院長、リーダー側の対応にも問題があるために生じています。

スタッフ側の要因、医院・院長・リーダー側の要因

(2)職場規律に関する認識ギャップ

若いスタッフと話が合わないと感じている院長は多く、文化や価値観・考え方などの相違(いわゆるジェネレーションギャップ)を認識している一方で、職場規律については、逐一教えなくてもわかるはずだと考える傾向にあります。
本来、医院によって職場規律に関するルールやその基準が違うため、自院内で具体的に教育する必要があります。
また、最近は非正規雇用のスタッフが急増し、就労形態が複雑化することによって、多様な価値観を持ったスタッフが職場に増えてきています。
そのため、職場の規律に関する認識のギャップは、さらに拡大しているのです。

2.労務に関する正しい知識を持つ

1.労務に関する正しい知識を持つ

全国の総合労働相談コーナーに寄せられた労使関係に関する相談は年々増加しており、今後もこの増加傾向は続くものと思われます。
歯科医院にとっても、労使トラブルに対する本格的な対策が必要となってきています。
医療の現場では、マンパワーが医院経営の重要なファクターとなっているのは事実ですが、院長は労務管理について苦悩しています。
残業代カットやサービス残業などの労働時間の管理、休日や有給休暇の管理など労務に関する悩みが多くあるはずです。
院長は経営者として労働法と就業規則に対する十分な知識と正しい理解を持ち、職場に発生する可能性のあるトラブルについても、的確な判断を下していかなければなりません。

労務に関する正しい知識を持つ

2.労働法の中でも労働基準法を押さえる

労働法という法律は存在しません。
労働に関する法律全般を労働法と呼んでいます。
法律の性格によって、5つのグループに分けることができます。

労働法の中でも労働基準法を押さえる

労動基準法は、職員の賃金や就業時間、休日・休暇などの基本的な労働条件の原則を定めています。
労働基準法が定める労働条件は、最低の基準とされています。
したがって、1日8時間という労働条件の上限について、「ウチは忙しいから」とか「ウチの規模では無理だから」などといって9時間にするようなことは、変形労働時間制を採用しない限り、認められません。
基準に達しない部分の労働契約は無効とされ、労働基準法の規定、すなわち1日8時間が自動的に適用されることになります。

労働基準法

3.経営者を守るのは就業規則と労働契約

労務管理は、労働基準法に準拠して行わなければなりません。
労働基準法は、労働者保護の観点から労働条件の最低限の基準を定めたもので、これを下回ることはできません。
一方、経営者を保護する法律というものはありません。
労使関係において、経営者が保護される根拠となるものは、就業規則と労働契約しかありません。
つまり、医院にとって労使トラブルへの対策とは、就業規則の整備と労働契約を意味します。
就業規則は労務トラブルを回避するルールブックといえるもので、労務トラブルを未然に防ぐほか、万一発生したとしても医院に不利な判断が下されることを相当程度防ぐ役割を果たすのです。
したがって就業規則の整備と労働契約は医院にとって大きな意味をもつといえます。

(1)労働契約法について

労務トラブルの増加を背景に、労働契約の内容が労使の合意に基づいて自主的に決定され、労働契約を円滑に継続するために基本的なルール作りの必要性が指摘されるようになってきました。
このような労働契約の基本ルールを定めたものが「労働契約法」です。
勤務時間が長時間化し、患者さんの状況変化にも常に対応しなければいけない歯科医院にとっては重要な法律です。

(2)判例から整備された労働契約法

労働者が入職してから退職するまでには、労働契約の成立、労働条件の変更、出向、転籍、懲戒、解雇などというように、数々の局面で岐路に立たされることになります。
しかし、これらの事由にリンクする明確な法整備がされていないため、その都度トラブルが付きまとい、個別の事案について裁判などの司法判断による解決に委ねる他はありませんでした。
労働契約法はこうした判例が確立し、法整備に結びついたものです。
労働契約法では、労働契約が労使間の合意により成立・変更されるという「合意の原則」、及び労働契約と就業規則の関係等を定める必要性を定めています。
ただし、労働契約法は労働基準法のような強制法規ではないため、罰則や行政監督・指導はありません。

4.労働契約の基本原則

労働契約法は、曖昧だった労働契約上の基本原則を、合意原則をベースとして明確化されました。
労働契約が有効に履行される為には、以下の「労働契約の基本原則」を遵守する必要があります。

労働契約法の基本原則
上記の「労働契約の基本原則」に基づいた雇用契約を交わさなければなりません。
契約書に記載すべき項目は下記のとおりです。

労働契約書の記載事項

3.就業規則整備の要点

1.マネジメントにおけるコミュニケーションとは

(1)就業規則の作成義務

常時10 名以上のスタッフ(パート・アルバイト等も含む)を雇用する事業主は、就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出なければなりません。
スタッフが10 名未満の医院は就業規則の作成・届出の義務はありませんが、トラブルを防止するためにも、作成し、届け出ておくことが望ましいでしょう。

(2)就業規則の正しい手続

就業規則作成・変更時に届出を行う際は、スタッフの意見聴取が必要です。
具体的には、スタッフの過半数で組織されている労働組合がある場合にはその労働組合、また存在しない場合にはスタッフの過半数を代表する者の意見を聴き、意見を記した「意見書」を、就業規則の届出の際に添付しなければなりません。
この際、聴取した意見が反対意見であっても、スタッフの同意までは求められません。

就業規則の正しい手続

(3)法令遵守

就業規則はあくまでも法令や労働協約に則ったものでなくてはなりません。
法令を無視した就業規則は、その部分は無効となりますし、トラブルのもととなってしまううえ、当然のことながら労働基準監督署への届出の際に指摘を受けます。
コンプライアンスは、医院運営にとっても不可欠なものとなっています。

(4)スタッフへの周知義務

就業規則を作成しても、それを院長が大事に金庫に保管してスタッフがその内容を知ることができないのでは何の意味もありません。
就業規則がスタッフに全く周知されていない場合に、その効力を否定した判例は、過去に多数あります。

(5)適切な運用方法

作成された就業規則を適正に運用すること、そして運用できることが重要です。
問題が起きる例には、就業規則があるにもかかわらずケースバイケースの対応をすること、就業規則の各規程の文言や表現が非常に難しく理解しづらいことなどが挙げられます。
また、複数の解釈ができる表現があるため、問題が起こった際に対応が難しくなったり、スタッフに誤解を与えて逆に問題が増えたりすることもあります。
そういう意味において就業規則は、適切な運用ができて初めて存在意義があるといえます。
そのためには、労使双方が就業規則の趣旨・目的を十分理解しておく必要があります。

2.服務規律規定

就業規則においては、服務規律規定を明確にしておくことが重要です。
服務規律とは、スタッフが遵守すべき事項を定めたものです。
例えば、酒気を帯びて就業しないという極めて当たり前のことから、セクシュアルハラスメントに関する内容、医院の事業に関わる情報や個人情報の漏洩の禁止についても記載しています。
就業規則に服務規律を詳細に記載し、スタッフがこれを遵守することは、以下のように様々な効果があります。

服務規律規定
また、服務規律に違反する行為は、就業規則違反として懲戒処分の対象となります。
他方、服務規律に記載していないことを懲戒処分の対象とすることは困難であるため、服務規律を充実させておくことが重要です。

3.代休と振替休日

振替休日、代休の各要件や賃金の取り扱いは下記のとおりです。

代休と振替休日

(1)振替休日

「振替休日」とは、休日にやむをえず出勤してもらう必要がある場合、その日の代わりに事前に指定する休日をいいます。
振替休日付与の注意点

(2)代休

「代休」とは、休日労働を行わせた場合に、その代償措置として事後に特定の日の労働義務を免除することです。
したがって、この場合は休日労働となることから、それが法定休日の場合は、割増賃金の支払いが生じます。

4.歯科医院が備えておく労務管理ルール

1.老労働時間規定

(1)法定労働時間

「法定」労働時間とは、労基法32 条に定められている「1日8時間、1週間において40時間(歯科医院は特例措置対象事業場として44時間)」をいい、休憩時間を含みません。
つまり、労働者が診療所に入ってから出るまでの「拘束時間」とは異なるものです。

医院の指揮監督下にある時間は労働時間

(2)休憩時間の与え方と取扱い

休憩時間の与え方には原則があり、労働時間の途中に付与しなければなりません。
また、一斉付与の原則というものがあり、事業場における全労働者に一斉に与えなければなりません。
ただし、提供除外8業種(保健衛生業(医療等)、運輸交通業、商業、金融・ 広告業、映画・演劇業、通信業、接客娯楽業、公務)については、例外が認められています。
さらに、自由利用の原則があり、労働者は休憩時間を自由に利用することが出来ます。

休憩時間の取り扱い

(3)変形労働時間制

「変形労働時間制」とは、業務の繁閑や特殊性に応じて、労使が工夫しながら労働時間の配分を行い、これによって全体としての労働時間の短縮を図ろうとするものです。

変形労働時間制

2.給与規定:定額残業代制導入の検討

定額残業代制とは、各月に発生する残業に対して予め一定の額を固定で支払うことを定めておくというものです。
支払いの方法は、「3万円」や「5万円」というように金額で明記する方法と、「残業手当20 時間相当額」というような時間分で明記する方法の2種類があります。
いずれにしても、金額を明確にしておかなければなりません。
定額残業代制を導入しても、実際の残業、休日残業、深夜残業等すべてを含んだ残業時間に基づいて計算された額がその定額を超える場合は、その超える部分については残業代を支払わなければなりません。

定額残業手当の計算方法 ~基本給に含める場合

3.年次有給休暇の計画付与

(1)計画的付与

「年次有給休暇の計画付与制度」とは、労働者が持っている付与日数の内5日を除いた残りの日数を、労使間協定に基づいて計画付与の対象とする制度です。
労使間協定を締結して、少なくとも5日は個人が自由に取ることが出来る日数として必ず残しておかなければいけません。
例えば、年次有給休暇の付与日数15日の従業員に対しては、10日までを計画付与の対象とする事ができます。
前年度に取得せず、次年度に繰り越した日数も含めて5日以上を個人が自由に取得することができれば問題ありません。

(2)計画付与の前提条件

計画付与制度を利用するには、就業規則で定めた上で労使間協定の締結が必要です。

計画付与で締結する項目

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