多様な働き方への対応を可能にする限定社員制度導入のポイント

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多様な働き方への対応を可能にする限定社員制度導入のポイント

  1. 限定社員制度の概要
  2. 職務限定社員制度導入のポイント
  3. 地域限定社員制度導入のポイント
  4. 採用強化および定着につなげた取り組み事例

 


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目次

1.限定社員制度の概要

近年、人口減少に伴い労働力人口が急速に減少していることが大きな課題となっています。
併せて正規雇用と非正規雇用の二極化についても、労働力確保における弊害として有識者から指摘されています。
厚生労働省は、これらの課題を解決するために、企業に対して多様な働き方の実現に向けた取り組みを推奨しています。
中でも雇用の在り方として、職務、勤務地域および労働時間を限定した社員制度の普及を求めています。
今回は「職務限定社員制度」と「地域限定社員制度」の2つの社員制度についての概要と導入に向けたポイントについて解説します。

1.全社員に占める非正規労働者の割合が40%に迫る

総務省統計局のデータによると、全労働者数(約5,659万人)に占める非正規社員数(約2,165万人)の割合は約38%となっています。

全社員に占める非正規労働者の割合が40%に迫る

2.限定社員制度の概要

(1)限定社員制度の概要

これまでは、正規社員と非正規社員の2つの選択肢の働き方しかなく、時代に即していない現状があり二極化が進んでいました。
そこで登場してきたのが「限定社員制度」です。
限定社員制度とは、配置転換や転勤、仕事内容や勤務時間などの範囲が限定されている正規社員の雇用形態を指します。
正規社員と非正規社員の中間に位置する社員と考えると分かりやすいと思います。
処遇や責任の大きさ等も正規社員と非正規社員との中間に位置します。

雇用形態の違いによる労働条件の違い

(2)労使双方に望ましい制度である

限定社員制度は、労使双方にメリットがあります。労働者には、ワーク・ライフ・バランス実現のメリットがあり、一方企業側には、優秀な人材の確保と定着を同時に可能とし、さらに賃金面においても限定社員は正規職員と比べて賃金水準を低く抑えられるというメリットです。
このように、限定社員制度は、多元的な働き方の実現を叶える制度といえます。

3.限定社員制度の主なメリット・デメリット

限定社員制度は、企業側にとってメリットがありますが、必ずしも良いことばかりとはいえません。
当然デメリットもあります。
以下に、企業側と労働者側それぞれのメリット・デメリットをまとめました。

(1)企業側の主なメリット・デメリット

企業側の主なメリット・デメリット

(2)労働者側の主なメリット・デメリット

労働者側の主なメリット・デメリット

4.限定社員制度導入における主な留意点

(1)限定内容の決定と明示

限定社員制度を設計していくにあたり、重要となるのが「限定内容の決定と明示」です。
この限定内容について労使間で認識を一致させておかないと、いざ配置転換や転勤となる際に紛争が起きてしまう可能性があります。

限定内容明示のポイント

(2)均衡待遇への対応

限定社員制度を導入するということは、様々なキャリアのコースが存在しうることになるので、限定社員制度に対応した等級制度の整備が必須となります。

(3)賞与・退職金について

賞与については、基本給に業績を連動させて個々の評価を加味して支給する企業が多く、限定社員制度では正規社員と同様の支給方式にする検討が必要です。
また退職金については、近年ポイント制退職金を導入する企業も多くなっており、ポイント制退職金にする場合には、職務や地域に応じたポイント設定について検討する必要があります。

(4)労使間での協議を十分に行う

限定社員制度導入の目的は企業間で様々ですが、共通しているのは社員の働きやすい環境作りです。
よって、社員の納得感が得られるような制度にしていくことが重要です。
そのため限定社員制度設計にあたっては、労使間で十分な協議を重ね、制度を設計した際には社員説明会による周知が必要となります。

2.職務限定社員制度導入のポイント

1.職務限定社員制度とは

職務限定社員制度とは、担当する職務の範囲が他の職務と区別され、限定されている雇用形態のことを指します。
技能の蓄積や継承を目的とした高度な専門分野に限定し、特定の職務を専門とするプロフェッショナル人材のためのものです。
例えば、近年注目されているデータサイエンティストや、医療福祉などの資格を有する者、企業内である特定の職務に特化して従事する者などに適用し活用されます。
これらの専門職は、産業構造の高度化や人口動態の高年齢化が進む中で、より重要性が増していくと想定されます。

2.現状分析と導入目的の明確化

職務限定社員制度を導入するかどうかについては、まずは自社の現状を分析し、将来的な技能の蓄積や継承、プロフェッショナル人材を育成することが求められている場合に職務限定社員制度を導入することが期待されます。
また、近年幅広いキャリア形成や事業維持のために、他の職務を経験させるなど柔軟な人事配置が行われるといったケースもみられます。
そういった場合については、職務の範囲に一定の幅を持たせることで円滑な事業運営に繋がります。

3.制度設計における検討ポイント

(1)等級制度の整備

職務限定社員制度は、特定の職務において能力を発揮することで自社に貢献してもらう制度です。
そのため等級制度においては、いわゆる総合職と職務限定社員とで等級表を分けて設計する必要があります。
次ページの等級表モデルの例では、事務職を専門とする職務限定社員として新たに等級表を設計し、総合職との整合性をとっています。
この等級表では等級数を4段階にしていますが、高度な専門職では等級定義の設定が困難となるため、2段階程度にする場合が多くなります。自社の限定職務がどの程度の専門性をもっているかによって、等級数を設定することになります。

等級表モデル例

(2)賃金制度の見直し

職務限定社員制度の賃金の設定については、職務の難易度を考慮し、それに応じた賃金水準にすることが望ましいと考えられます。
さらに賃金制度を等級制度に連動させて運用することも重要です。
賃金制度の設計では、同業他社や職務限定社員制度を導入している企業の事例を参考に設計することもポイントとなります。
なお、平成26年7月に行われた厚生労働省の「多様な正社員」の普及・拡大のための有識者懇談会の報告書(以下、有識者懇談会報告書)によると、限定社員制度を導入している企業での限定社員の賃金水準は、正規社員の約8~9割としている企業が多いようです。

職務限定社員制度の賃金決定のポイント

(3)評価制度について

限定社員制度においては、等級制度とともに評価制度の整備も必要となります。
職務限定社員制度での評価制度の整備にあたり、職務限定社員は職務を限定されているため、正規社員とは評価制度を分けることになります。
具体的には職務の等級定義により、どの程度の能力を求められているかを考慮して、評価項目についてもより細かく設計していくことが重要です。

4.転換時の留意点

限定社員制度を運用していく中で、注目すべきは多様な働き方の推進だけではありません。
就業していく中で労働における志向が変化し、現在の雇用形態からの転換が柔軟に行われるようになることも限定社員制度の特徴です。
転換制度では非正規社員から限定社員への転換、限定社員から正規社員への転換の2つのパターンがありますが、職務限定社員制度は前者の方が多く行われます。
転換制度については、地域限定社員制度で詳しく解説します。

5.就業規則・雇用契約書への記載例

実際に限定社員制度を導入している企業において、就業規則・雇用契約書に限定内容等を明示している企業は多くはなく、およそ5割に留まっています。
しかし、「限定内容の明示」だけではなく、「処遇」「転換制度」「事務所廃止や職務廃止等の対応」といった制度導入によって変更が生じた各項目についても、就業規則・雇用契約書に詳細に明示しておくことが望まれます。
そうすることで社員が制度を認知しやすくなり、紛争を未然に防ぐことになります。
以下に、職務限定社員制度の規定の一例を示します。

限定内容における規程への文例、事務所廃止や職務廃止等の対応に関する規程への文例

3.地域限定社員制度導入のポイント

1.地域限定社員制度とは

地域限定社員制度は、転勤エリアが限定される、あるいは転居を伴う異動がない、もしくは転勤そのものがない雇用形態のことを指します。
勤務地域を限定することで、地元定着型の就業を可能とし、転勤や長時間労働が困難な各自の事情に応じて継続的に勤務していける働き方を促進するものです。
例えば、育児や介護などで勤務地の変更が困難な者に対して適応されます。
さらに、その導入効果として有能な人材の採用や定着の促進に資すると考えられます。

2.現状分析と導入目的の明確化

地域限定社員制度を導入するかどうかについては、社員構成に女性が多い場合や意識調査等により地元志向の強い社員が多い場合、または企業の戦略として地域の特性を活かした採用や事業の展開といった目的で導入を検討する場合等が多くみられます。
企業によって導入目的は様々であるので、労使間で十分に協議を重ね、自社の環境に応じてどのような地域限定社員制度を導入するかという検討が必要となります。

3.均衡待遇への対応のポイント

(1)等級制度の整備

地域限定社員制度は、職務限定社員制度よりも、職務や責任・権限の範囲に大きな違いがあるため、昇格・昇進に上限を設けている企業が多いようです。
特に上位管理職については、地域限定社員からの登用はしない場合が多くみられ、上位管理職への昇進を望む場合は正規社員に転換します。
また、正規社員と地域限定社員との間にキャリア形成に大きな違いが生じる場合があるのであれば、等級表自体を別々に設計します。
個々の企業の実情に応じて等級表に制限を設けるのか、それとも地域限定社員向けの等級表を設計するのかを検討する必要があります。
次に、上限を設けた場合の例を示します。

等級制度の整備

(2)賃金について

地域限定社員における賃金制度については、正規社員と地域限定社員との間に格差を設けることになるため、両者の間に生じる不均衡や正規社員に生じる不公平感に注意する必要があります。
具体的に賃金水準をどうするかについては、それぞれの企業の実情によって異なりますが、勤務エリアによって賃金水準に差を設けている企業もあります。

地域限定社員制度の賃金決定のポイント

(3)評価制度について

地域限定社員制度では、転勤の有無、勤務地のエリアによって区分けがなされますが、その職務内容については正規社員と地域限定社員との間に違いがない場合がほとんどです。
この場合、正規社員と地域限定社員との評価制度に明確な違いを設ける必要はありません。

4.転換制度について

地域限定社員制度でも転換制度は必要となります。職務限定社員制度は非正規社員から限定社員への転換が多く行われますが、地域限定社員制度の転換制度については、限定社員と正規社員との転換も多く行われます。

(1)非正規社員から限定社員への転換

非正規社員は雇用が不安定であり、処遇も低く、能力開発の機会も少ないためモチベーションが低下しがちとなります。
よって、本人の希望により限定社員に転換する制度を設計することで、勤続に応じた処遇の改善や能力開発の機会を提供することが可能となり、モチベーションの向上が期待できます。

(2)限定社員⇔正規社員の転換

限定社員⇔正規社員の転換

非正規社員から限定社員への転換が行われるように、限定社員と正規社員との間にも転換制度を設計するのが望ましいです。
正規社員から限定社員への転換制度があると、ワーク・ライフ・バランスの実現や育児・介護などの個々の事情の変化に対応しやすくなるためです。
逆に、限定社員から正規社員への転換制度があると、職務の専門性をより高めていきたいという人にとってもメリットがあります。

5.就業規則・雇用契約書の作成例

職務限定社員制度と同様に、地域限定社員制度においても就業規則・雇用契約書で、「限定内容の明示」「処遇」「転換制度」「事務所廃止や職務廃止等の対応」といった制度導入によって変更が生じた各項目についても、就業規則・雇用契約書に詳細に明示しておくことが望まれます。
以下に、規定の一例を示します。

就業規則・雇用契約書の作成例

4.採用強化および定着につなげた取り組み事例

地元志向の強い社員の定着につなげたK社

(1)制度導入の背景

従来、K社には全国に転勤の可能性がある社員と当該営業所のみに勤務する社員の2通りの採用コースがありました。
両者には処遇に格差があり、各社員が区分を選択できる制度はありませんでした。
また、本人の希望に応じて一時的に勤務地を限定することもできましたが、制度として明確にしておらず、それを認知していない社員の離職が問題となっていました。
これらの問題を受けて、2013年に全社的意識調査を実施すると、若年社員の中には地元志向が強まっていることが分かり、限定社員制度の導入決定に至りました。

(2)地域限定社員制度導入の概要

地域限定社員制度導入の概要

これまで営業職、業務職、事務職という3つの職種がありましたが、新たに営業職の中で地域限定正規社員制度として「エリア限定」「居住地限定」という区分を作りました。
エリア限定社員に関しては一定の範囲内で転居を伴う異動が行われ、居住地限定社員では転居を伴う転勤はありません。
職務内容については、全国転勤のある社員、エリア限定社員、居住地限定社員の間で違いはなく、人事評価の仕組みやキャリアパスも共通です。
また給与については、勤務地域の物価に応じて変動する「地域手当」に加え、社員区分に応じて金額が変動する「職種別手当」がありますが、基本給については社員区分に関わらず共通の給与表を用いています。

(3)限定社員制度導入時の工夫と導入後の効果

制度導入後、社長自ら全社員向けに制度の説明を行いました。
さらに、必要に応じ個別に面談の機会を設けることで社員の認識が深まり、円滑な制度導入に繋がりました。
導入後の効果として、退職を思いとどまる者もあり、人材定着に効果が出ています。

採用率の増加と離職率の減少につなげたT社

(1)制度導入の背景

T社では、コールセンター運営とバックオフィス事業において、これまで女性中心の契約社員の採用が中心となっていました。
そのような中、正規社員への転換を望む声が多く、人材確保と定着促進を目的として、限定社員制度の導入決定に至りました。

(2)地域限定社員制度導入の概要

「正規社員」「職務・地域限定正規社員」「契約社員」の3つの社員区分があり、正規社員と職務・地域限定正規社員の格付けはグレード制度と呼ばれる等級制度を用いています。
正規社員では6つまでのグレードがありますが、職務・地域限定正規社員はグレード3までと上限を設けています。
転換制度としては、限定社員から正規社員への転換について年に1回の機会が認められており、正規社員から限定社員への転換については社員と会社の合意により可能となります。
給与体系については、地域手当を採用することで正規社員との給与の差を出来るだけ少なくするようにしています。

地域限定社員制度導入の概要

(3)限定社員制度導入時の工夫と導入後の効果

T社では、過去に人事制度導入時、現場社員の理解が得られずに制度の定着が進まなかった経験がありました。
その反省を活かし、職員向けの説明には力を入れ、全事業所において計40回の説明会を実施しました。
導入後、限定社員転換の対象となる者の内、7割が実際に転換しています。
導入後の効果としては、採用率が例年よりも3割増、月間離職率が3割減となっており、人材確保と人材定着に効果が出ています。

多様な雇用形態を取り入れたM生協

(1)制度改定の背景

採用難や離職を背景として人材確保や社員の定着を図るために、2016年9月に以下の3つの人事制度改革に取り組むことを宣言した「人づくり行動宣言」を理事長名で出しました。
すべての職員を一つの枠組みの中で処遇するという方針の下、職員がやりがいをもって働き続けられることを目指し、評価、賃金体系などについて抜本的な改革を進めました。

3つの人事制度改革

(2)改革プロジェクトの概要

雇用形態を「働き方」によって選べる3つのコース区分(ゼネラルコース〈正社員〉、エリアコース〈勤務地特定〉、ジョブコース〈パート社員〉)に変更し、コース間で雇用の転換が可能となっています。
転換の要因となった個人的事情が解消した場合、再びゼネラルコースに戻ることも可能となっています。
また、「エリアコース」と「ジョブコース」に在籍している社員でも従来の制度よりも上位の役職や職位まで登用されるようになり、モチベーションアップにもつながっています。

(3)多様な働き方の導入後の効果

社員が、自身の事情で希望する働き方を選択することができることで人材定着に効果が見られました。
また、パート社員からジョブコースへの改定では、賃金のベースをゼネラルコースと統一させたことで、ジョブコース社員のやりがいの向上につながりました。
今後は、業務に役立てるための自己研鑽等も雇用転換の対象とすることを検討中です。

これらの事例を通じて、社員の家庭の事情や本人の希望に配慮し、働きやすい雇用環境を整備することが採用や定着につながる有効な手段となります。
自社の雇用制度の見直しの参考となれば幸いです。

 

■参考文献
『「多様な正規社員」の普及・拡大のための有識者懇談会 報告書』(厚生労働省)
『勤務地などを限定した「多様な正規社員」の円滑な導入・運用に向けて』
『「地元の多様な雇用の受け皿の整備業務」地域限定正規社員制度導入事例集』
(厚生労働省 都道府県労働局・ハローワーク)
『「多様な形態による正規社員」に関する研究会報告書』(厚生労働省)
『労政時報3968号 地域限定社員制度』(労政時報)
『今日からはじめる無期転換ルールの実務対応』(第一法規)
『限定正規社員制度導入ガイドブック みらいコンサルティンググループ』(同文館出版)
『有期労働契約の無期転換がわかる本』(自由国民社)

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