再編が急務 社会保障制度改革の方向性

1.議論進む持続可能な社会保障制度のあり方

1.社会保障制度改革が必要とされる背景

高齢化が進展する日本の社会では、0~64歳人口が一貫して減り続ける一方で、65~74歳人口は2040年までに約100万人増加し、75歳以上は約800万人も増加すると推計され ています。
その結果、国全体では若年層が3,000万人減、高齢者が900万人増加し、総人口は約2,100万人減少すると試算されます。
しかし、現在の社会保障制度の骨格は、1960年から70年代にかけての高度経済成長期に形成されたものであり、社会保障制度を取り巻く状況も大きく変化しました。
そのため、世代間の公平性と共助を柱とする持続可能性の高い社会保障制度への再編を目指して、そ の制度改革の必要性と基本的な方向性・具体策を示す取り組みが進められています。

社会保障制度改革が必要とされる背景

2.進む社会保障制度改革国民会議の議論

社会保障・税一体改革の推進にあたり、高齢化の進展とともに近年の日本が抱えてきた命題として、持続可能な社会保障制度のあり方を議論するため、社会保障制度改革推進法に基づき「社会保障制度改革国民会議(以下、「国民会議」)」が設置され、下記の4つの項目について検討が続けられています。

社会保障制度改革推進法(第5~8 条)に定める改革の基本方針

特に、医療・介護分野における改革は最も重視されており、これまでの議論を整理すると、今後の政策の方向性をみることができます。

(1)社会保障・税一体改革にかかる法整備

社会保障・税一体改革をめぐっては、社会保障制度改革推進法だけでなく、さまざまな関連法が成立し、今後の政策的な推進が強力に実施されます。
医療・介護提供体制の再整備とともに、社会の高齢化に伴い必要とされる少子化対策や年金制度改革もこれらに含まれます。

成立した社会保障・税一体改革関連法

(2)総合的な政策推進の基盤整備

国民会議では、増税で得られる新たな財源をもとに、医療機関と介護関連施設を地域ニーズの将来像に合った形に再編成することを目指しています。
その中には、既存の医療施設の有効利用や、平均在院日数の減少と在宅医療へのシフトを図る等の個別の目標がありますが、これまではこれらを具体化する政策が整わず、実現までに長期間を要する事態となっていました。
しかし、法的根拠を有する今回の国民会議において、同様に法に定められた検討すべき項目に関する議論が進むに従い、最重要課題である医療・介護提供体制の再構築について、総合的な政策の大枠が判明しつつあります。

3.国民会議が示す改革の2本柱

具体的な改革内容は大きく分けると、(1)国民健康保険の財政基盤強化、および(2)病院機能の抜本的再編、の2点に整理できます。
そして、上記の(1)・(2)を実現するための具体的手段として、次のような案が挙げられています。

医療・介護制度改革の方向性 ~国民会議における議論のポイント
国民会議は、社会保障制度改革推進法において、設置期限(政令で規定)が平成25年8月21日と定められ、同月までに最終報告がまとめられるとともに、政府にも法律上、同日までに「必要な法制上の措置」を講ずる旨が義務付けられています。
実際には、最終報告に具体的な政策が盛り込まれることになりますが、現在は、4つの検討項目それぞれについて整理された国民会議の議論に対し、各立場からの意見が表明されているところであり、今後これらを踏まえた検討が行われて、総合的な政策として精緻化されていくことになります。
次章からは、国民会議が示した改革の2つの柱である「国民健康保険の財政基盤強化」と「病院機能の抜本的再編」の内容をみていきます。

2.国保財政基盤強化と病院機能再編が改革の柱

1.国民健康保険の財政基盤強化策は改革の大前提

国民皆保険を掲げる日本にとっては、地域医療を守るためにも、地域医療提供体制の整備と、また国民皆保険を最終的に支える「医療保険における最後のセーフティネット」として、国民健康保険のあり方を一体的に検討することが重要です。

(1)保険者の都道府県移管と総報酬割の全面導入

医療保険制度の財政基盤の安定化は、今後の公的保険制度維持に向けて重視され、また期待されている政策です。
そのうち、国民健康保険における保険者のあり方は、これまでも議論の対象とされてきました。
国民会議では国保の運営について、現在の市町村から都道府県単位に拡大する案に加えて、75歳以上が加入する後期高齢者医療制度への現役世代の支援金について、給与が高いほど保険料が上昇する「総報酬割」を全面的に導入する案を挙げています。
これによって 浮いた国庫負担2,000億円を、国保の赤字補てんに用いるというものです。

総報酬割を拡大した場合の各保険者の支援金負担額の変化:平成27年度推計、総報酬割を拡大した場合に負担増・負担減となる保険者数:平成27年度推計

高齢者支援金は、加入者の人数に応じた「加入者割」が基本になっていますが、これを総報酬割に転換することで、加入者の所得が高い健保組合の負担は増加する一方、中小企業を主体とする協会けんぽに対する国の補助金(平成27年度における試算2,300億円)が不要となり、国保の補てん財源を生むことができるという考えを示しています。

「総報酬割」とは

(2)保険料負担に関する公平の確保

国民健康保険は公的な健康保険制度の一つであって、未就業者や非正規労働者(パートタイマー等)、自営業者などが加入していますが、高齢化により負担する医療費がかさむようになる一方で、非正規雇用による「ワーキングプア」の増加によって、収入基盤の弱体化と赤字の慢性化傾向がみられています。
そのため、財政基盤の弱い自治体では国保保険料が高騰しており、自治体間格差が問題となっているほか、低所得者の中には保険料が支払えずに無保険状態になっている人もいることから、最後のセーフティネットとして国民健康保険を維持するための財政基盤強化は、社会保障制度改革の前提条件であるといえます。

2.病院機能の抜本的再編に向けた政策

(1)日本における医療・介護の需給と供給の問題

日本の医療は、国際的にみると人口一人当たりの病院・病床数が突出して多い一方で、病床あたり医師・看護師数が少ないことから、近年では特に急性期医療の担い手にとって、加重労働が常態化していることが指摘されてきました。
加えて、地域において医療機関の役割分担が曖昧であるため、診療科目や医療職(医師・看護師)の配置にも地域的偏在が発生しているほか、救急患者の受け入れ体制の不備がたびたび報道される問題の一つとなっています。
さらに、リハビリや在宅療養支援・介護提供体制の整備が、厚生労働省の期待通りの水準には達せず、社会的受け皿を確保できないことにより入院期間が長期化し、医療費の増大につながってしまうという悪循環を生んでいます。
しかし、こうした問題は今後も続く高齢化によって、さらに深刻化することが予測されています。
医療・介護の供給資源レベル(人口当たりの総病床数と看護師数、介護関連施設・高齢者住宅の収容可能人数等)と高齢化率は、地域によって大きな差が生じており、特に下記のような大都市圏では社会的受け皿が不足して、将来医療提供が間に合わなくなると指摘されています(平成25年4月19日第9回国民会議における国際医療福祉大学大学院 高橋泰教授のプレゼンテーションより)。

医療・介護の供給が間に合わなくなると予測される地域(二次医療圏)

(2)財源投入による地域医療・病院機能の再編推進

将来予測される医療・介護の提供不足を確保し、前述のような問題を解決するために、平成20年の国民会議において検討されたのが公費の追加投入であり、それに必要な財源は消費税率換算で試算されました。
「税と社会保障の一体改革」は、これと呼応する形で実施されるものです。
消費税率の引き上げが決定したことにより、社会保障制度改革に関する具体的な改革案が示されることとなり、今回の国民会議最終報告では、具体的政策案が盛り込まれる見通しです。
詳細は、先に国民会議が示した「議論の整理」に挙げられる方針に従い、政策パッケージとして各種の規制改革案と抱き合わせで提示されます。

公費財源投入による改革案の必要性を指摘した意見~ 財務省「税と社会保障の一体改革」審議会報告書(平成25年1月)

国民会議では、消費税増税による財源をどう使うかという具体的政策を示すことが求められており、近年続けられてきた議論を踏まえると、その選択肢は限られているとしています(委員・権丈善一慶応大学教授の意見)。
現時点では、補助金を用いて自治体や病院等に医療・介護の自発的な再編を促すスキー ムが案として提示されています。
その中身は、増減財源の一部で基金を創設し、医療・介護資源の再配分に向けてシンクタンク機能を担う専門チームを国に組織し、改革に取り組む自治体を支援するというものです。
具体的な支援策は、資金と政策の両面となると予測されています。
その他、医療法の改正等を含め、次のような改革案を示しています。

地域医療・病院機能再編を目指す各種規制改革案

3.医療機関に影響を与える今後の論点

1.国民会議「議論の整理」と意見の概要

(1)国民会議における「議論の整理」の概要

国民会議はこれまでの議論経過を取りまとめ、平成25年5月10日に「議論の整理」を公表しました。
その内容は、次のような個別項目で挙げられています。
これらが、今後の具体的政策の 基盤となる方向性として捉えることができます。

国民会議「議論の整理」の各項目

(2)「議論の整理」への意見

国民会議が公表した「議論の整理」に対しては、それぞれの個別項目に対して意見が出されています。
厚生労働省が5月29 日に公表した「社会保障審議会医療保険部会における主な議論」には、同部会における意見として、後期高齢者支援金への総報酬割拡大で生じる財源につい て、これを国保に投入する考え方への反対意見等が示されたほか、それぞれの個別項目に対して意見が表明されています。

「議論の整理」への意見

(2)総報酬割捻出財源の国保投入の議論

この点については、医療保険部会で議論の中心となったテーマであり、国保の保険者の在り方や後期高齢者医療支援金の総報酬割をめぐる議論において、各委員の立場により、様々な意見が提示されました。
被用者保険側は、高齢者医療への拠出金の増加で財政が厳しくなっている現状を踏まえて、公費の拡充を求めており、特に協会けんぽは、国庫補助率20%への引き上げを要請しました。
総報酬割の全面導入に関する考え方に対しては否定する意見はなかったものの、それによって捻出される財源(約2,300億円)をめぐっては、それぞれの立場を代表する委員によって、未だ様々な意見が挙げられているのが現状です。
そのほか、医療保険における療養の範囲の適正化等の項目については、70~74歳の窓口負担を速やかに現状の1割から2割に戻すべきという意見が大勢を占めましたが、新たに70歳に達した人から順に2割に引き上げるべきとする緩和も必要としています。
社会保障制度改革は、消費税増税により財源の確保のめどが立ったことで、一気に具体的改革案の提示の流れが加速しています。
会議自体の設置期限を迎える8月の国民会議最終報告の内容には、規制改革も含めた社会からの反発もある政策が盛り込まれることも予想されており、今後も動向に留意が必要です。

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