1.歯科医院における事業承継形態
歯科医院経営を永続させるためのカギは、院長はもちろんのこと、運営を支えるスタッフです。
優れたスタッフを採用し、ワンランク上の患者応対をすることによって、医院経営は安定します。
しかし実態は、土日診療や夜間診療が増加している状況があり、また歯科衛生士等資格者の不足、歯科医療事務という専門性の職種を必要とするため、多くの歯科医院が、スタッフの募集・採用・雇用に苦労しています。
魅力ある職場とより良い雇用条件、勤務してからの教育・育成の環境を提示できなければ優秀な人材の応募は期待できません。
今回は、スタッフ採用及び育成のポイントについて解説します。
1.応募希望者を高める雇用条件の整備
(1)勤務体制の整備
夜間診療や土日診療を行っている歯科医院が多いことを考えると、労働時間やシフトについては明確に表示をする必要があります。
ここが明確になっていないと、求職者はまず応募してみようとは考えません。
いかに自分に合った医院かを求人内容から判断し、応募するのですから、勤務体制を明示する必要があります。
(2)給与条件の整備
当然ながら給与規定がどうなっているかは、求職者の関心事です。
転職者は、前職や他医院の求人と比較し応募してくるため、明確な給与規程を作成し、募集時には掲載出来なくても、面接時には説明できるように準備する必要があります。
(3)福利厚生の整備
歯科医院は女性が中心の職場であり、子供を持つ方も働ける職場環境づくりが必要です。
未就学児がいる方は、出勤前に保育所等へ預けるケースも多いため、こうした勤務者への細かい条件整備等も必要です。
1.採用したい人材の基準作成
歯科医院の診療方針やコンセプトが違えば、雇用するスタッフの理想像も違います。
より良い経営を行うためには、スタッフの技術面だけでなく、その人の仕事への価値観や動機、働き方のスタイル等、人的性格的な側面も重要になります。
募集前に自院の診療理念や経営方針を明確にし、そのビジョンやコンセプトに沿った良い人材像を確立する必要があります。
(1)書類選考の基準を明確にする
選考は、応募書類の審査から始まります。
短期間で歯科医院を渡り歩いている人は、協調性が無かったり、飽きやすい性格であるなど問題を抱えているケースが多いので注意が必要です。
その他出身校、取得資格の確認を行うほか、誤字脱字が多く書類に不備がある応募者は、その段階で選考対象から外します。
(2)最低限の採用基準を設定する
書類選考の次は実際に面談を行って、採用するかを判断することとなります。
その際に、最低限必要な要素を明確にしておきます。
具体的には、患者に安心感を与えることができる外見や話し方をしているかなど、下記の要素を押さえておくことが一般的です。
(4)歯科治療知識と経験について
歯科衛生士と歯科助手では、治療補助業務の範囲に差がありますが、重要なのは予測と準備・段取りです。
これから起こることへの予測ができると十分な準備が可能になり、段取りが十分にできると業務もスムーズに流れて、歯科医師も他のスタッフもそして患者さんも気持ちよく治療終了を迎えることができます。
これは、経験と知識がなければ難しいことなのです。
歯科医院の承継には、譲渡資産等のハード部分と患者(カルテ)やスタッフ等のソフト部分を考慮する必要があります。
買い側は何をどう引き継ぐか、どんな体制でリスタートを切るか、瑕疵が無いかがポイントになります。
売り側は譲渡契約をし、資産等を引き渡して終わりではなく、過去の治療に関してまで引き継いでもらえるかどうかが問題です。
インプラント等の特殊な診療に関しては、売り側が負担と責任を持って対応するということが多いようです。
承継に関しては、様々な条件を想定して決めることが重要です。
2.欲しい人材の応募を増やす工夫と面接対応
どの歯科医院も「良い人材が欲しい」と思っていますが、「良い人材」の基準はあいまいであるうえ、院長・歯科医院によって求める基準が違ってきます。
雇用してから「こんな人を採用したいわけではなかった。」とならないよう、面接前に基準を明確にし、良い人物像に近い方を採用しなければいけません。
1.求人申し込みを増やす募集方法
歯科医院の求人に対して、特に歯科衛生士の応募が少なくなっています。
また、歯科医療事務のスキルを持った受付兼歯科医療事務と経験値の高い歯科助手の応募も多くはありません。
そのため良い人材を採用するためには、募集方法に工夫を講じる必要があります。
(1)人材募集の方法
求人手段は多々ありますが、その中から自院にとってどの方法が良いのか、組み合わせを考えて選択しなければいけません。
(2)募集効果を高める求人広告のポイント
記載する内容も工夫が必要です。
勤務条件の羅列だけでは選ばれません。
どんな医院なのか、スタッフ数、雇用後の育成等はどうなっているのか、労働保険・社会保険等、求職者の興味を引く内容を掲載することが必要です。
新聞の三行広告、枠の決まっている求人誌や専門学校等、掲載ができないものもありますが、予算の範囲内で様々な条件を載せることが、応募先として選ばれる要件の一つです。
求職者が重視しているのは、働きやすい環境なのか、その職場が自分を育ててくれるのか、労働と給与が見合っているのか、福利厚生はどうなっているのか、休暇はどうなっているのか、という点です。
やりがいのある仕事の具体的表現もポイントであり、求職者が気にする条件を掲示することが必要です。
2.スタッフ面接時の対応
面接では、聞き取りをしなければいけないポイントがあります。
また、質問方法も「はい」「いいえ」で回答する質問の仕方はいけません。
相手に考えさせ、相手の言葉で説明させる必要があります。
(1)歯科治療知識と歯科治療技術について
場面別質問により、今まで培ってきた知識と経験、身に付いた技術を聞き取ります。
何ができ、何ができないのか等個人の能力を把握します。
また、組織としてどんなことを行ってきたかも聞き取ります。
(2)応募動機や前職の退職理由の聞き取り
面接では、本当のことをすべてさらけ出すケースはほとんどありません。
いくつもの質問によって、事実や本音を聞き出す必要があります。
自院を志望した動機が前向きなものであれば良いのですが、どこでも良いといった方では困ります。
また、前職の退職理由が「一身上の都合」となっていても、実際は問題を起こし、解雇・退職勧奨による退職であったなら、同じことが起こる可能性があります。
したがって、明確な退職理由を聞き取ることが必要です。
前向きで、やる気を感じさせる動機づけ、面接前に自院の調査をしっかりしているかを確認します。
(3)家庭環境の聞き取り
家庭のある方は家族の状況を、独身であれば健康状態を確認します。
小さな子供がいるのであれば、その面倒(病気や保育所の迎え等)はどうするのか、世帯主に転勤がないのか、両親(本人、配偶者)の面倒は見なくとも良いのか、出産予定はないのか、等、様々な状況変化を想定し、確認します。
(4)理想とする診療所像
スキルアップを求めて応募してきたケースであれば、理想とする診療所像を持っている場合がほとんどです。
その理想像と院長先生の考える理想像を照らし合わせ、その共通点が多いほど、理想に向かって努力する「良い人材」である可能性が広がります。
(5)希望給与
「良い人材」であれば、それに見合った給与も求められるため、今までの給与とそれに対する評価を聞き取ります。
可能であれば、自院で提供できる給与額を提示してその反応を確認したいところです。
またパート職員であれば、扶養範囲内での勤務なのか、それ以上の勤務でも構わないのかを聞き取ります。
(6)勤務体制の確認
正職員であれば、自院の勤務時間や勤務体制に問題ないかを確認します。
また、パート職員であれば、希望勤務時間の確認を行います。
子供のいる方であれば、午前中勤務、土日や夜間の勤務は出来ない等の希望があるのが一般的です。
3.採用後の働き方をイメージした質問事例
雇用条件についての質問の他、治療や医院運営についてどう考えているかも確認します。
採用された後の働き方をイメージし、回答させます。
採用は一方的に選別する場ではなく、お互いを知る場です。
短い時間で全てを把握し判断はできませんが、より深く知るためにも質問の中身を吟味して面接に臨みます。
3.福利厚生制度の充実と人事評価で定着率向上
優秀なスタッフを雇用し、継続して勤務してもらうためには、雇用条件の整備が重要です。
給与等の条件規定や勤務時間等の待遇面、技術能力向上のため研修制度構築、福利厚生面での待遇等、整備が必要です。
スタッフに対して、必要以上に厚遇することはありませんが、働きやすい環境を作ることがポイントです。
1.福利厚生・研修制度の充実
(1)保育所・児童会館等との連携と勤務シフトの整備
優れた能力を持っていても出産や育児との両立が難しいため、働くことを諦めてしまうスタッフは少なくありません。
保育所を経営している医療機関もありますが、近隣の保育所・児童会館等と連携を取り、子供を預かってもらえる制度を確立することで、より雇用の幅は広がります。
夜間診療・土日診療が多い歯科医院では、保育所・幼稚園等との連携に加えて勤務シフトを整備する必要があります。
家庭の事情にもよるでしょうが、子供の件だけではなく家庭全体の要望に応える体制整備が必要です。
(2)マイカー通勤制度の確立
都心中心部であれば難しいでしょうが、マイカー通勤ができれば雇用の可能性が増加します。
子供がいる女性スタッフの多くは、お迎えや預け入れのためマイカー通勤を希望します。
自院で駐車場がないのであれば、近隣で駐車場を用意することをお勧めします。
また、少々遠距離であってもマイカー通勤が可能であれば勤務が可能となり、雇用の幅を広げることにもつながります。
(3)教育・研修制度の充実
福利厚生制度の充実だけでは、スタッフの定着化は図れません。
スタッフは、よりスキルを高めたい、人間的にも成長したいという欲求を持っているからです。
これらの要求を満たすことによって、スタッフの定着化は図れます。
スキルやモチベーションをいかにアップするかがポイントとなります。
2.人事評価と成果配分でモチベーションアップ
人事評価制度は、給与制度に連動して初めて、その効果を最大限に発揮する事ができます。
スタッフの努力によって上がった成果(収入)を、一定期間医院内で管理し(内部留保)、各スタッフの成果に応じた分配を行うこと(給与)が、人事評価・給与制度のサイクルです。
(1)人事評価と給与のリンク
職種・ランク(等級)毎に給与を細かく規定することにより、人事評価による評価結果を適正に給与に反映させ、目標を立てる事ができます。
(2)人事評価制度の整備
人事評価制度の構築で重要なポイントは、「評価」そのものです。
人事評価制度の目的は、制度をつくることではなく、「より公平で、オープンな人事評価制度によって、スタッフのやる気と能力をアップし、医院の収入を上げるため」です。
制度を機能させるためには、医院の方針に沿った内容で、院長の高い志と継続的な行動力、全スタッフの協力のもとに進める必要があります。
3.スタッフの定着率をさらに高めるポイント
(1)スタッフの不平不満の理解
歯科医院における退職理由のうち、結婚・出産・体調不良、配偶者の転勤等やむを得ない理由での退職以外である場合、スタッフの不平不満によることも多くあります。
原因を改善しないと次々と退職者が続く可能性もあるため、原因究明から対策を講じる必要があります。
(2)不平不満の解消策
認めてられていないと感じているスタッフについては、人事評価実施後の面接をしっかりと行い、優れている点、指導すべき点を伝えることが重要です。
面接を通して、普段から見てくれているのだと感じ、少額でも給与アップにつながるとモチベーションが上がります。
また、ミスがクレームにつながった時は、注意するだけでなく、能力向上のために育成・指導をする必要があります。
大きなクレームに発展した時は、院長はじめ全スタッフでフォローする体制を作り、医院としてのスタンスを明確にしましょう。
この体制が構築されると、様々な事態に医院として全体で向き合うことになり、当人の負担も軽減されます。
人間関係の問題については、ほとんどがコミュニケーション不足から起こることが多く、改善する余地は多々あります。
院内ミーティングや朝礼の開催等、まずはお互いを知ることから始め、改善に努めます。
【参考文献】
アポロニア21 平成26年10月号「スタッフの雇用と育成」株式会社日本歯科新聞社より