働き方改革に対応する医療機関の労務管理対策

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働き方改革に対応する医療機関の労務管理対策

  1. 働き方改革に伴う労務管理対応
  2. 医療機関の労務管理と法令違反の実態
  3. 適切な労働時間管理方法


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1.働き方改革に伴う労務管理対応

1.働き方改革における法適用について

医療機関における「働き方改革」への対応は既に始まっています。
年次有給休暇の取得義務化や労働時間の状況の把握は、企業規模に関わらず本年の4月から適用となっています。
「医師」の時間外労働の上限規制については、2024年4月から適用となる予定で、厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」で報告書がまとめられ、適用に向けた準備が進められています。

医療機関の規模別の適用関係(概要)

管理監督者については、時間外労働の上限規制の適用除外となりますが、「労働時間の状況の把握」については適用となります。
また、管理監督者に該当するか否かについては注意が必要です。
「管理職」と「管理監督者」は必ずしもイコールではないという認識が重要となります。

2.労働基準法における「管理監督者」とは

自院で管理職としての地位にある職員でも、労働基準法上の「管理監督者」に当てはまらない場合があります。
「管理監督者」は労働条件の決定、その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいい、労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の制限を受けません。
管理監督者に当てはまるかどうかは、役職名ではなく、その職務内容、責任と権限、勤務態様等の実態によって判断されます。

「管理監督者」の判断要素

管理監督者についても、長時間にわたる過重な労働にならないように注意が必要です。
長時間労働となった場合には、労働安全衛生法に基づき、医師による面接指導等の健康管理に係る措置が必要となる場合があります。
また、管理監督者であっても、深夜業(22時から翌日5時まで)の割増賃金は支払う必要があり、年次有給休暇についても一般労働者と同様に与えなければなりません。

3.働き方改革で必要となる労務管理のポイント

(1)時間外労働の上限規制への対応

これまでの限度基準告示による上限は、罰則による強制力がなく、また特別条項を設けることで上限なく時間外労働を行わせることが可能となっていました。
今回の改正によって、法律上、時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間(対象期間が3か月を超える1年単位の変形労働時間制により労働させる場合は月42時間・年320時間)となり、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることができなくなります。
また、臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合(特別条項)でも、以下の基準を守らなければなりません。

特別条項における時間外労働の上限、時間外労働の上限

(2)年次有給休暇取得義務への対応

2019年4月1日から、10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して、付与日から1年以内に5日の有給休暇を時季の指定をして与えなければなりません(労働者が時季指定して取得した日数及び計画的付与した日数分は5日から差し引く)。

年5日の年次有給休暇付与の仕組み

ただし、以下のような場合については、使用者は時季を指定した有給休暇が不要、または不足日数分のみの付与でよいとされています。

使用者の時季指定の義務から解放されるケース

(3)月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率の引上げ、その他の対応

2023年4月1日から、中小企業が今まで猶予されていた月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率の引上げが適用されます。
具体的には、25%の割増賃金率を50%以上まで引き上げることが必要となります。
1か月60時間の時間外労働の算定には、法定休日(使用者は1週間に1日または4週間に4回の休日を与えなければならない)に行った労働は含まれませんが、それ以外の休日に行った時間外労働はこれに該当します。
なお、労働条件の明示や割増賃金の計算を簡便にする観点から、法定休日とそれ以外の休日を就業規則等で明確に分けておくことが労務管理上望ましいと思われます。
法定休日の労働時間については、35%以上の率で計算した割増賃金を支払わなければなりません。
また、2019年4月1日からは事業主に労働時間の状況の把握が義務化されました。
健康管理の観点から、高度プロフェッショナル制度の対象者を除く全ての人の労働時間の状況が客観的な方法その他適切な方法で把握することが義務付けられ、対応が必要です。

2.医療機関の労務管理と法令違反の実態

1.医療機関の労務管理の課題

(1)主な医療機関の労務課題

医療機関については、様々な専門職種が処遇や労働条件が異なる中で協働しているため、全ての職種を一律に管理することは難しく、職種や役割等に応じた労務管理が求められます。
医師については、偏在問題等により医師不足の地域では過重労働となっている実態があり、また、応召義務により患者最優先の治療を行うことで長時間労働となることもあります。
更に、目まぐるしく変わる法律等に対応した労務管理がなされていない可能性も考えられます。
特に近年、法改正が頻繁に行われたため、自院の管理体制が法の基準を満たしているか確認する必要があります。

(2)労働関係法令の理解

適切な労務管理を行うためには法令の周知や遵守が必要となり、労働基準法を始めとして、多岐にわたる労働関係法令の理解が重要となります。
近年は、長時間労働に関することや正規雇用職員と非正規雇用職員の不合理な待遇差が話題となり、この部分については働き方改革でも重要視されていることから、特に注意が必要です。

労務管理に必要な主な労働関係の法律

2.近年改正された労働関係法改正情報

働き方改革関連法以外にも、近年は多くの法改正がありました。
自院の労務管理が法改正に対応しているかを確認しつつ、就業規則や各種関連規定が法改正に対応して整理されているかについても併せてチェックしていきます。

働き方改革関連法以外の労働関係法改正情報の一例

上記の改正情報は多くの法改正の中の一部であり、労務管理に関する改正は毎年のように行われています。
また、法改正により就業規則や各種規程を見直すことが必要になるケースも少なくありません。
直近でいうと、休暇は就業規則の絶対的記載事項であるため、年次有給休暇の取得義務の件については就業規則で必ず明記しなければなりません。

年次有給休暇の規定例

3.労働基準法違反の実態

医療機関が労働基準監督署から実際にどのような是正勧告を受けたかについて、情報開示請求によって是正勧告書等の現物を入手できる県立病院を対象とした調査結果(対象期間2014年4月から2017年5月)によると、労働時間に関する違反および法定時間外、休日及び深夜労働に対する割増賃金に関する違反が多いことが判明しました。
これは、都道府県立病院のうち、約4分の1※(49施設)が2014年4月から2017年5月の間に是正勧告もしくは改善指導を受けていたことになります。
※病院数:厚生労働省『平成28年医療施設(動態)調査上巻』2015年時点203施設

是正勧告を受けた施設数(全国)、是正勧告の一例(違反事項)、労働基準法第32条・第36条・第37条違反の解説、改善指導を受けた施設数(全国)

これらの違法等の実態から、特に労働時間の適切な管理が医療機関に求められていることがわかります。
次章では、労働時間の管理方法について説明致します。

3.適切な労働時間管理方法

1.労働時間と割増賃金の考え方

(1)労働時間の考え方

労働時間は、「法定労働時間」「所定労働時間」「実労働時間」に分類することができます。
法定労働時間とは、労働基準法で定められた労働時間であり、原則としてこの時間を超えて労働させることができません。
所定労働時間とは、就業規則等で定められた始業時刻から終業時刻までの時間から休憩時間を差し引いた労働時間をいいます。
所定労働時間は労働者によって異なる場合があります。
実労働時間とは、実際に労働者が働いた時間です。

法定労働時間と所定労働時間の違い

(2)割増賃金の考え方

時間外労働の割増賃金は、法定労働時間を超えた残業時間について発生します。
よって、就業規則等で別段の定めをしていない場合、法定労働時間内の残業時間については割増なしの残業代を支払えばよいとされています。
一方、法定労働時間を超えた時間外労働については割増賃金が必要となります。
時間外労働等に関する割増賃金率は次の表のとおりです。
今回の改正により、2023年4月1日からは、中小企業規模の医療機関について猶予されていた「月60時間を超える時間外労働に係る割増賃金率」は50%以上としなければなりません。

割増率早見表、割増賃金のイメージ

2.適正な労働時間の管理方法

医療機関の使用者には、職員の労働時間を適正に把握する義務があります。
労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、使用者の明示または黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は、労働時間に当たります。
例えば、参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間は労働時間に該当することとなります。

労働時間の把握方法(原則的な方法)

使用者が直接職員の出退勤を現認して記録をするのは難く、基本的にはタイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録方法が現実的な手段となります。
また、タイムカード等の記録以外に、使用者の残業命令書及びこれに対する報告書など、使用者が職員の労働時間を算出するために有している記録があれば、タイムカードと突き合わせることにより労働時間を確認し記録します。労働時間の管理上、この突合による残業時間の管理が非常に重要です。
やむを得ず自己申告制により労働時間を把握する場合には、注意が必要です。自己申告制の労働時間の記録は、労使紛争の際の記録証拠としてはタイムカード等の記録より弱いため、できるだけ、タイムカード等の客観的な記録で管理することが望ましいと考えられます。

自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置(一例)

3.残業の事前申請制度を導入

管理者の知らないところで職員が残業し、管理できない残業代が発生して時間外割増賃金を請求されるというケースも考えられます。
こうした把握できない残業を回避することに加え、必要のない残業を未然に防止するために、時間外労働や休日出勤を行う際に事前申請を取り入れる方法があります。
これにより、人件費の抑制や職員一人ひとりの労働時間をある程度把握することができる効果が期待されます。
残業の事前申請制度を導入するには、就業規則にその旨を記載する必要があります。
職員が予め時間外労働や休日出勤の必要があると判断したときは、その内容・理由や必要な時間数を事前申請書に記載して、所属長の許可を得るようにします。
また、許可のない自己の判断による時間外労働・休日労働については原則認めないものとして、残業管理を徹底します。

就業規則の規定例

この制度を導入する際に注意が必要なのは、事前に許可を得ていない残業時間についても医院がその事実を知りつつ注意しないで放置した場合、黙示の指示があったとみなされる可能性があることです。
職場の管理者には、職員の業務の状況や労働時間を適切に把握するよう指導していくことが労務管理上必要だといえます。

 

■参考資料
厚生労働省:第8回 医師の働き方改革に関する検討会
      「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」
      「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」
       改正労働基準法のあらまし
モデル就業規則
医療機関への是正勧告から考える医療従事者の「働き方改革」
労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン
 福岡労働局:労働条件管理の手引き(2018年3月)
「働き方改革に対応する 病院の労務管理者のための実践テキスト」渡辺 徹 著(ロギカ書房)
「新しい労働時間管理 導入と運用の実務」社労士業務戦略集団SK9 著(日本実業出版社)

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