DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール ビル・パーキンス著

まえがき

 

有名なアリとキリギリスのイソップ寓話 アリはいつ遊ぶことができるのだろう?
誰もが生きるために働かなればならない。
だが、ただ生きる以上のことをしたいとも望んでいる。
「本当の人生」を生きたいのだ。
ただ生きるだけではなく、十分に生きる。
経済的に豊かになるだけではなく、人生を豊かにするための方法を考える。

 

ルール1 「今しかできないこと」に投資する

 

自分は今までいったい何をしていたのだろう?
これ以上、先延ばしせずに、今すぐ本当にやりたいこと、大切なことをすべきだ。
だが残念なことに、私たちは喜びを先送りしすぎている。
手遅れになるまでやりたいことを我慢し、ただただお金を節約する。
人生が無限に続くかのような気持ちで。
お金を無駄にするのを恐れて機会を逃すのはナンセンスだ。
お金を消費することより、人生を無駄にしてしまうことのほうが、はるかに大きな問題ではないだろうか。
大切なのは、自分が何をすれば幸せになるかを知り、その経験に惜しまずお金を使うことだ。
重要なのは、流されて生きるのではなく、自分にとって大切な経験を意識的に選び、そこに惜しみなくお金を使うことである。
「健康(ヘルス)なくして富(ウェルス)に価値無し」である。
つまり、時間とお金を最大限に活かすためのカギは、“タイミング”にある。人生の充実度を高めるのは、“そのときどきに相応しい経験”なのだ。
時間とお金という限りある資源をいつ、何につかのか?
私の一番の願いは、この本を通じて、一人でも多くの人が、漠然と流されるように生きるのではなく、明確な目的と意図を持って人生について考えるようになることだ。
明確な将来の計画を持ち、同時に今を楽しむことも忘れない。
そんな生き方をしてほしい。

 

ルール2 一刻も早く経験に金を使う

 

この本の大きな目的も、直感や本能に頼るのではなく、人生を豊かにする経験を意図的に選択する方法を示すことだ。
人生は経験の合計だ。
あなたが誰であるかは、毎日、毎週、毎月、毎年、さらには一生に一度の経験の合計によって決まる。
最後に振り返ったとき、その合計された経験の豊かさが、どれだけ充実した人生を送ったかを図る物差しになる。
「人生でしなければならない一番大切な仕事は、思い出づくりです。最後に残るのは、結局それだけなのですから」
人は誰でも、常に思い出を通して人生の出来事を再体験できる。身体が弱って思うような行動ができなくなっていても、それまでの人生を振り返ることで、大きな誇りや喜びを味わい、甘酸っぱい思い出に浸ることができる。
現代の社会では、勤勉に働き、喜びを先送りすることを美徳とするアリ的な生き方の価値が持ちあげられすぎているということだ。キリギリスはもう少し節約すべきだし、アリはもう少し今を楽しむできなのだ。
「人生は経験の合計」というのは、単なる比喩ではない。
数値をつけることで、実際に経験を合計できる。
各体験から得られる喜びをポイントで表現することから始める。
ゲームでポイントを獲得するのと同じ要領だ。
どの経験にどれだけポイントを割り当てるかはあなた次第だ。
人によって価値観や興味の対象は違うからだ。
経験は私たちに、尽きることのない「配当」を与えてくれる。
経験は、継続的な配当を生み出す。
なぜなら、人間には記憶があるからだ。記憶を将来への投資だと考えれば、その効用を理解しやすくなる。
記憶は配当を生み出し、私たちの生活を豊かにしてくれる。
元の経験に比べれば、記憶から得られる喜びはほんのわずかかもしれない。
それでも、その思い出はかけがえのない宝物だ。
記憶の配当は、とても強力な価値がある。
IT企業もそれをうまく活用している。
Facebookやグーグルフォトを使っていると「3年前の今日、こんなことがありました」というメッセージと共に、当時の写真が表示される。
ユーザーは懐かしい気持ちになり、そのアプリをますます使いたいと思うようになる。
元の経験から副次的に生まれる経験は、まさに記憶の配当だ。
お金を払って得られるのは、その経験だけではない。
その経験が残りの人生でもたらす喜び、つまり記憶の配当も含まれているのだ。
多くの人は、何のために稼ぎ、お金を貯め、投資するのかを忘れているように見える。
何のために貯金しているのかと尋ねると、たいていの人は「老後のため」と答える。
年を取れば取るほど、行動に移せる経験の種類は減っていくこともまた事実だ。
もちろん、老後の備えは必要だ。
だが、老後で何よりも価値が高まるのは思い出だ。
20代に何かを経験すれば、30代で経験したのに比べて長い期間、記憶の配当を得られ続ける。
だから、とにかく早い段階で経験に投資すべきだ。
そうすれば、年齢を重ねるほどに驚くほど多くのリターンが得られる。
若くてお金がない人は、自分にできる経験を探そう。
自治体が開催している無料の野外コンサートやフェスティバルに参加してみる。
友人と話す、ただ一緒にすごす、トランプやボードゲームを楽しむといったことでもいい。

 

ルール3 ゼロで死ぬ

 

大人になれば、選択肢が増える。どんなふうに生きるか、時間とお金を、いつ、どこに投資するかは自分できめられるようになる。
しかし、残念ながらこの自由を十分に活用している人は少ない。
時間とお金をどのように使うかについて十分に考えていないのだ。
毎日のコーヒーの習慣を見てもわかる。
1杯のラテのような小さな出費の切り詰めが長い目で見て大きな節約になることは、「ラテ・ファクター」という言葉で表現される。
少なくとも、この習慣がなければ、他に何ができたかを頭の片隅において、毎朝のコーヒーを楽しんでみてほしい。
自分の行動について積極的に考え、自らの意思で判断を下すことを習慣にすれば、「自動運転モード」な生き方はやめられるようになる。
人生を存分に楽しむには、無意識な自動運転をやめ、自らの意思で思う方向に操縦していかなければならない。
お金を稼ぐことだけに費やした年月は二度と返ってこない。
単に働くことが習慣になっていただけだ。
「必要以上に稼ぐために働くこと」をやめるのは難しい。
働けば、「お金」という社会に公然と認められた形の報酬が与えられるからだ。
どれだけ稼いでも、まだ稼ぎ足りないと感じる人は多い。
資産が増えるにつれてゴールポストも動き続ける。
それは収入の量とは関係ない。莫大な時間を費やしても、稼いだお金をすべて使わずに死んでしまえば、人生の貴重な時間を無駄に働いて過ごしたことになる。
その時間を取り戻すすべはない。
安全に、かつ不要なお金を残さないためには、人が生きられる最長の年齢を想定すればいい。
つまり、自分が可能な限り長寿をまっとうすることを前提に、1年当りの消費額を決定するのだ。
多くの人はそれすら計算していない。
なんとなく必要以上のお金を貯め込んでいるか、必要なだけ貯めていないかのどちらかだ。
行動経済学も、何かが合理的だからといって(たとえば過度な貯蓄をやめて、もっとお金を使うこと)、人はその通りの行動を取るとは限らないと明らかにしている。
それだけ慣性は強力なのだ。
仕事に情熱を捧げる人であっても「ゼロで死ぬ」を目指すべきであることに変わりはない。
ダンサーとして稼いだお金を使って、贅沢な旅行をしたり、パーティーを開いたり、お気に入りのダンサーのライブを観たりすればいい。
どれだけ仕事を楽しんだとしても、稼いだお金を使わないのなら、それはやはり無駄になる。
どんな手段で得たものであれ、お金は活きた使い方をすべきだ。
誰かにお金を与えるのなら、早い方がいい。
死ぬまで待つ必要はない。
必要以上に貯め込むことや、お金を使うタイミングが遅すぎるのが問題だ。
遠い未来の年老いた自分のために、必要以上に今の自分から経験を奪っていないだろうか。
現役時代に「老後のために貯蓄する」と言っていた人も、いざ退職したらそのお金を十分に使っていない。
お金を使いたいという意思はあるものの、年を重ねるごとにやりたいことが変わり、意欲も薄れていくことだ。
人々がお金を必要以上に貯め込み、死ぬ間際になっても手をつけようとしない明確な理由がある。
それは老後の予期せぬ費用、特に医療費のために貯金を維持しておきたいからだ。
だが、いくら将来の医療費の額あわからないからといっても、やはり貯めすぎている人が多すぎるのが現状だ。

 

ルール4 人生最後の日を意識する

 

自分の寿命をおおよそでも予測しておくだけで、これからの人生でどれだけ稼ぎ、貯め、使うかについて、はるかに良い決断ができるようになる。
早死ににするリスクは「死亡リスク」と呼ばれている。
一方、予想よりも長生きする可能性は「長寿リスク」と呼ばれる。
長生きするのはいいが、その結果として資産が尽き、生活に困窮してしまうリスクだ。
死亡リスク(早死リスク)への対処については、あなたもそれを対象にした金融商品を知っているはずだ。
そう、生命保険だ。だが一方で、長寿リスクに対処する金融商品があることはあまり知られていない。
死ぬ前にお金がなくなってしまうリスクを恐れる人は多いのに、だ。
「長寿年金」は本質的に、生命保険とは反対の性質を持っている。
すなわち、生命保険は加入者が早死するリスクから「家族」を守るためのものだが、長寿年金は長生きしすぎて資産を使い果たしてしまうリスクから「加入者本人」を守るためのものだ。
とはいえ、私は誰もが貯金をはたいて長寿年金を買うべきだと言っているのではない。
死ぬ前に資産が尽きないようにしながら、生きているうちにお金を使い切る方法はあるということだ。
こうした解決策を検討すらしないことは、あなたの人生にとって大きなデメリットになる。リスク許容度を考えて備える場合と、単に闇雲な恐怖にかられて備える場合とでは、とてつもなく大きな違いが生まれるということだ。
この本の目的は、富の最大化ではなく、人生の喜びを最大化するための方法を探すことだ。
人生の残り時間を意識しよう。それが現在の行動に大きな影響を与えるはずだ。
死に対して目を向けないでいると、永遠に生き続けるかのように振る舞ってしまう。
人生の計画のバランスを取ることも難しくなる。
死について考えるのはつらいが、そうしなければ今最大限に楽しめるはずの経験を先送りにしてしまう。
「ゼロで死ぬ」とは、お金だけの問題ではない。
それは時間の問題でもある。限られた時間とエネルギーをどう使うべきか。
もっと真剣に考えるべきだ。
それが、人生を最大限に豊かにすることにつながっていくのである。

 

ルール5 子どもには死ぬ「前」に与える

 

子どもたちに与えるべきお金を取り分けた後の残りの「自分のためのお金」を生きているうちにうまく使い切るべきだと主張しているのだ。
そもそも子どもたちには、あなたが死ぬ「前」に財産を与えるべきだ。
死んでから分け与えるのでは遅い。
大切な子どもたちが、受け取った財産を最大限に活用できるタイミングを考えてあげるべきだ。
そもそも、自分が死ぬときに子どもたち全員が生きているかどうかも保証されていない。
これが相続の問題の本質だ。
つまり、それは偶然に左右されすぎる。
たいていの場合、相続のタイミングが遅すぎて、相続人は値打ちのあるお金の使い方ができない。
せっかく何年も働いて貯めたお金を、誰に、いつ、どれくらい与えればもっとも効果的なのかを、もっと真剣に考えるできだ。
事実、偶然に任せると、子どもたちは相続したお金を最大限に活用できるタイミングを逃しやすい。
ほとんどの人は、「子どもたちのために」という善意を持っている。
偽善者のように見えるのは、その意図に反して善意を行動で示せていないからだ。
どれくらいの財産を、いつ与えるかを意図的に考え、自分が死ぬ前に与える。それが、子どもを真に大切にし、自分よりも優先して考えていることにほかならない。
そもそも被相続人に、どれだけの額を子どもたちに相続させるか、明確な意思がなかったと思われることが大きな問題である。明確な意図があるなら、相続させたいお金と、偶然相続させることになるお金を混ぜ合わせるべきではない。多くの人がそれをできていない大きな理由の一つは、意図的な行動の対極にある無自覚な生き方、すなわち「自動運転モード」に陥ってしまっていることだ。
譲り受けた財産から価値や喜びを引き出す能力は、年齢とともに低下する。
何かを楽しむには最低限の健康が必要になる。
「親が財産を分け与えるのは、子どもが26~35歳のときが最善」というものだ。
お金を適切に扱えるだけ大人になっているし、お金がもたらすメリットを十分に享受できるだけの若さもある。
子どもにもっとも効果的な形で財産を与えたいのなら、額の多寡だけではなく、できる限り最適なタイミングを考えるべきだ。
大切なのは、経験とそれらがもたらす永続的な思い出によって、人生を充実させることだ。
幼少期に親から十分な愛情を注がれた人は、成人後も他人と良い関係を築け、薬物中毒になったりうつ病を発症したりする割合が低くなる。
親から人生を学ぶこと、あるいは単に一緒に過ごす時間も経験に含まれる。
これらは、子どもの成長に必要不可欠だ。親から子に与えられた愛情や時間は、ときとして驚くべき形で報われる。
人は大切なことだけに時間を費やすわけにはいかない。
すべきこととのバランスを取らなければならない。
そこで大切なのは、「お金を稼ぐこと」と「大切な人との経験」をトレードオフの関係として定量的にとらえ、自分の時間を最適化することだ。
子どもと過ごす経験の価値を定量化することは、子どものために本当にすべきことは何かを、立ち止まって考える良い機会になる。
ただ生き延びるために働いているわけでもないし、仕事を優先させて子どもたちを完全に無視しているわけでもない。
だからこそ、経験とお金のトレードオフのさじ加減が難しい。
仕事に費やす時間と子どもとの時間の最適なバランスを探すのは簡単ではないが、やはり定量的にとらえて考える必要がある。
このとき、あなたと子どもが人生のどの地点にいるかも重要だ。
かけがえのない機会が次第になくなっていく、という事実を意識しながら経験とお金のトレードオフについて考える。
お金に価値があるのは、それを使って“有意義な経験”ができるからだ。
子どもと過ごす時間もこの有意義な経験に含まれる。
だから、お金は稼いでいても、一緒に時間を過ごせず、経験も共有できないのなら、それはむしろ子どもに大切なものを与えているのではなく、奪っていることになる。
子どもの人生を豊かにするのも、「金」ではなく一緒に過ごした「経験」なのだから。

 

ルール6 年齢にあわせて「金、健康、時間」を最適化する

 

私は今でも、若いときにリスクを取ることの価値を大いに信じている。
だがそれは、そのリスクを取るだけのメリットがある場合に限る。
メリットとデメリットをよく比較して判断すべきだ。
今しかできない経験(価値のあるものだけ)への支出と、将来のための貯蓄の適切なバランスを取ることだ。
私は、誰にとっても当てはまる収入と支出の比率はないと考えている。
何より、貯蓄に回すべき割合は、20代、30代、40代、50代と年齢によって変えていくべきだ。
最適なバランスは人によって異なるし、年齢や収入に応じても変化する。
若くて今後も収入増が見込める状態で、何も考えずに収入の20%を貯蓄していたとしたら、思い出に残る経験にお金を使うチャンスを逃していることになる。
貯蓄は多すぎず(経験を逃さないために)、少なすぎずが大切になる。
今を楽しみつつ、将来にも備えられる最適なバランスが求められる。
人生の残り時間によって、今を楽しむことと将来に備えることとのバランスを最適化していこう。
旅行に行くことを考えてもよくわかる。
旅行を楽しむには、時間とお金、そして何よりも健康が必要だ。
80歳の人は、体力面を考えると、あまり遠くには出かけられない。
長時間のフライトや空港での乗り継ぎ、不規則な睡眠など、旅にはストレスへの対処が難しくなってくる。
「旅行を躊躇する理由」と尋ねた調査によると、60歳未満は「時間」と「お金」、75歳以上は「健康上の問題」と答える人が多かった。
健康上の問題は年齢が上がるにつれて大きな制約になり、高齢者では最大の制約になる。
まだ健康で体力があるうちに、お金を使ったほうがいい。
お金から価値を引き出す能力は、年齢とともに低下していくのだ。
生涯を通じて毎年同じ金額(たとえば10万ドル)を自由に使えるとすれば、年齢によってそのお金から引き出せる喜びの大きさは変わることになる。
つまり、お金の価値は年齢とともに変化する。
しかも、かなり予測可能な範囲で。そう考えると、どうすれば生きたお金の使い方ができるかは自ずと見えてくる。
経験を楽しむ能力が年齢によって変わってくるのなら、能力が高いときにたくさんのお金を使うことは理にかなっている。
ウォーキングなどのあまりお金のかからない活動を好む人もいるし、特別な体力がなくても楽しめる活動だってたくさんある。
どれだけ貯蓄すべきかも、収入が上がる割合や、住んでいる場所によって変わる。
人によって置かれている状況は千差万別なので、誰にでも当てはまる黄金のルールは存在しない。
ただし原則は1つだ。経験から価値を引き出しやすい年代に、貯蓄をおさえてお金を多めに使う。
私たちはずっと、老後のために勤勉はアリのようにお金を貯めるべきだと言われてきた。だが皮肉にも、健康と富があり、経験を最大限に楽しめる真の黄金期は、一般的な定年の年齢よりも前に来る。
この真の黄金期に、私たちは喜びを先送りせず、積極的にお金を使うべきだ。
これから体験にお金を払おうとするときに、今すぐお金を支払うべきか、別の機会のためにお金をとっておくべきかを立ち止まって考えてみてほしい。
逆に先延ばしすることで、より良い体験ができる可能性も検討しよう。
先送りによって使えるお金が増え、同じ体験でも、より一層楽しめるようになることがあるからだ。
たとえば、ラスベガスで遊ぶなら、経済的に余裕のある40歳のときのほうが、貧乏な20歳のときよりも満喫できるはずだ。先送りすることで楽しみが増える経験もある。
年齢を問わず、健康ほど、経験を楽しむ能力に影響するものはない。
健康はお金よりもはるかに価値が高い。
健康状態が良好なら、たとえお金は少なくても素晴らしい経験はできる。
手遅れにならないよう、健康への投資はできる限り早く始めたほうがいい。
あらゆる年代で、健康の改善は人生を改善するということだ。
確実に、経験をもっと楽しめるようになる。
ある経験から最大の価値を引き出すためにお金、健康、時間の3つが必要であるなら、もっとも大きく影響するのは健康である。
健康を損なえば、生涯の充実度は大幅に下がってしまう。
人生とは動くことである。動くことが苦痛になったり制限されたりすれば、できる経験の幅も減ってしまう。
健康の小さな変化は、人生全体の充実度に甚大な悪影響を及ぼす可能性がある。
若い頃に健康に投資するほうが、人生全体の充実度は高まる。食生活に気をつけ、筋肉を鍛えておけば、できるだけ長く健康を保て、経験も楽しめる。
時間はお金よりもはるかに希少で有限だ。
1日は24時間しかない。
だが、工夫次第で自由な時間を最大限増やすことはできる。
時間をつくるためにお金を払う人は、収入に関係なく、人生の満足度を高めることがわかっているのだ。

 

ルール7 やりたいことの「賞味期限」を意識する

 

物事は永遠に続かず、いつかは色褪せ、消え去っていく。
それを理解することで人は、目の前にあるものにもっと感謝できるようになる。
あまり知られていないが、人は生涯を通じて何度も小さな死を経験する。
「人生は、次々とステージが以降していく」という普遍的なプロセスを意味する。
どんな経験でもいつか自分にとって人生最後のタイミングがやってくる。
ティーンエージャーの自分、大学生の自分、独身で気ままな暮らしをしている自分、幼子の親である自分――。
どの自分も、いつかは終わりのときを迎える。
人生の過程で小さな死をいくつも体験するというのはそういうことだ。
私たちは皆、人生のある段階から次の段階へと前進し続ける。
ある段階が終わることで小さな死を迎え、次の段階に移る。
二度と同じときを過ごせないのは悲しいことだが、逆に言えば、私たちが長い人生のあいだに、いくつもの生を生き、喜びや楽しみを味わえるということでもある。
実際のところ、私たちが、思っているほど先延ばしできない経験は多い。
喜びを先延ばししすぎた後悔は、人生の終わりに一度だけ味わうわけではない。
それは長い人生のなかで、何度も繰り返し頭に浮かんでくるものだ。
死ぬ前に後悔することトップ2 最大の後悔は、「勇気を出して、もっと自分に忠実に生きればよかった」であった。
他人が望む人生ではなく、自分の心の赴くままに夢を追い求めればよかった。
2番目に多かったのは、「働きすぎなかったらよかった」だ。
さらに、働きすぎは後悔しても、一生懸命に子育てしたことを後悔する人はいなかった。
もうじき失われてしまう何かについて考えると、人の幸福度は高まることがある。
人は終わりを意識すると、その時間を最大限に活用しようとする意欲が高まるということだ。
人生の各段階で使える時間はそれほど多くはない。もちろん無制限でもない。
人生の各段階の有限さを意識しやすくするシンプルなツールは、「タイムバスケット」というツールだ。
まず、現在をスタート地点にして、予測される人生最後の日をゴール地点にする。
それを5年または10年の間隔で区切る。
次に、重要な経験、すなわちあなたが死ぬまでに実現させたいと思っていること(活動やイベント)について考える。
単に頭で考えているだけではなく、実際にそれをすべて書き出すことだが大切だ。
新しい経験や人との出会いによって、それまでは想像もしなかった「やりたいこと」がリストに加わる可能性は大いにある。
人生は発見の連続だ。折に触れて、このリストに新たな項目を付け加え、内容を修正していけばいい。
なお、リストを作成するときはお金について心配する必要はない。
このリストをつくる目的は、「どのような人生を送りたいか」を想像することだ。
この時点では、お金のことは気にせず、死ぬまでにやりたいことを無条件で考えてみよう。
リストを作成したら、次はそれぞれの「やりたいこと」を、実現したい時期のバケツに入れていく。
「死ぬまでにやりたいことリスト」に期間を設定すると見えてくるのは、物事にはそれを行うための相応しい時期がある、という事実だ。

 

ルール8 45~60歳に資産を取り崩し始める

 

何度も言うが、私は人生の終わりが近づいたときに喜びを与えてくれるのは思い出だと考えている。
私たちは喜びを先延ばしにし、将来のために貯金をする。それは決して悪いことではない。毎月の生活費を支払い、子どもたちの世話をし、毎日の食事の準備をする。
そんな日常生活を送るためには、今の楽しみを我慢し、未来に備える能力も必要だ。
「ルール6」でも見たように、現在の支出と将来への貯蓄は、人生全体の観点でバランスを取らなければならない。
その最適なバランスは、年によって変わる。
健康状態や収入は毎年変わる可能性が高いからだ。
年単位でバランスを考え、今やるべき経験を判断していく必要がある。
もう1つは、資産を切り崩すタイミングを見極めることだ。
安定して収入が増えれば、純資産は程度の差こそあれ増えていく。
私たちは人生のある段階で、まだ経験から多くの楽しみを引き出せる体力があるうちに、純資産を取り崩していくべきなのだ。
さらに、ピークのタイミングは偶然に任せるべきではない。
人生をできる限り充実させるお金の使い方をしたいなら、ピークの日付を意図的に決める必要がある。
「老後に必要な最低限の資金」は、収入なしで老後を生きるために必要な額を意味している。
この基準に達していれば、それ以上、老後資金のために働く必要はなくなり、計画的に取り崩していく時期を考えられる。
この老後資金の額は、当然すべての人が同じにはならない。
死ぬまでに必要なお金 = 1年間の生活費 × 人生の残り年数 × 0.7
この額の資産をつくったとしても、すぐには引退しない人がほとんどだろう。
より老後の生活の質を上げるために働き続けるのは妥当な判断だとも言える。
とはいえ、この額に到達すれば、資産を取り崩しながら生活する時期については考え始められるようになる。
「最低限の生活費は確保したので、のたれ死にはしない」という安心感を得ることで、資産のピークを「お金の額」ではなく、「時期」として考えられるようになるのだ。
人生を最適化するようお金を使う場合、大半の人は45~60歳のあいだに資産がピークに達する。
老後資金が足りないという理由ではなく、ビジネスが大好きで、会社が成長するのを楽しんでいるから仕事をし続けている。
ビジネスそのものが、人生を豊かにする経験になっている人もいる。
ピークの年齢を迎えてもなお仕事を続けたいなら、今すぐ値打ちのある方法でお金を使い始めよう。仕事を続けつつ、人生を充実させる体験を増やしていくために、働く時間を減らすのも良い方法だ。
長年、着実に貯蓄をすることを習慣にしてきた人が、突然ギアを変えて資産を取り崩すことには強い抵抗を感じる場合もあるだろう。
だが、人生を最大限に活用し、できる限り充実したものにしたいのなら、死ぬまでひたすらにお金を貯め続けるような生活はすべきではない。
使うべきタイミングを逃せば、お金の価値は落ちる。
手遅れになれば、死に金になってしまう。
健康への投資も忘れないようにしよう。
時間とお金をかけて健康の増進・維持に努めよう。

 

ルール9 大胆にリスクを取る

 

失敗するリスクより、成功によって得られるメリットのほうがはるかに大きい状況にいた。
このような状況を「非対称リスク」と呼ぶ。デメリットが極めて小さく(あるいは、失うものが何もなく)、メリットが極めて大きい場合、大胆な行動を取らないほうがリスクとなる。
逆に大胆な行動を取れば、心理的に良い影響が生じる。
たとえうまくいかなくても、意義ある目標に挑戦したことを誇りに感じられるはずだ。
全力で取り組んだのなら、結果がどうであれ、その経験から多くの良い思い出も得られるだろう。
これは、以前に紹介した「記憶の配当」の一形態だと言える。
後で振り返ったとき、期待した結果が得られなかった経験も、ポジティブな記憶の配当を生み出すのだ。
大胆な行動は、将来の幸福度を高めるという意味での投資にもなる。つまり、あなたの人生を豊かにする。
年を取ると、失うものは増える。
成功して得られるものも少なくなる。
リスクを簡単にとれる時期を生かし切れていない人は多い。
実際には目の前のチャンスのリスクは小さく、成功したときの報酬が莫大であることにも気づけない。
悲惨な失敗のことばかりを考えているので、成功して得られるものが見えにくくなっているのだ。
生い立ちによってリスクに対する考えは変わる。それに、人には生まれつきリスク許容度に違いがある。
だから私は、あなたがどれだけのリスクを負うべきかについては話さない。

 

大胆に行動するための3つのポイント

 

1つ目は、あなたがどれくらいリスクを取ろうが、どんな大胆な行動に出ようが、一般的にそれは人生の早い段階が良い
2つ目は、行動を取らないことへのリスクを過小評価すべきではない。
3つ目は、「リスクの大きさ」と「不安」は区別すべきだ。
人は不安に襲われていると、実際のリスクを過度に大きく見なしてしまう。
大胆な行動を想像するとすぐに不安を覚えてしまう人は、まずは考え得る最悪のシナリオを頭に浮かべてみよう。
次に、その最悪のシナリオを乗り越えるためのあらゆる安全策を検討してみよう。
若くない人でも大胆になるべきときがある。それは、苦労して稼いだお金をいつ使うかを判断するときだ。
「ルール8」で見たように、資産のピークを見定めて、残りの時間とお金を、人生を豊かにする経験にあてると決断するのには勇気がいる。
人生を無駄にすることには不安を抱かないのに、お金が足りなくなることを過剰に恐れる人は多いからだ。
だが、私たちが一番恐れるべきは、「80歳になったときに潤沢な資産があるか」ではない。
人生と時間を無駄にしたしまうことなのだ。

 

あとがき

 

私はこの本で、「ゼロで死ぬ」ことをあなたにすすめてきた。
だが、とても正確に考えれば、それを実現するのは不可能だとも言える。
ゼロで死ぬという目標を持つこと自体が、あなたを正しい方向に導いてくれる。
あなたは、何も考えずに働き、貯蓄し、できるだけ資産を増やそうとしていたこれまでの人生を変え、できる限り最高の人生を送れるようになる。
人生を最大限に充実させ、たった一度の人生を価値あるものにしよう。
「良い仕事に就き、膨大な時間を捧げて働き、60代から70代に引退して、そのあとで人生の黄金期を過ごす」という従来の価値観に従った生き方を考えなおすきっかけになることを願っている。
人生で一番大切なのは、思い出をつくることだ。

 

注:本書では「金」と表現されていますが、私の価値観では「お金」と表記したいので、変更しております。

 

今月はこの本を選んだのは、過激なタイトルに惹かれたのと、先日、中学3年生の娘と話していた時に「年金2000万問題の受け止め方」に違和感を覚えたのです。
私は娘に、「2000万足らないなら、稼げばいいだけ」としかコメントできなかったのです。
この本に書いている内容でコメントできず残念と思いました。
お金は、大切ですが、それ以上に健康や時間、そして経験なのです。
これらのバランスは著者も言う通り、どの人にも適用できる最適なバランスはないのです。
だから、自分で考えて、主体的に生きる。
これが本書で一番、伝えたいことだと思いますし、私も皆さまに考えるきっかけになればよいと思って選びました。
お勧め度:☆☆☆☆ 星4つ
(桐元 久佳)