適切な労働時間管理と有給休暇管理が必須 スタッフとの労務トラブル防止策

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適切な労働時間管理と有給休暇管理が必須 スタッフとの労務トラブル防止策

  1. 労働時間と割増賃金の考え方
  2. 労働時間の管理方法と労働時間の範囲
  3. 年次有給休暇の時季指定義務
  4. 年次有給休暇取得に向けた対応策とQ&A


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1.労働時間と割増賃金の考え方

2018年6月に働き方改革関連法が成立し、医療機関においても適切な労働時間の管理が求められています。
そもそも労働時間とは具体的にはどういう時間を指すのか、何となく理解していても正確に答えることが出来ない院長は多いと思われます。
例えば、研修時間等が労働時間に該当するか否か、判断が難しいこともあります。
労働時間についての理解を深め、適切に管理していくことで未払い残業代問題のような労使間トラブルを未然に防ぐことが可能となります。

1.労働時間の区分

労働時間は、「法定労働時間」「所定労働時間」「実労働時間」に分類することができます。
法定労働時間とは、労働基準法で定められた労働時間であり、原則としてこの時間を超えて労働させることができません。
所定労働時間とは、就業規則等で定められた始業時刻から終業時刻までの時間から休憩時間を差し引いた労働時間をいいます。
また、所定労働時間は職員によって異なる場合があります。実労働時間とは、実際に職員が働いた時間です。

3つの労働時間

2.割増賃金ついての考え方

時間外労働の割増賃金は、法定労働時間を超えた残業時間について発生します。
よって、就業規則等で別段の定めをしていない場合、法定労働時間内の残業時間については割増なしの残業代を支払えばよいとされています。
一方、法定労働時間を超えた時間外労働については割増賃金が必要となります。
時間外労働等に関する割増賃金率は次の表のとおりです。
なお、2023年4月1日からは、中小企業規模※1の医療機関について猶予されていた「月60時間を超える時間外労働に係る割増賃金率」は50%以上としなければなりません。
実際に法定労働時間を超えて労働をさせる場合には、「時間外労働・休日労働に関する協定」(いわゆる「36協定」)を締結し労働基準監督署長に届け出る必要があります。
事業場を管轄する労働基準監督署長に36協定を届け出なければ、36協定で定める時間外労働・休日労働を行わせることができません。

割増率早見表、割増賃金のイメージ

それでは、所定労働時間8時間、半日勤務4時間の医療機関で、午前の半日有給休暇を取得した場合の時間外労働の取り扱いはどうなるのでしょうか。
この場合も考え方は一緒で、実労働時間が法定労働時間である8時間に達するまでは、法定内時間外労働として割増しない賃金を支払えばよく、8時間を超えた時間から割増した賃金の支払いが必要となります。
ただし、労働した時間が労働基準法で定める深夜時間の範囲内であれば、その該当する時間については深夜割増賃金の支払いが必要となります。

2.労働時間の管理方法と労働時間の範囲

1.適正な労働時間の管理方法

医療機関の使用者には、職員の労働時間を適正に把握する義務があります。
労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、使用者の明示または黙示の指示により職員が業務に従事する時間は労働時間に当たります。

労働時間の把握方法

使用者が直接職員の出退勤を現認して記録をするのは難しく、基本的にはタイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録方法が現実的な手段となります。
また、タイムカード等の記録以外に、使用者の残業命令書及びこれに対する報告書など、使用者が職員の労働時間を算出するために有している記録があれば、タイムカードと突き合わせることにより労働時間を確認し記録します。
労働時間の管理上、この突合による残業時間の管理が非常に重要です。
やむを得ず自己申告制により労働時間を把握する場合には、注意が必要です。
自己申告制の労働時間の記録は、労使紛争の際の記録証拠としてはタイムカード等の記録より弱いため、できるだけ、タイムカード等の客観的な記録で管理することが望ましいと考えられます。

自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置

2.労働時間の範囲

労働時間の考え方については、厚生労働省が公表している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」が参考になります。

労働時間の範囲

ここで重要なことは、労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、職員の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるということです。
また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、職員の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されます。
例えば、勉強会が所定労働時間外に行なわれ、事前に院長が職員にその時間は残業時間にはならないと伝えていたとしても、労働時間か否かの判断は、当事者の約定によらず客観的に定まるもので、その勉強会は、労働時間と判断される可能性が高いということです。
一方、その勉強会が自由参加であり、参加しないことについて何ら不利益がない場合等については労働時間とはなりません。
それでは、自主的に残業する職員についてはどのように対応すればよいのか、対応を考えさせられる医療機関は多いと思われます。
こうした残業対策については、残業の事前申請制度の導入が有効となります。

3.残業の事前申請制度を導入

管理者の知らないところで職員が残業し、管理できない残業代が発生して時間外割増賃金を請求されるというケースも考えられます。
こうした把握できない残業を回避することに加え、必要のない残業を未然に防止するために、時間外労働や休日出勤を行う際に事前申請を取り入れる方法があります。
これにより、人件費の抑制や職員一人ひとりの労働時間をある程度把握することができる効果が期待されます。
残業の事前申請制度を導入するには、就業規則にその旨を記載する必要があります。職員が予め時間外労働や休日出勤の必要があると判断したときは、その内容・理由や必要な時間数を事前申請書に記載して、所属長の許可を得るようにします。
また、許可のない自己の判断による時間外労働・休日労働については原則認めないものとして、残業管理を徹底します。

就業規則の規定例

この制度を導入する際に注意が必要なのは、事前に許可を得ていない残業時間についても医院がその事実を知りつつ注意しないで放置した場合、黙示の指示があったとみなされる可能性があることです。
職場の管理者には、職員の業務の状況や労働時間を適切に把握するよう指導していくことが労務管理上必要だといえます。

3.年次有給休暇の時季指定義務

1.年次有給休暇の時季指定義務の背景と現状

年次有給休暇は、働く方の心身のリフレッシュを図ることを目的として、原則、職員が請求する時季に与えることとされています。
しかし、同僚への気兼ねや請求することへのためらい等の理由から、取得率が低調な現状にあり、年次有給休暇の取得促進が課題となっていました。
このため、労働基準法が改正され、2019年4月から、全ての企業において、年10日以上の年次有給休暇が付与される職員(管理監督者を含む)に対して、年次有給休暇の日数のうち年5日については、使用者が時季を指定して取得させることが義務付けられました。
義務化がスタートし、既に2年以上経過していますが適切に有給休暇を管理できていない医療機関もあります。例えば、年次有給休暇とは異なる特別休暇などを消化すれば年次有給休暇を取得したことになると考え、5日の取得義務日数に割り当てているケースや、知識不足等により、パート職員に適切な有給休暇日数を付与していないケースがあります。
このように、自院では適切に管理していると思っていても、実は不適切な管理が行われていることがあります。
近年は働き方改革など、労働関係に関する法律が目まぐるしく改正されており、過去3年以内に自院の就業規則が見直されていない場合は注意が必要です。
一度専門家に就業規則等を確認してもらうことをお勧めします。

2.年次有給休暇時季指定義務の概要

使用者は、職員が雇入れの日から6か月間継続勤務し、その6か月間の全労働日の8割以上を出勤した場合には、原則として10日の年次有給休暇を与えなければなりません。

年次有給休暇時季指定義務の対象者

パートタイム職員など、所定労働日数が少ない職員については、年次有給休暇の日数は所定労働日数に応じて比例付与されます。
比例付与の対象となるのは、所定労働時間が週30時間未満で、かつ、週所定労働日数が4日以下または年間の所定労働日数が216日以下の職員です。
また、年次有給休暇の対象職員には管理監督者も含まれます。

年5日の年次有給休暇付与の仕組み、時季指定のイメージ

ただし、以下のような場合については、使用者は時季を指定した有給休暇が不要、または不足日数分のみの付与でよいとされています。

使用者の時季指定の義務から解放されるケース

また、休暇に関する事項は就業規則の絶対的必要記載事項であるため、使用者による年次有給休暇の時季指定を実施する場合は、就業規則にその旨を記載しなければなりません。

就業規則の規定例

3.年次有給休暇の時季指定を行うタイミング

使用者からの時季指定は、基準日から1年以内の期間内に適時に行うことになりますが、年5日の年次有給休暇を確実に取得するに当たっては、以下のような方法が考えられます。

時季指定を行うタイミング、残りの半年間で、未取得日数分の年休を使用者が時季指定するイメージ

4.年次有給休暇取得に向けた対応策とQ&A

1.年次有給休暇を管理しやすくするための方法

年次有給休暇の管理は、職員ごとに入職日が異なることから基準日※が異なり、誰がいつまでに年次有給休暇を5日取得しなければならないのか把握して取得させることが難しいことが考えられます。
そこで、基準日を月初などに統一することで、年次有給休暇の管理を簡素化することができます。
この方法は、中途採用を行っているクリニックや比較的小規模なクリニックに対して有効的な管理方法となります。(※年10日以上の有給休暇を付与した日)

基準日を月初に統一する方法

図のように、基準日を月初に統一することで、取得義務の履行期間までの管理がしやすくなります。
日単位で管理していたものが月単位で管理することができるので、年次有給休暇の取得漏れに効果的な方法です。

2.年次有給休暇の計画的付与制度の活用

年次有給休暇の計画的付与制度(以下、計画的付与制度)は、前もって計画的に休暇取得日を割り振るため、職員はためらいを感じることなく年次有給休暇を取得することができ、使用者側も計画的に年次有給休暇を管理することができます。
また、計画的付与制度で取得した年次有給休暇は5日取得義務の5日としてカウントすることができます。
以下に、計画的付与制度の3つのパターンを紹介します。

計画的付与制度の3つのパターン

上記のうち、クリニックでは個人別付与方式が取りやすいと考えられます。
理由は、診療日数に影響を与えず、かつ、計画的に年次有給休暇を付与することができるからです。
最近では、職員の誕生日や結婚記念日、子どもの誕生日などを「アニバーサリー休暇」として設けているクリニックもあります。
この方法は、年次有給休暇付与計画表による個人別付与方式で活用されています。

3.計画的付与制度導入に必要な手続き

計画年休の導入には、就業規則による規定と労使協定の締結が必要になります。

計画的付与制度導入に必要な手続き

4.年次有給休暇の時季指定義務に関するQ&A

厚生労働省では、年次有給休暇の時季指定義務に関するQ&Aを公表しています。
以下に、「年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説」から抜粋して紹介します。

年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説

 

■参考資料
2021年7月18日 吉岡経営センター主催セミナー レジュメ
「働き方改革と労務管理の悩み解決!病院長・事務長のための労務管理課題解決セミナー」講師:渡辺 徹 氏
福岡労働局:労働条件管理の手引き 2018年3月
厚生労働省:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン 年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説

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