目に見えない資本主義…田坂広志 著

第1話 これから資本主義に何が起こるのか

「病の治療」とは、単なる「健康の回復」ではなく、「生命システムの進化」である。
病とは、福音なり。
人間が、自身の在り方を深く見直し、生活を変え、体質を改善し、意識を高めていく「良き機会」となる。
いま我々が育てるべき資本主義の「新たな芽」とは何か。
次にやってくる資本主義とは、いかなる資本主義か。
それは旧来の資本主義と異なり、どのような進化を遂げたものであろうか。
「資本主義の進化」が、従来の経済学の「土俵」を超えているからである。
従来の経済学の「土俵」とは何か。
「貨幣経済」である。
我々は、一度、「貨幣経済」という眼鏡を外して、いま経済原理に起こりつつあるパラダイム転換。
資本主義に起こりつつある進化を見つめなければならない。
資本主義の歴史は、「贈与経済」、「交換経済」から「貨幣経済」。

第2話 資本主義の未来を予見する哲学

いかにして、未来を予見するか。
現代において未来を具体的、定量的に予測することはできない。
その理由は、「不連続」、「非線形」と「加速度」があるから。
「具体的な変化」を予測することはできない。
しかし、「大局的な方向」を予見することはできる。
水は、必ず低きに流れていく。
それが本来、「大局観」と呼ばれるもの。
大局観を身につけるために必要なことは、世界発展の「法則」=「哲学」を学ぶこと。「弁証法」が世界の変化、発展、進化の「法則」を教えてくれる。
ドイツの哲学者カール・マルクスの「先進国革命論」。
資本主義を超える新たな社会体制は、最も高度に発達した資本主義、最も成熟した資本主義の胎内から必然的に生まれてくる。
資本主義そのものの生命的ダナミズムよって「資本主義の進化」が起ころうとする現代において、やはり、深く見直してみるべき思想であろう。
マルクスの時代に存在しなかった歴史的諸条件、特に、「インターネット革命」や「地球環境問題」、「複雑系社会の出現」が我々に資本主義の未来についての、新たな洞察を求めている。
「地球環境問題」によって、世界中の人々が、国家や民族を超え、人類共通の利害で結ばれていることが明確な共通認識となった。
人類全体の経済成長というものが、「有限の空間」「有限の資源」という制約の中での「有限の成長」になっていくということも、共通認識となった。
弁証法の第一の法則は、世界は、あたかも螺旋階段を登るように発展していく。
言葉を変えれば、「未来進化」と「原点回帰」が同時に起こるという法則。
第二の法則は、「対立し、競い合うもの同士は、お互いに似てくる」という法則。
第三の法則は、「否定の否定による発展の法則」、つまり、振り子は極点で、必ず逆方向に振り戻すという法則。
第四の法則は「量から質への転化による発展の法則。
第五の法則は「矛盾の止揚による発展の法則。

第3話 「操作主義経済」から「複雑系経済」へ

「複雑系」とは何か?端的にいえば「生命的なシステム」のことである。
文化人類学者のグレゴリー・ベイトソンの「複雑なものには、生命が宿る。
外部から人為的に働きかけなくても自然に秩序や構造、組織が生まれてくる「自己組織化」。
個々の要素は自由に動いているが自然に秩序や構造、組織が現れてくる「創発」。
個々の要素が有機的に結びついて、一つの秩序だったシステムを形成する「生態系の形成」。
幾つものシステムが、互いに影響を与え合いながら、それぞれ進化していく「相互進化」。
システム内の小さなゆらぎが、システム全体の巨大な変化を引き起こす「バタフライ効果」。
複雑系としての市場においては、様々な循環構造が形成され、それらの中で、「好循環」や「悪循環」のプロセスが発生し、変化の強化と加速が起こる結果、ときに、自己組織化と創発のプロセスが生まれ、自然に秩序や構造が形成されていく。
こうした「好循環」や「悪循環」が急激に加速されるとき、それが「バタフライ効果」と呼ばれる劇的な現象を引き起こすのである。
近年、経済が「複雑系」としての性質を急激に強めたのは、「情報革命」、「規制緩和」と「ゴローバリゼーション」が進んだからである。
「複雑系経済」の最大の問題点は、意図的に操作できないことである。
「生命的システム」としての性質を強めた経済システムであるため、それを人為的に操作し、管理し、制御し、誘導することができない。
「複雑系経済」にどう処するとよいのか。
第一の示唆:意図的に設計、構築、管理できない。
第二の示唆:突如、崩壊する可能性がある。
アダム・スミスが語った「神の見えざる手」。
市場を自由競争に任せていれば、市場に均衡と秩序が生まれるという思想。
市場をカタストロフィー(破局)に導き、経済システムを崩壊させる可能性があることを教えている。
こうしたカタストロフィーを抑えるためにこれまでの経済学では「政府規制」の重要性が語られてきた。
第三の示唆:個々の要素の挙動から創発が起こる。
現在の世界経済危機に関する議論は、その多くが「政府規制の強化」か「自由競争の維持」という二項対立的な論争が大半だが、「自立」という方法がある。
企業や個人の倫理基準や行動規範の確立という方策を長期的な視点で必ず進めて行かなければならない。
CSR。
「企業にとっての倫理」と「個人にとっての倫理」は本来、同じ倫理に基づくものでなければならない。
なぜか。「企業倫理」と名がついても。
それを実行するのは、究極、「個人」だからである。
自ら定めた「内的基準」によって行動する経営者や企業は、流されない強いものを持っている。
経営者は、何よりも一人の人間の生き方として、倫理や道徳、社会的責任を求めるべきであろう。

第4話 「知識経済」から「共感経済」へ

「関係資本」「信頼資本」「評判資本」「文化資本」といった次元の資本まで意味するものに【知識資本】の概念が拡がっている。
従来の経済学は、「貨幣」という客観的尺度で評価できるもの、いわば「目に見える資本」だけを対象としてきたので、知識資本を扱えない。
知識資本の三つの特徴。
(1) 所有できない。
(2) 自然に増える。
(3) 形態が変わる。
「知識」「関係」「信頼」「評判」「文化」という5つの資本の根底にあるのは、「共感」だから共感資本として「メタレベルの知識資本」を呼ぶことができる。

第5話 「貨幣経済」から「自発経済」へ

我々の生きる社会において、善意や好意など「精神の満足」を求めて人々が行う経済活動、すなわち「ボランタリー経済」(自発経済)が、極めて重要な役割を果たしてきたのである。
ボランタリー経済が「陰の経済」にされていた二つの理由。
一つ目は、「貨幣」という客観的な尺度で測れない「目に見えない経済活動」だから。二つ目は、家庭や地域など「社会の片隅での経済活動」だったからである。
しかし、インターネット革命で「多くの人々から見える経済活動」になり、「世界中に影響を与える経済活動」になった。
世界的な潮流となっている「社会起業家」。
社会貢献を目的としてきた非営利組織が事業を長期に継続するために、その事業そのものから「利益」を上げるという動きであるが、これはある意味、「ボランタリー経済」が「マネタリー経済」を取り入れていく動きに他ならない。

第6話 「費用逓減産業」「自然独占」

企業と協力して、もしくは、企業に代わって、商品やサービスの開発に「参加」するようになっていく。
それが、「参加型経済」と呼ぶべきパラダイムであり、これからの市場経済の大きな潮流となっていく。
「開発」だけでなく、「設計」「生産」「販売」「宣伝」のプロセスにも参加するようになっていく。
経済における「直接民主主義」が実現し始めている。
消費者の代理として企業が消費者のニーズを調査・分析し、そのニーズを最大公約数的に反映した商品やサービスを開発・生産・販売してきたから。
自給自足の時代。
「参加型経済」とは、ある意味でその古く懐かしい時代が復活しつつあるともいえる。 「享受型イノベーション」から「参加型イノベーション」へのパラダイム転換。
現在の社会が「不完全」であり、多くの「問題」を抱えていても、その社会が未来に向かって、「より良い社会」へと変革を遂げていくことが信じられると人々は幸福感を感じることができる。
そして人々の幸福感がさらに高まるのは、社会の変革に「参加」しているときである。
第一の原点回帰は、「政治」の民主主義から「経済」「文化」の民主主義へ。
第二の原点回帰は、「意思決定」への参加から「社会変革」への参加へ。
第三の原点回帰は、「関節民主主義」から「直接民主主義」へ。

第7話 「無限成長経済」から「地球環境経済」へ

「無限の経済」から「有限の経済」へのパラダイム転換。
現在人類社会が直面している地球環境問題は、我々に地球という空間の「有限性」、そして、エネルギーや天然資源の「有限性」というものを極めて明瞭に、そして極めて深刻な形で教えてくれているからである。
人口爆発、食料不足、資源枯渇、エネルギー危機、環境汚染という五つの問題により、人類全体の経済成長は、百年以内に限界に達するという予測されていたからである。
「GNH」(Gross National Happiness)国民総幸福度
ブータンで提唱されたこの言葉。
今、静かに世界に広がりつつある。
創造的発想の技法において、我々が心に刻んでおくべき言葉がある。
「橋のデザイン」を考えるな。
「河の渡り方」を考えよ。
経済学は、本来、多くの人々を幸せにするために生まれてきたものである。
そして、その方法として「経済成長」を追求してきたわけである。
単なる手段に過ぎなかった「経済成長」が、人々を幸せにする唯一の手段と思い込んでしまっている。
「多数決」ということで決していく文化もまた、効率化、合理化、スピード化を求める現在の社会が生んだ特殊な状況であることを知っておく必要がある。
人類の永い歴史を振り返るならば、現在の社会において、我々が「常識」と思っていることが、決して「常識」ではなかったことに気がつかされる。

第8話 「企業倫理」を身体化していた日本型経営

「日本型経営」や「日本型資本主義」の歴史を虚心に振り返るならば、遥か昔からCSRの思想が確固として存在していた。
例えば。渋沢栄一の「右手に算盤、左手に論語」。
住友家の家訓「浮利を追わず」。
近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし、三方よし」。
日本においては、社会的責任や社会貢献というものは、「個人の倫理観や価値観」「組織の空気」「社会の文化」レベルで存在したのである。
多くの人々は、定年退職を迎えても、「元気なうちは、世の中の役に立ちたい」と考える労働感が浸透していた。
職業というものを「天職」と考え、いかなる職業であっても、「世のため、人のため」という使命感を持って働くことを尊いと考える「職業観」とも一体の思想である。
個人の職業観は、企業組織においても、「一隅を照らす、これすなわち国の宝なり」(最澄)という空気として存在し、その個人の職業観を支えていた。
「性悪説」の人間観に立脚する制度は、長期的に見るならば、決して、人間を高める力とはなりえない。
社会的責任とは、「社会に対して、良きことを為す」という積極的・能動的な意味に他ならない。
日本企業においては、「社会的責任」とは、「社会貢献」と同じ意味を持った言葉なのである。
経営者や社員の倫理観を真に高めるためには、「社会に対して、良きことを為そう」と呼びかけ、使命感に働きかけることが最も正しい方法なのである。
企業は本業を通じて社会に貢献する。

第9話 「見えない資本」を見つめていた日本型経営

目に見えない報酬として、日本型経営においては、次の4つの大切な報酬があると多くの社員は感じてきた。
(1)「仕事の働き甲斐」、(2)「職業人としての能力」、(3)「人間としての成長」、(4)「職場の仲間との出会い」。
仕事が上手くいったときに、しばしば使われる「お陰さまで」という言葉であり、仲間の協力にお礼を述べたときに仲間から返される「お互いさま」という言葉。
日本型経営における「組織観」もまた、仲間からの無形の協力や励ましという「目に見えない価値」を大切にしてきた。
さらにコミュニケーション観もまた、目に見えないものを大切にしてきた。
それを象徴するのが、「以心伝心」や「目は口ほどに物を言い」といった言葉である。

第10話 「社会貢献」と「利益追求」を統合していた日本型経営

日本型経営を象徴する「三つの言葉」
「企業は、本業を通じて社会に貢献する」
「利益とは、社会に貢献したことの証である」
「企業が多くの利益を得たということは、その利益を使ってさらなる社会貢献をせよとの、世の声である」
日本型経営において「究極の目的」とは、あくまでも「社会に貢献すること」である。
利益は、その「手段」であって。
決して「目的」ではない。

第11話 「主客一体」を追求していた日本型経営

「参加型経済」とは、企業と消費者の区別がなくなる経済に他ならない。
企業には、「消費者を企業の望む方向に操ろうとする発想」を捨てることが求められる。
目の前にあるものを、あたかも機械のように思い込み、科学を使ってそのメカニズムを解明することで、それをうまく意のままに操れると思い込む幻想である。
操作主義はどこから生まれるのか?
実は、企業と顧客との関係を「対立的」に見る発想から生まれてくる。
本来、企業と顧客との間に生まれるべき「共感」や「感謝」「一体感」を大切にせず、企業と顧客を「商品を売る側」と「商品を買う側」という対立的な関係として捉え、さらには顧客を「操作の対象」として見る発想。
そこから操作主義が生まれる。
我が国の「ものづくり」の強みは、ものづくりに心を込める精神、思想、文化の強みである。
製品一つでも、単なる「商品」と考えず、「作品」と考える深い精神性がある。

第12話 「有限・無常・自燃」を前提としていた日本型経営

日本では、「有限の文化」が「有限の技術」を深く結びついてきた。
技術の奥にあるべき「思想」や「文化」こそが世界に誇るべき成熟したものである。
世界に「環境技術」を提供していくとき、提供するべきは、実は「環境技術」だけでなく、「環境技術+環境思想+環境文化」である。
世界全体が地球環境問題に直面する時代において、日本という国が考えるべきことは、一国としての「輸出の拡大」なのか、地球環境問題を解決することにより「世界への貢献」なのか。
新たな価値観は、(1) 無限から有限へ。(2) 不変から無常へ。(3) 征服から自燃(じねん)へ。(4) 対立から包摂へ。(5) 効率から意味へ。
日本人は、「人為」によって何かを為すことに最高の価値を置かず、その「大いなるもの」に導かれて物事が自ずと然る「自燃(じねん)」という状態に最高の価値をおいていた。

第13話 なぜ、日本型経営が復活するのか

目に見えない資本主義…田坂広志 著資本主義の螺旋的発展、それゆえこれから起こる出来事は単なる「古いものの復活」ではなく、「新たな価値」を伴って復活してくる。
その「新たな価値」とは、(1) 合理化、(2) 最新化されて復活してくることだ。
「貨幣経済」が世界を席巻するなかで。
我々が見失ってしまった「目に見えない価値」が日本だけでなく、世界の最新資本主義国においても、これから復活してくるだろう。
成熟した文化による「企業経営」の進化。
成熟した文化による「資本主義」の進化。
目に見えない価値を見つめる企業経営。目に見えない資本を重視する資本主義。
未来進化と原点回帰は同時に起こる。
ヘーゲルの弁証法「螺旋的発展の法則」

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