近年の労働法改正への対応が求められる クリニックの労務管理対応策

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近年の労働法改正への対応が求められる クリニックの労務管理対応策

  1. 働き方改革と育児・介護休業法改正の最新動向
  2. 労働時間の管理方法と割増賃金の考え方
  3. 年次有給休暇の管理・取得方法
  4. 育児・介護休業法改正への対応


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1.働き方改革と育児・介護休業法改正の最新動向

1.働き方改革関連法と診療報酬改定の連動

2018年6月に働き方改革関連法が成立し、医療機関においても適切な労働時間の管理が求められています。
また、医師等の働き方改革等の推進は2020年度及び2022年度診療報酬改定の重点課題となっており医療従事者の労働時間に関する関心は高まっているといえます。

医療機関の規模別の適用関係

医師についての時間外労働の上限については、2024年4月からの適用となります。
2024年4月からは下記のA水準以外の各水準は、指定を受けた医療機関に所属する全ての医師に適用されるのではなく、指定される事由となった業務に従事する医師にのみ適用されます。
所属する医師に異なる水準を適用させるためには、医療機関はそれぞれの水準についての都道府県知事の指定を受ける必要があります。

各水準の指定と適用を受ける医師について

こうした労働時間への規制が高まる中、クリニックにおいても職員の労働時間管理は必須であり、自院の職員の勤務状況を正確に把握しておく必要があります。

2.適正な労働時間の管理方法

医療機関の使用者には、職員の労働時間を適正に把握する義務があります。
労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、使用者の明示または黙示の指示により職員が業務に従事する時間は労働時間に当たります。
使用者が直接職員の出退勤を現認して記録をするのは難しく、基本的にはタイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録方法が現実的な手段となります。
また、タイムカード等の記録以外に、使用者の残業命令書及びこれに対する報告書など、使用者が職員の労働時間を算出するために有している記録があれば、タイムカードと突き合わせることにより労働時間を確認し記録します。
労働時間の管理上、この突合による残業時間の管理が非常に重要です。
やむを得ず自己申告制により労働時間を把握する場合には、注意が必要です。
自己申告制の労働時間の記録は、労使紛争の際の記録証拠としてはタイムカード等の記録より弱いため、できるだけタイムカード等の客観的な記録で管理することが望ましいと考えられます。

労働時間の把握方法、自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置

3.育児・介護休業法の改正動向

2020年6月からは、育児休業等に関するハラスメントの防止対策が強化され、事業主の責務として、「ハラスメント問題」に対する職員の関心と理解を深めることや言動に注意を払うよう研修を実施する等、必要な配慮を行うことが義務付けられました。
また、2021年1月からは、子の看護休暇・介護休暇が時間単位で取得可能になりました。

子の看護休暇・介護休暇に関する改正内容

さらに、2022年以降、育児・介護休業法は多くの改正が予定されています。改正の理由の一つとしては、男性の育児休暇取得率を上げることにより、男女問わずワーク・ライフ・バランスのとれた働き方を実現させることです。
男性の育児参加を促し、女性の雇用継続の実現や子育てしやすい環境を整えることで、将来の子どもの数が増える期待も含めた改正と考えられます。

2.労働時間の管理方法と割増賃金の考え方

1.労働時間の考え方と範

労働時間の把握方法は前章で紹介したとおりです。本章では労働時間について解説します。
労働時間の考え方については、厚生労働省が公表している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」が参考になります。

労働時間の考え方

ここで重要なことは、労働時間に該当するか否かは、「労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、職員の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否か」により客観的に定まるということです。
また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると判断されるかどうかは、職員の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されます。
例えば、勉強会が所定労働時間外に行なわれ、事前に院長が職員にその時間は残業時間にはならないと伝えていたとしても、労働時間か否かの判断は、当事者の約定によらず客観的に定まるもので、その勉強会は労働時間と判断される可能性が高いということです。
一方、その勉強会が自由参加であり、参加しないことについて何ら不利益がない場合等については労働時間とはなりません。

2.残業の事前申請制度を導入

自主的に残業する職員についてはどのように対応すればよいのか、対応を考えさせられる医療機関は多いと思われます。
こうした残業対策については、残業の事前申請制度の導入が有効となります。
管理者の知らないところで職員が残業し、管理できない残業代が発生して時間外割増賃金を請求されるというケースも考えられます。
こうした把握できない残業を回避することに加え、必要のない残業を未然に防止するために、時間外労働や休日出勤を行う際に事前申請を取り入れる方法があります。
これにより、人件費の抑制や職員一人ひとりの労働時間をある程度把握することができる効果が期待されます。
残業の事前申請制度を導入するには、就業規則にその旨を記載する必要があります。
職員が予め時間外労働や休日出勤の必要があると判断したときは、その内容・理由や必要な時間数を事前申請書に記載して、所属長の許可を得るようにします。
また、許可のない自己の判断による時間外労働・休日労働については原則認めないものとして、残業管理を徹底します。
この制度を導入する際に注意が必要なのは、事前に許可を得ていない残業時間についても医療機関がその事実を知りつつ注意しないで放置した場合、黙示の指示があったとみなされる可能性があることです。
職場の管理者には、職員の業務の状況や労働時間を適切に把握するよう指導していくことが労務管理上必要だといえます。

就業規則の規定例

3.割増賃金ついての考え方

時間外労働の割増賃金は、法定労働時間を超えた残業時間について発生します。
よって、就業規則等で別段の定めをしていない場合、法定労働時間内の残業時間については割増なしの残業代を支払えばよいとされています。
一方、法定労働時間を超えた時間外労働については割増賃金が必要となります。時間外労働等に関する割増賃金率は次の表のとおりです。
なお、2023年4月1日からは、中小企業規模※1の医療機関について猶予されていた「月60時間を超える時間外労働に係る割増賃金率」は50%以上としなければならず、クリニックにおいても該当することになります。
実際に法定労働時間を超えて労働をさせる場合には、「時間外労働・休日労働に関する協定」(いわゆる「36協定」)を締結し労働基準監督署長に届け出る必要があります。
事業場を管轄する労働基準監督署長に36協定を届け出なければ、36協定で定める時間外労働・休日労働を行わせることができません。

割増率早見表

3.年次有給休暇の管理・取得方法

1.年次有給休暇時季指定義務の概要

年次有給休暇は、働く方の心身のリフレッシュを図ることを目的として、原則、職員が請求する時季に与えることとされています。
しかし、同僚への気兼ねや請求することへのためらい等の理由から、取得率が低調な現状にあり、年次有給休暇の取得促進が課題となっていました。
このため、労働基準法が改正され、2019年4月から、年10日以上の年次有給休暇が付与される職員(管理監督者を含む)に対して、年次有給休暇の日数のうち年5日については、使用者が時季を指定して取得させることが義務付けられました。
使用者は、職員が雇入れの日から6か月間継続勤務し、その6か月間の全労働日の8割以上を出勤した場合には、原則として10日の年次有給休暇を与えなければなりません。

年次有給休暇時季指定義務の対象者

パートタイム職員など、所定労働日数が少ない職員については、年次有給休暇の日数は所定労働日数に応じて比例付与されます。
比例付与の対象となるのは、所定労働時間が週30時間未満で、かつ、週所定労働日数が4日以下または年間の所定労働日数が216日以下の職員です。

年5日の年次有給休暇付与の仕組み、時季指定のイメージ

ただし、以下のような場合については、使用者は時季を指定した有給休暇が不要、または不足日数分のみの付与でよいとされています。

使用者の時季指定の義務から解放されるケース

また、休暇に関する事項は就業規則の絶対的必要記載事項であるため、使用者による年次有給休暇の時季指定を実施する場合は、就業規則にその旨を記載しなければなりません。

就業規則の規定例

2.年次有給休暇を管理・取得しやすくするための方法

年次有給休暇の管理は、職員ごとに入職日が異なることから基準日※が異なり、誰がいつまでに年次有給休暇を5日取得しなければならないのか把握して取得させることが難しいことが考えられます。
そこで、基準日を月初などに統一することで、年次有給休暇の管理を簡素化することができます。
この方法は、中途採用を積極的に行っているクリニックに対して有効的な管理方法となります。(※年10日以上の有給休暇を付与した日)

基準日を月初に統一する方法

年次有給休暇の取得が難しい環境である場合は、年次有給休暇の計画的付与制度の活用が考えられます。
使用者の時季指定と異なる点は、年次有給休暇のうち5日を超える分については、あらかじめ取得する日を使用者側が決めておき、その指定の日に取得させることができるという点です。
下表のうち、クリニックでは診療日数に影響を与えず、かつ、計画的に年次有給休暇を付与することができる「個人別付与方式」がおすすめです。
なお、計画年休の導入には、就業規則による規定と労使協定の締結が必要になります。

4.育児・介護休業法改正への対応

1.2022年 育児・介護休業法改正の概要

2022年は、育児・介護休業法で多くの改正が予定されています。
改正の理由の一つとしては、男性の育児休暇取得率を上げることにより、男女問わずワーク・ライフ・バランスのとれた働き方を実現させることです。

雇用環境整備、個別の周知と意向確認、有期雇用労働者の育児・介護休業取得要件の緩和、産後パパ育休(出生時育児休業)の創設、育児休業の分割取得

2.育児・介護休業法改正への対応

2022年度以降の改正育児・介護休業法施行に向けての準備の流れは以下のとおりです。

施行に向けて準備すること、施行に向けての準備

まず、上記①については、本人または配偶者の妊娠・出産等を申し出た労働者に対して、個別に面談や書面交付等を行う必要があります。
その時にはあらかじめ厚生労働省が公表しているパンフレット等を準備しておきましょう。
そして相談窓口担当者を決めて設置し、就業規則に記載し周知徹底に努めます。②については育児介護休業規程の見直しや必要に応じて労使協定の見直しが必要です。
③、④については就業規則・育児介護休業規程の見直しが必須で、必要に応じて労使協定を見直します。
注意点としては、就業規則・育児介護休業規程の見直しについて、2022年4月1日時点で、上記の改正内容の全てを一気に盛り込んで規定してはいけないことです。
理由は、産後パパ育休(出生時育児休業)の創設、育児休業の分割取得については2022年10月1日からの施行となるので、たとえ院内で早めに規定していたとしても雇用保険上の制度が活用できないからです。
また、給付金を受給するためには以下の要件に該当する必要があります。

産後パパ育休

これまで紹介してきたように、育児介護休業に関する制度は近年何度も改正されており、2022年も新たな制度が予定されています。
よって、自院の就業規則や育児介護休業規程の見直しがしばらく行われていない場合、法律を満たした内容ではなくなっている可能性が高いです。
他にも、近年労働関連の法改正が何度も行われていることから、自院の就業規則が法対応しているかの確認は必要で、3年以上改定していなければ見直しが必要です。
厚生労働省では、モデル就業規則や育児介護休業規程、改正点等を公表していますので、自院と見比べてみることと、制度理解を深めておくことが労務管理上求められます。

 

■参考資料
厚生労働省:医師の働き方改革に関する検討会資料
      中央社会保険医療協議会 総会資料
      労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン
      年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説
      育児・介護休業法の改正について ~男性の育児休業取得促進等~

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