暗黙知が伝わる「動画経営」 生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー 髙橋 勇人 著

監修者まえがき:一橋大学名誉教授 野中郁次郎さん

ソフトウエア開発においては、それまでは「ウォーターフォール・モデル」と呼ばれる手法が一般的だった。
「分析→設計→実装→テスト」とい手順を踏み、工程間は「仕様書」というドキュメントで前から後ろへ、その意図を伝えていく。
あたかも、滝の水が上から下に落ちるように、前工程の成果物が後工程にすべて引き継がれていくやり方がとられていた。
このやり方では、プロジェクトの最後になってようやく動くソフトウエアができあがる。
したがって顧客は最後まで、動いている実物を見ることができないのである。
しかも開発は長期にわたるため、ソフトウエアに対する当初の顧客の要求が、完成した時点においてはすでに陳腐化していることも多々あった。
アジャイルスクラムにおいては、分析、設計、実装、テストという各工程の技術者が部門を横断し、6,7名で一つのチームを組む。開発は、顧客にとっての価値の大きさで順位づけされたリストに従い、最も高い機能から各メンバーがスクラムを組んで作業を進め、いち早く動くソフトウエアを作る。
それを顧客に試用してもらい、意見を取り入れ、必要に応じて修正を加えていく。
このアジャイルスクラムでは、ウォーターフォール・モデルに比べて、2倍の仕事を2分の1の時間内でこなくことができるといわれ、プロジェクトの成功率も目に見えて高まったという。

知識創造理論では、言葉や数字で表すことが難しい暗黙知を、そうした言葉や数字、マニュアルなどの形式知に変換させるプロセスが大きなカギを握る。
本書は、高橋氏が事業として取り組む短尺動画システムの実際の活用事例を中心に、動画をどのように活用すると生産性が上がるのかを解説するとともに、知識創造理論との親和性を明らかにしたものである。

 

序章 生産性と知識創造理論を結び付けるカギは動画だった

サービスの4つの特徴と「真実の瞬間」。巷間で言われるように、サービスには4つの特徴がある。
まずは、サービスに形がない。「①無形性」ということだ。
形がないから、蓄積ができない。在庫という概念が通用しないのだ。
次は「②同時性」ということだ。目の前で作られ、その場で消費される。
3つ目が「③変動性」である。同じ「いらっしゃいませ」の掛け声でも、相手や状況に応じて声の大きさや抑揚、テンポを変えられれば、気持ちが相手により伝わるだろう。
逆に画一的な口調ではおざなりになり、顧客もマニュアルっぽさを感じてしまい、逆効果になりかねない。

最後の4つ目が「④消費性」である。最初の無形性と関連が深いが、その場で生まれ、何も残らない。いや、正確に言えば、残る。
どこに?顧客の心に、である。

製造の現場では、みんなで出来事を共有したり、実験したり、改善したりすることが容易であるが、サービスの現場ではあらゆる面で一期一会、個人の能力任せになりがちなのである。

暗黙知とは、言語化や数値化が困難な各人の思いやノウハウ、コツ、物事のタイミングといった知のことだ。
形式知とは言語化、数値化され、伝達がたやすい知のことだ。
暗黙知と形式知という別々の知識があるわけではない。
海に浮かぶ氷山を思い浮かべていただきたい。
海面から出ていて視認可能な部分が形式知であり、海面下にあるその何倍もの大きさの視認できない塊が暗黙知なのである。
SECIモデルは暗黙知と形式知が組織内で相互関連しながら集合知に発展していくプロセスを、次のフェーズで説明する。

①共同化(Socialization)個人が他者と直接対面することによって生じるお互いに対する共感や、環境との相互作用を通じて暗黙知を獲得する。
お互いの暗黙知を共有する。

②表出化(Externalization)個々人の暗黙知を、対話や思索、メタファー(比喩)を活用して明らかにし、コンセプト(概念)や図像、仮説などを生成する。
個人の暗黙知を集団レベルの形式知へと変換する。

③連結化(Combination)集団レベルの形式知を複数組み合わせ、物語や理論に体系化する。集団レベルの形式知を組織レベルにまで高める。

④内面化(Internalization)組織レベルの形式知を各自が実践し、新たな価値を生み出すとともに、その実践を通じて新たな暗黙知を獲得する。
個人、集団あるいは組織レベルで、新たな知を獲得する。形式知から暗黙知が生まれる。

 

第1章 撤退の危機からV字回復へ導いた経営

短尺動画導入とほぼ同じタイミングで、クリスピー・クリーム・ドーナツは顧客満足度調査を実施した。
アンケートの集計結果を分析すると、顧客満足と相関関係が深い要素が大きく3つあることが判明した。
まずは親しみやすい接客、2つ目はお得な情報を教えてくれること、そして3つ目が商品提供の素早さだった。
短尺動画によって、あるべきやり方を学ぶ。
よくある間違いを改善する。
時間内でそれが確実にできるようにする。
この3ステップを踏んでもらうことで、クリスピーの店内で供されるラテの質と提供スピードを各段に向上させることができたのである。

動きを伴う仕事が必要な現場のクオリティを上げるには、動画がいちばん向いているメディアでしょう。
『礼儀正しい挨拶をしなさい』と口酸っぱく言っても、それを受けた側はなかなか腹落ちできないわけです。
手本を動画で見れば、こんなふうにやるのか、と心底納得できる。礼儀正しい挨拶をしたことで、当の店長がお客様から褒められた話でも付け加えれば、腹落ちはさらに強まります。

 

第2章 同業態の2、3倍の売上げを生む秘訣

東京、神奈川、千葉に42店舗を展開する食品スーパー「オオゼキ」には、熱心な顧客がついている。
その理由は、生鮮食品に代表される品ぞろえの多さとコストパフォーマンスの高さ、そして活気あふれる店内にある。
オオゼキの各店の売上げは他のスーパーと比べ、単位面積当たり2倍から3倍と高い。
そのオオゼキが短尺動画システムを導入したのは大きく2つの目的があった。ひとつは人材育成に関するものだ。
それまでは各部門の責任者が店舗を巡回し、後進を直接指導するやり方がとられていたが、店舗が増えるにしたがってそれが難しくなった。
もうひとつの目的は、それぞれの店舗で独自に行われている工夫をほかの店舗にも横展開し、全社的に実施することだった。
ポップをどう書くか、どんな言葉で、どのようにお客様に呼び掛けるか、各店が自分たちの取り組みを動画で撮影し、全店で共有しているのだ。

 

第3章 ユニークな人材獲得策をレバレッジする動画活用

チョキペタ(Ash(アッシュ)などの美容室チェーン傘下)の主要なターゲット顧客は40代後半から60代の主婦だ(もちろん男性も若い女性も利用できる)。
そのため、商業施設のテナント開発担当者からは非常に歓迎される業態だといい、多くの店舗は食品スーパーやショッピングモールのテナントとして出店している。
チョキはカット、ペタはカラーリングを示す。わかりやすいネーミングだ。
ここで行うカットの中心は、ヘアデザインを変えるものではなく、いまのスタイルをきれいに維持するため、伸びたぶんだけ1~2センチ切る、いわゆるメンテナンスカット。髪染めも圧倒的に白髪染めが多い。

美容師の免許を持っていながら働いていない「休眠美容師」が、日本には75万人以上いると言われている。
チョキペタはここに目をつけた。
子育てが一段落した40~60代の休眠女性美容師を積極的に採用しているのだ。
現場を離れていた美容師は、技術面で不安を抱えているものだ。
お客様から最新の髪形を要望されても応えるのは難しい。
その点、チョキペタで求められるのはメンテナンスカットなのでハードルが低い。
現場を離れて長い休眠美容師が復帰しやすい職場なのだ。

日本の構造問題として、国民の3人に1人が高齢者として年金を受け取る側にいて、さらにその人たちに対する介護支援が必要となる世界が訪れている。
年金受給者は一定のスキルを持って長期間働いてきた人たちなので、彼らの知識やスキルを借りるビジネスがもっと出てきてもいいと思う。
スキルのリユース(再活用)も考えるべき大きなテーマではないだろうか。
「生涯現役」はけっして悪いことではなく、彼らに活躍の場を用意して再び輝いてもらうことは、社会全体で見ると大きなメリットがある。

 

第4章 職階と短尺動画を連携させた協力な教育システム

「すし銚子丸」は、店舗を「劇場」に見立て、寿司を握る職人やスタッフを「劇団員」、レーンの中でお客様と直接相対する板前のリーダーを「座長」と名付けている。
銚子丸一座というわけだ。
職人ながら水槽から鮮魚をすくい、客の目の前でさばき、握っていくプロセスを、客と会話しながら見せていく。
銚子丸名物と銘打ってマグロ解体ショーといったイベントを開催することもある、エンターテインメント系グルメ回転寿司なのだ。

冷凍ものから鮮魚へネタを転換したことが回転寿司における大きな革新だとすれば、銚子丸が成し遂げた革新があと2つある。
ひとつはホワイトボード(現在はデジタルサイネージに変わっている)の活用だ。同店では味噌汁の無料サービスを行っていたが、それを入り口に掲げたホワイトボードに記していた。
そこに余白があったので、「エンガワが入荷しています」などと、当日のおすすめのネタを書いたところ、飛ぶように売れた。そこから毎日、手書きのおすすめメニューを掲示するようになった。
もうひとつは先述したエンタメ性である。

サービス業におけるノウハウ、つまり暗黙知の社内流通は、生産性や品質向上のみならず、商品そのものの進化につながるため、製造業以上に重要といえる。
ノウハウ流通の方向性には、店舗という空間を超えた共有と、後世への時間を超えた伝達という2つの局面がある。
13分の長さがあった「寿司の握り方」をシャリの扱い、ワサビの扱い、握り方、盛りつけ方、握りの流れといったように、5本に分割したところ、「見やすい」「よく理解できる」という声が寄せられたという。
動画は短いほどいいのは、人によって、できないポイントが異なるからだ。
みんな、自分がうまくできないポイントだけを抽出して見たいはず。
銚子丸では、動画を視聴し、その内容をマスターすればするほど、格付けと評価が上がる仕組みが整備されており、報い・認め・讃える文化を大切にしている。

 

第5章 暗黙知ばかりの業界でSECIモデルを回す

葬儀業界ではSECIモデルにおける最初のステップ、暗黙知の共同化すら難しい。現場では模擬葬儀という学習方法もあります。
しかし、需要そのものをコントロールできないのが葬祭業。
模擬葬儀の研修を予定していても、実際のご葬儀の依頼があればそちらが優先されます。
また、365日稼働の業種柄、社員は交代で休みを取るので、全員が一斉に集合して学ぶ機会も設定しづらい。
でも、その中身を短尺動画に収めれば、好きな時間に、自分の見たい箇所だけ何度も視聴できる。「悪い例」「良い例」を動画で解説したコンテンツがよく視聴されているという。

 

第6章 難易度の高い繊細な販売スキルを「見える化」する

従来のスキルをイクセルする手段は営業マン同士でロールプレイングを繰り返して改善点を指摘しあうことと、後輩が先輩の横につく同席営業を行うことだった。
しかしそれでは、これはA店長流、これはB店長流というように、指導役のやり方が色濃く反映されてしまい、社内に流派が生まれるという欠点があった。
これではすべての営業マンが習得すべき「型」として社内に広まらないし、蓄積もされない。
そこで商談の「型」を作ることから取り掛かった。
まず、営業の誰もが身につけるべき販売力を、「①顧客理解」「②自社理解」「③顧客のニーズと商材のマッチング」という3つの要素に分解した。

興味深いのは、営業マン全員に動画投稿が義務づけられ、しかも投稿動画を誰もが視聴できるので、優秀な営業マンの動画再生回数がどんどん増えていくことだ。
本部が最初に作ったお手本動画は1本なのだが、いつのまにかそれ以外の動画もお手本に成長していくのである。

IDOMの例で言えば、先輩営業マンによるお手本動画を何度も再生し、商談の流れを暗記するくらい見入るのが「守」の段階だ。
そこで学んだお手本の話法を、今度は自分の商談で試してみる。
相手も状況も動画とまるで同じというわけにはいかなから、状況に合わせた話題や自分なりのアレンジが必要となる。
それが「破」の段階になる。
そして、商談の場数を踏んで自分なりのやり方を身につければ「離」の段階に達したことになる。

 

第7章 サービスによる付加価値の可能性と課題

JR東日本からインドネシア通勤鉄道会社(KCI)へ中古車両を有償輸出していた。
鉄道車両は精密機械であるから、定期的なメンテナンスが不可欠だ。
マニュアルを渡し、「あとはよろしく」では済まない。
日本人の助けを借りずとも、自前で修理や点検ができる現地の技術者を育成しなければならない。
ここにはいくつもの課題があった。大別すると4つになる。

ひとつはコストが高いことだ。
お互いの渡航費、滞在費、移動を含めた滞在期間中の人件費が必須となる。
次に効率の問題がある。
1回に指導できる人数は限られるので、教わった人がその内容を次の人に教える、というやり方をとらざるを得ない。そうするとどうしても“伝言ゲーム”が起きてしまい、技術の劣化が避けられない。
柔軟性に欠けるという問題も生じる。
新たな教育内容が加わったとき、対面研修のみでは対応が難しいのだ。
最後に、PDCAサイクルが回らないことだ。
教える場所と実践される場所が離れているため、教えた技術が現場でどのように活用されているかを確認できないのだ。
改善活動を行うことが事実上不可能なのである。

技術の勘どころを短尺動画にし、いつでも、誰でも視聴できるようにする。
こうすれば、渡航費も滞在費もかからないし、悪しき伝言ゲームもなくなる。新たな内容を加えたければ、新たな動画を作ればよい。繰り返し視聴し、そのとおりにやってみる。
そこに講師がいなくとも、技術の自己習得が可能になるのだ。
教えたことが本当にできているのかは、各自が習得した技を動画にし、投稿してもらって確認する。
講師役の日本人が視聴して巧拙をチェックし、優れている点、改善を要する点をコメントの形でフィードバックする。
メンテナンスや修理項目のすべてではなく、活用頻度が高く、なおかつ紙のマニュアルで教えることが難しいものが動画化された。

 

終章 生成AIが知識創造と動画経営に与える影響を考える

人間は生成AIが(いまはまだ)生み出せず、扱えない暗黙知を生み出すことができる。
その暗黙知から形式知を生み出し、別の形式知と組み和わせて価値を高め、その実践によって新たな暗黙知を獲得していく(共同化→表出化→連結化→内面化)。
そうやってSECIモデルを回せることが、生成AIに対する人間の優位性を表している。
現時点では暗黙知がない生成AIやロボットは、SECIモデルを担う主役になることはできない。逆に言えば、SECIモデルは生成AIやロボットの進化の道筋を示していることになる。

サービス業のタスクは簡単にAIに代替されないとすると、その現場から人間はいなくならない。
そこかわり、そこに携わる人間は絶えずスキルアップし続ける必要があり、そのためには経験をたくさん積ませなければならない。
サービスの仕事は発生頻度の高いものから低いものまで多岐にわたるが、ここでは仮に3つの層で考えてみる。

第1層は、発生頻度が高く、定型的なもの。飲食業で言えば、注文や配膳、会計などが該当する。
ここではセルフレジやタッチパネル、配膳ロボットという形で、すでに省人化が進んでいる。

第2層は、発生頻度はそれなりだが、業務内容にバリエーションが多いもので、調理、盛りつけ、接客などが当てはまる。
ここには短尺動画など、コストをかけた特別な教育が必要で、発生頻度の高いものから優先的に教育していく必要がある。

第3層は、1層目や2層目のような費用対効果がわからないほど発生頻度が低いものの、きわめて重要な業務―たとえば、店に強盗が入ったらどう対処すべきか―で、これはOJTで上司が部下に教えればいい。

ただ映像を作ってどこかに置けばいいというわけではない。
映像を渡せばそのとおり実行してくれるほど、組織も人も単純ではない。
現場を動かして本部の意図を現場に反映させるためには、映像を見てそのとおりにやってもらうだけでなく、現場の変化を映像で本部に送り出してもらったり、投稿された映像をチェックして、個別にナレッジを組織知に集約して再配信したり、という知を循環させるサイクルが必要だと考えたのだ。

大方針としての指示を出しているのは本部だが、同じ看板を掲げているチェーン店であっても、それぞれの現場は店舗レイアウトも、働いている人も、客層も異なる。
そのため、現場での実行度を上げるための創意工夫が必要になるのである。
さらに言えば、本部で働く人たちは現役のスペシャリストではなく、かつて現場で著しい活躍をしたエース、言うなれば「10年前の金メダル選手」だ。
だから本部の人たちも、最新の現場の状況を知りたいときは現場に足を運んで確認する。
そのため1つの方針を出すにも多大な時間がかかる。
こうしたやりとりを観察するなかで、現場で生まれている工夫や現場の様子をリアルタイムに整理された形で本部に拾い上げる方法はないかと考えるようになり、映像とSECIモデルが結びついてアビリクリップを着想するに至ったのだった。

 

今月はこの本を選んだのは、監修の野中郁次郎先生が好きで興味がわいたからです。
著者でもあるClipLine社の高橋勇人さんのことは存じ上げておらず、サービスを利用したことないのですが、本書の内容には、共感持てる部分も多々あります。
動画でマニュアル作成することは、スマホで簡単にできるようになってきていますね。
動画がすべてではないでしょうが、使えるマニュアルの選択肢の一つとして、技術伝承の手段の一つとして、動画はいかがでしょうか。
その際には、本書がとても参考になると思います。
お勧め度:☆☆☆☆ 星4つ
(桐元 久佳)

暗黙知が伝わる「動画経営」  生産性を飛躍させる マネジメント・バイ・ムービー