第1章 エフェクチュエーションとは何か
「エフェクチュエーション」とは何かを一言でいうならば、「熟達した起業家に対する意思決定実験から発見された、高い不確実性に対して予測ではなくコントロールによって対処する思考様式」です。
エフェクチュエーションの発見は、大きく2つの意義を持つものでした。
1つは、新たな事業や企業、市場を作り出す起業家による偉大な成果というのは、彼らの特性や資質によるものではないことを明らかにしたという意義です。
世の中の起業家と呼ばれる人々の成功は、問題解決のために共通の論理・思考プロセスを活用した結果であることを、実験結果は示唆するものでした。
もう1つは、エフェクチュエーションの発見が、不確実性への対処において、私たちの慣れ親しんだ予測合理性とは異なる、代替的なアプローチの有効性を提示するものであったことです。
目的に対して最適な手段を追求するコ―ゼーション(因果論)のプロセスでは、スタート時点で具体的な目的、すなわちターゲットとする市場機会(ビジネスチャンス)が特定されている必要があります。
ただし、それが有効であるのは、企業にとって当初から目的が明確であり、また環境が分析に基づいて予測可能な場合に限られることには注意が必要です。
エフェクチュエーションの論理が有効な状況は、決して、起業や新規事業の創出のみに留まるわけではありません。
むしろ、あらゆる結果の不確実性を伴うチャレンジや、新しい何かを創造するプロセスにおいて、そうした試行錯誤を合理的に進めるために活用することのできる、意思決定の一般理論であるといえます。
第2章 手中の鳥の原則
「目的主導」で最適な手段を追求するコ―ゼーションとは対照的に、自分がすでに持っている「手持ちの手段(資源)」を活用し、「手段主導」で何ができるかを発想し着手する思考様式は、「手中の鳥(bird-in-hand)の原則」と呼ばれます。
熟達した起業家に対する意思決定実験から発見された「手中の鳥の原則」という思考様式は、彼らが不確実な資源を追い求めるのではなく、自分がすでに手にしている手段を活用して、すぐに具体的な行動を生み出すことを意味しています。
1つ目は、「私は誰か(Who I am)」です。
これは、特性や興味、能力や性格など、その起業家のアイデンティティの構成要素を指しています。
2つ目は、「私は何を知っているか(What I know)」です。
趣味や過去に受けた教育から得た知識、あるいは人生経験を通じて獲得した経験則や信念のようなものも、「何を知っているか」の一部であるといえます。
3つ目は、「私は誰を知っているか(Whom I know)」です。
これは、起業家が頼ることのできる人とのつながり、社会的ネットワークを意味します。
熟達した起業家は、具体的にどのような事業を実現すべきかという目的が明確でない状況下でも、これらの手段に基づいて「何ができるか」を発想し、実行可能な複数の行動方針を生み出していました。
上記の3種類の手段に加えて、「余剰資源(Slack)」を考慮することも有効です。
余剰資源とは、組織や社会が所有するものの、必ずしも必要とされていない資源であり、合理的な意思決定を前提とするならばムダや非効率とみなされることもある資源のことを指します。
たとえば企業のなかにも、遊休設備や過剰人員、活用されていない技術など、さまざまな余剰資源が存在する可能性があります。
こうした余剰資源は、起業家自身が所有する資源ではなくとも、他の人々がそれを重視していなかったり、そもそもの存在に気づいていなかったりするため、起業家が個人的に活用することも容易であり、やはり手持ちの手段と考えることができます。
いち早く具体的な行動を起こすことで、始めには想像もしていなかったような出会いやフィードバックの機会が生じ、そうしたなかで、より適合的な新しい目的が見出されることも、しばしば起こると考えられます。
「弱い紐帯の強み(The strength of weak ties)」という研究があります。
頻繁に接触する相手(強い紐帯)よりも、たまにしか会うことのない知人(弱い紐帯)のほうが、仕事上の重要な情報の提供者として役立ったという結果だったのです。
「誰を知っているか」と考える際にも、必ずしもつながりが強くない人たちを含めることで、新しい行動の可能性が拓かれることがあるでしょう。
また、あなた自身の直接的な知り合いではなくとも、別の誰かを介してつながることができる人もまたアプローチ可能な人々であり、やはり「誰を知っているか」に含むことができると考えられます。
第3章 許容可能な損失の原則
あるアイデアを着想した場合に、本当にそれを実行するのか。
あるいは、複数のアイデアがある場合には、一体どれを実行するのか。
こうした意思決定に際して、コ―ゼーションに基づく発想では、一般的に期待できるリターン(期待利益)の大きさが、判断基準として用いられてきました。
つまり、行動の結果として、投下した資源以上の大きなリターンが期待できるならば実行すればよい、と考えるのです。
つまり最も成功しそうなものや儲かりそうなものを選ぶべきだと考えられます。
ただし、環境の不確実性が極めて高い状況では、どれほど精緻に期待利益を予測しようとしたところで、それが得られる保証はどこにもありません。
だからこそ、こうした高い不確実性に繰り返し対処してきた起業家は、事前に予測された期待利益ではなく、逆にマイナス面、うまくいかなかった際に生じる損失可能性に基づいて、行動へのコミットメントを行う傾向がありました。
「失うことを許容できる範囲(afford to lose)」においてのみ資金を使おうとする傾向や、出費をできるだけ抑えようとする傾向が見られました。
起業家の行動が、「許容可能な損失」の範囲に収まる限りにおいては、失敗といわれる結果が致命傷を生まないため、再度別の方法でチャレンジすることができます。
許容可能な損失に基づく意思決定は、「成功するかどうか」や「儲かるかどうか」という利益以外の基準で、本当に自分にとって重要な取り組みを選択することを可能にします。
第4章 レモネードの原則
不確実性は一般に、「職務を完遂するために必要とされる情報量と、すでに組織によって獲得されている情報量とのギャップ」と定義されていることから、情報量のギャップを埋めることで不確実性に対処できると考えてきたのです。
それゆえコ―ゼーションのアプローチでは、行動を起こす前に、市場調査や競合分析、シミュレーションなど、さまざまな方法によってできる限り綿密に環境を分析し、結果の不確実性を削減したうえで、最適な計画を立てることが重視されます。
予期せぬ事態は不可避的に起こると考え、むしろ起こってしまったそのような事態を前向きに、テコとして活用しようとする傾向が見られました。
こうした熟達した起業家の思考様式は、「レモネード(lemonade)の原則」と呼ばれます。
「人生が酸っぱいレモンを与えるなら、レモネードを作れ(When life gives you lemons, make lemonade.)」という英語の格言に由来するものです。
必ずしも望ましくない予期せぬ事態が起こった場合、熟達した起業家は、それを避けようとしたり無視したりするかわりに、むしろそれを新たな行動のための資源として積極的に活用することで、新しい価値あるものやより望ましい成果を生み出そうとするものです。
偶然を活用するための4つのステップ
① 予期せぬ事態に気づく
② 同じ現実に対する見方を変える(リフレーミング)
自身の認知や活動の枠組み(フレーム)が変わることによって、同じ出来事に対する受け止め方や反応の仕方が新たしいものに変わることを意味します。
③ 予期せぬ事態をきっかけに「手持ちの手段(資源)」を拡張する
④ 拡張した手持ちの手段(資源)を活用して新たに「何ができるか」を発想する
「レモネードの原則」は、それでも想定しきれない不確実性を含む予期せぬ結果を、むしろ
自らの手中の鳥を拡張する機会と捉え、より美味しいレモネードの材料にするためにテコとして活用することで、こうした「許容可能な損失の原則」を補完する形で機能します。
第5章 クレイジーキルトの原則
アイデア発想の時点では、それが優れたアイデアなのか、有望なアイデアなのかを判断する必要はなく、むしろ、あなた自身がそのアイデアに実行する意味を見出せることが重要になります。
アイデア時点でその価値を評価することが重要でないのは、アイデアが本当に有望な事業機会となりうるかどうかは、そこに何らかのコミットメントを提供してくれるパートナーが獲得できて初めて、明らかになることだからです。
エフェクチュエーションに基づくパートナーシップの第一の特徴は、自発的な参加者を重視することです。
パートナーが自ら進んでコミットメントを提供する関係性が大切だと考えるのです。
これが重要な理由の1つは、エフェクチュエーションが前提とする不確実性の高い状況では、当初の期待通りに進まないという結果がしばしば起こるためです。
自発的な参加者を重視する理由とも関わるのが、パートナーは実際には多様なコミットメントを提供しうる、という第二の特徴になります。
不確実性の高い環境で試行錯誤するエフェクチュエーションのプロセスでは、あるパートナーが果たす役割は1つではなく、実際には、同じ人が複数の異なる種類のコミットメントを提供することも起こります。
こうした特徴を持つエフェクチュエーションのパートナーシップの考え方が、「クレイジーキルト」と呼ばれる理由は、それがさまざまな色や柄の小さな布切れ(パッチ)を縫い合わせて作品を作る、パッチワークキルトづくりにたとえて理解されるためです。
第6章 パートナー獲得のための行動:問いかけ(asking)
パートナーが自発的な参加者として、新たな資源と目的の両方をもたらすことで、「何ができるか」の方向性と実効性に対して大きな影響を与えることが確認できましたが、それでは具体的に、起業家はどのようにパートナーのコミットメントを獲得する行動を起こせばよいのでしょうか。
エフェクチュエーションの場合には、アイデアは起業家自身の「手持ちの手段(資源)」と「許容可能な損失」に基づいて生み出された「何ができるか」であり、また後に繰り返し再定義される可能性に開かれた、暫定的なものにすぎません。
そして起業家のパートナー候補に対するアプローチでは、どのような形であれば相手とともに未来を創っていくことができるか、をオープンに問いかける(asking)ことが重視されます。
そして、こうした多様な形の望ましいパートナーシップを模索するためには、起業家自らのアイデアを積極的に説明すること以上に、相手の話をより多く聞くことが、極めて重要になります。
エフェクチュエーションを活用する起業家は、当初期待したものとは違っていたとしても、相手と交渉をして何らかのコミットメントの獲得を模索しようとします。
高い不確実性を伴う取り組みを行う起業家が、まずは手持ちの手段(資源)と許容可能な損失の範囲で行動するのと同じように、問いかけられたパートナー候補もまた、手持ちの資源と許容可能な損失の範囲でコミットメントを行う、ということです。
第7章 飛行機のパイロットの原則
これまですでに確認してきたエフェクチュエーションの4つの思考様式は、「何ができるか」を発想する際の「手中の鳥の原則」、行動へのコミットメントを決定する際に用いる「許容可能な損失の原則」、他者との相互作用における「クレイジーキルトの原則」、予期せぬ事態に対処する際の「レモネードの原則」といったように、それぞれが不確実性を伴う具体的な局面で活用されるものでした。
それに対して、「飛行機のパイロットの原則」は、そもそも不確実な未来に対して熟達した起業家が持つ世界観を反映したものであり、上記の4つの思考様式によって駆動されるエフェクチュエーションのサイクル全体に関わっているものと理解できます。
コ―ゼーションとエフェクチュエーションのいずれもが、未来を望ましい形にコントロールすることを目指していますが、コ―ゼーションが「不確実な未来のなかで、予測可能なものは何か」に焦点を合わせるのに対して、エフェクチュエーションは、「予想できない未来のなかで、コントロール可能なものは何か」に焦点を合わせます。
まず起業家は、「何がコントロール可能で、何が不可能か?」を考えたうえで、コントロール可能な要素に集中して、新しい行動を生み出そうとします。
こうしてコントロール可能な範囲で新たな行動を生み出すと、それは起業家が直接・間接に相互作用を行う人々、例えば周囲2メートルにいるような局所的な他者に対して影響を与えることでしょう。
そして、そうした他者から得られた新たな反応によって、起業家自身の環境へのコントロール可能性は高まっていくことになります。
第8章 エフェクチュエーションの全体プロセス
世界中の人々が宿泊する“氷のホテル”はどのように生まれたか
北極線から北に200kmの位置にあるスウェーデンのユッカスヤルヴィとい人口700人の小さな村に12月~4月の冬の間に作られる「アイスホテル」の事例です。
趣味から始まったラフティング体験事業、しかし、短い夏が終わり冬になると、川は堅い氷に覆われてしまうため、ラフティングはできません。
さらに1986年にラフティング中の事故が発生し、予約が激減するという不測の事態に見舞われました。
氷の彫刻のアートフェスティバルは失敗に終わったものの、氷の建物を作る新しい技術を習得し、アイスホテルへとなりました。
重要なのは、そうした予測を超えた外部環境のフィードバックを得たときに、それに翻弄されたり、逆に事前の予測や計画に固執して見過ごしたりするのではなく、その場・その瞬間でコントロール可能な活動に集中して、パイロットとして対処する行動をとることであるといえます。
そうして新たな行動を生み出すからこそ、危機的事態や新たな他者との出会いを含む、外部環境における偶発性を自ら生み出すからこそ、危機的事態や新たな他者との出会いを含む、外部環境における偶発性を自らのコントロール可能性を拡大する機会として取り込んで活用することが可能になります。
エフェクチュエーションのプロセスにおいて、行動の起点となる手持ちの手段(資源)の筆頭に「私は誰か」というアイデンティティに関わる要素が挙げられるのは、結果が予測不可能であるゆえに最適な行動が定義できない不確実な意思決定においても、アイデンティティことが「何をすべきか」を判断する一貫した指針を提供しうるためです。
第9章 フリーランスとしてのエフェクチュエーション
第10章 企業でのエフェクチュエーションマネジメント
それぞれの章では、中村龍太さんの事例として、フリーランスとしてエフェクチュエーションを活用した事例が第9章、企業でのエフェクチュエーションを活用した事例が第10章に紹介されております。
要約が難しいので、8章まででエフェクチュエーションに興味を持たれたら、ぜひ本書を手にされて読んでみてください。
今月はこの本を選んだのは、中尾塾という勉強会の課題図書だったからです。
変化が激しく、技術の進歩早い先の読みづらい環境において、如何に責任者として判断するのか?
このエフェクチュエーションという判断軸は、活用度が高いと思います。
本書のおわりにでも紹介されていますが、コ―ゼーションが通用しにくい存在として、子どもとのコミュニケーションにも活用できそうです。
このエフェクチュエーションを使えるようになることで、状況に応じて、コ―ゼーションの双方で有用な手段を使い分けることで、見える世界も変わりそうに思えました。
ぜひ幹部の方々と輪読されては如何でしょうか?
お勧め度:☆☆☆☆ 星4つ